1960年創業、三代続く家族経営の寿司屋。
この一文から、どんなお店を想像しますか?地元の常連が集まる、まちの寿司屋をイメージする人が多いのではないでしょうか。
ところが、丸太町駅、二条城前駅から徒歩約10分に位置する「桔梗寿司」には、今日も英語が飛び交います。三代目から外国人向けにお店を少しずつ変えてきた結果、今ではお客さんの9割が外国人です。
そんな桔梗寿司は、現在調理スタッフを募集中。未経験でも応募が可能です。一般的に「寿司屋=長く厳しい修業期間がある」イメージが強いですが、桔梗寿司の場合は意欲次第で多様な仕事にチャレンジでき、柔軟性の高いキャリアが描けそうな環境です。
二代目の熊澤浩二さん、道代さんご夫婦、三代目の満さん、茜さんご夫婦に話を聞いていくと、創業から変わらない「桔梗寿司らしさ」が見えてきました。
三代にわたり続いてきた桔梗寿司は、どのようにして今の姿へと辿り着いたのでしょうか。

景気悪化に着物産業の低迷。二代目でお店は畳むつもりだった
二代目の浩二さんによると、桔梗寿司のルーツは戦前にまで遡ります。
浩二さん
僕のおじいさんがお寿司とうどんのお店を西堀川通でやっていたんです。あの頃は堀川京極という名前で、今の新京極みたいな小さい通りでね。おじいさんはやり手で儲かっていたけど、戦争の影響で立ち退かざるをえなくなって、丸太町通りに移ってきました。

移転後は夏は氷屋、冬は炭屋として生計を立てていましたが、寿司屋を再開したいという浩二さんの祖父の強い希望もあり、1960年に桔梗寿司をオープンします。初代としてお店に立ったのが、浩二さんの父親でした。
当時の浩二さんは小学3年生。丸太町通りにお店はほとんどなく、「府庁の前にうどん屋が1〜2軒あったぐらい」と振り返ります。桔梗寿司は、貴重な飲食店の一つでした。
浩二さん
長閑な時代でしたね。板場さんが「お客さん来はったらパチンコ屋に呼びに来てくれや」みたいな感じで。お店の前で将棋を指してお客さんを待つような、そんな時代でした。
浩二さんがお店に立つようになったのは19歳。高校を卒業してから1年後のことでした。
浩二さん
バンドでエレキギターを弾いたりして、自由で楽しかったけど、「忙しいから帰って来い」って親から言われました。お寿司をやりながらバンドもやろうと思ったら、催し物は全て日曜日でね。それからはもう、店に縛られたよ(笑)

バブル期には元々持っていた土地を売却し、その資金でお店を拡張。店内はお客さんであふれ、「1日中お寿司を握り続けるような日々だった」と浩二さんの妻・道代さんは語ります。
道代さん
カウンターのお客さんの子どもさんが「トロとウニ」っていう時代でした。日曜日には出前が30件も40件もあったし、大変やったね。お店は私ら2人と配達の人を合わせて8人で回していて、これ以上お客さんがきたら出前の対応ができないからって、電気を消して営業したこともあったんですよ。
浩二さん
特に祭りと正月はめちゃくちゃ忙しかったです。今はお寿司はいつでも食べれますけど、あの頃はハレの日のものだったからね。

好調だった桔梗寿司に陰りが出始めたのは、2000年前後のこと。息子であり、三代目の満さんが中学生の頃でした。その原因として、地場産業である着物の低迷が大きかったと説明します。
道代さん
着物屋さんはお客さんが来られたらお茶とおまんを出し、仕出しを取り、ホテルを用意するんです。だから着物屋さんが揺らいだことで、お茶屋さんも仕出し屋さんもホテルも、何もかもがなくなっちゃった。うちでも毎週のように何十人前もの出前の注文がありましたから、影響は大きかったですよ。
浩二さん
堀川沿いには染物屋さんがたくさんありました。どこの家も着物関係で、職人さんが多くてね。職人さんが夜食に行くうどん屋さんもいっぱいあったし、お寿司屋さんもいくつかありました。当時のお寿司はご馳走でしたけど、そのくらい儲かってたんです。


