自然豊かな田舎で暮らしたい。やりがいのある仕事がしたい————。
今回ご紹介するお仕事は、そんな希望を持つ人にぴったりかもしれません。
舞台は、京都府南丹市美山町。京都市内から車で1時間半弱の距離にありながら、日本の原風景をとどめるかやぶき民家の伝統文化や、由良川の源流に広がるブナの原生林をはじめとした、古きよき自然と文化が息づく里山です。
まさに「隠れ里」といった風情ののどかな町ですが、実は世界中から年間80万人近くの人が訪れる南丹市きっての一大観光地域。かやぶき民家を活かした宿泊施設や飲食施設のほか、ガイドツアーなど旅行者を対象としたイベントもさかんに行われています。
そして今回、新しい人材を必要としているのも、美山町の観光に関わる組織。2016年7月に設立された「一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会」です。
町の重鎮に聞く、“観光立町”の足跡
はじめに、同協会の代表理事で、以前は美山町役場の職員として働いていた中川幸雄さんに協会設立の経緯についてうかがいました。
美山町はもともと昭和30年に5つの村が合併してできた町です。当時は人口1万人に達していましたが、今はその半分にも満たない4000人足らず。高齢化率は45%に達しています。その兆しが見え始めた平成元年頃、農業や林業に替わる新たな基幹産業を育てようと、町を挙げて『観光によるまちおこし』に取り組むようになりました
私自身もまちおこし関係の部署で、いくらかお手伝いをさせていただきました。第3セクターの美山ふるさと株式会社を立ち上げて、美山町自然文化村をはじめとした観光・宿泊施設をつくったり、『美山牛乳』の加工場と直売所を新設してブランド化に取り組んだりと、当時の自治体としてはかなり型破りな挑戦だったと思います。
それらと時期を同じくして、かやぶき民家の集落が文部科学省の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、観光客数は右肩上がりに増えていきました。特に近年は、インバウンド効果で閑散期だった冬にもたくさんの外国人旅行者が訪れるようになり、宿泊業や飲食業を営んでいる人にとっては大変喜ばしい状況といえます。
しかし、このままでは一部の事業者が恩恵を受けるだけで、観光に直接かかわりのない人たちは置いていかれてしまう。本当の意味で美山を活性化させるためには、地域全体が『儲かるしくみ』を構築しなければダメだという結論に至りまして、観光庁が推進する日本版DMO(※)に呼応するかたちで、一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会を立ち上げた次第です。
設立後1年足らずということで、今は実質4名体制の小さな組織ですが、観光データの収集や旅行商品の企画など、やるべきことが山積みの状態です。今回の募集を機に少しずつスタッフの数を増やし、組織の層を厚くするとともに確かな実績を積み上げていきたいと考えています。
※日本版DMOとは・・・ 地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するため戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人。2017年5月現在、観光庁の登録を受けた日本版DMO候補法人は計145件。その中に一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会も含まれる。
参考:観光庁ホームページ
「地域」ありきの仕事を、できることから
美山の観光事業に精通した中川さんに組織の成り立ちをうかがったところで、次に知りたいのはやはり、具体的なお仕事の中身。現場で働く人たちが担っている仕事内容や仕事に対する思いなどについて、お二方から直接お話をうかがうことができました。
協会として今行なっている事業は主に3つ。一つは、人や自然を含めた新たな地域資源を掘り起こしながら、地域との関係性を深めていく部門。そして、掘り起こした地域資源を活かしてツアーなど『商品』をプロデュースし、まちおこしにつなげる部門。
もう一つは、これらを統括する総務部門で、私が担当しています。とはいえ、総務以外の2部門に関しては明確な線引きはできていませんね。組織の規模が小さく、発足して間もないので、部門をまたいでできることから始めているという状態です。
そのように事業のあらましを教えてくれたのは、同協会の事務局長・青田真樹さん。中川さんと同じく協会設立時からかかわっている主要メンバーの一人で、これまでにもユースホステルをはじめとした観光関連施設の運営に携わってきた、旅行業ならびに組織マネジメントのエキスパートです。
では、『新たな地域資源を掘り起こし、地域との関係性を深め、さらに商品化につなげる』とは、具体的にどのようなプロセスで進められているのでしょうか。これについては、商品開発をメインに担当している高御堂(たかみどう)和華さんが答えてくれました。
まずは足を使って情報収集することから始めます。各地区の会長さんや歴史に詳しいお年寄りのところへお話を聞きにうかがい、ツアーに取り入れられそうなものがあれば、さらに詳しく調べて、企画を練り上げていきます。
そして事務局長の承認を得た上で、本格的に関係各所との調整や情報発信、受付業務などを進め、実施に向けて万全の準備を整えるという流れですね。今年の春に試験的に実施した『美山山里語り部ツアー』も、そうやって地域の人のお力を借りながら企画・実施しました。
事前に決めたルートを語り部さんと一緒にめぐるのですが、道端の石碑やお地蔵さんにまつわる面白いエピソードが聞けて、お客様の反応も非常によかったですね。ただ歩くのと、地元の方のお話を聞きながら歩くのとでは、風景の見え方が全然違ってくると思います。多分それは、風景を紡いできた『人』の温もりが伝わってくるからでしょうね。
最近は外国人向けのツアーづくりに向けて、また地域をまわって資源の掘り起こしに精を出しています。良いものを生み出せるかどうかは、この準備段階にかかっていると言ってもいいくらいなので、新しく来られる方にはまず記録係といった補助的なポジションでサポートしていただきたいですね。
