2024.12.24

気にもとめてくれない距離感が心地よいときもある〜三度目のキャリアブレイク、職・家無しが彷徨う〜

社会人のキャリアブレイクは突然に

キャリアブレイク――自分をぴったりと表現する言葉に出会えると、所属先ができる。そして心が落ち着く。言葉の強さだと思う。

「キャリアブレイク」に陥るときが、人生において何度かある。

最初は意図的な、いわゆる大学3年時の休学。国際関係学部に所属していた私は、学友たちが次々と交換留学を決めていく中、寂しさ故に1年間の休学をして、フィリピンとイギリス、そしてドイツへと飛び出した。「学生」という安心した枠組みの中で彷徨う時間は、大変有意義な時間だった。

社会人になってからは、「キャリアに穴(ブレイク)なんてできたら転職できなくなる」という謎にはびこっていた強い社会通念に突き動かされ、がむしゃらに働く働く働く。短くて半年、長くて3年毎に住む場所も、ときには国さえも変えて働き通したが、そんな無理は通用せず、トラブルに巻き込まれたり、身体を壊したりすることで、強制的なブレイクが生まれたことが二度ほどある。

その時代はまだキャリアブレイクという言葉を知らず、社会人という枠組みから放り出された無職/社会に属せないダメ人間」と、自分を陥れては暗くなっていた。「お金持ち」をもじって「お時間持ち」「タイムセレブ」なんて言葉をつけて、少しでも気持ちを上げていたものだ。

今回は、人生で三度目のキャリアブレイクを過ごした京都での暮らしを振り返ってみたい。キャリアブレイクin京都、おすすめですよ。

自分の心と身体が喜ぶ場所を求めた移動

誰からも頼まれてもいないのに続けてしまうハードワークからのバーンアウト。心身を崩して職を辞め、その後をどう生きるのかを考える力もないほど、疲れ果てていた私。何度繰り返すのかと途方に暮れているときに出会ったのはアインシュタインの言葉

―「問題は、それが起こった時と同じ意識レベルでは解けない」。

自分の意識レベルを変える必要を痛感した私は、人生の師のアドバイスに従い、家を捨てた。職無し/家無しの爆誕である。

またもや新しい言葉「アドレスホッパー」に救われた。アドレスホッパー用の宿泊サイト『ADDRESS』にお世話になり、そこに登録されていたお宿を5日間ごとに強制移動させられる日々をスタート。思考停止してしまっていた私には、とても有り難いサービスであった。

人に話しかけたい欲のある私は、そうしてしまってもあまり不思議がられない西の文化が性に合っていることを感じ、なるべく西のお宿を多めに滞在していた。

特に、京都と神戸に滞在しているときの自分の心地の変化は興味深いものであった。京都は盆地。特に好きなお宿があった西陣は、静かで時の流れがひたっと止まっているような雰囲気が、自分を落ち着かせ、内省をするときにぴったりだった。また社会人3年目に、嵐山に1年ほど住んだ経験があり、ある程度の土地勘はあった。一方、海のある神戸は、賑やかで足だつ感じ。考えを発散させたいときによく滞在していた。

関東人にとっては、何度撮影しても飽きのこない鴨川。よく土手に座ってZOOM対話をしていた

西陣の暮らしと慣らし社会

観光客の多いエリアとは違い、西陣は京都の日常生活そのものなのだろうか。京都の工場は扉をぴたっと閉め、表立って営業をしていないのか、静けさが町に漂う。見えない衝立が、ところどころに立ちはだかっている。京都では、誰かと話すよりも、自分と向き合う時間が多かった。

そんな西陣で滞在していたのが、大好きなお宿『KéFu stay&lounge』。

宿のラウンジは、センスの良いスタッフが選んだお土産品やショップリストが並び、「京都の丁寧な暮らし」のあり方を教えてくれる。地元の食材をふんだんに使った朝食は絶品。コーヒーチケットを買ったおばちゃまたちの、上品な談笑に耳を傾けるのも楽しい。エレベーター内に漂う香りがとても印象的で、スタッフに教えていただいた匂い袋を松栄堂に購入しに行った。

近くの米屋さんが営むハンバーグ屋さん『キッチンパパ』は、死ぬまでに一度は訪れて欲しい。あえて多くは語らない。

西陣で英気を養い、少し元気になると、ちょっと勇気を出して、職無し/家無しは烏丸に移動する。スーツ姿の働く人たちに紛れ込んで、McDonaldやStarbucksでパソコンをカチャカチャさせてみるのだ。自主的な社会復帰活動、慣らし社会。精神的疲労が溜まると、また西陣のお宿に戻る。あまりスーツ姿の人を見かけないので、「働いていない」という気持ちに強く干渉されなくてすんだ。学生が多いという点も、京都の魅力であり、「今の何者でもない自分」に集中できる環境が、キャリアブレイク中の自分にはとても合っていた。

夜の散歩で立ち寄った千本日活。夜の散歩は静かすぎて心地が良い。

贅沢なキャリアブレイクのはざまを慈しむ

キャリアブレイク中は、とにかく規則正しい生活とたっぷりの睡眠を取ることを生きる第一目的として暮らしてみた。すると勝手に体調が良くなり、幸福感に包まれた。この体感を一度でも感じられたら止められない。すごいことだと思った。だって無料なんだもの。

ちょっとずつ声をかけていただいた仕事を始める。京都のリズムは、そんな私の自分なりの一歩一歩を、静かに見守ってくれていた。

キャリアブレイク/アドレスホッパーライフを行って1年が経ち、​​移動を続けると、その地が自分に与えるリズムが違うことを体感した。どのリズムが自分に合っているかを問い続けた結果、自分の鼓動との一体感を最も感じた神戸市に移住を決めて今に至る。それは、新しいものを受容し続ける港町としての神戸が、好奇心旺盛な私の心と身体と共鳴したからな気がしている。しかし、今でも集中したいときは、京都に移動して仕事をしている。

頭だけでなく心も体も使って自分自身にひたすら向き合い、導かれるままにキャリアブレイクを過ごしてみたという経験は、今となってはとても贅沢な時間だったなということに気づいた。まさに「タイムセレブ」。もうだめかもしれないと何度も落ち込んでいたが、振り返ると、どんどん自由を許してくれる社会のあり方に気付かされて、感謝の気持ちで満たされた。

前を向いて、自分のペースで歩いていこう。

渡辺 優

埼玉県出身。赤字旅館再生事業、フィリピンでのオンライン英会話運営、スタートアップ支援、まちごとホテルの広報を経て、現在はフリーランスとして企業のコミュニケーション戦略の立案などを務める。人類の変わらないもの、変わってきたものをつぶさに観察し続けてきた文化人類学の視点が、これからの世の中を柔軟に生きるヒントになるのでは、という思いからラジオをも運営中。この記事の元となったnote『「自分」を取り戻す、場所のリズムを体感できる宿のリスト』もぜひご覧ください。

https://linktr.ee/yuyuki_w

執筆:渡辺 優
編集:つじのゆい

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