募集終了2024.02.27

京都のまちの台所で、食を通じて人や地域をつなぐ

京都市役所のはす向かいに建つ、全面ガラス張りのビル。京都市内をよく歩く人なら、一度は通りがかったことがあるかもしれません。

ここは、京都信用金庫が運営する共創施設「QUESTION(クエスチョン)」。今回ご紹介するのは、8階のコミュニティキッチン「DAIDOKORO(ダイドコロ)」と1階のカフェバーを運営する、「株式会社Q’s(キューズ)」です。

共創施設?コミュニティキッチン?と頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ人も、「行ったことあるよ」という人も、ぜひ読んでみてください。食や地域に関心がある人に知っていただきたい仕事です。

みんなで一緒に作って食べる、新しい食文化を

「京都のまちにもう一つの台所を」をコンセプトに掲げるコミュニティキッチン・DAIDOKORO。家でもなく飲食店でもない、食を通してコミュニケーションが生まれる場を目指しています。

DAIDOKOROを運営しているQ’sは、株式会社ツナグム(京都移住計画)と京都信用金庫の合弁会社として、2020年に設立されました。

創業のきっかけは、ツナグムの代表である田村篤史(たむら・あつし)が、会員制のシェアキッチン&ダイニング「美食倶楽部」を全国展開している本間勇輝(ほんま・ゆうき)さんから話を聞いたことでした。クエスチョンのコアパートナー企業として準備段階から参画していたツナグムが、8階を地域に開かれた場にしたいという京都信用金庫の思いにコミュニティキッチン事業がマッチするのではないかと考えて提案し、実現に至りました。

田村がQ’sの代表取締役になり、本間さんがディレクターに就任。食分野のコンサルティング経験が豊富な福吉貴英(ふくよし・たかひで)さんや、創業90余年の八百屋「西喜商店」の四代目である近藤貴馬(こんどう・とおま)さんなど、個性豊かなメンバーが取締役として加わりました。

近藤さん(左から3番目)、福吉さん(左から4番目)、田村(左から5番目)、本間さん(右端)

近藤さんは、当時をこう振り返ります。

DAIDOKOROでは西喜商店の野菜を使うことも。この日も、納品を終えてから取材スタート!

近藤さん

僕は家業を継ぐために2015年に京都にUターンして、京都移住計画のメンバーとしても活動していました。田村さんからQ’sの話を聞いたのは、京都に戻って5年くらい経ち、八百屋としての事業が軌道に乗りはじめた頃でした。

近藤さんは、先祖代々つづく八百屋を守りながら、新たなチャレンジもしたいと考えていました。

近藤さん

うちは昔ながらの「普通の八百屋」。そこが西喜商店の良いところです。だから、ちゃんとまっとうに八百屋をやりつづけ、さらに八百屋以外の活動もすることで、差別化ができるんじゃないかと思ったんです。

キッチン開放の日などに、DAIDOKOROで西喜商店の野菜を販売することも

近藤さんは、Q’sでは主にDAIDOKOROでのイベントの企画・運営に携わっています。

近藤さん

自分たちで食材を調達して、一緒に調理して、みんなで食べる。立場や役割を越えて、みんなで一緒に楽しむ。それを新しい食文化として広めていきたいという思いでDAIDOKOROを運営しています。でも、いきなり僕たちの理想を語っても、なかなか伝わらないですよね。だから、まずは知ってもらって体感してもらおうと、自社でイベントを企画して発信してきました。

近藤さんが中心となって企画したフードロス座談会。生産・流通・調理加工の最前線で活躍するゲストによるトークの後、みんなで一緒に料理して食事を楽しみました(写真提供:Q’s)

近藤さんは、八百屋としての強みや、京都移住計画の活動を通して広がったつながりを生かし、農家や漁師、猟師といった一次生産者、加工食品の会社、料理人などさまざまな人たちとコラボレーションしてイベントを実施。イベントでコミュニティキッチンの魅力や楽しさを実感した人が、次は自分たちで自由にDAIDOKOROを使うようになっているそうです。

近藤さん

例えば、南丹地域で農業や狩猟をしている方は、獣害対策で捕まえた鹿をさばいてみんなで食べるなど、定期的にこの場を活用してくれています。こんなふうに自由にDAIDOKOROを使ってもらう機会を、これからもっと増やしていきたいですね。

