2023.01.27

「梅小路エリア」と共に変わる京都リサーチパーク。食・アート・ものづくりの三つを軸にイノベーターが集う 

京都駅から少し北西に行くと「梅小路エリア」と呼ばれるエリアがあります。ここには、以前から連載している京都リサーチパーク株式会社があり、1927年に設立された日本で最初の中央市場「京都市中央卸売市場」がある場所として、京都の「食」を支えてきました。

しかし、京都市民からすると、用がないと訪れる機会が少ないエリアでもありました。

そんな梅小路エリアを盛り上げようとしているのが、2021年3月に始動した株式会社梅小路まちづくりラボ(通称:梅ラボ)です。同社は、京都リサーチパーク株式会社をはじめ、ものづくり・アート・食を事業とする企業と金融機関の14事業者が集まってできたまちづくり会社です。

オフィスや実験・研究スペースに加え、ホールや会議室などの施設運営をしている京都リサーチパークは、「梅小路エリアの人気が高まること、エリア価値向上に貢献したい」と考え、「梅ラボ」に14%出資。

ロンドンのショーディッチ、サンフランシスコのSOMA、更にはニューヨークのブルックリンなど海外のクリエイティブ都市のように起業家や投資家、アーティストが集まるエリアを目指して、動き出しています。

海外のクリエイティブ都市のようになり得る可能性を秘めた梅小路エリアのポテンシャルとは?今後つくっていきたいまちの風景とは?

今回は、京都リサーチパーク株式会社(以下KRP)ブランディング統括・理事地域開発部長の足立毅さん、株式会社Monozukuri VenturesCEOの牧野成将さん、itonowa代表の村田敬太郎さんの3名にお話を伺いました。

左:村田敬太さん(itonowa)
島原エリアで交流型町家マーケット『糸でつながる33mのマーケットitonowa』を営む。現在はアトリエ、コーヒースタンド合わせて7店舗が入居中。不動産企画・管理を行う大家業のほか、京都R不動産の一員としてバックオフィス業務も担当

中央:足立毅さん(京都リサーチパーク株式会社)
京都リサーチパーク(株)ブランディング統括・地域開発部長、(株)梅小路まちづくりラボ取締役。梅小路エリアのまちづくり推進をライフワークとして活動中

右:牧野成将さん(株式会社Monozukuri Ventures)
2017年9月にものづくりスタートアップのコワーキングスペース「Kyoto Makers Garage(KMG)」を設立。現在は、京都とNYを拠点にハードテックスタートアップ、モノづくりコンサル・ファイナンスの両軸で支援するベンチャーキャピタルMonozukuri Venturesを経営している

早朝から音が多い市場場外エリアに可能性を感じた

長らく、京都市中央卸売市場の事業者関係の人の利用が中心だった梅小路エリア。しかし、2017年くらいから、食・アート・ものづくりに関連する施設が集まるようになり、このエリアを盛り上げようとしています。

なぜそれほど梅小路エリアに注目する人が増えたのでしょうか?梅小路エリアの可能性を最初に見つけたのは、アーティストの住むコミュニティ型アートホテル&アートホステル「KAGANHOTEL-河岸ホテル-」を運営する扇沢友樹さんだったそうです。

足立

歴史や街のストーリーを紐解きながら、不動産の利活用の文脈を考える「不動産脚本家」を肩書きとして扇沢さんは名乗っています。

ある時、乾物屋さんの倉庫に寝袋で一泊して活用の文脈を練ったらしく(笑)。

京都市中央卸売市場は夜から仕事をするため、ターレや車の行き交う音が倉庫内まで聞こえます。それを踏まえて「もしかしてここは、音に寛容なエリアではないか?」と扇沢さんは思ったそうです。

京都市中央卸売市場内の様子。夜から午前中にかけてターレや車が行き交う
京都市中央卸売市場の近くには、事業者が使う倉庫が数多くある

そこから扇沢さんは、鉄工や木工ができる工房併設型のシェアオフィス・シェアハウス「REDIY-リディ」を2013年冬にスタートさせました。鉄工や木工は住宅街でするには音がでてしまうため、夜中からターレや車の音がする市場場外エリアだと作業音がかき消されて好都合でした。

