働き方改革、一億総活躍、複業など、働き方に関してのさまざまな取り組みが近年、注目されるようになりました。ここ京都でもその流れは変わらず、あちこちで生き方・働き方に関するイベントやワークショップがなされています。
今まさにホットな話題である”働き方”ですが、実は世の中の動きに先んじて、事業として取り組んできた企業が、京都にあります。
それが今回ご紹介する「株式会社ウエダ本社」です。
ウエダは、1938年創業。文具卸として開業し、「事務機のウエダ」として京都の人々に知られてきました。こうした沿革だけ見ると普通の事務機器販売会社のようですが、ウエダは今、”中小企業の働き方をプロデュースする”会社として新しい一面を持っています。
なぜ事務機器の販売会社が、中小企業の働き方改革をサポートしているのか?その源泉はどこにあるのかを知るべく、まずは代表取締役の岡村充泰さんにお話をお伺いしました。
世界各国で出会った、多様なライフスタイル
ウエダの始まりは、今から80年前に現社長である充泰さんの祖父、上田安則さんの代まで遡ります。上田安則さんは、個人事業で「上田安則商店」を創業。資本金5万円で自転車5台を買い、「事務機のウエダ」として事務機器の販売を手がけていました。その後法人化し、充泰さんの父、岡村博さんが2代目に就任。その三男として、現社長の充泰さんは生まれました。
三男であるがゆえ、充泰さんは当初家業であるウエダを継ぐ予定はなく、大阪の繊維商社で会社員として働く道を選びました。
「30歳になる時に、当時勤めていた会社で一生働きたいかどうかを考えたんです。答えは『NO』だった。どういう人生にしたいか、どういうライフスタイルが良いかを考えた末、僕は何歳になってもずっと仕事をしていたいと思ったんです。それで繊維商社を辞めて、30歳で独立しました。起業したのは、居場所に関係なく仕事できるライフスタイルを実現したかったから。世界中どこでも仕事ができるようにと、英語を話せないのに貿易事業にしたんですよ(笑)」
起業をしたきっかけはあくまで、自分が望む人生を送るため。この頃の充泰さんの行動からも、今のウエダに通じる価値観をうかがい知れます。
独立後、充泰さんは世界各国を訪れました。その中で印象的だったのが、日本人との働き方の違いだったそうです。
「日本人が世界で一番働くと信じていましたが、現実は違いました。ニューヨークのホワイトカラーは、単に時間という意味ではなく、とてもタフに働いていました。イタリア人はワインを飲み、音楽を楽しみ、皆ゆったりと人生を楽しんでいるのですが、自分の仕事に誇りを持っているような印象を受けたんです」
貿易会社を経営しながら世界のライフスタイルを見たことが、のちのち充泰さんがウエダの社長として会社をつくりあげていく際に大きな影響を与えます。
創業一家としての責任を全うすべく、社長就任
貿易会社を経営し、充実した毎日を送っていたある日、充泰さんはウエダが倒産の危機にあることを知らされます。
「ウエダは業績が上がらず、倒産寸前でした。そこで僕が非常勤役員として週1回、ウエダに関わることになりました。初めてウエダの財務面を見たら、ボロボロ。改善できることから、一つずつ手を打っていきました」
しかし、事は思うように運びません。当時会長で父親の博さんが、充泰さんが出した改善案をすべてひっくり返してしまうのです。博さんと充泰さんは大げんか。当時社長だった兄の泉さんも交え、ウエダをこれからどうしていくか話し合いの日々が続きました。
「僕がウエダから引いたら、絶対潰れてしまう。倒産危機は私の責任ではありませんが、創業一家としての責任はあります。もう逃げられへんと思いました」
充泰さんは当時まだ、貿易会社も経営していました。家業の危機にひと肌脱ぐ決意をした充泰さんですが、一方ではこんな考えもあったそうです。
「うまくいくのは1事業30年と言いますよね。僕は30歳で独立したので、60歳頃に経営的にキツイ局面がくるかもしれない、と考えました。60代で会社がダメになったら、そこから再起するのは厳しいかなと。ウエダが倒産の危機にあったのは35歳の時。チャレンジしてもし倒産したとしても、まだなんとなかるだろう。キツイ経験は、若いうちにしておこうという算段もありました」
こうして2000年、充泰さんは株式会社ウエダ本社の代表取締役社長に就任。倒産危機にあるウエダのトップとして、建て直すことになりました。
あなたはどう生きたい?どんな働き方をしたい?