京丹波町にUターンした野村幸司さんが育てた黒枝豆を、与謝野町のローカルフラッグが開発・販売するクラフトビール「ASOBI」と共に味わうイベント(写真提供:Q’s)
「小松亭タマサート」という屋号で、イベントなどでラオス料理を出店する小松聖児さんをゲストに迎え、琵琶湖の魚を使ってラオス料理を味わうイベントを開催(写真提供:Q’s)

DAIDOKOROがオープンして約3年。河原町御池という街中にコミュニティキッチンがあることの意味を、近藤さんはどのように捉えているのでしょうか。

近藤さん

立地が良いからか、京都の北部や南部など、遠方から来てくれる人も多いですね。居住地も年齢もバラバラで、属性があまり偏っていないところが、街中にある良さかもしれません。学生と年配の方が一緒に料理をしていたりしますからね。

2021年11月に行われた1周年イベントの様子(写真提供:Q’s)

「いろんな人たちがごちゃまぜになって、何をやっているのかよくわからない時が一番面白い」と、近藤さんは楽しそうに笑います。

近藤さん

言葉で表現できないようなエモさを感じる瞬間があるんですよ。食材を用意して、もちろんある程度メニューも考えておきますが、それを超えて即興でいろんな料理が生まれていく。僕は音楽が好きなんですけど、バンドで一斉に音を鳴らした時って、得も言われぬ高揚感があるんです。音楽も料理も、即興性から来るエモーショナルさは一緒。それをみんなに体感してほしいですね。

「もてなす/もてなされる」ではない関係性

つづいてお話を伺うのは、DAIDOKORO店長の前原祐作(まえはら・ゆうさく)さんです。Q’sの会社設立と同時に入社した前原さんは、2022年には取締役に就任。近藤さんをはじめとする役員メンバー、社員やアルバイトのメンバーと共にQ’sの現場を運営しています。

カンボジア学校建設プロジェクトの立ち上げ、人力車の俥夫(しゃふ)、アイルランドへの語学留学など、大学在学中にさまざまな活動をしてきた前原さん。実は、食の分野に進もうと思っていたわけではなかったそうです。

前原さん

とにかく興味の幅が広すぎて、頭でっかちだったんですよ。ツナグムのインターン生をしていた時に、たまたまQ’sの立ち上げに関わるようになって、食という分野に絞られたのが逆に良かったなと思っています。全然知らない領域だからこそ謙虚に勉強できたし、面白かったんです。

入社してからの仕事内容は?と尋ねると、「最初は、経営以外は全部」と前原さんは笑顔で話します。

前原さん

ミーティングで決まったことを、実際に手を動かして形にするのが僕の役割でした。本当に何でもやりたかったし、「何でもやります」というスタンスだったので。事業計画書を作るのも、キッチンの掃除や皿洗い、水漏れの対応もやっていましたね。

2021年に開催した「丹後FES」では、丹後の事業者の人たちとのやり取りやWebサイトのディレクションなど多くの経験を積み、「何もわからないまま飛び込んで、みなさんに鍛えてもらいました」と前原さん。翌2022年の「未来の大衆食FES」では、企画や補助金申請の段階から自分で担当したそうです。

2021年6月にクエスチョンや京都市内各所で開催した「丹後FES」。コロナ禍のため一部のイベントはオンラインで行われました
2022年1月~2月に開催した「未来の大衆食FES」では、京都の多様な食文化を彩る人気店と共に、「未来の大衆食」をテーマにメニューを考えました

自分が関わった企画を振り返りつつも、「でも裏ではずっとお皿を洗っていましたし、キッチンに立っていた時間の長さは、まだ誰にも抜かれていないはず」と笑う前原さん。華やかな仕事ばかりではなく、あくまでも日々の現場が大切だという思いが感じられます。前原さんはどんな時に仕事の喜びややりがいを感じているのでしょうか。

前原さん

基本、毎日楽しいです。僕たちの仕事って、良くしようと思えばなんぼでも良くできるんですよ。料理の見せ方やグラスの並べ方、マイクの音量、BGMのタイミング、照明の明るさ、お客さんの動線。いくらでも工夫できる空間が好きなんですよね。

