2024.01.05

「人生のブレイク」をどのまちで過ごす?“転機”を招くために、生き方を見つめ直す無職期間を

突然、会社を辞めた。

今年の目標はこれで、会社ではこれをとことん頑張ろうと決めたばかりのことだった。「経験もスキルも未熟だから、人一倍努力して追いつかなきゃ」と、毎日仕事のことばかり考えてきたから、何をしたらいいかわからなくなる。どう休めばいいんだ?そもそも仕事してないってヤバい?不安がぐるぐると渦巻いていく。

そんな時に「ゆっくり休んでいいんだよ」と教えてくれたのが京都というまちだった。

お気に入りのカフェで店主さんが「これから何でもできるよ」と美味しい珈琲と一緒に励ましてくれて、前向きな気持ちになれた。鴨川では、トランペットを練習している青年や読書を楽しむおじいちゃんなど、みんな気ままに過ごしていて、「何者でもない自分」に恥ずかしさを感じなかった。

「もしかしたら、人生の休息を過ごすのに京都はピッタリなのでは」

ちょっと回復してきた頃、そんな考えが浮かんできた。東京の喧騒と雑踏の中だったら、職なしの自分を認められていただろうか。納得感を持って次のキャリアに進むには、しっかり休む“場所”を選ぶのも大切なのではなかろうか。

そんな筆者の体験を踏まえながら、「京都で人生の寄り道を」という連載を始めます。連載第一弾は、一時的な離職や休職を肯定的に捉える「キャリアブレイク」という文化を広げる一般社団法人キャリアブレイク研究所代表理事の北野貴大さんと、京都移住計画の田村篤史にお話を伺いました。

左:田村、右:北野さん

北野貴大(きたの・たかひろ)
一般社団法人キャリアブレイク研究所/代表理事。
2014年、JR西日本グループに入社。JR大阪駅直結の商業施設「ルクア大阪」をはじめ商業施設の企画開発に従事。2022年に合同会社パチクリを設立し、独立。無職のための宿「おかゆホテル」や情報誌「月刊無職」、「むしょく大学」などキャリアブレイクの文化啓蒙活動を行う。一般社団法人キャリアブレイク研究所を設立し、代表理事に就任。

田村篤史(たむら・あつし)
株式会社ツナグム 代表取締役。
京都生まれ。3.11を契機に東京からUターン。京都移住計画を立ち上げる。2015年にツナグムを創業。採用支援、企業や大学など拠点運営、地方への関係人口づくり等を通じて、人の働く・生きる選択肢を広げる。2020年、京都信用金庫の共創空間QUESTIONの運営に参画。新会社Q’sを設立し、コミュニティキッチン事業を開始。2014年 『京都移住計画』出版。http://tunagum.com/

“キャリアブレイク”という文化の質を上げる

── 2022年10月に一般社団法人キャリアブレイク研究所を設立されました。1年が経ちましたが、現在はどのような活動をしているのでしょうか?

北野

3つをベースに活動をしています。1つ目は、良いキャリアブレイクを過ごしている人のエピソードを収集して、「月刊無職」として発行しています。体調を崩した人や、妊娠出産というライフスタイルの変化で職を離れなくちゃいけなくなった人など、それぞれのキャリアブレイクの過ごし方が掲載されています。

こちらから購入が可能。各コンビニで印刷できます

2つ目は、無職の人たちは飲食代が無料になる「無職酒場」を営業しています。

田村

無料!?

北野

そうです(笑)。ドリンク注文の際に「無職の方ですか?」と聞いて、無職だったら「全部無料だよ〜」って。無職の期間をどう過ごしているかだったり、悩みを気軽に共有できる場として運営しています。不定期ですが、今までに淡路市や京都市で合計15回開催しています。

無職酒場の様子

北野

3つ目は、キャリアブレイク中の人たちが集まって、学びあえる機会を提供する「むしょく大学」です。会社、仕事を辞めたことを受け止め、これからの準備として過去や今の気持ちを整理する『供養部』と、様々な講師との学びの時間を通じて感性を回復させていく『自由研究学部』の2つがあります。

開校時に行ったオープンキャンパス(むしょく大学の説明会)
通常はオンラインで実施しているむしょく大学。キャリアブレイク中の人が多く住むシェアハウスとのコラボで、書き初めイベント

── 活動に関わってくれる人たちを増やすのが、キャリアブレイク研究所の目標になっているのでしょうか?

