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京都の日常を彩る食を訪ねる「食を巡る」シリーズ。京都らしい食べ物や飲み物、京都移住計画メンバーのお気に入りの一品をご紹介する連載コラム記事です。食べることは生きること、京都での暮らしに彩りを与える物語をお届けします。
「土用の丑の日にはうなぎ」「バレンタインにはチョコレート」「クリスマスにはケンタッキー」。知らず知らずのうちに世間の当たり前になっている、日本独自の「この日には〇〇を食べよう」シリーズ。土用の丑の日にうなぎを食べる風習も、元を辿れば江戸時代の学者・平賀源内が、鰻屋に頼まれて作った宣伝コピーから始まっているのだそう。(※諸説あります)
これらと同じように、今、京都から新たなムーブメントが生まれようとしています。それが今回の食を巡る第18弾でご紹介する「夏至カレー」です。夏至の日にカレーを食べて過ごすというシンプルな行事ではあるものの、2018年にはTwitterのモーメント(まとめ記事)に上がり、日本のトレンド6位にランクインするほどの盛り上がりを見せています。
この夏至カレーの発起人は、フリーランスフォトグラファーの中田絢子さん。伏見区にて「伏見の写真館これから」を営み、京都移住計画でも多くの撮影を担当されています。(※中田さんの活動については、「場を巡る第12弾」をご覧ください)
「夏至カレーも50年後、100年後まで続いて、日本の行事になったら面白いと思いません?」
そう中田さんに笑顔で言われ、私はいてもたってもいられず、取材を申し込みました。
中田さんのマイプロジェクトが公共性を持ち、どのようにして広がってきたのか知りたい。そして、このプロジェクトが今後どのようになっていくのか見届けたいという気持ちがむくむくとわいてきたからです。カレーが好きな人も、そうでない人も、ぜひこの記事を読んでみてください。きっとあなたも夏至にカレーが食べたくなるはずです。
夏至が好き!という気持ちから始まったマイプロジェクト
「夏か冬かどっちが好き?」という会話に、「圧倒的に夏が好き」と即座に答えるほど、小さな頃から夏への愛が溢れていた中田さん。夏祭りや野外イベント、汗をかきながら食べるかき氷。幼少期から夏はいつも中田さんの心をウキウキさせてくれる存在でした。
しかし、写真館に勤め始めると、建物の中で写真撮影や編集作業に追われる日々。
「やっと仕事が終わって、定時の18時に外に出たときに、まだ外が明るいかどうかで、ずいぶん自分の気持ちが違うんだということに気づきました。そこから最も日照時間が長い夏至を意識することで、長く夏を楽しめるのではないかと思ったんです」
大好きな夏を思う存分楽しみたい。中田さんは、夏至について調べ始めます。ところが夏至に関する行事や習慣はほとんどありませんでした。
「春分と秋分は祝日にもなってるぐらい特別なのに、夏至には何もない。だったら、自分なりに夏至をお祝いしようと思って、カレーを食べることに決めたんです。カレーにした理由は、当時ハマっていたインドカレー屋があったからです(笑)。そのカレー屋が海岸沿いにあって、太陽が海に沈む様子を見ながらカレーを食べれたら最高だなって。あとは無意識のうちに、夏=カレーというのが頭の中にあったのかもしれませんね」
そこから毎年夏至の日には、カレーを食べるようになった中田さん。友人とカレー屋へ足を運んだり、自分でカレーを作ったり。あくまで、自分や友人たちの中でのプロジェクトとして、夏至カレーを続けていました。
SNSを通じて広がった夏至カレー
こうして中田さんのマイプロジェクトとして始まった夏至カレーですが、SNSによって多くの人へと広がっていきます。
「『友達と夏至の日にカレーを食べる』とツイートしたら、目に留めてくれる方がいて、「夏至の日にカレーを食べるって面白いね」というような内容のコメントをくれてたんです。その時に、知らない人に自分のやってることが届くって面白いなと感じたんですよね。じゃあ、積極的に夏至カレーを広めたら、どこまで広がるのかを試してみようと思って。急に知らない人に話しかけられるのは怖い人もいるので、それらしい団体っぽくしてみようかなって(笑)」
友人のデザイナーに手伝ってもらい、アイコンやバナーを作成。Twitterのアカウント「夏至カレー(公式)」を取得するだけでなく、2017年にはオリジナルTシャツを作成して、ネット販売をスタートします。
「ちょうどその頃、大阪の昭和町にある『げしとうじ』というカレー屋さんがあるのを見つけて。カレーを食べに行った際に『夏至カレーという活動をやってるんです』と店主の方に話をしたんですよ。そしたらなんと店主の方も夏至が好きだったみたいで意気投合して。他のカレー屋にも夏至カレーを宣伝してくれたみたいで、昭和町界隈では夏至カレーが浸透してきているんです。お店に顔を出すと、夏至カレーTシャツを着て下さっているお客さんに会うこともあるんですよ」