その中で地域の皆さんとの交流を深めて、ゆくゆくはツアーの企画・実施などもお願いすることになると思います。他府県からの移住した方なら、地元出身の私とはまた違った視点や発想で面白い企画が生まれるのでは?と密かに期待しています。
美山のまちづくり組織1本化に向けて事業拡大中
聞けば、高御堂さんは上記のメイン業務のほかに、美山で暮らし働く先輩と移住希望者をつなぐ『美山エコツアーカフェ』や、美山の一般家庭に子どもが宿泊する民泊事業のサポート業務、さらに地域住民を対象としたガイド養成講座の運営まで掛け持ちで行なっているそう。
これらはもともと、別の組織が担っていた業務なのだそうですが、今、それらをまちづくり協会に集約し、観光・移住・雇用に関するサービスをワンストップで行う組織へと発展する過程にあるということです。
観光に関していうと、美山町観光協会やエコツーリズム推進協議会といった既存の組織もいずれは当協会に統合される見込みです。そうした過渡期にあるものですから、新たに加わって頂く方にも高御堂さんのように掛け持ちで複数の業務を担ってもらう可能性があります。それでも構わない、むしろ面白そう!と前向きに取り組んでもらえる人を迎えたいです。
と青田さんは言います。めまぐるしく変化する黎明期の職場環境を、高御堂さんはどのように感じているのでしょうか。
仕事の分担や進め方など、決めないといけないことが次から次に出てきますが、何でもみんなで話し合って決められるのはすごく楽しいです。人数が少ないぶん風通しがよく、自分の意見も言いやすいし、アドバイスも言ってもらいやすいですね。
大変なことは特にありませんが、強いて言うなら一人で留守番する時が少し心細いことでしょうか。だから、新しい方に入って頂き、話し相手ができることが待ち遠しいです(笑)。
『主役』を立てる謙虚な気持ちで
ほかに必須のスキルなどはないか、お二人にたずねたところ、高御堂さんは「車移動が多いので運転免許があるといいです」、青田さんは「やっぱり、コミュニケーション能力ですかね」とのお答え。
特に後者は『人との関係性を築いたり、合意形成を図る上で欠かせないもの』として重視しているポイントのようです。実際に地域の人たちと話す機会の多い高御堂さんに、コミュニケーションを取る上で気をつけていることをたずねると、こんな答えが返ってきました。
あまりしゃべりすぎないように、控えめにと心がけています。実は入った当初、あれがやりたい、これがやりたいという気持ちが先走って、会議の場などで自分が一番目立ってしまうことがよくあって。でも、これではいけないなと気づいたんです。
私たちはあくまで、地域の皆さんが紡いできた歴史や暮らしの文化などをお借りして旅行商品などをつくらせてもらっている立場なので、常に謙虚な気持ちを持って接することが、皆さんの信頼を得る上でも大切なことのように思います。
それを聞いた青田さんは「素晴らしい……」と部下の成長を喜ぶとともに、組織の存在意義を説いてくれました。
彼女が言った通り、当協会は地域を下支えする組織です。地域の皆さんが大事に守り継いできたものに新たな価値を見出し、かたちにすることで、皆さんの自信につながると思います。さらにその自信が、地域を持続・発展させたいという思いにつながったなら、なんとしても応援する。それが“まちづくり”を標榜する私たちの最大の使命と考えています。
住まい探しを協会がサポート
さて、仮にまちづくり協会への就職が決まった場合、やはり美山町内に居を構えるのが、暮らしや仕事の両面において好都合といえるでしょう。本来なら家探しが急務となりますが、ご安心あれ、協会側が地元のネットワークを駆使して、町内の空き物件を紹介してくれるそうです。
「他府県からの移住となると、探すだけでもひと苦労ですし、私たちが間に入るほうが家主さんも安心して提供してくれますから、遠慮なく頼ってくださいね」と青田さん。
ちなみに青田さんも、京都市内から美山へ住まいを移した移住組です。
実は私、まちづくり協会のほかに、株式会社野生復帰計画や芦生自然学校といった美山に拠点を置く複数の組織の運営も兼業しているんです。自分がやりたかった組織マネジメントの仕事がたまたま美山で見つかって、数珠つなぎで広がっていきました。
地域に溶け込む努力は無用!?
移住者にとっては、地域への溶け込みやすさも気がかりな点ですが、青田さんいわく「私たちがコミュニケーション能力ありと判断して採用した人なら、うまくやっていけるでしょうし、そもそも美山は気さくな人が多いので大丈夫」とのこと。
人との関係づくりが基本のお仕事なので、気がつけば町中に知り合いがいっぱい……ということになっていそうですね。良くも悪くも、公私の境目が曖昧になり得ると想定しておくほうがよいかもしれません。
一方、高御堂さんからは「人付き合いよりも冬の暮らしのほうが大変かも!」と冬の厳しさを知る地元出身者ならではのアドバイスをいただきました。
「町の東と西で積雪量がかなり違います。東のほうがよく積もるので、雪に慣れていない方は西側の地域に住まれたほうがいいかもしれません。車の運転も慣れるまでが大変だということをお忘れなく」ということです。肝に銘じておきましょう。
美山に暮らしながら美山の人々の仲間として汗をかき、観光を通じて美山をよりよくかたちづくる役割を担う一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会。
動き始めたばかりのこの組織はまさにこれから事業を、仕事を創っていくというステージ。あなたが『やりたい』『やるべき』と感じたことがそのまま仕事になりうる場所です。中川さんという観光事業の先駆者がいて、人と仕事に導かれて美山へ移住した青田さんがいて、ふるさとの明日のために奔走する高御堂さんがいて……。
それぞれがたどってきた道のりも現在の立ち位置もそれぞれ違うのに、異口同音に言うのです。「美山は人があったかい。風景をつくっているのは人だよね」と。次はあなたが同じ言葉を発する番かもしれません。
Photo by もろこし