募集終了2023.02.28

“お東さん”のお膝元で180余年。サステナブルな精神性を今に伝える料理旅館

おもてなしを通じて、京都に息づく歴史や文化を学びたい。国内外のお客様に日本ならではの魅力を伝える仕事がしたい−−。

そんな人におすすめしたいのが、今回ご紹介する老舗の料理旅館「井筒安(いづやす)」です。天保10年(1839)、初代が東本願寺の門前町として栄えた地に根を張って以来、7代180余年にわたって宿の歴史を紡いでいます。

需要回復の兆しが見えてきた今、「施設運営」と「調理」の2職種に新たな社員を迎え入れ、10年来継続中の改革をさらに前進させたいとの要望を受け、取材の機会をいただきました。

老舗を受け継いだ7代目の葛藤

京都駅から徒歩10分弱。“お東さん”の名で親しまれる東本願寺のお膝元に井筒安はあります。間口いっぱいに格子や一文字瓦が連なる端正な町家の佇まいは、京の老舗旅館のイメージそのもの。館内も大部分は昔のまま、8つの客室と大広間、坪庭などが配されており、近年新たに設けられた食事スペースとの調和も見事な造りです。

「建物自体、創業した頃のものと聞いています。天保10年といえば、天保の大飢饉による困窮が続いている頃で、東本願寺には阿弥陀様の救済を求めて、北陸地方などから大勢の門徒さんがお参りに見えていたそうです。

門徒さん向けの宿がこの辺りにたくさん出来ていく中で、うちの初代は地方のお坊さん同士が情報交換をするための料理屋を始めました。やがて宿泊のお世話もするようになり、料理旅館という形で一般のお客様もお迎えするようになりました」

このように宿の成り立ちについて教えてくれたのは、7代目当主の井筒安次郎さん。1997年、前年に急逝した父に代わって安次郎の名を継いで以来、宿の顔として、また料理長として老舗の看板を背負ってきました。井筒さんはその重みを、子どもの頃から感じていたそうです。

「近所の大人がみんな僕のことを名前じゃなくて、“井筒安さん”って屋号で呼ぶんです。それだけ地域に根付いていたってことなんでしょうけど、当時の僕にとっては煩わしくて。きょうだいで男は僕だけだったので、いずれ継がなあかんことはわかっていましたが、素直に受け入れられませんでしたね」

できるだけ家業から遠ざかりたいという気持ちから、両親の了解を得ぬまま美術系の大学へ進学。卒業後は金沢で料理修業をするものの、そのあと家業には入らず、フリーカメラマンとして活動していました。そんな矢先の7代目継承。井筒さんは「仕方なく引き受けた」と当時の心境を吐露します。

「自分の代で家業を途絶えさせるわけにはいかない。嫌々でも続けるという選択肢しかありませんでした」

井筒さんの消極的な気持ちは「常連さんが来たら隠れてしまう」といった行動に表れ、やがて売上にも影響をおよぼし始めます。危機感を抱いた井筒さんは、大学の社会人向け講座で経営学を学び直しました。

意識が変わり始めたのは30歳を過ぎた頃。趣味で続けていた茶道の先生からの「あんたの好きなようにやったらええんや」、経営学の先生からの「お前はお前のままでいい」という言葉に動かされたのです。

井筒さんが人生の師と仰ぐ、茶道の先生より授かった掛け軸

「僕はそれまで、先代や先々代と同じようにせなあかんと思い込んでいました。でも、家族とはいえ性格も違いますし、育ってきた時代も違う。同じようにしたくてもできない苦しみから解放された気がしました」

原点を見つめ、文化発信のハブ的存在に

自分らしくやればいい。そう気付かされた井筒さんは、すぐさま宿の改装を決意。収益を上げるためビルに建て替える案も浮かびましたが、結局、部分改装に留めました。「金儲けに走るべからず」という教えや、奇跡的に大火を免れた逸話など、祖父母から何度となく聞かされてきた言葉が思い出されたからです。

「自分の代で家業をやめられへんと思ったのと一緒で、先祖が大事にしてきたものを壊すことはできませんでした。その代わり、うちの良さがより引き立つように少し手を加えさせてもらいました」

そうして2013年に完成したのが、1階の食事スペースとライブラリースペースです。特にカウンター式の食事スペースは、「絶対に外せない」と井筒さんがこだわった部分。従来の部屋食の場合、料理長でもある井筒さんは厨房を離れられず、もう一つの大事な役目であるお客さんとの対話が不十分になっていたため、「調理と対話を両立できる場」が必要だったのです。

「対話と言っても他愛のない話ですよ。『明日はどこへ行かはるんですか?』『金閣寺と銀閣寺!?どっちかにしたほうがええですよ』とか、世話焼きの親戚みたいにおせっかいをするのが僕らの仕事。単に食事や空間を提供するだけでなく、文化発信のハブ的な存在でありたいと思っています」