社長就任後は、充泰さんはウエダの規模を6分の1まで縮小。何度かの倒産危機を免れ、子会社の売却、営業努力などで借入を6年で返済しました。ほとんどの社員も途中で辞めることなく、ウエダに残っていました。しかしこの状況は健全ではないと、充泰さんは考えます。
「会社が大きく変わっている時期にも関わらず、辞める社員はほとんどいませんでした。ありがたい事ではありますが、組織としては健全ではありません。振り返ってみると、売上や利益が安定せず新しく人を雇うこともできないので、辞められては困ると、思いきったことをやっていなかったんですね。そこで2005年頃に、覚悟を決めて、僕の価値観を出していくようにしました」
ここで打ち出した価値観とはどのようなものだったのでしょうか。
「ウエダでは成果型の評価をしません。数字をバリバリ上げる人よりも、他者配慮をできる人を評価していくということを社員に伝えました」
この方針には充泰さんの考えと、経営者としてのあり方が大きく反映されています。
「僕たちは何のために生きているのかなと、よく社員にも話すんです。生きるために、飯を食うために働くって意味があるの?って。自分も会社も、誰かの役に立つためにいるのだから、自分や他者を大切にできる生き方がいいよねと。そんな価値観の僕が、ウエダを経営する。だからこの価値観に合わないのなら、合う場所にいったらいいよと、よく社員に言います。だって僕が正しいと思うこと、良いと思う方向で会社を経営しないと経営者として責任を取れないですよね」
京都で会社を経営するっておもしろい!
倒産危機から会社が落ち着いてきた頃、充泰さんは新しい事業を模索しはじめました。その中の一つに、ウエダの価値観が鮮明に現れた「京都流議定書」があります。
京都流議定書とは、日本の縮図ともいえる京都を研究し、その資産を分析し、強みを再認識していくことを目指す取り組み。行政やNPOなど多様なセクターを巻き込み、2008年から開催、2017年8月には記念すべき10回目を迎えました。
「僕は京都で生まれ育っていますが、京都が嫌いだったんです。しかしウエダを継いで社長として色んなところに顔を出すうちに、京都っておもしろいなと思うようになりました。例えば経済界の会合に出向くと、売上も規模も大きい同業他社よりも、潰れかけているウエダの方が良い扱いをしてくれたんですね。何でやろうって、不思議で仕方なくて。
ある時気付いたのが、京都という街は規模だけを見てないんやなと。老舗とか、格とか、目に見えない価値で京都の人は判断しているわけです。一見さんお断り、ぶぶ漬けに代表するように排他的な印象だった京都ですが、自分の店の格に合う対応をしようとすると、一見さんと常連さん同じようにはできないということがわかりました。僕は全然京都のことを知らない。もっと知りたいと思ってはじめたのが、京都流議定書です」
数値化されていない価値が、京都そして日本にはまだまだある。中小企業こそ目に見えない価値を見直していけば、時代が変わってもまだまだ会社をやっていけると充泰さんは考えています。
中小企業のオフィスから働き方を変えていく
現在ウエダの事業領域は、「リノベーション」「空間プロデュース」「コーポレートデザイン」です。事務機の販売会社から、働き方をプロデュースする会社へ変貌を遂げた原点は、充泰さんがかつて世界を巡りながら、各国のライフスタイルを見てきたことにあります。
「日本のオフィスは息苦しい、管理の世界だ。これが、私がウエダで仕事をはじめて抱いた印象です。働く人のことを考えていない、日本のオフィス環境に直面しました。環境に足を引っ張られるオフィスで、長時間、機械的に仕事をこなしても、全然楽しくないですよね」
そこで充泰さんは、人のパフォーマンスやモチベーションにスポットを充てれば、ウエダとしてお客さまの役に立つことができるのではないかと考えます。
「働いている人がどうあるべきか? 僕たちはそこから考えて、オフィス空間をつくっています。新しい働き方を実行するにはオフィスツールが必須。人をどうモチベートするか、どういう制度をつくるかなども含めてフルサポートすれば、ウエダならではの独自性も生まれるはずです」
