京都・北山にある「焼肉 南山」は創業47年。「安心・安全で本当に自信のあるものだけを食べてほしい」という思いから、生産者指定で一頭買いした牛肉を提供しています。また「糖質オフメニュー」や「ムスリムフレンドリーメニュー」を展開。2014年からは食育活動にも力を入れ、誰もが牛肉を楽しめるお店づくりをしてきました。2016年には肉仕事の魅力を伝え、食のエキスパートを育てる「ギューテロワール」をオープン。2018年春には新店舗オープンも控えています。
そんな南山が新しくチャレンジをはじめるのが、保育園の運営です。店鋪と同じ敷地内にある自社ビルの3・4階を使って開園するのは、”こどもたちの親友でありたい”をコンセプトにした、「さとのやま保育園」。今、この保育園で働く仲間を募集しています。
南山の過去から未来までをご紹介した<前編>につづき、「さとのやま保育園」について代表の楠本さんからお話を聞いていきましょう。
親にも子にも、自分の人生を生きてほしい
なぜ焼肉店が、保育園を運営するのか?その答えは南山の経営者であり、6人の子どもを育てた楠本さん自身の経験にありました。
子どもたちの父親はまったく家事や育児に参加しない人で全然幸せな子育てができなかったんですね。だから子どもを山村留学に出したり、逆に留学生を受け入れたりして、家族に他人を混ぜるということを意識的にしてきたんです。子どもも、他人に預けた方がいきいき育つなというのも感じました。
私が45歳の時に南山が経営破綻しそうになって。18億もの借金なんて返せないと思っていたので、再就職先を見つけないとなと考えていました。でも年齢的に再就職は難しいだろうということで、里親をすることにして。月5万円(当時)の里親手当を当てにして、児童養護施設から7歳の子を受け入れました。私は5人も子どもを育ててきたのだから、おむつのとれた子なら楽勝だと思っていたのに、こてんぱんにやられて。子育てって何だろうと考えさせられたんです。
里子として受け入れた娘は、生活レベルは高いけれど、心が育っていませんでした。施設の大人は本当の家族ではない、給料をもらう仕事として扱われていることを、子どもは無意識に気付くのでしょう。
子どもっていうのはおしっこをもらそうが、寝ている親を起こそうが、どんなにぐちゃぐちゃにしても許されて、許されて。許されるたびに、信頼関係ができていくもの。そうして、自分は生きていていいんだという実感を持てるようになっていくものです。でも施設の子にはその経験がない。自分は存在していいと、娘に感じてもらえるようになるまで、長い時間がかかりました。
数えきれないほどの涙を流しながら、向き合いつづけて15年。娘さんは最近、楠本さんにこんな言葉をくれたそうです。
「全然生きる気力なんてなかったけれど、うち5回くらい羽化してな、ちゃんとした大人になりたいと思うようになった」と言ってくれました。友達もゼロだった子が友達ほしいとか、プログラミングを学びたいと自分から動き出してくれて。
小学生の頃からずっと死にたい気持ちがつきまとっていた彼女が、「オカン悲しませるわけにはいかん」とそれだけは大事にしてくれて。今は「オカン悲しませんために、老衰目指して生きるわ」って言うんですよ。私より先に死なないってことですよね。
父親がつくった18億の借金を背負いながら、6人の子どもの育児を必死にしてきた楠本さん。しかし南山の経営が落ち着き、子どもたちが巣立っていたあとふと我に返ると、自分と子どもたちとの関係は異常だったことに気付いたそうです。
私はずっと子育ても仕事も一生懸命やっていたら、どこかで道が拓ける、誰かが手を差し伸べてくれると思っていたんです。とくに子どもたちが小さい頃は24時間一緒にいて、一心同体でした。でもやればやるほどうまくいかないし、子どもたちも辛くなっていきました。お母ちゃんがいつも必死な形相でいたら、子どもはいたたまれないですよね。
のちに「共依存」という言葉を学び、私たち親子の関係は支配や依存という関係になっていることを知りました。そこから私も生き直し。子どもがどんな人生を歩もうと、干渉しない。私は私の人生を生きると決めたんです。今は楽しくやっていないと幸せはこないと思っています。そんなことが当時の私はわかっていなかったんですね。
自分の人生を生きようーー。そう決意した楠本さんでしたが、はじめはどう生きたらいいのかわからず途方に暮れてしまったそうです。
親がつくった借金や会社の再建など、私はずっと親の荷物を背負って生きてきました。人の荷物を背負って走る、全速力で走る生き方しか知らなかったんです。自分の人生を生きようとしても、自分がどう生きたいか、何をしたいかもわからないことがショックでした。どんなに忙しくても、もっと自分と向き合わないといけなかったんです。
