京都の街を歩けば、地域の銭湯、歴史ある老舗呉服店、観光客をもてなすお土産屋さんなど、“ここ”にしかないものと出会います。また、たとえ、京都を離れたとしても、ゲームや電子機器など京都産の商品が、日本各地で人々の生活を支えています。
業種や規模など違えど、さまざまな企業が活躍している京都。その一翼を担っているのが、企業や挑戦する人をサポートする人と場です。企業の困り事を聞いて課題を解決してくれそうな人とマッチングしたり、イベントを開催して意見を募ったり。そのような拠点が京都には多く存在します。
京都リサーチパーク株式会社の井上雅登さんは、「自分たちで事業支援が完遂するとは思っていない。だからこそ、さまざまな拠点と連携することで支援の幅が広がる」と語ります。
今回は、京都の中でもインキュベーション支援の拠点を運営する、「一般社団法人京都知恵産業創造の森」と「京都信用金庫」、そして「京都リサーチパーク株式会社」の方々に集まってもらい、それぞれの施設の役割、拠点連携することで生まれる支援の可能性について伺いました。
井上雅登さん(京都リサーチパーク株式会社 イノベーションデザイン部)
政府系金融機関で約5年間中小企業金融に従事したのち、京都リサーチパーク株式会社(KRP)に入社。KRP内のインキュベーションオフィス「TSA」にてスタートアップ支援を担当する他、イベントスペース「たまり場」「GOCONC」の企画・運営を行う。㈱talikiと社会起業家支援プログラム「COM-PJ」を共催、京都のU35世代と共創するコミュニティ「U35-KYOTO」の運営など、社内外と連携してイベントやプログラムを多数開催している。
川口高司さん(一般社団法人京都知恵産業創造の森 スタートアップ推進部 次長)
民間企業を経て、2011年京都市役所入庁。伝統産業振興や、スタートアップ支援拠点の立ち上げ業務などに従事。また、JETRO(大阪・ベトナム)への2年間の出向中には、日本の中小企業の海外展開支援(主に食品関連)に従事。
現在は、京都市役所から(一社)京都知恵産業創造の森に出向し、京都スタートアップエコシステム形成の促進及び、京阪神のエコシステム連携事業等を担当。
森下容子さん(京都信用金庫 QUESTION館長)
京都生まれ京都育ち。大学卒業後、京都信用金庫に入庫。4店舗で接客チーフを務めたあと、本部の業務部へ配属。若手職員の教育・研修および個人金融部門のサービス、業務推進、新商品開発業務に従事。2019年4月より、現「QUESTION」立ち上げの開設準備室の室長を経て、2020年11月の開業から館長に就任し、館内全体のマネジメントを行う。
ビジネスに挑戦する人たちをサポートする、それぞれの活動
「新しい一歩を踏み出す人のための共創の場」をコンセプトにオープン・イノベーションスペース「KOIN(Kyoto Open Innovation Network)」を運営する一般社団法人京都知恵産業創造の森(通称:知恵森)。
「?(問い)」を共有し、世代を超えた人たちが集い、地域の社会課題の解決につなげる場を目指し、コワーキングスペースと金融機関(京都信用金庫河原町支店)を備えた施設「QUESTION」を運営する京都信用金庫。
そして、オフィスや研究開発スペースの賃貸、会議室の貸出など、「京都からの新ビジネス・新産業の創出に貢献する」をミッションに掲げて活動をするのは京都リサーチパーク株式会社(通称:KRP)。
それぞれ挑戦する人や困り事を解決するという共通点はありつつも、成り立ちやコンセプトは異なります。どのような経緯で誕生し、それぞれどのような特徴があるのでしょうか。
河原町御池に、2020年11月にオープンしたQUESTIONは、「“地域や個人の課題解決をするコミュニティ”を作ることを目的としている」と、館長の森下容子さんは話します。
森下さん
QUESTIONはビル全体を京都信用金庫という金融機関が運営していますが、地域の様々なプレーヤーの方と連携し、本来の金融サービスの提供だけでなく、様々なコミュニティを形成する仕組みがあります。ビルの1階には、カフェバー『awabar kyoto』があります。ここは、京都芸術大学の関連会社である(株)クロステックマネジメントが運営しています。
2階・3階のコワーキングスペースは、日常の仕事場やミーティングスペースとして利用できます。会員の方は、フリーランスの方やコロナ禍で東京などから京都へ移住してこられた方も多く、面白い「人」や「企業」との“つながり”を求めて、ご利用されている方も多いです。
会員は現在2300人ほど。その内、5階に学生専用フロアがあるので、10代後半から20代前半の学生さんが900人程いるのも特徴的ですね。