現にウエダは指名仕事が多く、大手企業とのコンペでも勝利することが増えています。
「2017年に入ってはじめて、オフィス環境がトップマネジメントに入ってきた実感があります。通常オフィス周りは総務の管轄。しかし総務はコスト削減しか目を向けないので、働く人のことを考えたオフィスづくりをするにはトップに訴求することが大切なんです」
ウエダが選ばれる理由には、オフィスに必要な机や椅子、コピー機を売るにとどまらず、どのような環境であれば働きやすいか?心地よく働ける環境をいかにつくるか?というところから提案できるところにあるようです。
「僕たちが一番大切にすべきは、自社の売上ではなく、お客さまに最適なオフィス環境を提案することです。だから時に、自分達の売上にならないことも提案します」
”パレットを並べてベニヤ板を並べるだけでコミュニケーションが増えますよ”
”ホームセンターで人口芝を買って、バルコニーに敷いてテラスをつくりませんか”
お客さまのために、自分たちの利益にならないことも提案する。売上や規模を追わない、まさに京都らしい会社のあり方が、ウエダがお客さまにも支持されている所以のようです。
事務機からオフィスづくりへ、つなげる、ひろげる
まずは営業職として中途採用で入社し、現在は年齢的にも中堅でありリーダーの一人である中畑孝一さんに、お話を伺いました。
中畑さんは、福井県出身。大学進学で京都へ来て、一度福井へUターンしたのち、再び京都へやってきました。ウエダには2005年入社。まさに変革真っ只中の入社です。
「会社を選ぶ際には、自分が成長していけるか、そして誰と一緒に仕事をするのかを大切に選んでいます。ウエダに入社したのは、知人から『京都にすごくおもしろい会社があるよ、社長に会ってみない?』と声をかけてもらったから。ファミレスではじめて社長に会って、そこから4時間、これから会社をどうしていきたいかを聞かせていただきました」
前職ではコピー機や複合機などソリューション系の営業を担当していた中畑さん。偶然にも、ウエダの事業領域と近しかったのです。
「その時、前職で3年半。仕事にも慣れ、与えられたものをいかに売るかではなく、自分でどう価値を作っていくのか、提案からやりたいと思い始めていた時期でした。そこであえて事務機はやらないと伝え、入社後は当時立ち上げたばかりの映像コンテンツ制作を担当しました」
ウエダの強みはオフィス周りをフルサポートできること。映像コンテンツ制作を切り口に、中畑さんはできることを少しずつ増やしていきました。その中にはもちろん事務機の営業もありました。
自身の武器を増やし、磨いていった中畑さん。しかし入社から4年が経ち、30歳を迎える頃、営業として大きな実績も出せず、どのようにお客さまや、会社に貢献したらよいのかわからなくなってしまいます。
「その時、社長が僕を活かせる道を方向付けしてくれて。きちっとしたことが得意なので、スケジュール管理などが必要なお客様のオフィスづくりを任せていただくことになりました。
そしてはじめてオフィスの大規模な移転業務を経験。京都から大阪へ移るお客さまが、スムーズに業務を移行できるよう約2年かけてお手伝いしました。無事に終えた時にお客さまと一緒に喜びあい、お客さまの大きな転換期を支えられることにすごく醍醐味を感じました」
2013年には、自ら営業チームのリーダーに立候補。充泰さんの価値観と、現場のギャップをつないでいく役割も担うようになります。
「ずっとやってきたことを変えたくないという社員も多く、新しく決まったことを『やる』と言ってやらないなんてこともありました。でも変わらないと、会社の存在価値を高められない。そのギャップを僕は入社時からずっと経験してきました。
当時は毎年、人が辞めていきましたが、僕としては健全なことだと見ていましたね。少しずつ新しい仲間が加わって、今はみんなそれぞれの立場でやろうとしている。人が変わる中で、会社がまとまってきているのを感じます」