じゃあ私には何もないのかと考えると、「牛が好き」、「肉が好き」という気持ちだけはありました。こんな過酷な焼肉店をやり続けられたのは、好きな気持ちがあったから。親からやらされたんじゃなくて、私が好きやからやり続けられたんだって。
どんなに大変な状況でも、我慢できたことは好きなことなんだと気付いた楠本さん。これからどう生きるのか、何をしたいのかを改めて自分自身に問うと、2つの答えが浮かび上がってきました。
1つは焼肉業界のおもしろさ、牛のおもしろさを追求したいということ。そしてもう1つが若い世代には子育てを楽しくしてほしいということでした。
私はたくさん失敗をして、間違ってきました。だからこそ、今そしてこれから子育てをする若い世代には、失敗してほしくない。子どもと親は、別の人間。それぞれの人生を生きて、それぞれが責任を持って生きてほしいなって。
子どもの成長をみんなで見守る場所
南山ではすでに食育活動に取り組んだり、肉や肉仕事のおもしろさを伝える「ギューテロワール」をつくったりして、未来の食を担う人材を育てています。そしてもう1つの願いである、楽しく子育てできる環境づくりの一歩が、「さとのやま保育園」で叶おうとしています。
南山で働くスタッフがどんどん結婚して、子どもを産んで。その子どもたちを私が子守りをして仕事をしてもらうことがよくありました。でもスタッフも私に預けるより保育士さんに預けた方が安心だろうし、子どもたちが遊ぶ場所も整えたいなと思うよになって。
あとギューテロワールをつくって、若い人に「肉おもしろいで~」と研修生を募集したものの、なかなか良い反応がなく……。悩んだ末、10年後の人材を育てた方が早いと思い、保育園に焦点を当てました。
そのことをお世話になっている設計士さんに話したところ、楠本さんがつくりたい場所にコンセプトの近い保育園が、鹿児島県霧島市にあると教えてもらったそう。それが「ひより保育園」でした。「一緒に見に行こう」と誘われるまま楠本さんは2017年6年、鹿児島へ。そこで、子どもも大人もいきいきと過ごす姿に圧倒されたそうです。
初めて訪れた時、その場でふらっとしましたね。こんな素晴らしい保育園があるのかって!自分の手で料理をつくる喜びや、友達と一緒に食べる楽しさ、そして自分がつくった料理をおいしいと喜んでもらえる幸せを、幼い子どもたちが知っていたんです。
「ひより保育園」は、2017年4月に開園したばかりの保育園。少し前まで日本のどの地域にも普通にあった、「心地よくて、おせっかいで、少しめんどくさいけど、なぜかそこに帰りたくなる」町の風景を今の時代に合ったかたちで取り戻したいという思いから生まれました。
大切にしているのは、日々の暮らしを大切にし、代々受け継がれてきたものを次の世代に伝えていくこと。お父さん・お母さんそして地域のみなさんみんなで子育てをすること。
契約農家から仕入れる米と野菜、毎月の子どもたちが仕込む味噌、昔ながらの製法でつくられた調味料で味付けした給食……。食べることにしっかり向き合うことで生きる力を育む園のあり方が、南山を経営し、6人の子どもを育てた楠本さんの心をわしづかみにしました。
私は仕事ばかりしていたので、子どもたちと一緒に台所に立つ時間がありませんでした。でも本当は、食を通して子どもたちの生きる力を育みたかったんです。食べることは生命力の根源。おいしく食べる、一緒に食べる楽しさって小さな幸せですけど、それを知っているかどうかで、人生でつまずいた時の立ち上がり方が違うと思うんです。
幼少期ほど子育ては大変だと思われますが、その先の方がもっと大変。自立して社会に出ても、子育てはずっとつづくんです。でも子どもが大きくなって親が手を出せないような年齢になったら、親は子どもが自分の力で乗り越えるのを見守るしかできません。
だから子どもが小さい頃から、手を出せなくなる年齢になった時のことを見据えて子どもと関わらないといけないし、子どもと親それぞれが自立することが大切だと思います。
「さとのやま保育園」がオープンするのは、自社ビルの3・4階。3階にはテラスがあり、山々が連なる美しい風景が広がるほか、夏の風物詩である五山送り火もすぐ近くに見える、贅沢な景観が魅力です。
この場所には、子どもたちが歓声を上げて育つのが1番似合うに違いない。そう確信した楠本さんは、「ひより保育園」のような園を京都にもつくりたいと、その場でオファー。南山で取り組んできた食育活動や、子育てへの思いを伝え、「ひより保育園」の姉妹園として、京都・北山に開園することが決まりました。
