募集終了2022.02.25

愛すべき“試練”の時を経て。すべての人を幸せにする“日本一”の宿へ

年間5300万人以上(※)の観光客を迎え入れてきた京都のまち。多くの人で溢れ返っていた日常風景は、2020年のコロナ禍以降一変し、メディアではさかんに観光産業の危機が報じられてきました。

※出典:令和元年(2019年)「京都観光総合調査」より

解雇や雇い止めのニュースも聞こえる中、創業190年を超える老舗・綿善旅館(わたぜんりょかん)から届いたのは、「新たな仲間を迎え入れたい」という驚きの一報。

前回の募集時は、ちょうど世代交代の時期にあり、「老舗のよさを守りながら、新しさも取り入れていきたい」と、さまざまな改革が推し進められていました。

それから3年余り、思わぬ方向に転じた時代の変化を綿善旅館はどのように受け入れ、乗り越えてきたのでしょうか。

その先頭に立ち続けるおかみの小野雅世(おの・まさよ)さんと、おもてなしの現場を担う綿メン(綿善メンバー)のみなさんのお話から、綿善旅館の“現在地”と“目的地”を探っていきます。

必ずしも“かわいそう”ではない、老舗旅館の今

最初にお話を伺ったのは、おかみの小野雅世さん。2021年12月のおかみ就任から日も浅いことから祝意を伝えると、「ありがとうございます。でも、若おかみの『若』が取れただけで中身は何にも変わってへん、一緒です!」。

サバサバとした話しぶりは、老舗のおかみさんというより、やり手のビジネス・パーソン、もしくは頼れるお姉さん。ご本人もおかみの肩書きが「しっくり来ない」そうで、社内では以前と変わらず「雅世さん」と呼ばれています。

若おかみとしてご登場いただいた3年前(2018年末)は、インバウンド需要の好調期。オフシーズンも団体客で部屋が埋まり、一年を通して高い稼働率を維持していた頃です。
思い切って「あれからどうでしたか?」と尋ねたところ、雅世さんの口から意外な言葉が飛び出しました。

記念すべき世代交代の日

「私にとっては愛すべき3年でした。コロナ禍で客足がパッタリと途絶え、最初はもちろん戸惑いましたが、どこかでホッとしている自分がいました。そして、ふと思ったんです。この事態は、雪崩のように押し寄せていたお客様、その対応に追われていた私たちの双方が見失いかけていた、“人生の余白”みたいなものを取り戻すチャンスなんじゃないかって。経営的に厳しい状況にあるのは事実ですが、だからといって、世間で騒がれているほど“かわいそう”でもないんですよ」

明るくそう言った後、「唯一、辛かったこと」を明かしてくれました。

「休業を余儀なくされていた時期の、綿メンの不安そうな顔……あれが一番堪えました。管理職の給与を切り詰めて、みんなが働き続けられるようにやりくりしていましたが、それでも不安を取り除くことはできなくて。安心して働ける環境を整えられないことにもどかしさを感じました」

そもそも雅世さんが家業である綿善旅館の改革に乗り出したのは、「自分も含めて、綿善メンバー(略して、綿メン)綿メンみんなが笑顔で楽しく働ける場をつくりたかったから」。

上司の顔色ばかりうかがって点数稼ぎをする人、愚痴と文句しか言わない人、お客様より自分の都合を優先する人……。子どもの頃から反面教師にしていた「カッコ悪い大人」が未だに存在し、優秀(優しさに秀でた人)な人材の定着を阻んでいる状況を鑑み、手始めに人事評価制度を導入しました。

結果的に旅館の方針に合わない人たちは自ら去っていき、仕事に前向きな20代の若手が中心に。深刻な人手不足に陥った時期も、「今のほうが楽しいです」と笑い、付いてきた綿メンたち。

雅世さんは、「彼らが笑顔でいることは、お客様の幸せにつながる」と堅く信じて、今もよりよい職場づくりを模索しています。

“ひらめき”と“つながり”で難局を打開

何らかの問題が生じるたび、雅代さんは「自然に湧き起こった発想」を即行動に移してきました。

例えば、コロナ休校期間中の子どもを旅館で預かる「旅館で寺子屋」という取り組みは、臨時休校によって子どもを持つ女性綿メンが出勤できなくなった問題が発端。「困っているお母さん、いっぱいいるんちゃう?」とひらめいたのを皮切りに、「給食がなくなるなら食材も余ってるんちゃう?」「外国人向けのツアーガイドをやってるあの人、子どもに英語を教えてくれへんかな?」という風に展開し、自前のネットワークを活かしたプランが形作られていきました。

