2024.02.19

02 雨水 – 京大生的百万遍生活「みんなが狂ってる」

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京都には、季節ごとの行事やならわし、風物詩がたくさん存在しています。このコラムでは、1年を春夏秋冬の4つに分け、さらにそれぞれを6つに分けた「二十四節気(にじゅうしせっき)」にあわせて、京都移住計画に関わる人たちの等身大の京都暮らしをお伝えします。

「大学受験シーズンだし、京大の折田先生像の思い出をテーマにコラムを書いてほしい」と連絡が来て、正直困ってしまった。

見たことがない。どこに現れるのかも知らない。そもそも、何をしているのかもよくわからない。

京大生になったのが8年前。4月から9年目。9年も通うなんてめちゃくちゃ”京大生”なのだが、そういう=折田先生像を毎年つくる「京大生」らしい人を見る毎に、自分は生粋の京大生ではないし、決してそうはなれないと感じる。

いつ、僕は”京大生”になったのだろう。

2ヶ月ほど前、百万遍の雑居ビルの3Fの、本とレコードが乱雑に積まれている古びた酒場で、鯨の研究をしている女の子に会った。少し背の高い長い髪の女の子。大学を休んで、1ヶ月前に京都にやってきたと話す彼女は、自由だった。突然、ギターを持って歌いはじめたかと思えば、お酒を奢ってもらったお礼にと詩を詠んだ。

「もっとみんな鯨の言葉で話せばいいのに。鯨の言葉はまともだから。人間の言葉は狂っている」

彼女は、小さい頃から鯨の言葉で生きてきたと言う。誰にも理解されず、孤独だった。そして、知り合いを辿って、逃げてくるように京都に来たらしい。

「私が変なんじゃなくて、みんなが狂っている。わたしはまとも」

鯨の言葉の意味はわからなかったけれど、彼女の言いたいことは少しわかった気がした。彼女の不思議な話を、それなりに受け入れている自分に気がついた。

そういえば、この街に来て、ずいぶんとよくわからないものに出会ってきた。

出町柳の駅の近く、世にも奇妙なビジュアルの居酒屋。見た目(特にトイレ)が衝撃的で、最初の3回くらいは、見た目によらずご飯が美味しくて、シブい日本酒が安くで飲めていいことには気づかなかった。

取り壊しが決まり、建物と文化と自治を守るために戦っている京大の吉田寮。吉田寮祭の季節になると、笛と太鼓を鳴らして、歌を歌いながら、授業に乱入し祭りの宣伝をする。何ももたずに遠隔地に飛ばされ、寮に帰ってくるまでの時間を競う「帰巣本能ゲーム」や鴨川の中を走る「鴨川遡上レース」などよくわからないコンテンツが多い。

学部棟の地下にある自治会室。カビ臭くて、大量の本と、いつのものかわからない酒と調味料がコタツの上に並んでいた。大学の部屋でテレビゲームをしたり、鍋をしたり、酒を飲んだりすることが当たり前ではないことを知ったのはずいぶん後のことだった。

大学と、その周りの街で暮らして、よくわからないものに触れ続けることで、それなりに受け入れられるようになってきたのだろう。だんだんとおかしなことと普通のことの境界がねじ曲がり、曖昧になりながら、ゆっくり時間をかけて“京大生”になってしまったのだと思う。

「京都に来てから、多くの人が私を受け入れてくれて嬉しい半分、どうしたらいいかわからなくなる。誰にも理解されないままの孤独な生き方しか知らないから」

鯨の女の子は、最後にそう話した。確かにこの街は、狂ったものには厳しくて、よくわからないものにすごく優しい。もしかしたら、そうやって(よくわからない)何かを守っているのかもしれない。

執筆:前原 祐作
編集:藤原 朋

前原 祐作

兵庫県宝塚市生まれ。人力車のお兄さんに憧れ、京都で一人暮らしをするべく猛勉強。なんとか京都大学教育学部に入学した後は、人力車の俥夫として働く傍ら、カンボジア(5回)やアイルランド(6ヶ月)など海外にハマる。コロナ禍により京都を出られなくなったこともあり、在学中に株式会社Q’sに就職。コミュニティキッチンDAIDOKOROの店長を務めた結果、多忙により大学を卒業できていない。

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