ところが周辺にあった寿司屋は一つ、また一つと減っていき、今は「歩ける範囲にはない」と浩二さん。気軽に行ける回転寿司屋が増えたこともあって、出前の頻度も減っていきました。
どんどん悪化していく環境の渦中にいた二人。「自分たちの代でお店は畳むつもりだった」と当時の心境を明かします。
浩二さん
寿司屋には、春と秋のお彼岸、お祭り、学校の運動会など、月1回は何かしらお店が忙しくなるタイミングがあるんです。その売り上げで年寄り2人が生きていく分にはどうにかなるけど、満が世帯を持ってお店を続けるのは無理やろうと思ってましたね。
道代さん
お客さんから「本心では継いでほしいんじゃない?」って言われたこともあったけど、「別に大した店じゃないもんな」って私ら二人で笑ってね。本当に、70歳くらいでお店は辞めようと思っていたんですよ。
お店の味と「海外の接客ノウハウ」を組み合わせれば、勝てる
そんな二人の考えに反し、思いがけず息子の満さんが「店を継ぎたい」と言い出したのは、約10年前のことでした。
満さんは大学時代にアメリカへ1年間留学。卒業後もワーキングホリデーを利用してオーストラリアとカナダへ渡り、日本食レストランなどで飲食業の経験を積んでいました。
満
大学在学中から最終的には自分で商売をしたいと思っていました。最初はゲストハウス経営をイメージしていたんですけど、当時からゲストハウスの数はかなり増えていて。それよりも外国人向けの寿司屋をやった方が勝てると思いました。

決め手になったのは、桔梗寿司の味でした。海外でいろいろなお寿司を食べた上で、改めて実家のお寿司を味わったら「おいしかった」と満さん。そこに自身が海外で培ってきた接客ノウハウを組み合わせれば、勝負できる。そう思えたことが背中を押します。
満
外国人視点で見ると、日本の飲食店はおいしいけど接客が伴っていないことが多く、外国人のお客さんが楽しそうにしていないことが気になっていました。その点、うちならおいしくて、かつ楽しませられる。海外でホールマネジャーを務めたこともあるので、その経験が生かせると思いました。
寿司学校に通いながら父、浩二さんから基本を習い、同時に英語のメニューを作成。近隣のホテルを回って営業を行うなど、外国人の集客を強化していきました。現在ではお客さんの9割が外国人ですが、支持を集めている要因はやはり接客だと分析します。
満
お店ではエスコートの姿勢を重視しています。例えば、日本では「すいません」と声を出して店員を呼びますが、欧米はアイコンタクトです。また、メニューを閉じて置くことが「オーダーをお願いします」を意味します。そういったサインに気付き、お客さんと会話をしながらオーダーを決めていく流れはまさにエスコートだなと。
英語対応のメニューを用意し、英会話ができる店員を配置するお店は多いですが、「欧米の人たちが馴染みある接客ができるお店は少ない」と妻の茜さんは指摘します。

茜
日本では一つのメニューをみんなで見るけど、欧米は一人1冊ずつで、小学生にも自分でメニューを見て選ばせます。また、日本だと「お食事は足りてますか?」といった声かけを積極的にはしませんが、欧米は逆。声をかける回数が少ないと、満足度を下げてしまいます。そういった違いを踏まえ、日本の接客をただ英語に置き換えるのではなく、欧米の人たちが自然に感じるような接客を意識しています。

Googleマップの口コミには「おいしい」だけでなく、「楽しかった」「フレンドリー」といったワードが目立ちます。その要因の一つは、「65年の歴史がある、家族経営のアットホームな寿司屋」というブランディング。
そしてもう一つは、「日本の食文化を楽しんでほしい」という思い。外国人をターゲットにし始めてから、実はメニュー内容はほとんど変えていません。コースではなくアラカルトにこだわるのも、「日本のお寿司を楽しんでほしい」気持ちの表れです。
満
効率を考えればお任せコースの方がいいし、インバウンド向けのお店はそうしているところが多いですが、海外の人たちの多様な趣味趣向、好き嫌いに応じて、自分の好きなものを自由に頼めることが重要だと思っています。その上で、例えば鯖寿司のメニューには「魚感が強くて食べにくいかも」といった注釈を入れていますね。「苦手かもしれないけど試してみよう」と思ってもらえるとうれしいなと思います。

未経験可、英語力は必須ではない、独立も応援…意外な応募条件の理由
今回の募集では、仕事のやり方や働き方を見直すために調理スタッフを増員します。その応募条件は「調理未経験可」で、外国人のお客さんが9割にもかかわらず「英語力は必須ではない」と、かなり間口の広い設定です。
なぜならば、「調理も語学力も後から身に付けられる」から。だからこそ、「お客さんをもてなす気持ちを重視したい」と満さんは強調します。
満
アルバイトスタッフに対してもそうですが、現状の能力・スキルよりも仕事に取り組む姿勢を評価しています。英語が話せないとホールがしんどいし、調理未経験なら人一倍頑張る必要がありますが、それでも頑張りたい気持ちがあれば応援したいですね。率直に言って体力が必要な環境ですが、向上心と海外志向がある人にとって面白い職場だと思います。