一方で、ハードウェアと製造業テックに特化したベンチャーキャピタルMonozukuri Venturesの代表である牧野さんは「市場場外エリアのような空き倉庫が多い場所から、世界のクリエイターが輩出されてきた」と語ります。

牧野

オムロンや島津製作所、京セラ、そしてそうしたグローバル企業を下支えする技術力に優れた中小モノづくり企業が強いのが京都です。一方で世界中でハードウェアのスタートアップが増える中で試作や量産化等のモノづくりに課題を抱えていました。そうしたハードウェアのスタートアップと京都そして日本のモノづくりを繋ごうということでMonozukuri Venturesは生まれました。

ただ実際にハードウェアスタートアップと京都のモノづくり企業をマッチングしていこうとすると「リアルの場」、そして「モノづくり企業のコミュニティ」の重要性を痛感するようになりました。当時の京都ではITやサービスといった共創の場は生まれつつありましたが、ハードウェアにフォーカスした場所はなかったため、京都市等に働きかけを行ったところ、京都市としても「モノづくりベンチャーの戦略拠点」を作る機運が高まり、実際に場所の選定という話になりました。

場所を選定する際に参考にしたのが、海外のクリエイティブ都市です。海外では空き倉庫に起業家やクリエイターが集まって、イノベーションを生み出すような事例がでていました。このエリアに足を運んだ際に、梅小路にも同じような空気や匂いを感じ、もしかしたらクリエイターが集まりやすい環境、そしてイノベーションが生まれる環境なのではと考えました。

そして2017年9月に、ものづくりベンチャーの戦略拠点「Kyoto Makers Garage(KMG)」が設立。KMGでは、3Dプリンタやレーザーカッターが自由に使えたり、ワークショップ、更にはモノづくり相談ができ、誰でも気軽にモノづくりに挑戦できる環境を提供しています。

扇沢さん、牧野さん、そしてリノベーション物件や一軒家、町家など魅力的な物件を届ける京都R不動産代表の水口貴之さんも梅小路エリアに着目したことをきっかけに、KRPの足立さんも注目するようになったそうです。

足立

2017年頃プライベートでランチミーティングを開催しました。そこで、扇沢さんや牧野さんが考えていることを共有してくれて。まさかKRPがある梅小路エリアにこんな可能性があるなんて、本当に盲点でした(笑)。そこから京都信用金庫様、京都中央信用金庫様や京都青果合同㈱様など地域の事業者の皆さまとの議論に発展し、大きなうねりが生まれ始めました。

また、イノベーターやアーティストが集まれば、エリアとしての多様性が増します。梅小路エリアにその可能性が秘められているのなら、今のうちに携わっていた方が、KRP地区との相乗効果も大きくなると考えました。

そして事業再生と地域活性化を支援する「地域経済活性化機構(REVIC)」のファンドを活用したまちづくり会社として、2020年に梅ラボを設立しました。京都市中央卸売市場があることから「食」、扇沢さんが専門の「アート」、牧野さんが携わる「ものづくり」、この3つをコンセプトに関連する企業と金融機関が集まり、14事業者で梅ラボを結成しました。

3つの事業で梅小路エリアの風情を残しつつ変えていく

梅ラボでは、食・アート・ものづくりの3つをコンセプトに、さまざまなバックグラウンドの人たちが集まりイノベーションを連鎖的に創発していくことを目指しています。

梅ラボの事業は3つあります。1つ目が「交流拠点開発・運営事業」です。

田村

梅小路エリアにはたくさんの倉庫がありますが、空いているものもあります。そこを利活用して若い人たちの拠点にできたらと考えています。

その1つとして、モノづくり試作・交流拠点「Umekoji MArKEt」を2022年5月に開業しました。「デジタル×製造業」を実践する場として、スタートアップ、中小企業、大手企業が入居して交流を図っています。

