2023.07.03

「質実剛健」が合言葉。ヘルスケア領域で事業を生み出すプラットフォーム「HVC KYOTO」の全貌

ヘルスケア分野の起業には、莫大な資金と時間が必要であるということをご存じでしょうか?

仮説検証するのに研究環境が整えられたラボが必要だったり、製品化にあたって安全性や有効性を証明する臨床試験を経て時間がかかるため、他業界に比べて資金調達が難しく、起業のハードルが高い現実があります。

そんなヘルスケア分野に変革を起こそうと、日本貿易振興機構(JETRO)、京都府、京都市、京都リサーチパーク株式会社(KRP)が連携し、「HVC KYOTO」は誕生しました。

HVC KYOTOは、海外市場へ挑むスタートアップやそのステークホルダーが相互に連携するためのイノベーションプラットフォームです。海外の豊富なリソースへのアクセスを容易にすることを目的として、英語ですべて進行し、VCや事業会社を多数招いています。そして、書類審査で選ばれたピッチ登壇者は、DemoDay本番までの事業アドバイスセッションで専門家の指導を受けて、よりマーケットニーズに応えられるようにビジネスモデルをブラッシュアップできるところが特徴です。

2016年から毎年開催してきた本イベントの累計登壇者数は、延べ140人以上。ピッチ登壇者の累計資金調達額は300億円を超えました。ヘルスケア分野のスタートアップや研究者からは登竜門として、事業会社やVCからは良質な事業にいち早く出会える場として認知されつつあります。

本記事では、ヘルスケア領域で事業を起こす難しさを踏まえて、HVC KYOTOがどのように進化してきたか、さらには、今後に向けてどんな未来を描いているかなどを、イベントを支えてきた5名にお話を伺いました。

※撮影時のみマスクを外しています

他業界とは桁外れの資金が必要となるヘルスケア

HVC KYOTOが始まった2016年、当時のヘルスケア領域は課題が山盛りでした。その課題にいち早く気づき、動き始めたのがHVC KYOTOの発起人である小栁智義さんと初期メンバーの田畑真理さんです。

スタンフォード大学医学部の博士研究員になり、その際に、ベンチャー企業を通じた研究成果の事業化を経験した小栁さん。帰国後、ヘルスケア領域の事業創出において、シリコンバレーとの意識の違いに違和感を感じました。

小栁さん

日本に帰ってきて、ヘルスケア領域における起業環境がシリコンバレーと大きく異なることに驚きました。実験設備を必要とすること、さらには、安全性や有効性を立証する臨床試験が必要となり、製品が作れるまで時間がかかることを踏まえ、ヘルスケア領域では莫大な資金が必要になります。

日本のITやサービス業では数千万円集めるのに精一杯ですが、ヘルスケア領域は50億円集めてやっとスタートに立てます。そこの認知が日本では全然広がっていないことが衝撃でした。

小栁智義さん(HVC KYOTO リードアドバイザー/京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構 ビジネスディベロップメント室室長 特定教授)
大阪大学大学院を卒業後、スタンフォード大学医学部研究員に。帰国後は多国籍企業での営業やマーケティング、さらには創薬や再生医療ベンチャーでの事業開発職を歴任。2014年より京都大学でイノベーションエコシステム構築のために尽力している。

「京都からの新ビジネス・新産業の創出に貢献する」を掲げ、オフィス・ラボ・コンベンション施設を賃貸しているKRPで、新ビジネス企画部長(当時)を務めていた田畑さんは実験施設の観点から課題を感じていました。

田畑さん

賃貸ラボといっても、研究環境を整えるのに実験機器の購入や設置工事が必要で、2〜3人で始めるにも3,000万円ほどかかります。行政などへの各種申請もあって、実際に研究開発できるようになるまで時間もかかります。私としてはそこをどうにかしたかったのですが、当時は、新たなラボを開発する余地はなかったんです。

