色とりどりの友禅紙が美しい、和帖や御朱印帖。手に取ると、紙のやさしい手触りや手仕事の温かみが感じられ、心がほっと癒されます。
今回ご紹介するのは、色紙や短冊、和帖、御朱印帖、写経用紙、化粧箱などの紙加工を手がける株式会社西川紙業です。手仕事と機械を使い分けて加工を施す唯一無二の技術は、京都はもちろん国内外の人たちから高く評価されています。
「紙加工の価値をもっと広めたい」という思いのもと、一般向けのワークショップの開催、直営店の開設など、新たなチャレンジに取り組んでいる西川紙業。企画・製造や情報発信を担っていく仲間を募集しています。
仕入れ先や顧客と共により良いものづくりに挑む
西川紙業の始まりは大正後期。創業の地である、東寺の南側に位置する閑静な住宅地で、紙加工の事業をつづけてきました。代表取締役の西川佐織(にしかわ・さおり)さんは、会社の歴史についてこう語ります。
西川さん
私の祖父母が高知から京都に移り住み、色紙の製造業を営んでいたのが始まりです。その後、私の父が事業を拡大し、色紙だけでなくさまざまな紙加工を手がけるようになりました。主に寺社仏閣向けに仕事を広げ、昭和50(1975)年に株式会社を設立。父が他界してからは、母が会社を引き継いで守ってきました。
和紙や洋紙、生地のメーカーから素材を仕入れ、社内で加工を施して、卸問屋や印刷会社、寺社仏閣といった取引先に商品を納めている西川紙業。仕入先も得意先も「協力会社」と思って仕事をしているそうです。
西川さん
私たちには仕入先も取引先もありません。すべて協力会社です。どちらが上とか下とかという関係ではなく、共に協力し合って良いものを作っていくことを大切にしています。
取引先との関係性は、日々の仕事のやり取りにも表れています。依頼があると、初めての商品、複雑な商品はまずサンプルを作成。素材の選定や加工の方法についてディスカッションを繰り返して、一緒に商品を作り上げていきます。
西川さん
例えば、印刷には合うけれども加工には合わない紙、加工には合うけど印刷には合わない紙もあります。取引先との打ち合わせの中からさらに先のお客さまのことまで考えて、紙加工の会社として最大限の提案ができるように努めています。
「お客さまの先のお客さま」まで考えるためには、経験と想像力と思いやりが必要だと話す西川さん。さらに、西川紙業には、お客さまの望みを何とかかなえようとする精神が根付いていると語ります。
西川さん
なるべく「できない」は言わず、何とか実現しようとするのが西川紙業のイズムだと感じます。職人さんたちには、そのための引き出しがすごくたくさんありますから。「西川さんだったら何とかしてくれると聞きました」と東京や岐阜から相談に来られる方もいますね。
高価な工芸品ではなく、日常に寄り添うものを
多様なニーズに応えられる、高い技術力を誇る西川紙業。しかし、「西川紙業には『技術』という強みがたくさんありますね」と取引先から言われて、改めて自社の強みに気づいたと西川さんは言います。
西川さん
特別なことをしている感覚は無くて社内ではみんな、できて当たり前のことだと思って仕事をしていたんですよね。ちょっとしたコツくらいに思っていましたが、実はそれが西川の強みだったんだと気づいたんです。紙の癖や、その日の温度・湿度など、さまざまな要素も考慮しながら加工しているんです。手の感覚って、繊細ですごいんだなと思います。
唯一無二の技術はどのようにして継承されてきたのでしょうか。そう尋ねると、西川さんは「技術が途絶えないのは、長年西川を支えてくれた職人さんたちがいて、その技を継いでいることと、チームで作業しているから」と説明します。
西川さん
パートの方たちは、一つの工程を数人で行うことが多いのですが、他の人と一緒に作業していると、手の動きや早さを自然に覚えていきます。熟練の職人さんに付いて仕事をしている人は、数年経つとだんだん後ろ姿が似てくるんですよ(笑)。手の角度や肘の張り方など、型が受け継がれていくんでしょうね。
さらに、技術と並ぶもう一つの強みとして、手作業と機械を使い分け、中量生産に対応できるところを挙げます。
西川さん
私たちが作っているのは、大量生産の安価な商品でも、少量生産の高価な工芸品でもない。職人が本物を知っているからこそ、何をどう引き算したら中量生産ができるのかを考えられるんです。ある印刷会社の方から「西川さんみたいな会社は、アジアで一軒しかないと僕は思っている」と言っていただき、これも強みだったんだと気づきました。
西川紙業のベテラン職人は、「俺は工芸品ではなく民芸品を作りたい。民芸品は人に触られて使われてなんぼやから」といつも話しているそうです。大量生産品と工芸品の二極化が進む中、誰もが手に取りやすく気軽に日常使いできる民芸品を作る意義を大切にしていることが伝わってきます。
紙加工の価値をもっと広めていくために
西川紙業の強みをいきいきと話してくれる西川さんですが、「実は、昔は家業が好きではなかったんですよ」と笑いながら過去を振り返ります。