入社後は基本となるホールとキッチンから仕事をスタートしますが、「その先は本人の志向に合わせて考えたい」と満さん。
満
そういう意味では、柔軟に対応できる人が合うと思います。調理だけをやりたい人よりは、いろいろな経験をしたい人の方が楽しめるかな。単に調理技術を磨くなら最適なお店は他にあると思うので、飲食の世界の入り口として考えてもらうといいかもしれません。
茜
飲食をやりたい海外志向の人にとって、京都は最適だと思いますね。私は名古屋出身ですが、京都は日本らしさに触れやすいと感じます。庭や食事を通じて四季を感じることができ、年中行事も多い。自分自身が日本の食文化を理解する上で、良い環境だと思っています。

アルバイトスタッフは20名強いるとはいえ、家族経営のなかに正社員として飛び込むには勇気と覚悟が必要です。その代わり「やりたいことがある人にはチャレンジの舞台を積極的に与えたい」と続けます。
満
早い段階でカウンターに立ったり、日本酒テイスティングの説明をしてもらったりと、本人の意思と努力次第でいろいろな業務に短期間で触れることができます。英語力はもちろん、たくさんの要素を吸収してもらえる環境であることは自信を持って言えますね。
そうやって経験を積んだのちは「独立も応援したい」と満さん。
満
長く続けてくれたらもちろんうれしいですけど、僕自身が飽き性なこともあって、同じ業務をやり続けると退屈になっちゃう気がするんです。だから独立は応援したいし、「将来的に外国人向けのラーメン屋をやりたいから修行したい」みたいな人も面白いなと思います。うちの資本を使って新規事業を立ち上げる道もあると思いますね。
「日本の食文化でお客さんを笑顔に」を守りながら、変わり続ける
氷屋と炭屋からスタートし、時代に応じてその在り方を変えてきた桔梗寿司。三代目夫婦が自由な展開を描いているのは、創業からの精神を受け継いでいる証かもしれません。
そして、65周年を迎える2025年には「株式会社桔梗屋」として法人化。「桔梗寿司」ではなく「桔梗屋」という社名は、まさに何にでも変化できることを表しています。

二代目のお二人もまた、「変えていくからこそ続く」と三代目夫婦へエールを送ります。
道代さん
同じ仕事を長く続けるつもりでも、コロナがあったりもするし、少しずつ変化しないと潰れちゃうんですよ。だから、あまり一つの仕事にこだわらず、変わっていける力を満たちにもつけてほしいですね。それには体力とお金がある程度必要ですけど、そのあたりは満がきちんとしてくれているので安心しています。
浩二さん
時代の変化と、チャンスに対応できるようにね。なるようにしかならんから。
時代に合わせて、少しずつ変化する。それを体現するのが冷凍寿司「手つづみちらし」です。初代から続く看板商品のちらし寿司を、満さんはお取り寄せグルメとしてリニューアルしました。

満
お店が大切にしてきたちらし寿司を受け継ぎたかったけど、外国人にちらし寿司のイメージはないので、日本人向けに冷凍販売することにしました。飲食業には波があるし、インバウンド一本ではコロナ禍のようなことが起きたときに苦しいですから。近所の方から愛される味を守りながら、新たな商売の種をまけてよかったなと思います。
「きっと先代も喜んでいる」と二代目のお二人はうれしそうです。満さんと茜さんがいいようにやってくれるのが一番だと、朗らかに話します。
浩二さん
僕らずっと同じことやってたから、茹でガエルみたいなもんで、変化に気付けへんのです。徐々に水の温度を上げるとカエルが茹だってることに気づかないっていう、あれですわ。最初の頃の満は素人で、僕は玄人で、お寿司の見た目も味も違うけど、素人の方がいい時もあるしね。相反することはあるけど、僕もマンネリになってたし、受け止めようと思ってやっています。
道代さん
若い人が来ると、新しい風が吹くんですよ。それをお父さんが穏やかに受け止めて、満もお父さんを立ててやってきたからお店が変われたなと思います。常連さんからは「息子さんと二人でやったら喧嘩になる」って言われたけど、本当にないんですよ。悪態つくのは私だけ(笑)
浩二さん
どうせ僕ら、先におらんようになりますから(笑)

