1950(昭和25)年の創業以来、京都に根差した薬局として歩んできた「ゆう薬局」グループ。調剤や在宅訪問を行うだけでなく、地域活動にも積極的に取り組んでいます。
前回の記事では、健康講座「寺子屋ゆう」や「こども薬剤師体験」、管理栄養士がランチを販売する「ゆう薬局食堂」など、京都市中京区での活動を中心にご紹介しました。
今回は京都府北部に位置する京丹後市で行われている、薬局内外でのユニークな取り組みを通して、ゆう薬局が目指す地域連携のあり方、これからの薬局のあり方を掘り下げます。
地域コミュニティの場を担う薬局
今回訪れたのは、京丹後市弥栄町。田畑が広がるのどかなエリアの一角に、2022年5月にオープンした弥栄ゆう薬局です。
総合病院の門前薬局である弥栄ゆう薬局には、日々多くの患者さんが訪れます。白と木目を基調とした店内は、医療機関というよりはカフェや図書館のような、温かみのある雰囲気です。
「処方箋がなくても、誰もが気軽に立ち寄れるように」と設けられた開放的なオープンテラスには、クレープ屋やカレー屋といった地元の飲食店が出店。店内の待合スペースは、世界認知症デーにちなんだ写真展の開催や、「丹後で福祉とアートをつなぐ」をテーマに開催された「TANGOまるっぽ美術館」の展示など、地域活動の場として活用されています。
薬局から2kmほどの場所にある京都府立清新高等学校に、「ぜひ学びのフィールドの一つとして使ってほしい」と薬局のオープン時から働きかけていたことから、高校とのコラボレーションも次々と実現。授業の一環として、農業科の生徒が育てた農産物の販売や、服飾科の生徒による展示などが行われています。
丁寧に信頼関係を築き、地域住民の健康を支える
地域のコミュニティスペースとしても着実に認知されつつある弥栄ゆう薬局。ここで働く薬剤師の皆さんは、どのような思いを持って仕事に取り組んでいるのでしょうか。
2022年に新卒で入社した岡田果子(おかだ・かこ)さんと、同じ年に中途入社した管理薬剤師の吉松友里(よしまつ・ゆり)さんにお話を伺います。
大学時代の実習先の薬局で、患者さんが困りごとを相談したり、特に用事がなくてもふらっと立ち寄っていたりするのを見て、「こんなふうに患者さんに頼りにされる、地域に溶け込む薬剤師になりたい」と薬局薬剤師を目指した岡田さん。ゆう薬局への入社を決めたのは、インターンシップがきっかけでした。
岡田さん
舞鶴で毎月開催されている「ゆう薬局カフェ」を見学して、若手の薬剤師が中心となり、薬局の外へ出て他職種の人たちと一緒に活動していることが、とても新鮮に感じたんです。声を上げればいろんなことにチャレンジできそうな会社だなと思いました。
実家は神戸市内でしたが、自ら京都府北部の勤務を希望し、弥栄ゆう薬局への配属が決まったそうです。
岡田さん
都市部よりも地方にある店舗のほうが、患者さんとゆっくり時間を使ってコミュニケーションを取れそうな気がして。地域で活動していく上でも、地方のほうが地元の人たちを巻き込んでいけそうというイメージがありました。
店舗での調剤や投薬といった業務のほか、1年目から在宅訪問も担当するなど、幅広い仕事に携わっている岡田さんは、入社時に希望していた通り、患者さんとしっかりコミュニケーションを取りながら仕事ができていると笑顔で話します。
岡田さん
私はもともと人がすごく好きなので、気軽に世間話をしてくれる患者さんが多くてうれしいですね。でも、たとえ同じ患者さんであっても、日によってコンディションは違いますから、「今日は急いでいるのかな」とか「少し調子が悪そうだな」という時はあまり声を掛けないなど、じっくり様子を見ながら接しています。
