1855年(安政2年)築の建物を改築した宿泊施設「京旅籠むげん」。2016年にオープンし、今年で2年目を迎えます。オーナーの永留(ながとめ)さんはの鹿児島県の出身です。京都・西陣へ県外から移住、そして宿泊施設を始めて現在にいたるまでの経緯をお伺いしました。
自然に触れて、暮らし方を考える
永留さんは、育ちは埼玉で、田舎にある自然や民家に触れたのは20代になってから。23歳のとき、ワーキングホリデーでオーストラリアに訪れます。ビザの更新目的で第一次産業の仕事を体験したところ、農のある暮らしに惹かれたそうです。リンゴやいちごなど、旬の作物を追いかけるように、2年間のワーキングホリデーを過ごされました。
生まれ自体は、鹿児島なんですけど、父の仕事の関係で育ったのは埼玉。特に田舎とか古いものとかにはまったく触れずに過ごしてきました。フローリングに2階建ての、普通の一軒家みたいな所で、大人になるまで生活していました。
土をいじる機会とか、自然を味わう環境では育っていなかったから、ものすごく新鮮で。第一次産業の仕事は3カ月だけでビザの更新はできたけど、3ヶ月たったら次の町、また3ヶ月たったら次の町というように、農作物を目的に移動する旅を最後まで続けました。
帰国後も同じような旅を続けます。東京からスタートし、北海道の網走では厳しい寒さ、また住民同士のつながりが強いコミュニティにも出会います。「ここだ」と思える土地を求めて南下していき、やがて京都までたどり着きました。
「この仕事をしよう」ではなく「京都に住もう」が始まり
京都で、ある男性に「京都移住計画」を紹介してもらったことをきっかけに、移住について肌感覚だけでなく「何を決め手にしたいのか」を考えるようになります。これまでは農業に従事することで食や自然に惹かれていた永留さんでしたが、「人を起点にしたい」ことに気づきました。
京都移住計画さんのイベントに参加したときに衝撃を受けて、あ、移住ってフィーリングだけじゃないんだな、もっと目的を持って移住っていうのはできるし、自分の中に落とし込まないといけないんだなと感じました。
私たちの大切にしてることって何だろうって思ったときに、散々農業とかやって、たくさんの野菜や土、田舎暮らしに触れたけど、やっぱり人が好きっていうところに落ち着いて。
ある程度人がたくさんいないと、物足りなさを感じるんじゃないかなと思いました。そういう意味で、京都はすごくバランスがいいなと。
人を起点に移住先を考え、山も川もあり、地元民や県外からの移住者が入り混じりながら成り立つ京都に魅力を感じるようになります。町を歩くだけで、その土地の歴史を感じられることも惹かれた理由のひとつだそうです。「京都には、新しくつくりだすことはできない魅力がある」とおっしゃっていました。
出会ったもの(ひと)たちの気配を表現したい
「京都に住もう」と決めたあとは、どのような仕事に取り組むかを決めることになります。永留さんと旦那さんお二人の得意を活かそうと考えたところ、宿の他には浮かばなかったそうです。
私こんないっぱいしゃべるんですけど、旦那が全然しゃべらないんですよ。で、私たち二人が輝ける仕事って何だろうって言ったときに、この仕事以外に浮かばなくて。
掃除やベッドメイキングとかを、滞在するお客様が過ごす時間を快適にするのは彼の仕事。初めての土地で「どこに行ったらいいんだ」「どう過ごしていいかわからない」という気持ちの面を支えるのは私の仕事。
宿をやると決めたあと、永留さん夫妻は京都に「根付く」ことに取組みました。永留さんは京都在住者の想いも汲むために、「まいまい京都」という、市民がガイドになる街歩きイベントの仕事に従事。旦那さんは一棟貸しの宿の会社で働き、そのなかで清掃やベッドメイキング等、ゲストが快適に過ごせる場所を設える方法を学びました。
やっぱり外からの人間がこうして京都に来て、雑誌とかの情報は、どんどんインプットしてここを信じきるけど、本当の京都の人の思いとか、京都の人が大事にする気持ちっていうのは、もうちょっと深いところに学ばないと多分わかってあげられないなと思って。