「お寺で寺子屋」の様子

「旅館というハコがあって、料理も出せる。子どもの預かりなど専門外のことは、普段お世話になっている方々の力を借りて、とにかくやってみる。同じような流れで、畳屋さんや紙細工さんといった伝統産業の職人さんのワークショップと宿泊、食事をセットにした『旅館で夏休み』というイベントを企画し、親しくしている旅館さんと合同で実施しました。
戦略的にやっているように見られがちですが、単純に自分が面白いと思えることを考え出して、実践しているだけ。自分が楽しめて、その上周りの人もハッピーできたら最高じゃないですか」

このような取り組みを通じて、綿善旅館はソーシャル・グッドな企業としてテレビなどで取り上げられる機会が急増。また、社内改革の進め方や京都の経済活性について、観光や文化を絡めたキャリア形成などをテーマにした講演依頼も相次いでいます。

「基本的に来るものは拒まず、全部お引き受けします」。その真意とは?

さまざまなところから講演の依頼が舞い込む。

「私が表に出て話すことで、旅館の宣伝になるし、お困り事のヒントを示すこともできる。最初はそのくらいかなと思っていたんですけど、綿メンのモチベーションが上がったり、地域社会と新たな接点が生まれたりもしました。メリットしかないとなれば、お断りする理由がないですよね」

本物の真心を伝える“日本一の旅館”へ

今後さらに注目される存在になったとしても、目指すところは同じ、「お客さんが幸せになれる日本一の旅館」。具体的にどのような旅館を指すのでしょうか。

「よく言うのは、最後に泊まりたい旅館、大切な人と行きたい旅館。その決め手となるのは、おもてなしの中に本物の真心や優しさが備わっていることだと思います。例えば、敷かれているすべての枕元に機械的に折り鶴が置いてあって『真心込めて折りました』って紙に印刷されていたらどうですか、真心、感じますか? そういう形や物に頼らなくても真心が伝わる旅館にしていきたいですね」

雅世さんの頭の中にある綿善旅館の近未来像を具体化すると、こんな感じ。お客になったつもりで想像してみましょう。

長旅を終えて、ようやく綿善旅館に到着。時刻は17時過ぎ、お腹が空いた。
ドアが開くと同時に、「おこしやす〜」と綿メンが笑顔でお出迎え。
「遠いところ大変でしたねぇ」「お荷物、お預かりしますね」
フロントでチェックインを済ませた矢先、私を呼ぶ声がした。おかみさんだ。
「甘いものはお好き? 差し入れでもろたお菓子、そこで一緒に食べへん? あ、ちょっと待ってて、お茶入れてくるわ」
なんだろう、この親戚の家に来たみたいな感覚。
旅の疲れが吹っ飛んだ、とまでは言わないけれど、ずいぶんと気持ちがほぐれた。
今晩はぐっすり眠れそうだ。

礼儀作法をわきまえつつ、他人と家族の中間くらいの距離感でお客様と接したいーー。揺るぎないビジョンがあればこそ、これからの時代に合わせて“変えるべきもの”がおのずと見えてくると言います。

「一度に受け入れるお客様の数が増えるほど、どうしても手薄になる部分が出てくるので、いずれは部屋数を10室未満に抑えたいなと思っています。きめ細かな接客が実現すれば、自然とお客様の喜ぶ顔が増えて、こちらはもっと喜んでもらえるように尽くす。その好循環によっておもてなしの価値を高め、それに見合ったお代を頂戴できれば、客室稼働率に縛られない経営も夢ではなくなりますよね」

自分に合った働き方で、見守られながら成長

すでに、第一段階の改装のプランニングに取り掛かっているという雅世さん。ハコや仕組みを変えるだけでなく、綿メンの働き方も柔軟に変えていく考えです。

「正社員でもアルバイトでも構いませんし、副業で働きたい人も大歓迎。一見、旅館に関係なさそうな本業の知識や特技も、うちなら“お客様を喜ばせるネタ”として活かせる可能性大です。
旅館には早朝勤務や深夜勤務が付き物ですが、例えば結婚や子育てといったライフステージの変化によって対応できなくなるケースがありますよね。そんな人でも無理なく働き続けられるように、お取り寄せサイトにかかわる昼限定の業務を新たに設ける予定です」

