2023.03.18

全てはここから始まった。京都に広がる「出会いの場」と「つなぎ手」のエッセンス

京都には、地域課題を解決しようとする中小企業や伝統技術で新しい商品を開発しようとする老舗、サービス作りに奮闘する学生など、たくさんの挑戦者とその人たちをサポートする支援機関があります。2022年9月に公開した記事では三社の支援機関を紹介しつつ、どう連携して、挑戦者を支えているのかを伺いました。

本記事ではもう一歩踏み込んで、イノベーションを生み出すための「出会いの場」の価値、人の交流を促進する「つなぎ手」の役割などを探求していきます。

「こういうサービスを作りたい!」「プロダクトをもっと広めたい!」という挑戦者がいても、デザインができなかったりマーケティングが得意ではなかったり。熱意だけでは解決できない課題があります。

しかし、「人との出会い」で仲間ができたり、プロダクトにフィードバックをくれる人が見つかったり、大きな一歩になることは多いです。2022年8月に刊行された『「対話」を通じたレジリエントな地域社会のデザイン』の第一章においても、イノベーションにおいて「出会いの場」と「つなぎ手」の重要性が記されています。

今回は、本書の第一章を担当した京都大学経営管理大学院特命講師/龍谷大学研究員の上野敏寛さん、京都リサーチパーク株式会社イノベーションデザイン部の柴田寛子さん、株式会社ツナグム取締役のタナカユウヤさん、に集まってもらいました。

「京都からの新ビジネス・新産業の創出に貢献する」を掲げる京都リサーチパーク株式会社(通称:KRP)が、「つなぎ手」がどう「出会いの場」を作ってきたのか、その変遷や価値について語ってもらいました。

左からタナカさん、上野さん、柴田さん

上野敏寛さん(京都大学経営管理大学院経営研究センター特命講師)
専門分野は地域経済学、地域産業論、中小企業論。龍谷大学政策学研究科博士課程修了、博士(政策学)。2023年2月現在、京都大学経営管理大学院経営研究センター特命講師、龍谷大学地域公共人材・政策開発リサーチセンター研究員、京都工芸繊維大学非常勤講師、龍谷大学非常勤講師など。

柴田 寛子さん(京都リサーチパーク株式会社 イノベーションデザイン部)
オープンイノベーション推進やアクセラレータ支援、ピッチコンテストなど、年間で100件を超えるイベント運営に関わる。入居企業さん以外も参加できる「KRPナイト」や入居企業限定の「つながらナイト」などを主に運営している。

タナカユウヤさん(株式会社ツナグム取締役・繋ぎ手)
2015年に株式会社ツナグムを創業。自治体や企業、金融機関、大学など多様な事業者との協働によるコミュニティづくりや事業への伴走支援、商店街や地域の活性化などを行う。前職である京都リサーチパーク株式会社では「京都リサーチパーク町家スタジオ」の運営や起業家のコミュニティづくりを担当。

2011年に始動した「町家BAR」が出会いのハブに

『「対話」を通したレジリエントな地域社会のデザイン』の第一章では、KRPが西陣に設立した「京都リサーチパーク町家スタジオ(通称:町家スタジオ)」で開催していた「町家BAR」が紹介されており、出会いの場として重要な役割を果たしていたことが記載されています。

2011年から始まった同イベントは、町家に入居する起業家を中心にデザイナーやアーティスト、エンジニア、起業家、金融機関などが招待制で集まり、2ヶ月に1回ほど開催。タナカさんが「今日も楽しみましょう!」と音頭を取り、参加者はお酒を酌み交わしながら注力しているプロダクトやサービスの構想など、次々にプレゼンする場でした。

著者の上野さんも知人の紹介で、2017年に町家BARに参加。「尖った人ばかりで熱量がありつつも、心理的安全がある不思議な場だった」と当時を振り返りました。

上野

とにかく楽しかったですね。何をやっているかわからない人がたくさんいて、プレゼンの熱量に圧倒されつつ質問したり。主催のタナカさんが心理的安全を担保しつつ、職人技のように人をつないでいくんですよ。会場が一体感で包まれるような感覚がありました。町家BARを説明するのは難しくて「ぜひ参加してくれ!」としか言えないのですが……。ただの飲み会ではなかったですね(笑)。

一方で、所属にかかわらず「あなたは何をしたいのか」を問われるイベントであるため、「慣れるまで3回はかかる」という人もいたそうです。

町家スタジオの始まりは2009年頃にあった「KRP地区を訪れるきっかけが無い人たちをどう集めるか」という課題感からでした。広大な敷地に、オフィスやホール、会議室など充実した施設をそろえ、今では500企業・団体となり、6,000人のプレイヤーが利用しているKRP。当時は、設備の充実さやオフィスの広さがメリットである一方で、外部から人が気軽に集まれる場所が無かったそうです。

