西陣。京都で暮らしていたら、誰でもその二文字を耳にしたことがあるでしょう。
その名前の起源は、1467年に起きた応仁の乱。西軍の大将であった山名宗全は、京都の北西部に陣を敷きました。以来、西軍の陣地があった一帯のことを、西陣と呼ぶことになったのだそうです。
西陣では長い歴史の中で、伝統工芸品・西陣織をはじめ、各時代の最先端の文化が花開いてきました。それだけの伝統を持つからこそ、西陣の名前は知っているけれど、敷居の高さを感じている方も多いのではないでしょうか。しかし最近は幅広い分野で活躍する人が増え、伝統と若さをあわせ持つ町に変わりつつあるのだそうです。
今回は、そんな西陣に関わる4名に集まっていただきました。それぞれが思う、西陣の現在地とは?
星野早貴 さん(京都市総合企画局 プロジェクト推進室)
京都市総合企画局プロジェクト推進室西陣活性化担当。京都市が2019年1月に策定した「西陣を中心とした地域活性化ビジョン」に基づき、民間主体の活性化プロジェクトの運営や、ウェブサイト・SNS等での情報発信など、活性化の実現に向け取り組んでいる。
三輪文彦さん(京都信用金庫 西陣支店 支店長)
1989年西陣支店で社会人デビュー、5年勤務しバンカーのイロハを学ぶ。京都、大阪、宇治で支店長、人事部勤務を経て西陣支店に復帰。コミュニティバンク京信の西陣支店マネージャーとして通常金融業の枠を越え、繋げる金融の実践、街の活性化に取り組んでいる。
宮武愛海さん(sampai代表)
「産廃を減らす、思いを紡ぐ」をモットーに、産業廃棄物をアップサイクルしたハンドメイドアクセサリーを展開する「sampai」を2021年6月にスタート。若者への伝統産業・地域産業の認知向上に取り組んでいる。
タナカユウヤ(株式会社ツナグム・繋ぎ手)
株式会社ツナグム取締役。人と人、人と場のつながりから新しい事業や幅広いサービスづくりを行う。京都への移住促進事業である「京都移住計画」のほか、京都を拠点に、企業や金融機関、大学など複数の事業者への伴走支援、商店街や地域に関わる事業を展開している。
「温故創新・西陣」をコンセプトに、プロジェクトスタート
西陣の現在地を語る前に、まずはここ数年の動きのおさらいから始めましょう。
近年、西陣が大きく動き出すきっかけのひとつになったのは、2019年1月のこと。京都市が「西陣を中心とした地域活性化ビジョン」を策定したことが始まりでした。
星野
西陣は伝統文化や歴史ある町並みがある、京都らしさが凝縮されたエリアです。このエリアがもっと元気になることで、京都全体に地域活性の流れが広がってほしいという思いで、ビジョンが策定されました。文化庁の移転も決まり、機運が高まっているタイミングでしたね。50年先の西陣と京都の未来を見据えつつ、今後10年間の取り組みを具体化してまとめています。
将来的に民間主体の自主的な取組を展開させ、活性化の動きをエリア全体に広げていくことを目指し、ビジョンの実現に向けた活性化プロジェクトを企画・運営する民間事業者の募集が公募型プロポーザルにより実施されました。
星野
初年度の2019年度から展開された活性化プロジェクトは、2つです。1つ目は、博報堂さんの「西陣connect」。西陣の魅力を広く発信し、国内外の人や企業を惹きつけるための活動を展開されています。2つ目は、NPO法人ANEWAL Galleryさんの「路地から始める西陣暮らし」。路地の魅力を活かした文化の継承、創造的な環境づくりに取り組まれています。
これらの活性化プロジェクトと合わせて、西陣に関する情報を発信するポータルサイト「にしZINE」や、西陣で活動する人のネットワークをつなぎ合わせる「つぎの西陣をつくる交流会(つぎにし)」がスタート。さらに2021年度からは、新たに2つの活性化プロジェクトが始まりました。
星野
1つは、株式会社WAliveさんの「NISHIJIN+」。伝統産業とブランドとのコラボ商品の開発・販売や、展示会などの開催に取り組まれています。もう1つは株式会社ツナグムさんの「西陣ネイバーフッド」。西陣で活動したい地域内外の人を呼び込みつなぎ合わせる、クリエイティブなプラットフォームづくりを運営されています。
2023年度からは、全ての活性化プロジェクトが自主事業としての取組を展開されています。
最近、西陣がざわざわしている
タナカが取締役を務める株式会社ツナグムでは、「つぎにし」と「西陣ネイバーフッド」を運営しています。それぞれ、どのような思いで事業を考えたのでしょうか?