より良い場になるように工夫を凝らすと、お客さまにも喜んでもらえるし、信頼にもつながる。そうやって自分たちが目指す世界観が実現すると、「うれしいというか興奮するんですよね」と前原さんは楽しそうに話します。

前原さん

「和歌山の雑賀崎で魚を買ってくるので、みんなで集まって食べましょう」と呼びかけたら、子どもがたくさん来てくれたので、一緒に魚をさばいたんですよ。その時、小学5年生のある男の子が、料理人に教えてもらいながらほとんど一人でパエリアを作ったんです。完成したパエリアを配ると、彼がみんなから「シェフ」って呼ばれていて。その光景を見たら、ほんまに泣きそうになりました(笑)。

保護者がキッチンの外から見守るなか、Q’sのスタッフと共に子どもたちが自分で調理しました(写真提供:Q’s)

Q’sは、8階のDAIDOKOROだけでなく、2023年9月からは1階のカフェバーの運営も担っています。Q’sの現場全体を統括している前原さんは、1階も8階も目指すべき方向は同じだと言います。

前原さん

例えばこの間1階で、人からおみやげにもらったミカンジュースを、お店にいた人たちに「良かったらどうぞ」って配ったんです。みんな僕の知り合いだったので、「この人はこんな人で」ってお互いを紹介したら、その人たちが勝手に仲良くなっていって。それが記憶に残っている1階の風景なんです。目指しているのは、食がつなぐ「サービスじゃない関係性」。もてなす/もてなされるではない関係性だと思います。

お昼はカレーとコーヒー、夜はお酒と肴を楽しめる1階のカフェバー。イベントや交流会のスペースとしても活用されています

飲食店であって、飲食店でない。そんな不思議で居心地の良い場が、1階で生まれているのでしょう。Q’sが1階と8階を担うことで、たまたま1階に立ち寄った人が8階にも足を運ぶなど、フロアを越えた人の行き来が起こるのが重要だと前原さんは語ります。

前原さん

2~3階のコワーキングスペースや5階のスチューデントラボなど、自分が用事のあるフロアにしか行ったことがない人も多いんです。だから、フロアを越えて人が混ざり合っていくことは、共創施設であるクエスチョンの未来にとっても大切です。

Q’sが1階を担うようになって半年足らずですが、何か変化は生まれてきているのでしょうか。

前原さん

8階でイベントをするとなると大がかりになりますが、1階ではカレーやドリンクで気軽にコラボレーションできるのが良いですね。これまでにもカレーのトッピングとして京都のさまざまな事業者とのコラボレーションが実現しています。

いまだかつてないデザインを京北エリアから発信することを目的に設立された「京北堂」の展示イベントにあわせて、京北の子宝芋を使ったコラボカレーを販売。器はこのイベントのために作られたオリジナル(写真提供:Q’s)

前原さん

1階にQ’sのスタッフがいることで、8階にいたら出会えていなかった人との会話が増えています。それが今後のQ’sの資産になるはずです。

これから新しく仲間に加わる人には、どんなことを期待しているのでしょうか。前原さんと近藤さんは、こう語ってくれました。

前原さん

小さな会社の3人目、4人目の社員となるので、向こう5年、10年と僕たちと一緒に会社の未来を考えてくれる人と仲間になれるといいですね。どんな人が仲間になってくれるかで、1階だけでなく、会社自体がどうなっていくか決まるとすら思っています。

近藤さん

QUESTIONの看板の役割を担う1階に、Q’sのスタッフがいるのは大きな価値。看板娘か看板息子かわからないですけど、最前線に立つ気持ちで来てほしいです。いわばフロントマン、バンドのボーカルですね。僕たち大人がドラムやベースでリズムを刻んでおくので、前で派手にギターを弾いたりシャウトしたりしてもらえたらと思います。

日本一のコミュニティキッチンを目指して

最後にお話を伺うのは、2022年12月に入社した佐藤宇宙(さとう・そら)さんです。現在も大学院に在学中の佐藤さんは、野菜が売っているという理由で偶然訪れたのがきっかけで、DAIDOKOROに出会いました。

佐藤さん

見た瞬間に「ここだ」と思いました。もともと食で人がつながる場を作りたいと思っていて、大学では食マネジメントを専攻しました。将来は地元の八丈島で、実家の民宿を継いで地域活性の取り組みもしていきたいという目標があるので、ここで修行するのがいいんじゃないかなと思ったんです。