そこで、当時まだ珍しかったシェアオフィスやイベントスペースとして活用されていた町家を引き継ぎ、「京都リサーチパーク町家スタジオ」と名称を新たに2010年より運営を始めました。町家スタジオの運営を担当することになったタナカさんが、町家BARなどのイベントで「やりたいこと」を持った情熱的な人たちを集めていました。

タナカ

一見、人がいっぱい集まってカオスなイベントなのですが、戦略的に運営していましたね。例えば、就職したいエンジニアとエンジニアが足りない企業を招待するなど。「この人とこの人が出会えば、互いの課題が解決するかも」と考えながら呼んでました。

当日は、全員を個々でつなげる時間はないので、一人ひとりプレゼンをしてもらいました。大事なのは、そのプレゼンを踏まえて、自然につながってもらえるように考え、無理やりつなげないこと。人と人の出会いなので、合わないこともあります。あとは、自分も参加者も、楽しい場にすることですね。

町家BAR開催中に、サービスやクラウドファンディングがリリースされることが多々あったそうです。さらには、京都信用金庫が主催する「京信・地域の起業家大賞」に、地域経済の活性化に貢献している起業家として選ばれた参加者がいたり、フリーペーパーをつくりたい大学生が寄付を集めたり、プレゼンをしたエンジニアが、それを聞いていた参加者とチームをつくって起業をしたり、資金調達につながる話がこの場から動き出したり。出会いを通して熱量や激励をもらった人たちが、新たな一歩を踏み出していきました。

終了した「町家BAR」が、今でも京都全体に広がっている

町家BARを開催していた町家スタジオは、2017年から株式会社ツナグムに移管して、2020年からは「町家 学びテラス・西陣」と名前を変えて京都産業大学が運営しています。

新型コロナウイルス感染症の流行もあり、町家BARは終了することになりました。しかし、今でも「町家BAR」は形を変えつつKRP地区で発展した形で実施されています。

柴田

誰でも無料で使えるオープンスペース「たまり場」が2018年にできたのも、町家BARがきっかけです。これは、西陣にある町家スタジオに集まった人たちが、丹波口駅近くのKRP地区に気軽に来れる場として作られました。

タナカ

町家スタジオに面白い人が集まってるのに、そこで終わってしまっていたのがすごくもったいなかった。KRPにその人たちをつなげることができなかったのは当時の課題ではありましたね。

柴田

町家スタジオに集まった人と入居企業さんとのハブになれたらという気持ちもあり、たまり場ができました。今では、さまざまなイベントが開催されています。

さらには、2019年10月からKRP地区外部の人も参加できる「KRPナイト」と入居企業限定の「つながらナイト」というイベントの開催を始めました。KRPナイトは、ツナグムも協力しています。

柴田

たまり場ができた当初は、8割強が入居企業さんや外部の人たちからの「持ち込みイベント」で、一時的な出会いで終わってしまっていて。町家BARの経験で、つながりを作るためにはコミュニティという共同体が欠かせないことがわかっていました。

そこで、KRPが主催開催する定期イベント「KRPナイト」と「つながらナイト」が始まりました。私たちが主催することによって、積極的に人をつなげて、コミュニティ化を促進しています。

新型コロナウイルス感染症の影響も受けつつも、KRPナイトは合計21回の開催を達成。つながらナイトでは、各種センサー・スイッチを企画開発している亀岡電子株式会社と企画からデザイン、システム開発、サーバー運用保守まで一手に引き請けるインターネットトータルサービスの株式会社シーズが知り合ったことをきっかけに協業が決定するなど、イノベーションのきっかけになりつつあります。

「出会いの場」と「つなぎ手」の価値

町家BARやKRPナイト、つながらナイトなどから、さまざまなイノベーションが誕生しています。アカデミック領域から研究している上野さんにとって、出会いの場はどのような役割や価値があると考えているのでしょうか。

上野

出会いの場は、二つの「窓口」を担っていると考えています。一つは京都内にいる人たちを受け入れる窓口です。例えば、私は長いこと京都で過ごしてきましたが、あまり交流がなかったんです。でも、町家BARに参加したことで一気に知り合いが増えました。もう一つは、京都以外の人たちとつながる窓口です。日本、あるいは世界の人たちが参加できる場として機能しています。

既存のものと、外からの「異分子」が掛け合わせると、イノベーションが生まれます。そのためには、それぞれの地域で「出会いの場」を持つのは重要だなと。

また、町家BARでさまざまな人をつないだタナカさんは、いつ頃からつなぎ手の役割を意識したのでしょうか。「思い返せば、小学生の頃からつなぎ手っぽいことをやっていた」と言います。