田畑真理さん(元KRP/京都大学オープンイノベーション機構)
2015年に大阪ガス株式会社よりKRPに出向。小栁智義さんらと共にHVC KYOTOを始める。2023年に退社し、現在は京都大学オープンイノベーション機構にて産学連携に携わる。

ヘルスケア領域の資金調達環境に課題を持った小栁さん、研究開発環境に疑問を持った田畑さん。その二人を繋いだのはJETRO京都の石原所長(当時)で、まずは前者の課題を解決しようと2016年に誕生したのが「HVC KYOTO」でした。海外の豊富なリソースへのアクセスが容易になるように、日本だけでなく、海外の事業会社も誘致。そのため、登壇者は全員英語でピッチするだけでなく、応募資料などロジスティクス面もバイリンガル対応としています。

VCとしてバイオ分野に特化したアクセラレータープログラムを立ち上げ、ヘルスケア領域のエコシステム構築に尽力してきた橋本さんは、「もう自前主義だけでは新しい事業が誕生しなくなっていた」と当時のヘルスケアを取り巻く環境について語りました。

橋本さん

そもそも大学教授が製薬会社やヘルスケア企業の適任者と出会える機会が少なかったですね。経営企画部、パートナリング部、研究部門のリーダーの人など。ですから大学での研究成果を踏まえて、どうすれば売れるか、製品にするための開発計画を立てられるかという会話をする機会が不足していました。

一方で製薬会社やヘルスケア企業は、自社のアセットだけでは、新薬や製品を生み出すのが難しいという課題を抱いていました。新たな製品のタネや、新規事業のアイデアが見つからない。社外の人たちと知見を交換したり、一緒に事業を起こしたり、コラボレーションしていかないと生きていけないという危機感をどの大手企業も持ち始めていました。

橋本遥さん(株式会社Convallaria 代表取締役)
2022年にモデレーター、2023年からHVC KYOTOのプログラムディレクターを務める。スタートアップの投資・育成に取り組み、京大らとDeep Techスタートアップと企業のマッチングプラットフォーム開発、その他スタートアップの経営戦略アドバイザーやビジネススクールなどでのメンターを兼務している。

また、HVC KYOTOを主催していて、国内のスタートアップ企業が海外にでるための支援を実施するJETRO京都の佐竹さんは、「世界に追いつくためにも啓発が必要だった」と語ります。

佐竹さん

高血圧や糖尿病など生活習慣病を治す薬は、すでに世界で開発し尽くされていました。しかし、医療データや医療機器などは余地がある領域で、技術を開発したり、情報交換のために海外とのリレーションを持たないといけませんでした。日本が海外の国々に追いつくためにも、HVC KYOTOは啓発の場になるなと感じました。

佐竹晋さん(日本貿易振興機構(ジェトロ)京都貿易情報センター 産学連携コーディネーター)
萬有製薬入社後、米国メルク社との統合に関するプロジェクト多数に関与。インヴェンティブヘルス社事業開発を経て、医療機器スタートアップ企業の立ち上げを経験。JETROでは、京都大学担当としてライフサイエンス関連スタートアップ企業の海外展開を支援。

産学公が連携し、柔軟に進化してきたHVC KYOTO

HVC KYOTOは今年で8年目となります。これまでの登壇者数は延べ140名にもおよび、今年は30名を超える応募がありました。登壇後の成果としては、2019年にピッチをしたアーサムセラピューティクス社は科研製薬にM&Aされました(2021年12月)。登壇した企業の登壇後資金調達額は累計300億円を超えています。

HVC KYOTOの発起人でもある小栁さんは「約8年かけてやっと成果が見えてきた段階です」と言います。

小栁さん

最初は、私が持っているネットワークを使って、スタンフォード時代の上司やベンチャー企業を呼ぶのが精一杯でした。3年目くらいから、声をかけなくてもいろんなベンチャー企業や事業会社が参加してくれるようになりました。