タナカ
僕個人としては、10年ほど西陣に関わらせていただいています。その中で、近くにいるのに、意外とつながっていない人が多いことに気がついて。町内会の寄り合いのようにみんなが集まって交流し、次の動きにつながったら良いなというのが「つぎにし」の狙いでした。
2019年から始まった「つぎにし」は、オンラインでの開催を挟んで、これまでに9回実施。京都市外からの参加も多く、延べ参加者数は600人に迫るのだそうです。
タナカ
こうした交流会を経て、一緒に事業を始めましたとか、こんな商品をつくりましたとか、嬉しい声をいただくことが増えてきました。そういった連携をもっと加速させていきたいと立ち上げたのが、「西陣ネイバーフッド」です。ウェブサイトでの発信を通して関わっている方々のことを見える化したり、「24JIN NEXT」と名付けた展示やトークイベントを開催してきたりしました。こういった活動を通して、新たな連携や事業が生まれやすい土壌を育てることを目指しています。
こうして、それぞれのプロジェクトでの成果が芽生えてきたのか、「最近、西陣がざわざわしている」とタナカは言います。古くから西陣を知る人は、どのような目で見つめているのでしょうか。
若い役者が、どんどん増えている
2023年9月に創立100周年を迎えた京都信用金庫は、京都市内外に90以上の支店を持ちます。その中で西陣支店は、全国で5番目にできた支店なのだとか。2019年に新しく建て替えられた店舗の2階は、「クリエイティブコモンズNISHIJIN」として、地域に開かれた交流スペースとして運営されています。「つぎにし」や「24JIN NEXT」などのイベントも、この場所で開催されてきました。
三輪
先ほどタナカさんが「ざわざわしている」と言いましたが、確かにここ数年、西陣で創業する方がとても増えています。今年度も毎月必ず1件はコンスタントに相談がきていますね。正確な数は把握できていませんが、カフェなどの飲食店はかなりの数が増えたのではないでしょうか。
また、私が支店長として西陣支店に来たのは2021年4月からですが、30年ほど前には営業として、この地域をまわっていました。かつて西陣支店は、京都市内でも1、2を争うほど規模が大きかったと聞きます。それだけ、この西陣が賑わっていた証拠でしょう。現在も伝統工芸を中心に、当時からのお客様との付き合いは続いています。
伝統工芸を長く営まれる方からは、毎日のように相談を受けるという三輪さん。事業の話だけでなく、時にはプライベートの相談に乗ることもあるのだとか。継続して事業ができるようにと、”おせっかい”にも精を出します。
三輪
2010年代前半から、先代の支店長の発案で「西陣サロン」という企画が始まりました。西陣の事業者さんが、ゆるく集まれる場所をつくることが目的です。最初は老舗店の若手メンバーが多かったのですが、最近は昔からいらっしゃる方と新しい方が、半々くらい。若い役者がどんどん増えているというのは間違いないですね。
西陣サロンは、今では夏祭りのようなイベントも企画されています。「この間の夏祭りは、ちょっと集まりすぎちゃいましたね」と三輪さんが笑ってしまうくらいに、地域を巻き込んだ盛り上がりを見せています。
西陣に残るため、フリーランスに
三輪さんが「役者の一人」と言うのが、sampai代表の宮武さん。西陣の伝統産業から出る産廃素材を使った、ハンドメイドのアクセサリーブランドを展開しています。その他にも、イベントの企画や運営をはじめ、みんなの困りごとにどんどん取り組む、なんでも屋さんなのだとか。西陣サロンの発展にも、大きく関わってきました。
宮武
伝統産業や地域に興味を持っている方は、周りにたくさんいます。西陣はせっかく良いコミュニティがあるので、みんなが入れる環境をつくりたいなと思って。そうやって西陣サロンの運営に関わるうちに、どんどん輪が広がっていった感じです。特に夏祭りは、子どもたちにも伝統を知ってもらいたいという願いを込めて企画しました。
「西陣の人なの?」と勘違いされることも多いという宮武さんですが、実はしっかりと関わりだしたのは2020年くらいからと、最近のことなのだそう。
宮武
西陣サロンで西陣織のフクオカ機業さんと出会ったのが、大きなきっかけでしたね。当時、私はまだ大学生で、sampaiを立ち上げていませんでした。でも西陣サロンにいた皆さんの「こんなことがしたい」という気持ちに、学生という立場でもお手伝いできることがあるなと思って。コロナ禍で大変な思いをされている西陣の店舗の皆さんを、英語の同時通訳をつけて、Facebookの生放送で紹介する企画をつくったんです。外国語大学に通っていたから英語ができるし、動画配信ができる仲間もいましたし。
タナカ
宮武さんと最初に会ったのは、「つぎにし」のオンライン開催のときでしたね。正直そのときは、こんなに深く西陣に関わり続けてくれるなんて思っていませんでした。どうして、西陣で活動しようと思ったんですか?