西川さん
子どもの頃から現場を見て手伝ってきましたが、紙は重いし運ぶのも大変でしょう?でも、それとは裏腹に、なぜか小さい頃から父には「お前が会社を継げ」と言われていました。私、次女なんですけどね(笑)。
24歳の時にワーキングホリデーでカナダに行って、日本を外から見たことが、継業のきっかけになったそうです。
西川さん
バンクーバーには雨季があるんですけど、私は日本から傘を持っていかなかったんです。それで向こうの百貨店に買いに行ったら、小学生が差すような赤とかピンクの傘しかなくて。日本には、雨が降ったら内側にお花が咲くとか、美しい傘がたくさんありますよね。四季ごとに喜びや楽しみを見つけ出すのが日本の美意識だなと思いました。
日本ならではの美や豊かさを強く意識した西川さんは、家業の魅力を日本から海外に発信したいと思い、帰国してから自ら手伝うように。製造や営業などの仕事に広く関わったのちに、2020年に代表取締役に就任しました。
西川さん
西川紙業は父が立ち上げ、母が守ってきた会社。ここで私ができることは何だろうと、ずっと考えてきました。いくらやってもベテランの職人さんたちの技術にはなかなか追い付けない。でも、この会社の魅力を広めることだったら私にもできると思ったんです。
そこで西川さんが始めたのは、展示会への出展でした。ただし、出展する理由は「ものを売りたいからではない」と言います。
西川さん
私たちはあくまでもものづくりの会社で、絶対にそこから軸足をぶらしてはいけないと思っています。だから、展示会に出るのは、商品を買ってもらうためではなく、紙加工の会社として知ってもらうためなんです。
さらに、ものづくりの魅力を広く発信したいと、一般向けのワークショップも開催。工場を見学した後、御朱印帖や和帖の制作を実際に体験できるプログラムを提供しています。
西川さん
ものづくりの大変さや楽しさを実感してもらうと、商品に深みが出る。制作工程を知った後は、皆さんの見る目がぱっと変わるんですよ。ワークショップには、これまでにアメリカやドイツの方も参加してくださいましたが、欧米の方は特に「こんな小さな会社に技術がたくさん詰まっている」とクラフトマンシップに共感してくださいますね。
ワークショップに訪れた人に、買い物やおみやげ選びも楽しんでもらえるようにと、2023年6月には本社の隣に直営ショップ「KamiKami」をオープン。他にも、インバウンド向け商品の開発や、ホテルでのワークショップ開催など、発信活動の幅を広げています。
西川さん
展示会もワークショップも直営店も、ものづくりの魅力を伝えるための活動です。そして、私はこれらの活動を通して、紙加工の価値や職人の価値を上げたいんです。今までは職人さん自身も、価値や魅力に気づいていなかった。だから、みんなにもっと自信やモチベーションを高めてもらいたい、という思いもあるんです。
間もなく会社設立50周年を迎えるにあたり、西川さんは今後への思いをこう語ってくれました。
西川さん
紙加工の価値や魅力を広めて高め、もっと身近で親しみやすい存在にしていくことが、私の代の仕事だと思っています。社員のみんなに「西川で働いてるねん」って、自信を持って言ってもらえるような会社でありたいですね。
製造の経験を生かし、お客さまにより良い提案を
つづいてお話を伺うのは、営業職の山崎博史(やまざき・ひろふみ)さんです。前職では屏風や掛け軸を扱う会社で営業をしていた山崎さんは、5年ほど前に西川紙業に入社しました。
山崎さん
せっかく京都に住んでいるので、京都らしい仕事に携わりたいという思いがあり、西川紙業の求人に書かれていた「技術の継承」という言葉に惹かれて応募しました。僕の実家は製本会社なのですが、面接してくれた職人さんのご親戚も製本関係の仕事をしているとのことで、話が盛り上がって。不思議なご縁を感じて、ここで自分が技術を継いでいきたいと思いました。
山崎さんは普段、取引先から依頼があると、いったん自分でサンプルを制作し、やり取りを重ねてOKが出たら商品化するという流れで仕事を進めているそうです。営業担当が自らサンプル制作を?と驚いて尋ねると、山崎さんは「僕も初めはそんなつもりじゃなかったんですけどね」と笑います。
山崎さん
入社1年目の頃は、ときどき現場の作業を手伝いながらも、一つひとつの工程を詳しく理解していないまま営業に出ていたんです。でも、取引先からいろいろ質問されると、うまく答えられず困ってしまって。製造をもっと理解しないとダメだなと実感しました。
「何でも自分でやってみないとわからない」と、職人さんたちから教わりながら、各工程を一から学んだ山崎さん。自ら経験してものづくりの魅力を体感していったと言います。
山崎さん
作っているうちに、だんだん楽しくなってきて。もっときれいに作りたい、あれもこれもやってみたいと思って取り組んでいるうちに、気づけば自分一人でサンプル制作ができるようになっていました。製造の知識が深まったことで、お客さまへの提案の幅が広がり、より良いものができるようになったと思います。