北野

いや、私たちはキャリアブレイクという“文化”の質を向上させるために活動をしています。

── 文化ですか……?

北野

そうです。ヨーロッパ中心に生まれたキャリアブレイクという文化は、日本に入ってきたばかりで、まだ低品質な状態だと考えています。

新しい文化が入ってくる際は、様々な解釈が横行するので、“低品質な文化”が広がってしまう。キャリアブレイクも同様で、「無職になってしまったわたしなんて……」と言って、自分が無価値だと勘違いする人が多いです。現在、1ヶ月以上の離職休職になった完全失業者が2022年で179万人いると言われていますが、その半分以上は無職を肯定的に捉えられていません。

北野

キャリアブレイクは、休息や旅などで人生を見つめ直し、“良い転機”を起こせる貴重な時期です。3つの研究活動を通して、「そもそもキャリアブレイクとはこういうものなんだよ〜!」と文化を広めています。

「いつでも仕事に戻れる」と感じられるまちを見つけよう

── 「京都移住計画」を中心に地域に関わる仕事をする田村さんからみて、まちがキャリアブレイクにどう影響するか考えはありますか?

田村

正直、京都という土地だけだと不十分に感じています。「鴨川を見るだけで、焦らなくていいや」と思えたら、土地が持っている力が強いと思うんですが、そうなる人は少ないかなと……。土地だけでなく、場や人との出会いのなかで、コミュニケーションを取るのが大事かなと。「こんな私ではいけない」という思いは、1人だけでは解消できないのかなと考えています。

また、東京に比べると京都は、ノイズが少ないです。電車の広告量が少なかったり、高層ビルがなかったり、“働くこと”を意識しなくていいまちかなとは思います。

北野

「ライフとワーク」のバランスが良いまちは、キャリアブレイクに向いているのかなと。

田村さんが言う通り、東京はワークばかり。カフェに入店しても後ろで商談してたり、スーツをビシッと着た人ばかりで、なかなか落ち着かない。一方で、ライフばかりでもダメなんです。キャリアブレイクで島に移住する人もいて、とても良い選択なんですが、生活中心になってしまい“転機”を迎えるにはちょっと退屈になってしまう。

田村

なるほど。ライフとワークの境界線がハッキリしているのではなく、地続きであるようなまちが「バランスが良い」と言えるのかもしれませんね。

北野

地続きとは?

田村

例えば、僕が東京でサラリーマンをしていたときは、お客さんの課題解決のために時間と労力を費やしてましたが、東京というまちで再び出会うことはほぼない。一方で、京都では、仕事で知り合ったお客さんとまちですれ違ったり、お客さんの商品を購入していたりすることが多いです。もちろん、全員がそうだとは言えませんが、ワークとライフの境界があいまいだなと。

北野

ワークとライフの距離が近いというのは、良いキャリアブレイクのヒントになりそうですね。

仮説ですが、大規模な商業活動ではなく、目の届く範囲で商いをする人たちが多い中核地方都市が、キャリアブレイクに向いていると考えています。そういう人たちをみて、「ちょっと働けそう」と感じることが重要です。

高品質なキャリアブレイクを過ごしている人は、「私はいつでも仕事に戻れるから!」と自信があるんですよね。

田村

京都は、個性的な八百屋や飲食店などが多くて、キャリアブレイク的な考えに寛容あるいは共感してくれる人が多い気がします。だからこそ「今日バイトする?」とか「しばらくうちで仕事する?」なんてことも多いんです。ライフとワークが地続きな個人経営が多いからこそ、「あ、働けそうだな」と思う瞬間が京都には散らばっているなと思います。

京都を1つの会社と捉える

北野

京都は「あの人にこの仕事どうだろう?」と、人との繋がりを大切にする文化を感じます。

田村

そうですね。私個人としては、京都を1つの会社として捉えているんですよ。京都全体を1つの「会社」としてみていて、一つ一つの会社を「事業部」としてみてみる。例えば、ツナグムの採用でお祈りメールを送る際に、「うちではないけど、あそこの会社は合いそうですよ」と紹介することが多くて。

北野

おもしろい!

