2022.11.10

大学生の挑戦を後押しするために。京都リサーチパークが大学連携に力を入れる意義

住んでいる10人に1人が学生である京都市は「学生の街」とも言われ、国立や公立、私立、短大などさまざまな大学が37もあります。移り住んだ学生が、歴史ある文化に触れ、新しいモノを生み出すことも多く、新旧入り混じっているのが特徴です。

そんな京都で挑戦する研究者や学生と連携するのが「京都からの新ビジネス・新産業の創出に貢献する」をミッションに掲げる京都リサーチパーク株式会社(通称:KRP)です。

大学の新進気鋭の研究者を招いて、研究内容の事業化に向けてディスカッションをする「ふれデミックカフェ」を定期的に開催したり、2018年10月には京大オリジナル株式会社と、2021年3月には京都精華大学とオープンイノベーション活性化のための連携協定を結んだり、積極的に大学との連携を進めてきました。

そして、2022年4月には同志社大学と共同で「政策トピックス-16」を開講。両者で決めた授業内容を、学生に提供するのはKRP初の取り組みです。社会を変えようと奮闘していたり、楽しんで仕事をしていたりする経営者が講師となり、学生とディスカッションをし「多様な生き方を学生に知ってもらう機会になった」と振り返ります。

今回は、授業を担当した同志社大学政策学部の川井 圭司教授と京都リサーチパーク株式会社(以下KRP)イノベーションデザイン部の杉山 智織さん、受講した同志社大学政策学部3年生の山中 脩平さんに取材。なぜ、共同で授業を提供するのか?授業を通して見えてきたことなどを、伺いました。

左から京都リサーチパーク株式会社イノベーションデザイン部の杉山 智織さん、同志社大学政策学部の川井 圭司教授、同志社大学政策学部3年生の山中 脩平さん

互いの信頼があったからこその確信

KRPは、オフィスや実験・研究スペースの賃貸、貸会議室を提供し、新事業・研究開発など、イノベーション創発に向け挑戦する人たちを支援。さらには、イベントや交流会、ワークショップで、プレイヤーの交流を促進しています。

そんなKRPは、長い時間をかけて産学連携を進めてきました。なぜ、企業だけにとどまらず、大学などの教育機関や研究機関ともネットワークを構築してきたのでしょうか。

杉山

人口の10人に1人が学生の京都は、「学生の街」でもあり「研究者の街」でもあります。「京都からの新ビジネス・新産業の創出に貢献する」をミッションに掲げるKRPは、学生や研究者の活動が新しいビジネスに大きな力をもたらすと考え、連携を進めてきました。
最近では、一社にとどまらずに、他社や大学、自治体などが協働する「オープンイノベーション」がサービスを生み出すためや、学生のキャリア支援のために、学外での学びの場として重宝されています。
そこで、大学と企業をつなぐ施策やプログラムを実施して、ハブになれるよう活動を続けてきました。

今回、共同で授業を開講することになった同志社大学とKRPは、10年以上も関係がありこれまでもさまざまなプログラムを実施してきました。

杉山

同志社ビジネススクールMBAの公開講座をKRPで実施したり、研究者をKRPにお呼びして、研究内容踏まえてどう事業化できるかディスカッションする「ふれデミックカフェ」に参加していただいたり。登壇いただいた研究者の方からは、「学会以外で研究成果の発表の場があまりないので貴重な機会だった」「事業会社や一般の方と意見交換できてよかった」などの感想をいただいています。

しかし、研究者向けのイベントやプログラムは開催していたものの、学生向けが少ないことに課題を感じていました。そこで、杉山さんは以前から交流があった政策学部の川井圭司教授に相談を持ちかけたそうです。

スポーツ法政策の国際比較を専門とする川井教授は、学部のカリキュラム構成も担当しています。2024年には学部が20周年を迎えるということもあり「ワクワクするような学びを授業で」と考えていたそうです。

川井

杉山さんから相談をもらったときは、直感的に面白くなるだろうなと感じました。杉山さんが同志社の大学院に所属していたとき、「関西のバスケットボールチームを支えるために何ができるか」を学生目線で考えるプログラムを一緒に運営したことがあります。その際、教員と学生との連携をうまく機能させたり、授業に乗り遅れている学生をそっとサポートしたりと、その場の状況に応じて適切な振る舞いをする印象を持ちました。そのため、杉山さんのパーソナリティもよく知っていたんですよね。