Umekoji MArKEtには金属加工の3Dプリンターを常設している。

2つ目は「エリアマネジメント推進事業」です。

足立

現在、梅小路のまちづくりに取り組んでいるのは私たちだけではありません。JR西日本さんが事務局をされている「京都・梅小路みんながつながるプロジェクト」やホテル エミオン京都を運営するスターツグループさんが事務局をされている「梅小路京都西·七条通賑わいづくり協議会」もまちづくり活動に力をいれています。

バラバラで活動をするともったいない部分が発生してしまいます。連携できる部分は協力する。それを総称して「エリアマネジメント推進事業」と言っています。

3つ目は「来訪や交流を促す、梅小路エリアの周遊事業の企画」です。モノづくり・アート・食・資源循環などをテーマに交流イベントを定期的に開催しています。

現代アートのまちなか展覧·交流イベント「UMEKOUJI MEETINGS」

まちづくりには多くの人たちが関わってきます。先述した通り、梅ラボだけでも14事業者が取り組んでいます。どのように連携して事業を運営しているのでしょうか?

牧野

「餅は餅屋」ということわざがある通り、それぞれの専門領域で頑張るようにしています。でも、自分の専門ではどうしようもできないことが発生します。例えば、ものづくりの拠点を作りたくても、場所が見つからない……。そういうときは、京都R不動産の水口さんを頼ったり、他の専門の人たちと協力しています。

「まちづくり」と聞けば、大規模な都市開発をイメージする人も多いでしょう。梅小路のまちづくりを、梅ラボはどのように捉えているのでしょうか。

足立

まず、京都にはA面とB面があると考えています。A面とは嵐山や清水など、伝統的な建造物があり、変わってはいけないエリアです。B面は、梅小路や西陣など変わっていけるエリアです。

でも、大規模な開発でガラリと変えることは望んでいません。梅小路エリアの昔ながらの風情を残しながら、変えられる部分に着手していく。これを梅ラボでは大切にしています。

「互いに触発し合う」島原との梅小路の関係

梅小路のまちづくりをするのに、関わり深いエリアがあります。それは、梅小路公園から北に徒歩10分ほどにある「島原」というエリアです。江戸時代では歌舞音曲を伴う遊宴の町「花街」と呼ばれ、嶋原商店街は1960年代から70年代前半の最盛期には90店舗を超える盛り上がりを見せる地域でした。

しかし、少子高齢化の影響もあり、商店街の店舗は20店舗ほどに減少。徐々に空き家も増えてしまいました。そんな島原を盛り上げたいと活動しているのが「糸でつながる33mのマーケット『itonowa』(イトノワ)」を運営する村田さんです。

2015年10月に文化交流スポットitonowaを開業。10年以上放置していた空き家をリノベーションして、コーヒースタンド・アトリエ・オフィスとして入居者に活用してもらっています。

※itonowaは2014年京都市「空き家活用×まちづくり」モデル・プロジェクト採択事業

村田

私は島原エリアで生まれ育ちました。子供の頃は、この町はとても活気があったんです。でも、徐々にお店も少なくなってしまい……。サラリーマンを退職して京都に戻ってきたとき、僕の子どもがこの町で過ごすのを想像すると、率直に「楽しくないな」と感じたんです。

子ども世代に引き継ぐ時に、もう少し良い風景を残したい。楽しい人たちがそばにいるようにしたいと思い、まちづくりに関わり始めました。

梅小路と島原、エリアとしても近しい2つは、互いの活動をどう見ているのでしょうか。「率直に、梅小路の盛り上がりは羨ましいです(笑)」と村田さんは語りました。

村田

梅小路と島原では、規模も状況も異なります。なので、全ては真似はできないですが、参考にさせてもらっています。

足立

我々が梅小路エリアと言う時、その一部としてずっと島原を意識していますよ(笑)。島原にある京都市立淳風小学校が閉校して、2020年にスタートアップ向けオフィス兼交流スペース「淳風bizQ」として利活用されることなどにも好感を持って見てます。