やっぱりそこの土地のこと、町のこと、人のことを知って起業するというのが、とても大事なことだって思うかな。
現在は常駐するスタッフも加わり、京都の地域の魅力を伝える仲間が増えて嬉しいと語られていました。永留さんと旦那さん二人だけでは発見できない魅力が見つかることが、宿の魅力にもつながるんですね。
「職住一体」というモデル。
宿をはじめると決意し物件探しをした永留さんでしたが、予算に見合う物件は見つからず心が折れそうになったそうです。そんな折、旦那さんが偶然見つけた建物が現在の宿だったのだとか。予算はオーバーしていたものの「ビビビッ」と来るものがありすぐに購入したそう。
職住一体っていう言葉にすごく魅力を感じていて、自分たちが住んで仕事をするっていうのは、自分の命をそこに費やしていくんだって思って。物件を探していくなかで、京都では夫婦で仕事をされてる人がすごい多いことに気づきました。
準備を進めないといけない焦りもあったけど、自分たちの先行モデルになる先輩がたくさんいたから不安はなかったかな。
永留さんは、宿の敷地内に生活されています(2018年3月現在では、別のスタッフが在住)。職住一体というモデルに取り組むことで、近隣の方々とはごく普通にあいさつを交わし、ご近所さんのような関係づくりをしていくことができたそうです。
もし宿の仕事をしていなくて、ここが自宅だったとしても、近所の方とは同じような付き合い方をしていると思う。過剰に何か配ったりとか、積極的に交流とかしてるとかじゃなく、ナチュラルに、可もなく不可もなく、みんながやってることを自然にやってる。
顔を合わせればあいさつもするし、困ってることがあればお互い助け合うっていうのを、普通にやってるだけ。そうすると近所の人たちも、むげんに泊まりに来る人にあいさつしてくれるんです。
身近な人との「関係」が地域の魅力になる
むげんの今後についてお伺いすると「この宿だけではなく、地域との関係性を考えたい」とおっしゃっていました。その土地のこと、町のこと、人のことを知る。知った上で起業をすることを大切にしているようすが伝わってきます。
いつもコーヒー飲みに行く場所がつぶれてしまったって言ってたおじいちゃんがいて、ここで飲んでいけばいいじゃんって言ったら通うようになってくれたんです。ただそのあと見つかったらしく、来なくなっちゃったけど。
だから場所が持つ魅力っていうのは、そういう受け皿となれること。いろんな人が困ってたりとか、何かやりたいと思ったときに、むげんがあるからできることをつくりたいと、すごく感じるんですね。
例えばスタッフの禄(ろく)ちゃんが一緒に働いてくれるんだけど、彼女に永久的に働いてほしいって気持ちは全然なくて。ここを通じて、本当に自分のやりたいことを見つけるっていうことが、むげんで過ごす価値になって欲しい。
宿はただの寝床ではなく、住民の受け皿になったり、スタッフを育成する苗代になったり、別の可能性があるんですね。最後には創業などを考える方へのアドバイスもいただきました。
京都は小さいお店がたくさん根付いてると思うから、そういうところとの絆を大切にすることだと思う。何でかというと、自分だけが一人立ちってやっぱりあり得ないから。町って空間全体を示すから、むげんが評価されても、でも周辺には何もないよねってなったらあんまり魅力がない。
だから私たちも、ちょっとした和菓子を買うとか、お花を買うとか、名刺一個を作るにしても、近所から買うことで地域のお店が残っていく。みたいなことを念頭に置くと、結果的に自分のお店も繁栄していくし、町の魅力につながるからってすごく思う。だからなるべく買い物は、この近所でしかしない。
むげんは2号店を計画中で、そこでは親子連れも受け入れられる場所にしたいそうです(受け入れられる人たちの幅を広くしたいのだとか)。
まずは身近な人たちのために、宿という場ではなにができるかを考える。そして日々の暮らし方も地域の魅力につながっていることを意識する。永留さんの哲学を感じられるインタビューでした。
本記事は、公益財団法人京都産業21が実施する京都次世代ものづくり産業雇用創出プロジェクトの一環で取材・執筆しております。