入社後の約1年間は、雅世さんと日誌を交換するのがルール。その日の仕事内容や学び、気付きなどを書き込み、雅世さんがチェックする、1対1の「マインド的なコミュニケーション」です。

「最初のうちは、布団を何分で敷けたとか、熱燗の適温は何度だとか、スキル的な要素が多いんですけど、ひと通りマスターして書くことがなくなると、今度はお客さんの表情や行動パターンなどを細かく見るようになって、自然とおもてなしの本質的な感性が磨かれていくんです。情報を整理して、わかりやすく伝えるトレーニングも兼ねています」

日誌の事例一つとっても、雅世さんが綿メン一人ひとりを大切に思っている様子が伝わってきますね。その気持ちに応える方法は、ただ一つ。先輩たちと手を携え、綿善旅館を「お客様を幸せにする日本一の旅館」に押し上げることです。

老舗を支える、おもてなしの最前線

つづいてお話を伺ったのは、今回の募集職種である「サービススタッフ」の女性綿メン。2018年入社の黄守智(ファン・スジ)さんと、2020年入社の岸本紗織(きしもと・さおり)さんです。

左:黄さん、右:岸本さん

黄さんは韓国出身で、2017年にワーキングホリデーを利用して来日。新しい出会いを求めて、当時、綿善旅館が運営していたゲストハウスで短期アルバイトを始めたところ、「旅館のほうで働かない?」とスカウトされたそうです。

「突然でびっくりしましたが、サービス業の経験を活かしながら、日本の文化について学べる環境に魅力を感じてOKしました。入社以来ずっと客室係として働いています」(黄さん)

客室係は、お客様が泊まる部屋の掃除や片付け、食事の配膳、布団の上げ下げなどを担当するお仕事。お客様と接する機会が最も多い、おもてなしの最前線を守るセクションです。

「4年も働いていると、私の顔と名前を覚えてくださる常連のお客様もいらして、『前回あなたが炊いてくれたすき焼きがおいしかったから、またお願いね』なんて言われると、本当に嬉しいですね」(黄さん)

そんな黄さんの言葉に深く頷いていた岸本さん。以前は、地元の大阪で図書館司書をしていましたが、「やりたいことを先延ばしにせず実行しよう!」と思い立ち、かねてより憧れていた旅館の世界へ飛び込みました。

前回前々回の記事を見て、綿善旅館っていいな、面白そうやなと思ったのが応募の決め手です。前職とは畑違いですが、相手のために丁寧に仕事をすれば、感謝の言葉や笑顔が返ってきて、元気をもらえるところは似ていますね。ただ、旅館の場合は要求されるレベルが高く、先輩たちを見ていると、自分はまだまだやなと痛感します」(岸本さん)

岸本さんが目指しているのは、お客様本人も気付くかどうかわからない、細かな心遣いができる人です。

例えば、お食事会場で隣り合う椅子の間隔を10cm広げる。たったそれだけで、お客様同士のひじが当たるおそれがなくなり、より心地よく食事が楽しめるようになるのです。

「最初はできなくて当たり前。着物を着るところから始めて、基本的な言葉遣いや作業の仕方を覚え、それから徐々に気付きの範囲を広げてもらえたらと思います。私たちも4ヶ月程度、そばに付いているので安心してくださいね」(黄さん)

仲間とともに、“ハッピー”を積み重ねる

職場の雰囲気、特徴を尋ねたところ、「個性はバラバラだけれど、みんな優しく、困った時は支え合える関係性」「お客様や旅館のためになるアイデアなど、自分の意見が言いやすい」といった答えが返ってきました。

特にコロナ禍以降は、意見交換の機会が増え、そこで出たアイデアが形になることも多いそうです。

黄さんが担当している「お茶菓子係」もその一つ。以前は、定番の八つ橋のみを出していましたが、「もっとハッピーを届けたい!」とバージョンアップを提案し、現在、季節の生菓子や話題のお菓子を加えた3種を提供しています。

「『これ、食べたかったのよ〜』と喜ばれたり、『どこで売ってるの?』と聞かれたりして、お客様の笑顔に出合う回数が格段に増えました。この調子でハッピーを積み重ねて、雅世さんがよく仰る“日本一の旅館”を作り上げたいです」(黄さん)

岸本さんは、お客さんによく褒められるという「笑顔」を大切にしながら、「先輩に追いつけるように頑張りたい」と意気込みます。そして、新しい仲間に対し、こんなアドバイスも。

