2020.05.11

自分が暮らすまちを “えこひいき” する。まちの風景を未来へつなぐ『伏見の写真館 これから』

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京都のおもしろい場所を訪ねる「場を巡る」シリーズ。人が集いハブとなるような場や京都移住計画メンバーがよく立ち寄る場をご紹介する連載コラム記事です。一つの場から生まれるさまざまな物語をお届けします。

「場を巡る」第12弾は、京都市伏見区にある『伏見の写真館 これから』。フリーランスフォトグラファーの中田絢子(なかた・じゅんこ)さんが運営している、まちの写真館です。スタジオでの撮影や伏見のロケーションを活かした出張撮影など、撮影メニューはさまざまなのですが、ユニークな料金形態も特徴のひとつ。自分が暮らすまちを“えこひいき”する中田さんから、伏見への愛がひしひしと伝わってくるインタビューでした。

何気ないひと言からはじまった、まちの写真館

2017年12月22日、冬至の日にオープンした『伏見の写真館 これから(以下、これから)』。
旦那さんの転職をきっかけに、京都市伏見区に住みはじめた中田さんご夫妻のご自宅兼スタジオです。屋内での撮影は、6畳ほどの土間スペースで行っているそう。


中田:中古物件を購入してリフォームする際、伏見に事務所を構える建築士さんに設計をお願いしたのですが、打ち合わせのときに何気なくつぶやいた「将来、自宅が写真館になれば通勤しなくていいのになぁ」という私のひと言を拾ってくださって。そこから、自宅の改修プランにスタジオスペースをつくる構想が生まれ、思っていたよりも早く写真館をオープンすることになりました(笑)。

住みはじめた伏見のまちに愛着が湧き、“まちの人たちともっと関わっていける暮らしがしたい” と思っていた中田さん。伏見を知らない方にはまちのファンになってほしい!地元の方にも写真をもっと身近に感じてほしい!という思いが、料金形態にも表れています。

「深草・伏見桃山周辺」と「それ以外の地域」で異なる撮影料金。

中田:伏見には、思わず写真を撮りたくなるような、いいロケーションがたくさんあります。観光地としての撮影スポットは少ないかもしれませんが、日々の暮らしのなかに落ち着く風景があって。地元の人がふとしたときに思い浮かべる“伏見っぽい風景”や、覚えておきたいまちの風景がいっぱいあるんですよね。そういう、みんながそれとなく共有している“地元らしさ”を残していきたくて、「まちへ出て写真を撮りませんか?」という提案をしています。

描きたい風景が “撮れる”ことを知った高校時代

中田さんお気に入りの伏見の風景。高さ1.5mの橋の上を、京阪電車が走り抜けます。

中学・高校時代は、美術部に所属していた中田さん。もともと、絵を描くことは好きだったそうですが、「同級生の上手な絵を見てコンプレックスを感じていた」と当時を振り返ります。そんな中田さんが「写真」と出会ったのは、すでに進路が決まっていた高校3年生の頃でした。

中田:高校3年生の夏休みに、美術部に所属していた有志のメンバーで、まちのギャラリーを借りて卒業展を行うことにしました。ですが、なかなか出展希望者の人数が集まらなくて。写真部を兼部をしていた友達が、写真部と合同でやるのはどうかと提案してくれたんですよね。ギャラリーのレンタル代は割り勘だったので、とにかくみんなで安く抑えようとしていました(笑)。

中田さんの地元・高知の川沿いを彷彿とさせる風景。右手に見える茶色い建物は酒蔵です。

中田:当時は、写真といえば「写ルンです」の時代。自分たちの楽しい時間を記録するためのものだと思っていたのですが、写真部の作品を見たときに「自分が描きたかった風景はこれだ!」と衝撃が走ったのを覚えています。「こういう写真の撮り方もあるんだ!」と、絵を描きながら悩んでいた部分が、写真なら補えるかもしれないと思いました。

その後、中田さんは岡山県立大学のデザイン学部へ進学。写真に関する授業をすべて選択し、技術を高めていったそう。しかし、就職活動の際にフォトグラファーとして働くイメージが湧かず、地元の映画館で働きながら趣味で写真を撮る道を選ばれます。

中田:映画館でのアルバイトが楽しくて、いつの間にか写真を撮らなくなっていったんです。そのとき、写真を撮らないと私はダメになってしまうのではないか・・という焦りのような感覚もあって。仕事として、写真を撮ることができる環境にいたい!と思ったときに、成人式でお世話になった写真館でカメラマンの募集があることを知り、すぐに応募しました。

目指しているのは「かかりつけのお医者さん」


スマートフォンがあれば、だれでも気軽に写真が撮れてしまう現代。「写真館」という業態のお店がどんどん減っていくなかで、地域における役割を自問してきた中田さん。そんなときに思い出したのは、かつての恩師から教わった「家族や人の歴史を記録すること、まちの様子を記録することが写真館の役割なんだよ」というひと言でした。

中田:引っ越してきた当初、「伏見大手筋商店街」から脇道を入ったところに古い写真館があったのですが、しばらくしてから閉館されてしまったんです。そのとき、家族を記録する場所がなくなってしまうのでは?という危機感と、地元の方が愛してやまない「豊臣秀吉」の時代から続いてきた伏見の歴史を未来へ残したい!という気持ちが強くなり、このまちに写真館が必要なのではないかと思うようになりました。

西日が差し込む伏見大手筋商店街。ここも中田さんが“えこひいき”したくなる風景のひとつ。

中田:もしかしたら、写真館はいまの時代にあまり必要とされていないのかもしれません。それでも私は、写真館がなくなってしまったら、ひとやまちの歴史を受け渡す者がいなくなってしまうと思うんです。だからこそ、“これから”の時代に沿ったかたちで続いていく写真館として、また、まちで暮らす人々が営んできた「伏見の風景」を未来へつなぐ写真館として、『これから』を頼ってもらえたらうれしいですね。

そういう意味でも、『伏見の写真館 これから』が目指しているのは「かかりつけのお医者さん」という立ち位置なんです。健康について気になることがあったとき、近所のお医者さんに行くように、大したことではないけれど写真が必要な場面や、写真のことでちょっと気になることがあるとき、気軽に頼ってもらえたらいいなと思っています。この場所を通して届けたいのは、なにか思い立ったときに、そういう場所が近くにあるという“安心感”に近いのかもしれません。

通称「トトロの道」。鬱蒼としてきた頃が中田さんのおすすめです。

中田さんの写真から感じられるのは、伏見で暮らす人々の息づかいや、時代とともに移りゆくまちの空気感。地域愛あふれるお話を伺いながら、伏見のまちに思わず嫉妬してしまいそうになりました。今回はオンラインでの取材となってしまいましたが、『伏見の写真館 これから』はもちろんのこと、今度は中田さんおすすめの伏見を巡ってみたいです!

伏見の写真館 これからHP:https://nakatajunko.com/

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