製造にも営業にも携わってきた山崎さんは、西川紙業の強みや魅力をどのように捉えているのでしょうか。
山崎さん
やっぱりベテランの職人さんたちの知識や技術のレベルがものすごく高いので、彼らに直接聞いて教わることができるのは強みだと思います。僕ができていない部分があれば、きちんと注意してくれるのも有難いですね。でも普段はとてもフランクに接してくれて、一緒に働くのが楽しいです。
今回、製造・営業工務職を募集するにあたり、どんな人が合いそうかと尋ねると、こう答えてくれました。
山崎さん
より良いものを作るために、いろんなことに興味を持ってもらえる人だといいですね。休みの日に美術館や博物館に行く、京都にある紙屋さんにちょっと立ち寄ってみるなど、普段からアンテナを張っていれば、仕事に生かせることもありますから。業界未経験でも、好きとか興味があるという気持ちがあれば大丈夫です。ただし、紙はすごく重たいですし、製造現場には危険を伴う場面もありますので、そういった面もきちんと知っておいてもらえるといいですね。
職種の枠を越えてチャレンジできる環境
つづいて、女性社員のお二人にもお話を伺います。入社して約30年になるという宍戸礼子(ししど・れいこ)さんと、5年ほど前に入社した伴佳代子(ばん・かよこ)さんです。
宍戸さん
もともと事務機の販売をする会社に勤めていて、操作指導のために西川紙業に来ていたんです。私が前職を辞めるタイミングと、西川紙業の事務職の方が退職される時期がたまたま重なり、声をかけていただきました。
伴さん
私はずっと販売職をしていたのですが、新たに事務職の仕事を探していて西川紙業に出会いました。事務は全くの未経験でしたが、西川さんと宍戸さんが面接して採用してくださいました。
「ふんわりとしたやわらかい雰囲気が良いなと思ったんですよ」と宍戸さんが言うと、「未経験なのに社員として採用していただき、本当にラッキーでした」と伴さん。「ご縁ですね」と二人は顔を見合わせて笑います。
事務や経理の業務を伴さんに引き継いだ宍戸さんは、イラストレーターでレイアウト作成をしたり、自ら製造現場に入ってパートの方たちを取りまとめたり労務関係の対応もしたりと、多岐にわたる仕事を担当しています。
宍戸さん
イラストレーターは今まで使ったことがなかったんですが、簡単なレイアウトくらいは社内でできたほうが良いと思い、わからないことは取引先の方にも質問しながら、なんとか独学で覚えました。最近は忙しくて製造現場に週の半分くらい入っています。
業務の幅広さに思わず驚くと、「誰かがやらないといけないですから」と宍戸さんは笑顔でさらりと話します。
伴さんも、宍戸さんと同じく事務職として入社したものの、現在は展示会やワークショップといったイベントの運営や、SNSでの発信など、さまざまな業務に携わっています。
伴さん
私はもともとものづくりが好きだったので、製造現場で捨てられている端材が「もったいないな」と思って、集めてきて小物を作り始めたんです。それがきっかけで、社内の皆さんが興味を持ってくれました。展示会のレイアウトに携わったり同行したりするようにもなり「せっかく同行させてもらうなら何かしないと」と、新商品の考案やSNS発信も始めました。
これまでは既存の取引先の仕事が中心だった西川紙業が、社外への発信活動を広げつつある状況について、会社を長年支えてきた宍戸さんはこう話します。
宍戸さん
人から人へと、手作業が引き継がれてきたのが西川紙業の強みです。そういったものづくりの強みや魅力を、展示会やワークショップの場を通じて社外に伝えていけるのは素晴らしいことだなと感じています。この一歩が、今後の西川紙業の大きな柱に育ってほしいですし、新たな挑戦を私も後ろからサポートしていけたらと思いますね。
伴さんと宍戸さんは、これから新しく仲間に加わる人には、どんな資質を求めているのでしょうか。
伴さん
私も宍戸さんも、入社時には想像していなかった業務を経験してきたので、そういった変化も楽しめる人が良いのかなと思います。今はできないことも、できるようになれば良いだけですから。目の前の仕事を素直に楽しむのが一番ですね。
宍戸さん
能力や技術、経験の有る無しよりも、まず基本的なところで、仕事を一生懸命頑張ってくれる人がいいですね。私の最近のスローガンは「何でもやってみよう」なんですよ。そんな気持ちの人が社内で増えていってほしいと思います。
代替わりを経て、次々と新たな取り組みに挑んでいる西川社長と、職種の枠を軽やかに飛び越えてチャレンジしている社員のみなさん。伴さんと宍戸さんのように「できないことはできるようになれば良い」「何でもやってみよう」というマインドを持てる人や、山崎さんが話してくれたように「いろんなことに興味を持てる人」なら、きっと彼らと一緒に仕事を楽しみながら成長していけるのではないでしょうか。
編集:北川 由依
執筆:藤原 朋
撮影:小黒恵太朗