「京都本箱」と名付けられたライブラリースペースには、宿泊客から提供された世界中の本がずらり

井筒さんの言う文化とは、自身が幼い頃から見続けてきた「日常の景色」。二十四節気とともに移ろう衣食住、主人と文人墨客との語らい、交流を深める客同士……そうした営みを通じて、文化のインプットとアウトプットが絶え間なく続く場が旅館であるというのです。

旅館の本質的な価値に気付いた井筒さんは、改装と前後して、大小さまざまな試みを実施しています。

「一つ大きなチャレンジだったのは、僕がまさにハブ役となって、普段なかなかお目にかかれないような京都の重鎮や文化財に触れられる新サービスを提供したことでしょうか。それが非常に革新的だと評価され、全国初のサービス業として初めて『経営革新計画(※)』の承認を受けました。うちの強みはこれなんやと自信を持つきっかけとなりましたね」

※経営革新計画…「中小企業等経営強化法」に基づく中小企業支援施策。都道府県知事や国の地方機関等の長によって「経営革新計画」が承認された場合、資金調達や販路開拓などさまざまな支援が受けられる。

ほかにも、料理やしつらえに込められた意味をわかりやすく伝えたり、年中行事や古典芸能などに親しめるイベントを開催したりと、あの手この手で文化発信に尽力。日本文化に詳しくない旅行者も楽しめるように、スタッフらを介した密なコミュニケーションを心がけています。

新しきを組み込む“伝統”のあり方

井筒安で培われた伝統文化の数々は、今や大事な経営資源、宝物です。キズを付けてならないと、普通は後生大事に守るものですが、井筒さんの考えは違います。「新しいものが見つかれば、組み込んでいけばいいんです」と言い、実例を一つ挙げてくれました。

「若竹煮という春先の定番料理がありますよね。山海の旬の味覚が見事に合わさった料理で、もちろんおいしいんですけど、ちょっと面白みに欠けるなぁと常々感じていました。試しにわかめをミキサーでかけて餡にしたところ、それが予想以上においしくて。

ただ、そのままでは色があまり良くないので、またいろいろ試して、最終的に餡に木の芽を混ぜる方法を見つけました。これが新・若竹煮として後世に残るかどうかわかりませんが、伝統とはそうやって先人が作り上げたものに、もう一枚積み上げていくことだと思っています」

提供:井筒安旅館

さらに井筒さんは、料理人の育成をめぐる“悪しき伝統”も刷新しています。必要以上に厳しい上下関係やコミュニケーションの欠落など、料理修業の慣習を見直し、若い人や未経験者が育ちやすい環境づくりを心がけています。

「最初はできるだけ丁寧に教えて、わからないことがあれば何でも答えます。失敗の中に面白い発見があったりもするので、頭ごなしに叱るようなことはせず、可能性を伸ばす方向へ導きたいですね」

今回募集する料理人(調理補助)についても「経験不問」とのこと。野菜の皮剥きなどの基礎的な作業からスタートし、早ければ5年ほどで本格的な調理に挑戦できるそうです。そして、いずれは井筒さんの片腕に……。そんな成長が期待されています。

もう一つの募集職種、施設運営のお仕事内容は、予約管理、フロント業務、経理、しつらえなど多岐にわたります。現在、特に予約対応が手薄な状況にあるため、そこを中心に取り組みながらその他業務の補助に当たることになります。

「大規模な旅館のように分業化されていない分、うちでは旅館運営の一切を経験できると思います。ひと通り経験してもらったうえで、その人の能力が発揮される場を増やしていきたいなと考えています」

近年は外国人のお客さんが大半を占めていることから、外国人スタッフの採用にも力を入れているそう。基本的な日本語を理解し(日本語能力試験N4レベル)、英語など主要な外国語に訳せる人であれば大丈夫、とのことです。また、あとでご紹介する外国人スタッフの方のように、アルバイトから始めるという方法もあります。

誇りを持って働ける宿を目指して

井筒さんが採用にあたって注目するのは、その人に「積極性と明るさ」が備わっているかどうか。コミュニケーション力や調理技術など「経験を積めばおのずと向上するもの」より、一人ひとりの本質的な特徴を重視する意向です。

「僕自身、新しいことにチャレンジするのが好きな性分なので、そういう人と一緒にこれからの井筒安を面白くしていきたいですね。経営者としては大きくなり過ぎず、小さ過ぎず、今までどおり持続的経営を目指していきますが、スタッフみんなが誇りを持って働けるように、もう少し有名にしたいという思いもあります」

知名度アップに向けた秘策の一つが、文化発信の取り組みも兼ねているイベントの復活。コロナ禍によりここ数年は停止していましたが、今年(2023)からは年1、2回のペースで再開予定です。

と、伺っている最中も「ひな祭りに合わせて雅楽の演奏会にしようかな」とひらめきが止まらない様子。雅楽といえば格調高く厳かなイメージですが、実際の雅楽は「ロック並みに熱い」のだそうです。井筒安はそんなふうに伝統文化の新しい見方・遊び方を知ることができる場所。世界はきっと広がります。