その頃、HVCの会場の装いや進行等は学会発表のような雰囲気で、2018年当時、デジタルガレージにおられた橋本さんが手がけておられたピッチイベントがかっこよいなと思っていました(笑)。今では、その橋本さんにもアイデアをもらいながら、DemoDayの雰囲気も進化しています。

資金調達やコネクションを作るためのピッチイベントの場だけでなく、2017年からは専門家から助言を受けられる事前研修を実施したり、2018年からはピッチ動画の制作ノウハウや過去登壇者の体験談を共有するポストイベントを開催したり、育成にも力を入れてきました。「ヘルスケア領域においては、マーケットのニーズに応えられるよう研究内容をブラッシュアップする機会がなかった」と言います。

橋本さん

ヘルスケアは、研究成果やその特許が事業の成否を大きく左右する業界です。でも、その研究開発の方向が間違っていたら、せっかく時間をかけて研究しても売れないし製品開発のために協業してくれる大手企業も捕まらない。なので、将来研究成果を製品にしたいと願うのであれば、大学での研究段階から「患者/顧客のニーズは何か、どうすれば売れるか」を突き詰める。いかにマーケットフィットさせにいくかを考える必要があります。

佐竹さん

全国的にみても、新しいスタートアップ企業は出尽くしています。まだ、卵の状態から育成プログラムにのせていかないと、日本のヘルスケアにおいて次の10年はないでしょう。

資金調達の場として、そして、育成の場として、時代の流れを踏まえてHVC KYOTOは進化をしてきました。なぜ、HVC KYOTOは変わり続けられるのでしょうか。現在、KRPにてHVC KYOTOの統括を担当する長田さんはその理由をこのように考えています。

長田さん

大きな特徴としては、主催・共催の産学公の皆さんと連携し、それぞれの組織としての強みを活かして運営してきたことが挙げられます。

今日この場にいる皆さんに目を向けますと、小栁さんは研究者というバックグラウンドを持っており、佐竹さんは事業のグローバル展開を支援できる。そして、橋本さんはVC・アクセラレーターとして事業を支援してきた経験がある。バックグラウンドは異なりますが、みなさんヘルスケア領域をより良くしたいと奮闘してきた人たちです。時代の流れを踏まえ、互いの視点を交換しつつ議論を重ねたことも、HVC KYOTOの進化に繋がっています。

長田​​和良さん(京都リサーチパーク株式会社)
2017年京都リサーチパーク株式会社に入社。現在はイノベーションデザイン部所属。田畑さんからHVC KYOTOを引き継ぎ、統括を担当。NEDO Technology Startup Supporters Academy フェロー。

質実剛健。研究者も企業も本気でアイデアをビジネスにのせにいく

HVC KYOTOでは、研究者も事業会社でも、どんな肩書きであろうと関係なく、アイデアをよりよいものにするために議論することを大切にしています。それは、小栁さんがスタンフォード大学で体験してきた「SPARK」というプログラムからの学びです。

小栁さん

SPARKは、商談する場ではなく、大学生から製薬会社のOBまで肩書きに関係なく、課題や製品の展開を議論する場です。大企業の経営者であろうと、一介のポスドク(博士課程修了者)だろうとフラットな場。また、そこで聞いたアイデアを盗んだり、権威のある人の意見に呑まれて諦めたりすることは禁止です。

とにかく、事業をより良いものにするにはどうすべきかを考えます。最大公約数的にいろんな人の意見を集めたような事業を作っても、意味がありませんから。

しかし、事業アイデアが良くなっても、一人だけで実現するのは困難です。同じ志を持つ「仲間」を集め、事業を現実化させるためにも、事業会社の業務提携を担当する人たちにもHVC KYOTOに参加してほしいと言います。

橋本さん

研究者/スタートアップも企業のパートナリング部の担当者も、ビジネスを作るために本音で語る「質実剛健な場」にしていきたいです。そのためには、スタートアップが企業の論理を理解してアピールするだけでなく、企業のパートナリング担当者が、自社で数百万円〜数億円という業務提携をするには何をクリアしなければならないか、自社の論理を深く理解をしていると心強いパートナーになりえます。