市場場外エリアと島原は線路で区切られているのですが、もともと島原の方にもプレイヤーが多いんですよ。なので、私たちは島原を含めて梅小路エリアのまちづくりだという意識が最初からありましたね。

牧野

でも、それぞれのエリアで専門性があるので、そこで頑張りつつ、触発しあう関係がいいですよね。私だとものづくりで交流を増やし、村田さんだと空き家活用していろんな人が集まれるエリアに。意図的に島原と梅小路の繋がりをつくらなくとも、自然と広がっていくような気がしています。

itonowaの入り口にあるカフェ「GOOD TIME COFFEE」には、ツナグム代表取締役の田村 篤史やタナカ ユウヤ、京都リサーチーパーク足立毅さんなど、島原の地域活性化に賛同するメンバーが期間限定で描かれている

仕事と生活が溶けてる「中心者」が地域を盛り上げる

梅小路や島原に共通するのは、トップダウンではないまちづくり。では、どんな工夫をしているのでしょう?

牧野

一定の期間を地域で過ごす人たちがまちの「中心者」になっていくと思います。外から入ってきて、イベントだけ参加するだけでは、なかなか難しいです。

起業家やアーティストなど、生活と仕事を切り分けないような人たちが、まちで同じ空気を吸っているのが重要かと。そうすると、いざというときに相談しやすいですし、コラボレーションがしやすいです。

足立さんも自ら普段実践していることがあるそうですね。

足立

私はよく会社を抜け出して、まちをブラブラしているのですが……(笑)。まちでいろんな人たちと話すときは「KRPの人」ではなく、一人の人間として接してもらえるよう気をつけています。そうすると対話機会も増えますし、フラッと相談も投げかけてくれます。

村田

私は大家をやっているので、外に出る機会は少ないのですが、itonowaにたくさんの人が訪ねてきますね。特に、空き家活用を参考にしたいという大学生や行政の方だったり。いろんな人が足を運んでくれます。

今後の島原・梅小路が目指すものとは?

まちを盛り上げるには長い年月がかかり、多くの人たちを巻き込んでいく必要があります。そんなまちづくりに関わる3人は、今後どのような構想を抱いているのでしょうか。

村田

淳風小学校がオフィス兼交流スペースになり、働く人たちが集まりつつあります。今、島原は住宅街がメインですが、働く人が集まれば、昼食をとる場所や接待の場所が必要になり、飲食店も増えてくるだろうなと。そこからどんどん盛り上がってほしいなと思います。

足立

2022年3年振りに梅小路公園で開催された「京都音楽博覧会」と梅ラボがコラボして資源循環に関するプロジェクト「資源がくるりプロジェクト」を実施しました。音博のフードコートから出る食品残さを回収して公園に設置したコンポストでたい肥を作るプロジェクトです。今後も色々コラボして行きたいですね。2025年は大阪関西万博もありますし、関西に多くの人が訪れる1年になることでしょう。伝統産業、アートなどを横断しつつ、京都でしか作れない京都音楽博覧会を中心とした周遊事業を企画したいと思います。

京都音楽博覧会2022と梅ラボのコラボ事業「資源がくるりプロジェクト」主要メンバー。コンポストステーションの前で。

牧野

ものづくりなど、たくさんのイノベーションが梅小路から生まれるようにしたいですね。同時に、世界中から挑戦したい人が集まるエリアになればいいなと。「京都」というブランドよりも「梅小路」がすごいんだと世界中に伝わるよう活動していきたいです。

理想のまちをつくるためには、多くの人の協力が必要で、数ヶ月、数年で出来上がるというものではありません。取材でポロッと出てきたのは「バックグラウンドが違うプレイヤーと連携できるのは、数十年後という長期視点をみんなが持ってるからかもね」という発言でした。

長い時間がかかるという意識が自然と共通でもっているのは、何千年もの伝統を紡いできた京都で活動しているからかもしれません。

今後、梅小路エリアにどんなイノベーションが生まれ、どのように変容を遂げていくのかが楽しみです。

編集:北川由依
執筆:つじのゆい
撮影:中田絢子

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