2017年にはお弁当やケータリングを中心に活動する「円卓」とコラボレーションを行い、初のイベント「夏至カレーナイト」を開催。大々的に告知を行わなかったのにも関わらず、人が人を呼び、およそ50名ほどの人が参加するイベントとなったのだそう。
「夏至カレー」がTwitterでトレンド入り
イベントの影響は大きく、関西のTwitterのトレンドにランクイン。翌年には、Twitterモーメントに上がり、夏至カレーは多くの人に周知されることになります。
「夏至当日、いつもの通り『今日は夏至カレーですよ」と告知をしようと思ってTwitterを開いたら、めちゃくちゃフォロワーが増えててびっくりしました。辿っていったら『夏至カレーを食べる人々』という見出しでモーメントに出ていて。その日は全国のトレンド6位まで上がったんですよね。これはびっくりしました!」
さらに翌年は、大手広告代理店からの提案を受け、夏至カレーを商標登録することに。
「特許の費用は代理店が持ってくれて、私と代理店の共同の権利として申請をさせてくれませんかとお話が来ました。最初は不安もあったんですが、全然知らない人が勝手に商標を取ってしまうこともあるって聞いていたんで、やはり商標はとった方が安心だなって。それと代理店の方が、『全国のスーパーに〈夏至カレーコーナー>がある光景を見てみたい」という私のひそかな夢を知ってくれていて、力になりたいと言ってくださったんです」
こうして2019年には、代理店と取引があるスーパーに「夏至カレーコーナー」が設置され、各社のカレーのルーがずらりと並んだそう。しかし、中田さんの夢が叶った翌年にコロナウイルスが蔓延し、その影響により人が多く集まるイベントや祭事などはすべてストップしてしまいました。
「誰もが自由に参加できる」本来のあり方へ
SNSにより多くの人に広まり、これからというときに様々な流れがストップしてしまったことを中田さんは、夏至カレーが本来の形に戻るきっかけになってよかったとプラスに捉えています。
「『来年はイベントに行きますね』『自分のところでもイベントをやってくださいよ』という声が多くなってきて。特定の人だけが集まれるイベントをつくることが私のやりたかったことではないなと思っていたんですよね。例えば好きなバンドの解散ライブに行った人だけが『最後に見届けた人』になるのように、行かないと参加したことにならないっていうのはなんだか嫌なんです」
ラピュタの再放送を見ながら「バルス」とつぶやくように、ただ夏至に#夏至カレーとタグをつけてSNSで報告し合う。日常のちょっとした楽しみを名も知らない誰かと共有する時間を純粋に楽しむだけ。誰もが参加できるし、見ているだけでもいい。それが夏至カレーのあり方。
「6月21日に皆さんが食べたカレーの画像をTwitterで見ることが本当に楽しみです。いろんな家の、いろんなお店のカレーが見れるし、中には夏至カレーをモチーフにしたイラストや短編小説をあげて下さる方もいるんですよ!」
そう満面の笑みで教えてくれた中田さん。中田さん自身が心から夏至カレーを楽しんでいることが伝わってきます。とはいえ時には大変なこともあるはず。マイプロジェクトをやり続ける秘訣は、どんなところにあるのでしょうか。
「夏場は写真の仕事が少ないので比較的時間が充てられるということと、自分の中で写真以外の仕事はしたくないと決めているので、仕事にしようとか、儲けようという気持ちがないことでしょうか。この活動は『夏至の日にカレーを食べてつぶやくだけ』というシンプルなこと。自分が続けられる形でやりたいなと思っています」
個人のマイプロジェクトだった「夏至カレー」が、多くの人を惹きつけた理由。それはきっと心から夏至カレーを楽しんでいる中田さんがいるから。「好き」な気持ちを大切にしながら、自分のペースでこつこつとマイプロジェクトを育てる。私がもっとも憧れる姿です。
最後に中田さんに、夏至カレーとして次の目標は何か聞いてみました。
「今は自分でカレンダーに手書きで書いているんで、いつかカレンダーの行事の欄に、『夏至カレー』と書かれるようになったら嬉しいですね!」
中田さんの夢が叶い、50年後、100年後のカレンダーには「6月21日/夏至カレー」と印字されているかもしれません。私たちが当たり前に認識している行事のように、一個人のマイプロジェクトが知らぬうちに私たちの暮らしに溶け込み、習慣になることだってありうるのですから。
イベントを開催しました!
2022年6月21日に、「夏至カレーナイト‼︎」を開催しました。ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
詳細はこちら:https://peatix.com/event/3272182/view
執筆:ミカミ ユカリ
編集:北川 由依