宮武
最初に西陣の皆さんのことをお手伝いしたいと感じたのは、皆さんの「やりたい」という強い思いがあったからです。そこから事業の関わり以外にも、皆さんとご飯をご一緒させていただいたり、体調が悪いときには薬を買ってきたりしていただいて(笑)公私ともども、とても可愛がってくださいました。西陣のコミュニティはとても素敵だな、関わり続けたいなと思い、ここに残るためにフリーランスとして独立をしました。そこからずっと縁がつながって、今があります。
西陣の現在地と、10年後
次々と新しい動きが起きている西陣。最後に、それぞれが思う西陣の面白さや、これからの抱負について聞きました。
宮武
西陣に住んでいる方は、糸を染めている香りや、機(はた)を織る音が西陣らしいとよく話されていますよね。とても素敵なのですが、ちょっと西陣に来ただけでは、それを体験できないことが多くて。三輪さんも仰っていましたが、西陣では最近、カフェなどの飲食店がすごく増えました。それによって、滞在時間が伸びたと思うんです。カフェを2、3軒くらい巡ろうとしたら、絶対どこかの工房の前を通るので、そこで香りや音を感じてもらえるんじゃないかなと。工房以外の場所が増えたことで、結果として伝統に触れてもらえるきっかけができているなと。それが最近の面白さですね。
星野
私は2022年に異動してきたばかりなので、西陣について、最初は西陣織のイメージしか持っていませんでした。ですが実際に来てみて、この町で活動されている素敵な方々やお店と出会うことができました。今でも町を歩けば歩くほど、新しい発見があります。京都には賑やかな観光地がたくさんありますが、西陣では落ち着いた雰囲気を楽しめるのが魅力なのかなと思っています。皆さんも目的地を堪能したら、すぐに帰ってしまうのではなく、ぜひ西陣の町を歩いて巡ってほしいです。
三輪
私が営業として歩いていた30年前と比べて、今は西陣の堅さが、明らかにゆるく優しくなっています。これは礼儀と敬意を持った若い世代の方がうまく入ってきて、上の世代の方々も受け入れてくださっているからなのかなと。西陣に展開したい企業さんも、ぜひ相談に来てもらえたらなと思います。私たちもせっかく「クリエイティブコモンズNISHIJIN」というスペースがあるので、もっと地域の方にアクセスしてもらいやすいような場所にしていきたいですね。
タナカ
僕は外から関わらせていただいている立場だからこそ、地域の皆さんが脈々と受け継いでこられた歴史をもっと学んでいきたいです。京都信用金庫さんの西陣支店が5番目にできたことだって、今日初めて知ったわけですし。それに僕は今の西陣の柔らかさも好きなんですけど、昔あった強さも結構好みなんですよね。多分、今は西陣をどんどん変えていけるタイミング。こうした優しさの中から、もうちょっと尖った強さを出せるリーダーたちが増えると、さらに面白いエリアになっていくのかなと思います。
京都市、金融機関、民間事業者と、四者四様の立場から見た西陣について話を伺ってきました。長い歴史を持つ西陣ですが、エリアの境界は明確に定められていません。だからこそ、関わり方は多様で良いのだと思います。大切なのは、それぞれがお互いの背景を尊重すること。そんな空気が、この町には漂っています。
約10年間の取り組むべき方策が取りまとめられた「西陣を中心とした地域活性化ビジョン」は、もうすぐ最初の5年を終えようとしています。西陣は、敷居が高いかも……。そんな風に思っている方も、ぜひ一度、西陣を訪れてみてはいかがでしょうか。今回の話は、あくまで西陣の現在地。10年後、もしかしたらあなたも、西陣で活躍しているかもしれませんね。
執筆・撮影:小黒 恵太朗
編集:北川 由依