森下さん
施設としては、さまざまな「場」を完備していますが、私たちが1番大切にしているのは、『?(問い)』を共有しながら、コミュニティを作ることです。いつでも、利用者の『?』を受け取れるよう、11人のコミュニティマネージャーが常駐しています。
また、来館して相談する以外にも、QUESTIONのWebサイトに『クエスチョンポスト』という課題を投げかけられる場所があります。共有された問いを解決するために、プロジェクトを立ち上げたり、イベントが開催されたり、登録いただいているアソシエイトパートナーとマッチングしたりします。
現在、『クエスチョンポスト』はスタートアップの方だけでなく、中小企業の経営者の方や、伝統産業の職人さんや学生さんなど、幅広く活用いただいています。
KOINは、2019年4月に京都・四条烏丸にある京都経済センターの3階にオープンしました。
運営母体である知恵森は、京都から起業家を育成を目的とする「京都スタートアップエコシステム」の調整役として、スタートアップ推進部を2021年に設立。川口高司さんは、行政や経済団体、産業支援機関、大学、金融機関等と連携しつつ、新しいことを始めたい人をサポートしています。
川口さん
『新しい一歩を踏み出す人のための共創の場』をコンセプトに掲げて、オープン・イノベーションスペース『KOIN』の運営やスタートアップ支援を実施しています。
KOINは、無料の会員登録をすれば誰でも、平日9時〜19時の間で最大2時間、コワーキングとして使用することができます。京都大学起業部に所属する株式会社カタルシスの人たちが、KOINの受付をしてくれています。そのため、学生や若手社会人の利用も多いのが特徴です。
支援策の1つが、プレシード期のサポートプログラム『THE LEAN LAUNCH PAD』ですね。起業家によるメンタリングやコーディネーターによるフォローを受けれたり、知恵森がもっているネットワークを使って支援をしています。
川口さん
活動範囲は、京都だけではありません。その1つとして、スタートアップエコシステムの京阪神エリアの京都側の事務局も担当しています。なので、京阪神の支援者と連携しつつ、課題の解決に注力しています。
また、京都のVCと連携した「京都VCデスク」や主に首都圏のVCをお呼びし、壁打ちを行う『VC壁打ち』を実施しています。VCとの接点を持つことが京都のエコシステムの発展につながるはず。京都に留まらず、日本各地と連携しながらエコシステム醸成を目指しています。
最後にご紹介するのは、丹波口駅近くにあるKRPです。
井上さん
組織と現場、それぞれが繋がっているから連携できる
設立した時期や提供する内容は違えど、ビジネスに挑戦する人や課題を解決しようと奮闘している人をサポートしている3者。日頃から関わりはあるのでしょうか。
井上さん
組織同士も連携していますが、現場のスタッフ同士もちゃんとつながっています。『このお客さんの課題、KRPでは解決が難しそうだけど、QUESTIONだったら合いそう』と現場が判断したら、すぐに連絡できるようになってますね。
川口さん
組織同士の連携でいうと、そもそもKOINの立ち上げメンバーの一人が、QUESTIONの立ち上げメンバーでもあるんですよ。また、設立からこれまで京都信用金庫から知恵森に3人出向してもらっています。出向してくれた方は、QUESTIONとKOINのパイプ役になっていますね。
また一人でも多くの方に知恵森の情報を伝えるべく、京都信用金庫の職員向けSNSや法人ネットワークも使わせてもらっていて、常に情報交換ができる状態を築いています。
日頃から気軽に連絡を取り合える関係性であるという3者。連携するなかで、それぞれの特徴をどう捉えているのでしょうか。まずは、QUESTIONについてお話いただきます。
井上さん
QUESTIONは、『問い』という形で悩みを集めやすくしてますよね。知らない人に悩み事や相談をするのは、心理的ハードルが高いですが、『問い』で悩みを一般化しているのが特徴だと思います。
森下さん
相談のしやすさは意識しています。金融機関に相談にいくのはハードルが高いと思われているので、あえて「金融機関っぽくない」というか、「固さ」がでないように意識はしています。
この間、京都信用金庫の施設だと知ってるお客様からも『QUESTIONではお金の相談ではなく、これからの夢の相談をしてることに気が付きました!』と言われて嬉しかったですね。
井上さん
あとは、京都信用金庫ということで地場企業とのつながりが強い。それらのつながりを活かして社会実装のしやすさも特徴かなと。
森下さん