タナカ

やんちゃな子も真面目な子にも、仲が良かった小学生時代でした。どのグループとも関わりがあって、やんちゃな子とはゲームで遊んだり、真面目な子には「ちょっと宿題見せて」って言ったり(笑)。

どんなグループとも仲が良くて、みんなで楽しく、自分も居心地が良い状態を目指していた性格だったので。文化祭や体育祭のときは、それぞれのグループのハブになっていました。「絵はあいつが得意だから」「盛り上げるのはこの子に任せよう」とか。それぞれの得意を融合して、一つのものを作るのが楽しかったんですよね。あとは自分は楽しむだけ的な(笑)。それが今の仕事に通じている気がします。

柴田

「この人とこの人をつないだら面白そう」みたいなアンテナが鋭いのは、小学生の頃からの積み重ねなんですね(笑)。

私はタナカさんのようにはなれないので、それぞれに合ったつなぎ手のスタイルを見つけていくのも重要かなと。話を聞くのが得意だったり、相手のやりたいことを引き出すのが上手だったり。そこから発展させて、自分らしいつなぎ手になれたらなと考えています。

つなぎ手のおかげで、仲間になれそうな人と出会えたり、新しい視点から意見をくれたり。メリットが大きい一方で、「属人的になりやすく、疲弊しやすい傾向にある」と上野さんは警告します。

上野

イギリスの人類学者ロビン・ダンバー博士によれば、親しい関係を維持できる人数の認知的上限は150人程と決まっているそうで。それを超えて、疲弊してしまうことを懸念しています。

タナカ

たしかに、たくさんの人たちと出会ってつないできましたが、正直しんどかったときも多かったです(笑)。なので、イベントで「しっかりつなげなきゃ!」みたいな気持ちは少しでいいのかなと。人と人はつながるときはつながるし、そうではないときもある。気楽な気持ちを持つのも、重要だなと。

柴田

あとは、「毎月イベントを開催しないと!」と思わなくていいかもしれませんね。大事なのは中長期的に継続することなので、「今月は忙しそうだから、来月開催しよう」と調整するのも大事だと感じてます。

一人ひとりがつなぎ手となり、目的ある場をつくっていく

現在、人や企業、地域との関わりを通して事業の伴走支援をしているタナカさんは、「企業や地域などが、現状を変えたり、やりたいことを目指したりするために外からのつなぎ手を必要としている」と語ります。

タナカ

コミュニティマネージャーみたいな職種が出てきたのが、つなぎ手を必要としている顕著な事例だなと思います。

上野

私の理想としては、職種や肩書きに限らず、全員がつなぎ手になればなと考えています。ビジネスの世界においては、必ず課題にぶつかります。そのときに、一人で悩まず、いろんな人たちとの関係のなかで解決していく。だから、困った人がいると「この人紹介しようか?」とつなぐ意識を全員が持てるといいのかなと。

タナカ

それはいいですね。町家BARでも、楽しんでくれた参加者が「この人も参加すると面白そう!」と思い、いろんな人を招待する文化がありました。あと、運営している私が疲れ気味だと、何度も参加している方が当日の司会をしてくれたり(笑)。「イベントが面白かったから」「この人と出会えて事業が前進した」という気持ちになれば、「次は、私が紹介しよう」と一人ひとりがつなぎ手になれますね。

出会いの場を開催するためには、参加者に目的はもちろん、目指している未来を説明することも大事になってくると言います。

タナカ

昔に比べて、京都ではイベントもプログラムも増えてきました。でも、ただ作ればいいという話ではないです。何を目指しているのか、場を通して社会にどういう影響を与えたいかをしっかり考えることが大切だと思います。

柴田

KRPナイトやつながナイトを開催するときにも、どういう目的で開催しているかは参加者にしっかり伝えるよう意識していますね。

上野

京都はコンパクトな街で、歩いているだけで知り合いに出会えます。さらに、府外からの大学進学者も多いので、人の循環が発生しやすいです。人が集まりやすいまちだからこそ、出会いの場を作る時は目的をしっかり定めることが大事ですね。

町家スタジオ時代にKRPが生み出した「出会いの場」や「つなぎ手」のエッセンスは、時を経てさまざまな場所で受け継がれています。そして、今回の取材で、そのエッセンスをより良いものへと発展させるために、試行錯誤が積み重ねられている様子が伺えました。

KRPの連載では、企業という枠組みを飛び越えて、京都全体、日本、そして世界を巻き込んでイノベーションを起こしていく姿勢を感じました。他の記事もぜひご一読ください。

編集:北川由依
執筆:つじのゆい
撮影:中田絢子

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