その場で「働きたいです」と伝えてアルバイトをすることになり、3ヶ月ほどで社員に。現在はDAIDOKOROのマネージャーを務めています。

予約対応から打合せ、準備、当日のサポート、見積書や請求書の作成など、一連の業務を担当している佐藤さん。お客さまによって内容が全く変わるため、「毎日が文化祭前日みたい」と楽しそうに笑います。

佐藤さん

自分が仕事を覚えるために、最初はマニュアルを作ろうとしていたんです。でも、毎回全く違うので、やっぱりマニュアルは作れないし、作っちゃいけないなと思いました。お客さまの求めるものは何か、いつも想像力を働かせることを大切にしています。

さらに、週1回程度、役員メンバーとオンラインで打合せをして、現場と役員の橋渡しをするほか、SNSを運用したり、1階で「スナックそら」を開催したりと、多岐にわたる仕事を担当しているそうです。そんな佐藤さんに、どんな時に仕事の面白さを感じているのか尋ねると、「仕事と生活が心地よく混ざっていくのが楽しい」と目を輝かせます。

佐藤さん

以前は滋賀に住んでいて、昨年夏に京都に引っ越してきたんです。近所に「津乃吉」さんという佃煮のお店があって、DAIDOKOROの企画で工場見学をさせてもらったんですけど、そのご縁でプライベートでも仲良くなって。家族の食事に呼んでもらうなど、ご近所付き合いをさせてもらっています。

他にも、DAIDOKOROで一緒にイベントの準備をした、丹後・上宮津のお母さん軍団の一人と仲良くなって、後日地元のお祭りに行って自宅に泊めてもらったこともあるのだとか。「上宮津が第3の故郷みたいな場所になりました」とうれしそうに話す佐藤さんの笑顔から、仕事で出会った人たちと家族のような関係を築いていることが伝わってきます。

上宮津のお母さんたちで結成された料理グループ「おいしいがききたくて」の手づくりごはんを食べながら、地域を知ろうというイベント(写真提供:Q’s)

DAIDOKOROで月1回行われているキッチン開放も、「家族団らんに近い雰囲気」だそうです。

佐藤さん

10人くらい集まって、味噌づくりや梅ジャムづくりなど、季節の手仕事をしています。子ども連れの主婦の方とか、学生さんとか、いろんな人たちが一つの机を囲んで同じ作業をしていると、自然に心の距離が縮まって家族団らんみたいになるんです。その風景が、私が好きなDAIDOKOROの日常ですね。

「菱六もやし」の種麹と「京納豆 藤原食品」が原料として扱う大豆を使った味噌づくり(写真提供:Q’s)

最後に佐藤さんは、今後やりたいことについてこんなふうに語ってくれました。

佐藤さん

昨年末に八丈島に帰った時の話なんですけど。誰も呼んでいないのに、友達とか先輩が民宿に集まってきて、勝手にくつろいでいて。普通に迎え入れて、年越しそばを食べて、一緒に年越ししたんですよね。呼んでないメンバーで(笑)。その光景がすごくいいなって思ったんです。DAIDOKOROでこんな光景があれば最高だなって。こういうことが日常でたくさん起きている場所にできたら、私たちの「日本一のコミュニティキッチンをつくる」という目標に近づけるんじゃないかなと思っています。

Q’sの皆さんのお話から、仕事の幅広さや、既存の職種名では表現しづらい複雑さが伝わったでしょうか。飲食店スタッフのようでもあり、イベントプランナーやコミュニティマネージャーのようでもあり。多くの要素を含む、職業と職業の「あわい」のような仕事と言えるかもしれません。

これからQ’sの仲間に加わる人は、カフェバーで接客やサービス、調理といった実務を担当し、ゆくゆくは仕入れやマネジメントなども含めた1階の責任者を担う予定です。役員メンバーとは定例ミーティングでコミュニケーションを取りつつ、時には1階以外の業務に携わることもあるでしょう。また、佐藤さんの「スナックそら」のように、何かやりたいことがあれば挑戦するチャンスも大いにあるはずです。

食が好き、人が好き。地域や場づくりに関わりたい。そんな思いを持って、現場の最前線で仕事をしてみたい方は、ぜひチャレンジしてみてください。

編集:北川 由依
執筆:藤原 朋
撮影:中田 絢子

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