患者さんとのやり取りで印象に残っていることは?と尋ねると、「他店舗にヘルプに行った時に、弥栄ゆう薬局の患者さんが偶然来られて、持病の経緯を改めてじっくり聞くことができた」「近くのラーメン屋さんで患者さんにばったり会った時、薬の飲み忘れなど普段の困りごとを聞いて、後日対応した」といったエピソードを聞かせてくれた岡田さん。
「もう1個話してもいいですか?」と楽しそうに次々と話をする姿から、患者さんとの関係性を築き、健康をサポートする日々がとても充実していることが伝わってきました。
つづいて、管理薬剤師を務める吉松さんにもお話を伺います。前職も調剤薬局で働いていた吉松さんは、なぜゆう薬局への入社を決めたのでしょうか。
吉松さん
転職活動で何社かお話を聞く中で、私が目指すキャリアを叶えられる土壌があると感じたのが、ゆう薬局でした。私は今、弥栄ゆう薬局の管理者ですが、ゆくゆくは数店舗をマネジメントする立場を目指したいんです。前職では女性が管理職のポストに就くのがなかなか難しい状況でした。でもゆう薬局には、女性のブロック長も取締役もすでに数名いますし、これからも女性管理職を増やしていく意向だと伺ったので、私もここで挑戦してみたいと思いました。
在宅医療に力を入れているのも、ゆう薬局の魅力だと吉松さんはつづけます。
吉松さん
同じ京丹後市内で、丹後大宮ゆう薬局が10年以上築いてきた地域連携のベースがあるため、弥栄ゆう薬局がオープンして間もない頃から在宅訪問の相談をいただく機会がありました。地域に根差した薬局として認知され、信頼関係を築けているのは、ゆう薬局の強みだと感じます。
しかし、京丹後市の中でも、弥栄町やさらに海側のエリアでは、在宅訪問がまだまだ浸透していないと言います。
吉松さん
薬剤師による在宅訪問自体が、あまり知られていないのが現状です。先日も地域の懇談会で登壇して、薬剤師ができることについてお話してきましたが、これからももっと地域に出て発信していきたいと思っています。
行政や教育機関と連携して行う地域活動
飲食店の出店や待合スペースでの展示など、弥栄ゆう薬局が行っている地域に場を開く活動については、お二人はどのような意義を感じているのでしょうか。
吉松さん
例えば、患者さんが増えたなどの、数字の面での直接的な影響は、正直まだあまりわかりません。でも、中高生が放課後にクレープを買いに来たり、小学生が「ここで宿題をしていいですか」と集まってきたりして、気軽に来られる雰囲気づくりにつながっていると感じます。
岡田さん
よくクレープを買いに来る中学生くらいの患者さんがいて、「いつもクレープ食べてるよね」と声をかけると、リラックスした雰囲気で話ができました。薬以外の会話をする糸口になるのでありがたいですね。
また、場を開くだけでなく、地域イベントへの参加や行政との連携など、薬局の外での活動も広がっています。
岡田さん
弥栄町の「あおぞらフリーマーケット」に出店した時は、イベントで配布した試供品を後日店舗まで買いに来る方が多くいらっしゃって、薬局に足を運ぶきっかけづくりになったかなと思います。区の敬老祝い事業の記念品選定に携わった時は、区の担当者の方たちと何度もコミュニケーションを取って提案し、喜んでいただけました。地域連携を進める上で、薬剤師が薬局の外に出ていくことは大切だと思っているので、これからも自分からいろんなところに関わっていきたいです。
さらに、弥栄ゆう薬局の地域活動の一環として、吉松さんはSRHR(Sexual Reproductive Health and Rights=性と生殖に関する健康と権利)の普及を目指す活動にも取り組んでいます。
吉松さん
学校や家族が踏み込みづらい性の分野ですが、若い人たちが一人で抱え込まないように、薬剤師としてサポートしていきたいと思っています。