そうですね。過去には、京都信用金庫の取引先企業の方が内覧に来られたことをきっかけに、『BtoBの商品パッケージを変えたいと思っていて、QUESTIONに集まる学生さんにデザインを考えてもらえますか?』という相談をいただきました。そこで、京都芸術大学の学生さん数人にコンペ方式でデザイン提案してもらったところ、そのひとつが正式採用され商品化されました。これは依頼企業だけでなく、参加した学生さんにとっても自分のデザインが社会で通用するかどうかチャレンジ出来たことが嬉しいと言っていただけた事例ですね。
「問い」という形で多くの人からの相談にのり、社会実装が得意だと見られているQUESTION。一方、KOINについてはどのように感じているのでしょうか。
井上さん
KOINは、なんといっても四条烏丸という好立地にあるのが強みですよね。京都の中心にKOINがあるからこそ、常に人がいる状態が作られている。私もよくKOINを利用させてもらうのですが、行く度に誰かしら会いますね(笑)
川口さん
あとは、スペース利用もイベントも無料なのが、人が集まりやすい要因になってそうですね。イベントは、知恵森が開催するものもありますし、企業や学生などが主催のものもあります。
お客さんの悩みを聴きながらKOINの趣旨に合えば『それだったらここでイベントでも開催してみますか?』と気軽に提案しています。
気軽に立ち寄れるからこそ、相談が集まり、交流が促進しやすいKOIN。では、KOINとQUESTIONよりも設立が早いKRPについてはどうでしょうか。
森下さん
KRPが関わる企業は大手も多く、モノづくりやヘルスケアなどテーマ性をもってサポートをしているのが特徴的だなと。また、地域企業だけでなく府外の大手企業もサポートしていてスケールが大きいと感じます。
井上さん
たしかに、府外とのつながりは強いです。株式会社talikiとの協働で運営しているインキュベーションプログラム「COM-PJ(コンプロジェクト)」の参加者も、府外からの参加が半数です。
川口さん
面積が広いのも特徴ですよね。甲子園球場約1.5個分もあって、さまざまな規模感の企業が集まりやすい。いろんな人が集まっているからこそ、 KRP地区内で創発が起こりやすいなと。
あとは、ロングスパンで事業を支援しているのがすごいですね。成功するかわからない事業でも全力で支援をする。去年、京都移住計画に掲載された記事を読みましたが、資金がなくなりそうでピンチな企業の相談を受け、仕事を探すためにKRP地区内でチラシを配った話とかは支援者として素晴らしいなと感じます。
支援に終わりなどない、ユーザーファーストで伴走していく
3者の話を聞いていると、印象的なのはお客さんの取り合いが一切発生していないことです。その根底にある思想とは何なのでしょうか。
森下さん
たしかに、お客さんの取り合いはないですね。むしろ、面白い人がいたらすぐに共有してしまいます(笑)例えば、QUESTIONで出展した方が、次はKOINでイベントを開催する…なんてことはよくあります。
井上さん
そもそも、自分たちだけでは支援が完結しないことを切実に感じています。むしろ、支援が適切にならないくらいなら、みんなで協力した方がいいと思っています。
川口さん
KOINのスタートアップ支援の担当者が忙しかったら、QUESTIONを頼ったり、井上さんを紹介したり。またその逆もよくありますね。
事業を成長させていくには、一度相談を受けただけでは達成されません。それぞれのフェーズや事業の内容によってぶつかる壁は異なるため、さまざまな強みをもったサポーターが必要になるのかもしれません。井上さんは「3つの拠点は、補完関係でなければならない」と語ります。
井上さん
KRPのスタートアップ支援では、ヘルスケアの分野に特化したり、プレシードのハンズオン支援に注力したりしています。KRPがカバーできていないアイデアベースの壁打ちについてはKOINが、社会実装の伴走をQUESTIONがやってくれています。このような形は自然と出来上がっていったものですが、今後も補完関係を強化し、3つの拠点が連携していけたらいいですね。
取材を通して感じたのが、3者のビジネスで挑戦したい人たちを応援する姿勢です。
その姿勢が共通しているからこそ、3つの拠点の連携がスムーズで、挑戦する人たちがどこに行っても安心して相談できる。その循環によって、さまざまな領域で活躍するプレイヤーがいるのだと感じました。
もしこれから京都で起業をしたり事業を成長させたいと考えている人がいたら、ぜひKOINやQUESTION、そしてKRP地区を訪れ、コミュニティマネージャーに相談してみませんか。
執筆:つじのゆい
撮影:中田 絢子
編集:北川 由依