「ものを運んだり、歩き回ったりするのが日常なので、体力づくりも重要です。私は、時間のある時に鴨川などでランニングをしていますが、京都のきれいな景色も楽しめて気持ちいいですよ」(岸本さん)

不安を乗り越えて見つけた活躍の場

トリを飾るのは、雅世さんをはじめとして「老若男女、誰からも慕われる逸材」と言わしめる、仲居頭の久保銀次(くぼ・ぎんじ)さん。京都市で生まれ育ち、高校卒業後の2016年に入社しました。

「何がしたいっていう希望は特になかったんですけど、工場とかで黙々と働く仕事は向いてないなと思っていました。そしたら先生に『接客が向いてるんちゃうか?』と言われて、綿善旅館の求人票を見つけたのがはじまりです」

当時の久保さんにとって、社会は「不安と恐怖の世界」。言いたいことも言えず、周りに押し潰されるのではないかと、怖くて仕方がなかったそうです。その不安を取り除いたのが、ほかでもない、雅世さんでした。

「見学の際、思い切って聞いてみたんです。社内の雰囲気はどんな感じですかって。雅世さんは忘年会とかのスナップ写真を持ってきて、この人はこんなんでなぁって詳しく説明してくれて、ここなら自分らしく働けるかなと思いました」

入社後の約3年間は、フロント係として受付業務やお客様対応、予約管理などを担当。人手が足りない時には客室係を手伝うこともありました。

「こっち(客室係)のほうが自分に向いているかも」。そう感じたのは、久保さんだけではなかったようで、それから間もなく客室係への異動が決まりました。

「自分で言うのもなんですが、昔からクラスのムードメーカー的な存在で、場の空気を和ませたり、人を笑わせたりするのが得意でした。客室係になってからは、ミスをして叱られる回数もぐっと減りましたね(笑)」

役割を果たしながら、新たな仕事を開拓

雅世さんによると、久保さんは特に「修学旅行生の心を掴む天才」なのだとか。修学旅行生から年賀状が届き、過去には就職内定報告の電話がかかってきたこともあるそうです。

そうした才能や人望の厚さが評価され、2019年からは客室業務全般を取り仕切る仲居頭に昇進。男性が仲居頭になるのは綿善旅館の歴史上初、全国的に見ても非常に珍しい例です。
一客室係として接客にあたるほか、個人の力量や状況に応じた仕事の割り振り、シフト管理なども担っています。幅広い業務に取り組む中で、特に心がけていることを伺いました。

「仲居頭はいわば現場の司令塔なので、全体がスムーズに回っているかどうかを俯瞰的に見て、もし偏りが出そうであればすぐにバックアップを付けるなど、早めの対応を心がけています。普段からみんなの仕事ぶりを見て、偏りが出ないようなシフトを組むことも大事ですね」

久保さんは現在、マネジメント業務の延長で、客室係の“働き方改革”に乗り出しています。

「客室係と調理補助のシフトも組むようになって改めて気付いたんですが、それぞれピークの時間帯が違うんですよね。ということは、客室係が食事を出し終わった後、一人か二人が調理補助に回れば、双方の残業時間が減らせるし、シフトの組み方次第で休みも増やせるよねって話を社長の匡昭さん(雅世さんの夫)としまして、その感覚を掴むために調理補助仕事を体験しているところです。なので、これから入社する人は、調理補助のお仕事もするつもりでお願いします!」

今回お話を伺ったサービススタッフの中で最も勤務歴の長い久保さん。入社後の6年間を振り返って、綿善旅館の中はどのように変わってきたかをたずねました。

「管理職・綿メン含めて世代交代が進んだ2018年を境に、いろんな仕組みが整って、年齢や経験年数にかかわらず、頑張ったら頑張っただけ評価してもらえる環境に変わりました。僕が23歳で仲居頭に抜擢されたのが何よりの証拠です。
最近で言うと、コロナの影響で時間的なゆとりができたぶん、みんなで備品の保管場所について検討したり、すき焼きの味付けの勉強会をしたりと、新たな気付きを共有できるようになりました」

名実ともに旅館の“顔”であるおかみの雅世さん、彼女に勝るとも劣らぬサービス精神を携えた綿メンのみなさんと一緒に働くイメージ、湧いてきたでしょうか?学歴も、接客経験も、問いません。「人」とかかわり合いながら、ひと回り大きく成長したい人におすすめの職場です。

編集:北川 由依
執筆:岡田 香絵
撮影:岡安 いつ美

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