田村

京都で人材の動きがあったとしても、こっちのノウハウがあっちに移動するだけだなと。人が動いても、京都全体としてプラスの影響をもたらすのなら、良いかなと思ってます。

だから、今はツナグムに所属していることも、歴史ある京都が持つ“時間”のなかでは、一瞬でしかない。合わなくなったら、違うところにいけばいいし、長い目線で京都が良くなるなら必ずしもうちに所属しなくていいなと。

── 田村さんが言う「長い目線」は、京都で取材しているとよく感じます。仕事は「いかに短時間で、大量の成果を出すか」という資本主義の側面が強いですが、京都は「いかに続けていくか」という意識が強いですよね。

田村

100年以上続く老舗が多い京都では、売上と同じくらい社歴が重視されます。「続けること」が価値とされているんですよね。

あと、100年続いたら、良いときも悪いときも経験します。なので、「人生で無職になるときもあるよ」と、人に対しても寛容な心が京都にはあるのかなと感じます。

田村

全国的に、キャリアブレイクをした人を採用側はどうみてるのでしょうか?実は、私は前職で人材業界で働いていまして。その経験を踏まえて、採用側はどうしても候補者の粗探しをする傾向があり、キャリアの空白期間が不利になるのかなと感じるのですが。

北野

私は、採用側にキャリアブレイクについてもっと理解してほしいとは考えていないんです。なぜなら、良いキャリアブレイクを過ごした人は、明らかに活躍する能力が高いから。「すぐに仕事を辞めてしまうかも」という人事の心配から、空白期間は敬遠されがちです。でも、しっかりキャリアブレイクすると、その間に視野を広げられるし、なぜその仕事をやりたいか言語化の時間が確保できる。逆に、離職率が低い傾向にあると、多くのキャリアブレイク経験者と話をして感じています。

田村

キャリアブレイクの価値が分からない人事のほうが、見る目がないと(笑)。

北野

そうそう(笑)。「人事なのにキャリアブレイク知らないんですか?」って堂々と言えるくらいがちょうど良いです。

どう住居を移して、良いキャリアブレイクにするか

── キャリアブレイクの視点を踏まえて、どう住む場所を変えていくべきでしょうか?

北野

「心地よく一人になれる場所」を選ぶことが大切だと思っています。生まれた場所だと「小さな頃は勉強ができて」「〇〇大学にいった人だ」とさまざまなラベリングを貼られてしまう。そうではなく、自分を見つめ直せるよう、心地よく“孤立”することが大事です。

ここで勘違いしてはいけないのが、他者とのつながりが少ない“孤立”であって、寂しさを感じる“孤独”ではないんですよね。

田村

内省する時間でもあるので、一人になる時間も大切だと。無職の状態で住む場所を変えるのは、ハードルが高いのかなと感じます。どうすれば、ハードルを下げることができますか?

北野

まず、住む場所を考えた時に、「東京の家賃が払えそうにない」という人が多いんです。

そこで、オススメするのが中核地方都市のシェアハウス。最低限の荷物で住めるし、敷金礼金もない。シェアハウスというコミュニティに属することで、一定の安心も得られます。

田村

たしかに、都心に比べて家が大きい中核地方都市のシェアハウスは、条件にピッタリですね。人と暮らしながら、一人の時間も確保しやすい。

北野

他にも、京都丸太町のホステル『Hostel Niniroom』で住み込みバイトしながらキャリアブレイクを過ごしている人もいましたよ。リハビリで少し働きつつ、住む場所も確保できるし、安心できるコミュニティも手に入る。

田村

Hostel Niniroom以外にも、キャリアブレイクに適した場所を京都で探してみると面白そうですし、連載でも伝えていきたいです。

人生、そんな時もあるよーー

無職になったばかりの頃、そんな励ましの言葉をよくもらった。だけど、うまく受け入れられずに、「もっと能力がある人だったら無職にはならなかっただろう」と自分を責めてしまっていた。

だけど、少しずつ少しずつ。

友人たちと対話をし、京都の美しさに触れるなかで、「こんな時はあってもいいんだ」とすんなり思える自分がいた。落ち込んだりもしたけれど、昨日よりも今日、今日よりも明日、前向きになっていると思えたら、はなまるなんだと。

そんな想いを、1人でも多く感じてもらいたいがために、連載「京都で人生の寄り道を」を祈りを込めながら綴っていきます。

執筆:つじの ゆい
編集:北川 由依
撮影:中田 絢子

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