初代がお店の基盤を作り、二代目が忙しいバブル期と景気悪化を乗り越え、三代目がインバウンド需要に適応する。世の中の変化に合わせてお店の在り方も変わり続けていますが、ずっと大切に守ってほしいのは、やっぱりおいしさです。
浩二さん
外国人のお客さんは一生に1回しかお店にこない人がほとんどですから、おいしいものを提供しないとね。お店が65年間続いてこられたのも、絶対においしいものを出すと決めてやってきたからだと思います。
道代さん
20年来の常連さんが「このお店は外国人が増えても味が落ちない。外国人相手だから安い魚を仕入れるようなことは絶対しない」と褒めてくださったことがあります。そこに気づいて褒めてくださるのは、何よりうれしいですね。外国人のお客さんたちも言葉はわからなくても、親指をグーってやってくれて。それが励みになります。

三代目の満さんが目指すのは「お客さんを笑顔にする会社であり続ける」こと。そのためにおいしさはもちろん、食文化の楽しさを追求していきます。
満
日本の食文化は奥深いので、やれることはたくさんあると思っています。今後は桔梗屋としての2号店も考えていますが、それが何屋になるのか、僕自身も楽しみですね。核である「日本の食文化を通じてお客さんを笑顔にする」を守れれば、その手段はお寿司に限りませんし、最終的には海外で挑戦したいとも思っています。
柔軟に、寿司に限らない展望を描く桔梗屋だからこそ、「日本の食文化を通じてお客さんを楽しませたい」思いがある人にとって、チャンスは無限に広がっていそうです。飲食業でのキャリアをスタートする第一歩として、思い切って飛び込んでみてはいかがでしょうか。

執筆:天野 夏海
撮影:中田 絢子
編集:北川 由依




求人募集要項
| 企業名・団体名 | 株式会社桔梗屋 |
|---|---|
| 募集職種 | キッチンスタッフ |
| 雇用形態 | 正社員 試用期間2ヶ月あり(条件変動なし) 入社から6ヶ月間は有期雇用、以降は無期雇用に変更 |
| 仕事内容 | ・仕込み、調理業務(寿司、天ぷら、焼魚、煮魚など) ・カウンターでの寿司提供(経験を積み次第、希望があれば) ・店舗運営業務(清掃、在庫管理など) ・ホール接客業務全般 ・ドリンク作り、洗い物 ※最初はホールスタッフを経験いただきます。お客様を知ること、当店のサービススタイルを理解することがキッチンポジションを務めるうえでも重要だと考えています。 |
| 給与 | 基本給:月額28万円(経験・能力を考慮し決定) ※残業代は残業時間に応じて別途支給 ・昇給あり ・賞与年1回 |
| 福利厚生 | ・まかないあり ・社会保険完備 ・交通費支給(上限あり) ・制服貸与 ・不定期の研修、個人面談 ・資格取得支援あり ・健康診断(年1回) |
| 勤務地 | 桔梗寿司(京都市中京区油小路通丸太町大文字町43番地) |
| 勤務時間 | 9:00~23:00(シフト制、実働8時間) ※基本的には14:00~23:00の実働8時間ですが、最初は午前中の仕込み作業を知っていただくためシフト制となります。 |
| 休日・休暇 | 毎週水曜・火曜隔週、年末年始、リフレッシュ休暇(2月)、有給休暇(法定通り付与) |
| 応募資格 | ・未経験可能(調理経験者優遇) ・普通自動車運転免許(必須ではありません) ・体力、気力のある方(特に春と秋の繁忙期には忙しくなります) ・チームワークで働くことが好きな方 ・海外からのお客様とのコミュニケーションに抵抗がない方(英語力は必須ではありません) ・当店の方向性(ミッション・ビジョン・バリュー)に共感いただける方 ※長期で働きたい方を歓迎しますが、将来的に開業したい、海外で和食をふるまいたいなどの独立心のある方もご応募ください。オーナーはワーキングホリデーの経験があるため、検討している方の相談にものれます。 |
| 選考プロセス | 京都移住計画の応募フォームから応募 ↓ 書類選考 ※確認後、面接に進んでいただく場合にご連絡いたします。 ↓ 面接(面談場所:桔梗寿司) ※現在のお住まいが遠方の場合はオンライン面談も可能 ↓ 職場体験(2~3日間程度・日当あり) ↓ 採用合否 |
| 面談場所 | 桔梗寿司(京都市中京区油小路通丸太町大文字町43番地) ※現在のお住まいが遠方の場合はオンライン面談も検討可能 |
| 参考リンク | 自社HP(日):https://kikyo-sushi-kyoto.com/ 自社HP(英):https://sushi-kikyo-kyoto.com/ Instagram:https://www.instagram.com/kikyo_sushi/ |