子どもたちにとってはお父さん・お母さんを待つための場所ではなく、たくさんの大人やお友達に愛される場所に。そして大人にとっても仕事のために仕方なく預けるのではなく、子どものいる暮らしを豊かにする場所に。地域にとっては保育園が閉ざされた場所ではなく、子どもの成長を街みんなで見守れる開かれた場所に。
大人も子どもも自分の人生を歩んでいくために、色んな人とコミュニケーションをとりながら子育てしていってほしいと楠本さんは考えています。
色んな大人と接することで、子どもは広い世界を知ります。色んな大人の働く姿を見ることで、憧れたり、人生の選択肢を広げることができます。それは親だけ、家庭だけではできないこと。人間関係を築く力、コミュニケーション力は、他人が入らないとできないことです。
昔は群れで暮らしていましたが、今は家の中でお母さんと子ども2人っきりで過ごすことが増えています。異常なことです。だからこそ、共同保育の場が必要。「さとのやま保育園」は子どもたちも大人も頼り、頼りあい、ともに学び、成長していける場にしていきたいです。
大人になった時にただいまと言える場所をつくりたい
楠本さんからの熱いオファーを受けて、「やらない理由はない」と思ったと優しく微笑むのは、姉妹園「ひより保育園」の園長であり「さとのやま保育園」の副園長も務める白水純平さんです。そもそも「ひより保育園」はどのように誕生したのでしょうか。
大人も自分の人生を楽しみつつ、子どもも楽しく生きられる場所をつくりたいという思いが始まりでした。僕も含め立ち上げメンバーは、みんな子育て真っ最中。自分たちの子育て経験から、世の中に子どもがいる暮らしを楽しめる人が増えたら、僕たちももっと楽しめるんじゃないかな。子どもたちの成長を見守れる保育園があったらいいよねって。
そうして2017年4月に開園したのが「ひより保育園」でした。コンセプトは、”こどもたちの親友でありたい”。大人も子どもも関係なく、学び合いや響き合いがあるような場をつくりたいという思いが込められています。
最近は「支配」と「従う」、「教える」と「教わる」みたいな縦のつながりが多い気がしていて。でも本当に楽しい時って決まりきった関係性ではなく、横や斜めだったり、ときには立場が入れ替わったりして、それが心地よかったりするんですよね。
だから、「ひより保育園」では子どもたちを単にお預かりするだけではなく、親も、地域のみなさんも一緒に子どもたちの育ちを見守っていける場にしようと。お互いに与えたり、支えたりする関係性を築ければ、卒園して物理的な距離が離れたとしても、きっと縁は繋がっていくと思います。
さらに、子どもたちの親友でありつづけるためには、大人も成長しつづけることが大切だと白水さんは言います。
子どもの15年と大人の15年、ただ時が過ぎ去るだけでは圧倒的に子どもの方が成長します。だから大人になった子どもたちと胸を張って会うには、大人も努力をつづけなくては、良い関係性はつくれないですよね。
何かあった時に相談できる大人がいること。大人が楽しそうに働く姿を見ること。そんな原体験が、子どもたちの人生の選択肢を広げ、大人になった時にふるさと思う気持ちを育むと考えています。
白水さんは今、月2回ほど京都に足を運び、「さとのやま保育園」の立ち上げを進めています。京都という土地ならではの魅力を感じ、園の運営にも活かしていきたいのだとか。
僕たちが大切にしている「食」は、その土地の文化が色濃くでるものです。京都には京野菜などの独自の食材もありますし、和食文化もある。また歴史がある分、文化も根深く残っていますよね。それらを知識として知っているのと、体験しているのでは全然違うもの。だから「さとのやま保育園」の給食や調理実習を通して、京都の食文化を経験として子どもたちに残していきたいです。
働くお母さん・お父さんの味方であるために
開園に向けて着々と準備が進められる「さとのやま保育園」。園の顔となる園長先生を任されたのが、遠藤久子さんです。一般的な保育園では、経験豊富な保育士が園長になるイメージがあります。しかし「さとのやま保育園」が園長に抜擢したのは、保育士資格のない遠藤さんでした。
「保育園とはこういうものだ」という固定観念がないからこそ、園長をお願いしたいと言われました。一般的な保育園の日常に詳しくない分、子どもたちと保護者にとってどのような保育が良いのかを、まっさらな視点で考えられるのではないかって。
実は遠藤さんは京都に住んでまだ1年。以前は北海道旭川市に住んでいました。その頃に遠藤さん、1年ほど保育園で働いたことがあるそうです。