社会を変えようと奮闘する活動家に“授業”で出会える

その後、川井教授と杉山さんは何度か話し合いをして、プロジェクト科目である「政策トピックス-16」という枠組みで授業を開講することに。

プロジェクト科目の特徴は、長くても3年しか開講しないことです。現代社会に適したテーマを扱うため、あくまで3年。その後は、終了するか、発展させたテーマで授業を開講するそうです。そして、講義スタイルは座学ではなく、学生自ら考え、議論する実践型・参加型で実施されます。

川井教授と杉山さんは講義内容を決める際に、二つのことを大事にしたと語ります。

川井

一つは、“組織”ではなく“人”とつながれる授業を大切にすること。同志社では企業が参加する授業はいくつもありますが、企業という組織を知ることはできても、そこで働いている人と繋がれる講義は少ないです。
「杉山さんが素敵だから、この人に授業を任せてみたい」と感じたように、“人”の魅力が伝わるような講義がいいなと。

杉山

川井教授の意向を踏まえて、KRPのネットワークを使って京都を拠点に活動する熱量あるスタートアップや地域に根付いた老舗・中小企業のみなさんに声をかけさせていただきました。活動的で、仕事だけでなく人生を楽しんでいたり、本気で社会を変えるために尽力していたりする人たちばかりです。
私もKRPに入社して、そういう人たちに出会い、勇気づけられてきました。ぜひ、学生にもそんな気持ちを受け取ってほしいという願いもありましたね。

そして、社会課題が解決するよう仕組みの構築に尽力している株式会社taliki代表取締役CEOの中村多伽さんや、人と人、人と場をつなげて生き方・働き方の選択肢を増やす株式会社ツナグム取締役のタナカ ユウヤさんなど。総勢8企業、10人が講師として登壇することになりました。

株式会社MIYACOさんにご登壇いただいた授業風景

25名、それぞれに響く登壇者の“面白さ”

2022年春学期に開講された「政策トピックス-16」は、実践・参加型スタイルで実施するため、定員25名までに設定。政策学部の講座だが、他学部・他学年も受講可能で、学生を募りました。

しかし、シラバスを公開した当初は「25名も受講してくれるか不安だった」と2人は語ります。その理由は、初の開講で学生の間で認知が広がっていない可能性があること、さらには、授業が土曜開講だったことがあげられます。

そんな不安を抱えたなか、いざ蓋を開けば、なんと100名以上も応募。これには、杉山さんも川井教授も驚きを隠せなかったと語ります。

川井

なんで100名以上もの応募があったのかが、とても不思議なのですが……。
でも、抽選で25名に選ばれた人たちのなかには、他学部が半分以上いたり、1年生もいたり。応募理由をきいてみると、「就職に活かせそう」というモチベーション高い人たちがいる一方で、「違う講座をとったはずが、ボタンを間違えておしてしまった」という人も(笑)。それでも、これだけ多くの人が応募してくれたのだからと、身が引き締まりましたね。

同志社大学政策学部3年生の山中脩平さんは、これから本格的に始まる就職活動の糧になると考え、応募しました。授業を受けるなかで「キャリアの歩み方は一つではない」ことに気づいたと言います。

山中

授業を受けるまでは、大学に入って、ある程度有名な会社に入社するようなキャリアを想像していました。一方で、登壇した株式会社MIYACOの中馬 一登さんは、学生時代にプログラムを作ったり、海外で大人数を集めてボランティアをしたりしていて。起業にたどり着くまでの経験や、現在どんな活動をしているかを聞いて、視野が広がりました。
さまざまな講師の話を聞いて面白いなと思う一方で、何か挑戦しようとするときに躊躇してしまう自分にも気づきました。それを株式会社talikiの中村さんにぶつけてみると「コンフォートゾーンを抜けるには、失敗もあるけど、得られるもののほうが大きい」と背中を押してもらいました。

授業を踏まえて「もっといろんなことに挑戦したい」と感じた山中さんは、KRPが開催する企業と学生の共創プログラム「MOVE ON」にも参加。

授業が進むにつれ、積極的に質問を投げかけたり、感想を共有する学生が増えたと言います。そんな学生をみて、川井教授と杉山さんはどのような印象を抱いたのでしょうか。

川井

「ボタンを押し間違えて履修しました」みたいな学生もいたのに、最後は全員の目つきや発言の内容が変わったのは印象深かったですね。
あとは、学生によって、どの講師に共感したかがバラバラだったんです。学生の興味関心や経験によって「面白い!」と感じるポイントが違いました。これは多種な企業とのネットワークがある杉山さんだからこそ、いろんな学生が共感する講師を選べたなと。もし私が選定していたら、偏ったものになっていましたね(笑)。