2022年3月と7月には、高校生と地域の人たちが集い新たなチャレンジができる居場所「京丹後市未来チャレンジ交流センター(愛称:roots)」でイベントを開催。2023年11月には、「未来の自分のために今知っておきたいこと」と題して清新高校で特別講座を行い、SRHRやプレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと)、デートDVなどについて、生徒たちに伝えました。
吉松さん
rootsでは、第1回はプレコンセプションケア、第2回は月経をテーマにお話ししました。第2回にオンラインで参加していた与謝野町の養護教諭の先生が、養護教諭向けの研修会に呼んでくださって、その研修会を機に、清新高校での講座のオファーをいただきました。
2023年度から全国の小中高で「生命(いのち)の安全教育」という学習が始まったこともあり、学校現場でのニーズが高まっているのではないかと吉松さんは語ります。
多世代が気軽に集える、地域の拠りどころへ
吉松さんのSRHRの活動が広がっていくきっかけとなったrootsでのイベントは、どのような経緯でスタートしたのでしょうか。rootsの相談員を務める稲本朱珠(いなもと・すず)さんにお話を伺いました。
稲本さん
吉松さんから「SRHRのイベントをrootsで開催できませんか」と相談を受けました。学校の性教育では聞けないような話だし、授業よりももっと自分ごととして話を聞ける環境のほうが合っているだろうなと思ったので、「rootsでぜひやりましょう」とお答えしました。
イベントの際の高校生の反応について尋ねると、稲本さんはこう振り返ります。
稲本さん
第1回と第2回の間に、一度取材が入って、たまたまその場にいた高校1年生の女の子たちの前で、吉松さんがイベント時のプレゼンを再現してくれたことがあったんです。その子たちが、取材が終わった後も吉松さんの周りを囲んでずっとしゃべっていて。「もっと聞きたい」という関心の高さを実感しました。
稲本さん自身も、ゆう薬局との関わりを通して、薬局に対する意識が変化したと言います。
稲本さん
例えば月経の悩みがある時、いきなり婦人科に行くのは高校生にとってハードルが高い。そんな時、病院以外の選択肢として、薬局に相談しても良いんですよね。ゆう薬局の皆さんと関わらなかったら、私自身もそういう選択肢を考えなかったので、高校生にももっと知ってもらいたいなと思います。
「単発のイベントで高校生の意識が大きく変化するというよりは、継続的に発信していくことが大切」と話す稲本さんに、今後の展開について尋ねると、「日常の延長線上で、ふとした時に相談できると良いので、例えば月1回、放課後の数時間でも、rootsの相談員として吉松さんに来てもらえたら」と新たな提案が。吉松さんは「いいんですか?ぜひお願いします!」と笑顔で答えます。
吉松さん
素直にすごくうれしいです。薬局にいつでも相談に来てもらえるのが最終目標ではあるんですけど、今はまだなかなか難しいので、rootsで相談員をすることで少しでも目標に近づけるといいですね。
さらに、「本当に果てしない大きな夢ですけど」と微笑みながら、今後についてこんなふうに語ってくれました。
吉松さん
在宅訪問は主に高齢者が対象で、SRHRは10代から20代の若い世代が対象です。こうした活動を通して、薬局自体が、お年寄りや病気の人しか行かない場所ではなくて、いろんな世代のいろんな人たちの拠りどころになっていくといいなと思っています。
地域の医療・介護・福祉関係者との連携だけでなく、多岐にわたる分野の人たちとのつながりを大切にしながら、地域に開かれた薬局を目指して歩みを進めているゆう薬局。ここで働く皆さんの姿を見ていると、これからの時代の薬局像がありありと目に浮かびます。ゆう薬局はこれからも京都の地に深く根を張り、地域の人々を支えていくことでしょう。
執筆:藤原 朋
撮影:清水 泰人
編集:北川 由依