働き先に困っていたら保育園で調理師として働く近所のおばさんが、「園長に話をするから、保育園で働きな」って(笑)子どもにも興味がなかったし、保育園ってどんな場所なのかもわからなかったけれど、働くうちに子どもと関わるのはすごく楽しいな、子どもたちの力ってすごいなと思うようになりました。
子どもたちと楽しそうに過ごす遠藤さんの姿を見て、園長さんは「保育士資格を取得するための費用を園で出すから、学校へ行く?」と持ちかけます。しかし時を同じくして、サーフィンが大好きという遠藤さんに、横乗り系プロショップのオープニングスタッフにならないかという話が持ちかけられました。
悩んだ末、遠藤さんは横乗り系プロショップへ。店長として15年間働き、結婚を機に京都へ来てからは、大手のスポーツショップの販売員に。入社2ヶ月目には関西で一番の売上を上げますが、量販店のためかつての情熱を失いつつありました。
仕事を辞めるか辞めないか悩んでいた時に、「さとのやま保育園」の園長の話をいただいたんです。1度は諦めた保育園の仕事。また声をかけてもらえたということは、きっと私は保育の仕事をやらないといけないんだなと思いました。
遠藤さんは、すぐに会社を退職。2017年11月にはひより保育園での研修を経て、「さとのやま保育園」の開園に向けて準備をはじめました。
入所を希望する親子の入園面談からスタッフ採用、企業主導型の保育園のサポーター営業まで、業務は多岐に渡ります。また2018年1月には、食育チームスタッフと共に2度目の「ひより保育園」研修にも行ってきました。
一番驚いたことは、今日何をするかを保育士ではなく、朝の会で子どもたちたちが話し合って決めていたことです。「今日は何をする?」、「○○やりたいな~」と自分の考えを発言する姿が印象的でしたね。
その様子を保育士はずっと見守っていて。大人は口が先に出てしまうので、子どもを見守る、子どもたちが答えを出すのを待つということは難しいもの。それができる「ひより保育園」の保育士はかっこいいなと思いました。
遠藤さんが研修にいったある日には、子どもたちたちみんなで相談しておぜんざいをつくることに。朝9時から小豆を炊きはじめて3時のおやつの時間まで、子どもたちはとても楽しそうにあんこを作り続けのだとか!
保育士がやると決めたことを子どもたちたちに押し付けるのではなく、子どもたちがやりたいということを保育士が応援する。そんな関係が築けているから、子どもたちも保育士も自然体でいられるのではと感じた遠藤さん。「さとのやま保育園」も子どもたちも保育士も共に育ち合いながら、一緒に歩んでいける場所にしていきたいと願っています。
子どもたちには、相手のことを思いやれる人に育ってほしいです。家族にも友達にも思いやりがあるから、何かしてあげようって思える。子どももパパ・ママが働いていて忙しいことを理解していれば、わがままを言わずにやさしくなれるのではないでしょうか。
『ママ~ご飯まだ?』と言ってただ待っているのではなく、『ママが忙しそうだからみんなのご飯を私がつくろう』と思える気持ちをもってもらいたいですね。相手を思う気持ちが育まれれば、コミュニケーションをとるのも上手になっていくと思います。
少し前までの日本では、子どもたちが家の仕事を担う姿はどこでも当たり前に見られる光景でした。群れの一員として、できる役割を担うことは自然なこと。そこに大人とか、子どもとか関係ありません。
「さとのやま保育園」では、食を中心に子どもたちの生きる力を育んでいけるよう、相手を思いやる気持ちや、自分の考え伝えることを大切にしています。
食べるって楽しい
相手を思いやる気持ちをもち、自分の頭でしっかり考えることのできる子どもたちを育てていくには、子どもたちに関わる保育士や調理師も同じ姿勢が求められます。では実際に、どのようなスタッフが今、さとのやま保育園には集まっているのでしょうか。2018年1月から働きはじめた、食育チームの大蔵奈々さんと宮﨑幸代さんにお伺いしました。
大蔵さん:知人から「南山が新しい保育園をつくることになったよ」とお知らせいただきました。私が栄養士の資格を持ち、以前市役所で保育園のメニューづくりの仕事をしていたことをご存知だったので、興味あるんじゃないかって。私は南山の近くに住んでいることもあり、前々から食育に力を入れていることも知っていました。だから話を聞いてすぐ、「うちの子を入園させたい!」と思ったんです。
しかし、「さとのやま保育園」は企業主導型の保育園のため、両親ともに働いていないと入園できません。「子どもを預けるためにまずは仕事を探さなきゃ」と知人に言うと、「スタッフも募集しているよ」と教えてもらい早速、代表の楠本さんに会うことになりました。