例えば、研究部門が熱量を持ってイチオシで見つけてきた研究の方が協業が成立しやすいのか、熱量よりも市場規模や売上見込みなど念入りな評価・分析の上で選びぬいた研究のほうが投資・協業が成立しやすいのか。自社がどういう論理で稟議を通すタイプなのかを踏まえて、スタートアップと対峙してほしいなと思っています。

佐竹さん

それで言うと、事業会社への教育も重要ですよね。HVC KYOTOとしても、どうしたら研究者と事業会社がタッグを組みやすいかを考えていかないといけないですね。

そして、橋本さんは「立場に関係なく、ヘルスケアに興味ある人たちはどんどんHVC KYOTOにオーディエンスとして来てほしい」と語ります。

橋本さん

大学からも、教授だけでなく、准教授や助教、院生、学部生などにも、参加してほしいです。研究分野がど真ん中でなくとも、「隣の畑はどうなってるんだろう?」「スタートアップってどんな雰囲気?」というテンションで来てください。

私たちの共通の目標は、研究成果という人間の叡智を享受することです。論文や製品のように形になってなくても、マーケットニーズに合っているか分からなくても構いません。アーリーな段階でどんどんいろんな人にきてほしいですね。

野心的な人よ。HVC KYOTOに集まれ

研究環境では、2022年4月にKRPは、すぐに実験を始められるよう必要最小限の実験機器等が揃っている「ターンキーラボ健都」をオープンしました。ラボの開設時、および、退去時の原状回復にかかる費用と時間を削減できるので、月に数日だけ、または、数か月単位の短い期間だけ、研究したい場合にも利用しやすくなっています。

「思い立ったらすぐ実験できるような研究環境を提供したい」という田畑さんの思いが、約6年の月日を経てかないました。

ターンキーラボの設立も実現し、HVC KYOTOも回を重ねるごとに進化していっています。そんな中、今後はHVC KYOTOをどう変化させていきたいのでしょうか。

長田さん

今後のHVC KYOTOにエントリーしたいと思ってもらえるよう、起業や社会実装に関心があるアカデミアの人たちにも、一層アプローチをしていきたいと思います。

環境面では、ターンキーラボもオープンし、より研究者が活動しやすくなりました。HVC KYOTOに集うスタートアップや企業のパートナリング部の担当者、VCの方々と、ターンキーラボを利用する研究者とをどう有機的に接続させていくかを考えたいです。

また、KRPは海外のサイエンスパークと繋がりがあることも強みの一つ。この海外とのコネクションを活かし、日本から海外市場へ挑むスタートアップをより多く支援していきたいです。

いつの時代でも、業界に変革を起こそうとするのは困難を極めます。ステークホルダーが多く、複雑に課題が絡み合うなかでは、一体どんな一歩を踏み出したらいいかすら決めるのが難しいことでしょう。

しかし、同じ志を持ったプロフェッショナルが集まり、できたのが「HVC KYOTO」です。最初は小さな波だったのが、今では大きなうねりとなり、京都から世界を巻き込んでいる。「やっと成果がでてきたばかりだ」と取材では言っていたが、もう10年重ねると、ヘルスケア領域はどう変わっていくのでしょうか。

HVC KYOTOの進化と、そこからどんなイノベーションが誕生するのか、今後が楽しみです。

「HVC KYOTO 2023 DemoDay」を開催

2023年7月6日〜7日にかけて、「HVC KYOTO 2023 DemoDay」が開催されました。

8年目となる本年は「Biotech」と「Medtech」の2部門に分けて22社のスタートアップを採択。登壇するスタートアップは、開催期間中、アドバイザー・パートナーとして参画するグローバル製薬企業等へのピッチや個別商談に臨みました。

編集:北川由依
執筆:つじのゆい
撮影:中田絢子

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