杉山

1年生の女の子が「授業が面白くて、終わったらお母さんと電話してるの!」と教えてくれたときは、驚きました。普通の座学で、授業後に母親に電話することはないじゃないですか(笑)。どうやら授業の内容だけでなく、高学年の先輩たちと関係ができたことも嬉しかったようで。本当にこの授業を開講してよかったです。

授業を通して京都を知り、好きになる

政策学部が目指す人物像が「京都の地域、課題を解決する人材を」としていることもあり、授業では「京都ならではの価値観」に触れることもテーマに掲げていました。

そのために、授業は京都信用金庫が運営する「QUESTION」や京都産業大学が運営する「町家 学びテラス・西陣」で開催。講師に会うだけでなく、京都のプレイヤーが集まる拠点で開催することで「京都を知る」「京都で学ぶ」「京都で働く」を考えるきっかけになればという意図がありました。

杉山

私は京都で育ったこともあり、京都のために働きたいという気持ちが自然とありました。でも、府外からくる学生は必ずしもそうはならないだろうなと。文化や歴史を学ぶ人はいても、京都での働き方に触れる機会がなく、卒業すると府外に就職する学生も多いはずです。

川井

そのために、まずは京都を知ってもらうことが大事ですよね。知っていくと、どんどん好きになり、愛着も湧いてきますからね。

杉山

KRPで働いていて、ビジネスは人とのつながりで生まれることを学びました。しかも、京都はコンパクトな街だから、それがやりやすい。1人つながると、どんどん紹介してくれて、ネットワークが広がっていく。それが京都ならではの価値観でもあり、働き方。それを少しでも感じてもらえたらと思って、会場を選定しました。

笹屋伊織への企業訪問の様子

新型コロナウイルス感染症の流行と同時期に入学した山中さんは、大学に来ることが少なく、有名な寺社仏閣すら訪れたことがなかったそうです。

山中

QUESTIONというビルがあることは知っていましたが、どんな建物かは知りませんでした。実際に足を運んでみて「ここで京都を盛り上げようとする人たちが集まってるのか」と実感がもてました。

また、コロナの流行と同時に入学したのもあり、清水寺や二条城すら行ったことなくて……。会場に向かうまでの道のりですら「こういう場所があるのか」と京都に触れる機会になりました。

授業後は、実際にQUESTIONや町家 学びテラス・西陣を利用するようになった学生もいたそう。杉山さんは「拠点を利用して、新しい活動を始めたりイベントに参加したり。行動するきっかけになれたら」と語りました。

授業をきっかけにコミュニティをつくっていく

学生に多くの変化や気づきが生まれた授業になった「政策トピックス-16」ですが、今回初めて開講して、見えてきた課題があります。授業は来年度も開校予定のため、さらなるパワーアップを予定しています。

川井

定員25名に対して100名以上も応募がきて、授業を受けられなかった学生が多いこと。でも、ディスカッション重視の講義スタイルでは、大人数は難しい。このバランスをどう保つかなどは、杉山さんと話し合っていきたいですね。

一方で、今後の展望も見えてきました。川井教授と杉山さんの口から出たのは「コミュニティ」というキーワードでした。

川井

学生が卒業して、いつか「あの授業を受けた学生です」と言って戻ってきたら嬉しいなと。卒業した学生が、その時の学生に学びを提供したり、今回講師として登壇した人と学生がコラボしたり。そんなコミュニティができると、もっと面白くなるのではと感じています。

杉山

卒業した後でも、参加した授業やプログラムを改めて振り返る機会や、参加者同士で繋がれるようなコミュニティができたらいいなと考えています。
KRPの強みは、いろんな企業とつながったり、大学の枠を超えて連携ができたりすることです。今後は、その強みをより伸ばしていきたいです。研究内容の事業化に向けてディスカッションをする「ふれデミックカフェ」には、同志社大学だけでなく京都大学、立命館大学などにも参加してもらっています。もっともっと大学や企業という枠を超えるプログラムやイベントを実施していきたいですね。

楽しんで仕事をしている、社会を本気で変えようとしている──。

そんな“かっこいい大人”がいっぱいいることを、私は社会に出てから知りました。もっと早くそのことに気づいていたら、描いていた夢も諦めることなく、思い切って挑戦できていたかもしれない。そう感じることが多々あります。

取材中に「私もこんな授業受けたかった」と悔しさがふつふつと湧き上がってきました。一方で、夢を諦めず、挑戦に背中を押されるような大学生が1人でも増えてほしいと願う自分がいることにも気がつきました。

今後、授業を受けた学生が、どんな挑戦をするのかが楽しみです。

執筆:つじのゆい
撮影:中田 絢子
編集:北川 由依

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