アルバイトから文化発信の担い手へと成長

井筒安には現在、おもに施設運営を担当する3名の社員が在籍しています。その一人が、スコットランド出身のHaya Gair(ハヤ・ゲア)さん。入社の経緯や日々のお仕事についてお話を伺いました。

Hayaさんは日本で暮らした経験を持つ両親のもとに生まれ、幼い頃から豆腐や味噌汁などの日本食に親しんできたそう。その影響もあって日本語に興味を持ち、2018〜2019年の2年間、語学留学のために京都へ。その間のアルバイト先がほかでもない、井筒安でした。

「スコットランドの大学の先輩から『京都でアルバイトするなら井筒安がいいよ』と薦められたのがきっかけです。京都留学をする学生の間で受け継がれる伝統みたいになっていて、私もあとで後輩に紹介しましました(笑)」

アルバイト時代は客室の掃除や配膳補助などアシスタント業務を中心に、ときには通訳もこなしたというHayaさん。当初の予定通り2020年初めに帰国しましたが、2022年春に再来日。その理由は「京都のまちと井筒安が大好きだから」です。

「京都は、東京や大阪などに比べれば小さいけれど、自然と文化の豊かさではNo.1のまちです。その魅力を教わった井筒安でもっとたくさんのことを学びたいと思っていたところ、タイミングよく社員募集の時期と重なって願いが叶いました」

ここで、社員生活2年目に突入したHayaさんのお仕事内容と流れをご紹介しましょう。

14時  出勤
15時  チェックイン、夕食の準備
17時頃 早めの食事&休憩
18時  夕食の提供(料理の説明など)
20時  メールでの予約・問い合わせ対応
23時頃 退勤

Hayaさんは遅番勤務が主流なので夜は遅めですが、その分朝はゆっくりと過ごせると話していました。早番の勤務時間は7〜16時で、必ずチェックアウト業務が含まれます。

宿泊客に配布している二十四節気の説明書き。英語版はHayaさんが担当

一連のお仕事の中でHayaさんが最もやりがいを感じているのが、夕食時の接客業務。外国人のお客さんに対し、料理一品一品の紹介はもちろん、食事に添えられる和歌の解説を英語で伝えるという重要な役割を担っています。二十四節気にちなんだ献立や和歌は毎日変わるうえに、訳しづらい言葉もたびたび登場するため、事前に調べたり教わったりして“本番”に備えているそうです。

「言葉が難しくて最初はすごく大変でしたが、旦那さんや先輩たちのサポートのおかげで、だいぶスムーズにできるようになりました。和歌の意味合いなどがうまく伝わり、お客さんが喜んでくださったときが一番うれしいです。毎日変化があって、毎日が勉強。それがこの仕事の面白いところです」

“生きた伝統”に参加できる喜び

Hayaさんは「人と話すのが大好き」と言うだけあって、お客さんともすぐに仲良くなるそう。最近もスウェーデンのお客さんと意気投合し、帰国後も連絡を取り合う仲に。そんなHayaさんでも日本人の友達を作るのに少し苦労しているようです。

「初対面のときはみんなフレンドリー。だからといって、すぐ友達にはなれないんですよね。何回か会ってやっとという感じ。同じ時間を過ごしたり、体験を共有したりすると、距離を縮めやすくなる気がします」

相手との距離の取り方のように、言葉だけでは理解しづらい日本人独特の感性。それをより深く理解するために、Hayaさんは伝統文化へのチャレンジを試みています。

「先日ここで、いけばなや金継ぎの基礎を教えてもらう機会がありました。どちらも普段から見たり触れたりしているものですが、改めて成り立ちや手順を知ることができたので、今度は自分でやってみようと思っています。このように“生きた伝統”に参加できる場所で、もっともっと自分を高めていきたいです」

そういえば、この日Hayaさんがお茶を出してくれたときの器にも金継ぎが施されていました。そこには、ものを大切にする心や永く慈しむための知恵、暮らしを豊かにする遊び心といった、日本古来のサステナブルな精神性が息づいています。その集合体のような井筒安で働くことの尊さを、Hayaさんはすでに理解しているように見えました。

ちなみに、お茶菓子はHayaさんの先輩に当たる女性社員のお手製です。7年前に入社後、井筒さんや女将さんから手ほどきを受けながら作り方を一から覚え、今では何種類ものレパートリーがあるそうです。同じように、掛け軸などの所蔵品やいけばなについてもコツコツ学び、しつらえを任せられる存在になっています。

まずやってみて、「もう少しこうしたほうがいいよ」と小さなアドバイスを受ける。しつらえでも料理でも、それを毎日繰り返すのが井筒安流の人の育て方。そうして基礎をしっかり固めたうえでさらにもう一枚、新しいものを積み上げることも可能です。そう、井筒さんが示した伝統のあり方同様、ここは自分自身をアップデートできる場所でもあるのです。

編集:北川由依
執筆:岡田香絵
撮影:進士三紗

募集終了

オススメの記事

記事一覧へ