入園説明を聞き、大蔵さんはますます「さとのやま保育園」のファンに。子どもも預けたいし、自分もここで働きたいと親子共々お世話になることを決めました。
一方宮﨑さんは、京都生まれ京都育ち。大学進学を機に上京した後、舞台芸術の仕事に携わっていました。夫の仕事に付き添い2014年に京都へUターンした後も、京都と東京を行き来しながら、フリーランスで舞台芸術の仕事を続けていたそうです。
2016年には第1子を出産。子連れフリーランスの仕事に限界を感じ、京都で何か仕事を探そうと考えはじめた頃、「さとのやま保育園」オープンの話が耳に入ります。
宮崎さん:子どもを入園させたいと思いましたが、私はフリーランスだから入園基準に引っかかります。働きたい気持ちもありましたが、できる限り子どもの成長をそばで見届けたいと気持ちもある。そんな思いと課題を、入園説明会の時に楠本さんに素直にお話したら、「ぜひうちで働いて」って。
実は宮﨑さん、東京で舞台芸術の仕事をしながら、味覚の育成教育をサポートする”味育”について学んでいたことがあるそう。そこで旨みの引き出し方やつくり方を学んでいました。その講座には楠本さんも通っていて、2人は古くからの知り合いだったのです。
栄養士や調理師の資格はないけれど、「さとのやま保育園」なら味育の知識を子どもたちの食育に役立てていけそうだーー。そんな可能性を感じた宮﨑さんは、入社を決めました。
「自分の子どもを入園させたい」と同じ思いをもった2人は、2018年1月から働きはじめました。春から子どもを預ける予定の「さとやま保育園」はまだ開園していないので、仕事は子連れで。デスクのそばで子どもたちが遊ぶのを見守りながら、仕事をしています。
「さとのやま保育園」の要ともいえる食育。挑戦できるフィールドは多岐に渡ります。毎日の給食調理以外にもワークショップやイベント開催など、やりたいことがたくさんあると2人は目を輝かせます。
宮﨑さん:「ひより保育園」の給食をモデルに、「さとのやま保育園」らしい給食をつくっていきたいです。家庭の食卓に並ぶようなメニューを保育園でも食べてもらいたいですね。
大蔵さん:栄養士としてこれは言っちゃだめなのかもしれませんが、栄養素にとらわれすぎずに「おいしい」と思える味覚を大切に育んでいきたいです。またきちんと調理されたものを食べることと同じくらい、楽しい環境で食べることが大事だと思います。楽しい保育園の給食が、家での楽しい食卓につながるといいですね。
3階の調理室はガラス張りになる予定。子どもたちからは食育チームのスタッフが給食を調理している様子を見ることができます。「今日の給食は何かな?」、「調理師さん、いつもおいしい給食をありがとう」と、子どもたちとスタッフが楽しそうに会話するシーンを想像できます。
また地下1階には広いスペースがあり、現在は親子向けのスープ教室や味噌づくり教室を開催しています。
宮﨑さん:「さとのやま保育園」を、子どもたちと保護者のためだけの場ではなく、地域の人をはじめさまざまな人とつながれる場に育てていきたいです。今は核家族化が進んで、家の中で一人で子育てしているママが多いですが、ここに来たら色んな人と出会えて、話せる場になるといいですね。
また、子どもたちが「つくりたい」と決めたを料理のサポートをすることも、食育チームとそして保育士さんの大切な役割でもあります。
宮﨑さん:食育チームと保育士さんは子どもたちを応援する仲間です。いつも子どもたちのそばにいる保育士さんが子どもたちのやりたいことやアイデアをうまく引き出していただいて、私たちがレシピや材料を準備する。そうして一緒に子どもたちのやりたい気持ちを実現できるよう応援していきたいです。
「さとのやま保育園」がめざすのは、子どもたちの成長だけでなく、働くお父さんやお母さんの暮らしもよくしていける場所です。時には大変なこともあるだろうし、失敗もするだろうけど、みんなが学び、考え、一歩ずつ進んでいったら、きっと今よりももっと美しい未来が待っているに違いありません。
仕事と子育て、地域と保育園、保護者とスタッフ、保育園と家、それらを切り分けるのではなく、みんなが社会の一員として子どもたちの成長を見守っていく場をつくり、関わりあっていく。もし京都そして日本全国に、「さとのやま保育園」のような保育園が広がっていったら、日本の子育て環境はより良い方向に変わっていきそうですね。
親も子どももイキイキと過ごせる「さとのやま保育園」の空気を、あなたにもぜひ感じてほしいです。