しかし、まだまだ理想と現実のギャップに悩むこともあります。
「日本の中小企業の働き方を良くしたいというビジョンを掲げていますが、会社としては継続的に利益を上げていく必要があります。売るということに対して、まだまだ僕たち都合のこともあるんです。
でも僕たちはオフィス周りをトータルサポートできるので、コピー機や複合機を売って終わりではなくて、そこをスタートにすることができる。本当にお客さまの役に立っているか?ベストな提案か?をその都度考えながら、物を売ったその先を常に見ています」
会社の風土をつくっていくのは社員一人ひとり、かつチームとしてのまとまり。ウエダでは業務のほかにも、会社を良くしていくユニークな取り組みもしています。
「人に何かしてもらった時に当たり前に思わず、感謝の気持ちを言葉で伝えようと、『サンクスカード』を毎日書いています。また会社に出勤できるのは家族の支えがあってこそなので、社内報は自宅に送付して、家族も見れるようにしています」
自社リニューアルを経験したから、自信をもって提案できる
次にお話をお伺いしたのは、営業統括リーダーに抜擢された原田大輔さんです。原田さんは、2010年入社。充泰さんが2000年に社長へ就任してから初となる新卒採用で、ウエダにやってきました。
「当時ウエダは空間プロデュースを手がける会社と唄っていて、なんかおもしろそうだなと」
関西で働きたいという希望、そして他社よりも面接の雰囲気が良かったことから、原田さんはウエダを選びました。久しぶりの新卒というこうことで、会社も育て方がわからずはじめは戸惑いもあったそうです。
「営業同行から少しずつ新規営業も増やし、入社3年目の時にベテランさんが早期退職したタイミングで、多くのお客さまを引き継ぎました。リニューアルの案件をいくつか担当しましたが、めっちゃ失敗して。事務所移転で、各部署のニーズをヒアリングしたのですが、他部署に言ってはいけない情報を、僕が言ってしまったんですね。部署間の力関係まで把握できず、お客さまにも相当怒られました」
会社、そしてお客さまに育ててもらったという原田さん。一番思い出に残っている仕事を聞くと、自社のオフィスリニューアルと答えてくれました。
「2016年に本社北ビルの5・6階をリニューアルしたのですが、そのプロジェクトの担当をさせて頂きました。」
お客さまにオフィスリニューアルを提案する際に、リニューアルしたウエダのオフィスツアーをしながら、どのようにアイデアを出し、オフィスをつくっていくかを説明することもあるそうです。
「僕たちもボトムアップでオフィスをつくったので、『こういうアイデアが出て、こうなりました』と成果を見せられるのは、大きいですね」
オフィスをどのようにリニューアルするかを考えるワークショップを開催することも、原田さんの重要な役割です。
「ワークショップでは、理想の働き方や働く場について考えて頂きます。一般的に働き方や働く場について考えるのは経営者です。だからワークショップをした際、社員の方から『働く場、働き方について考える機会をつくってくれてありがとう』って言われたのは、すごく嬉しかったですね」
オフィスづくりが、自社の働き方を見直し、いきいきと働くきっかけになる。プロジェクトの間に、お客さまが変わっていく様子を見て、原田さんは仕事にたしかな手応えを感じています。
変わり続ける会社を支える屋台骨
営業につづいて、総務についてもお話を聞きましょう。
総務はウエダにとっての屋台骨。備品管理など会社の環境を整備する業務をはじめ、給与支払いや月次決算表作成などを銀行や税理士と一緒に進める経理業務も加わります。
総務に求められるのは、どんな人か充泰さんに聞きました。
「会社のお金周りを一手に引き受ける存在ですから、信頼があってこそ成り立つ仕事。スキルも大切ですが、それ以上に社員みんなから信頼される人柄であっていただきたいです」
現在、総務チームは3名。銀行回りや給与支払いなど、それぞれの経験や得意を活かしながら働いています。「新たに採用する人に期待する役割は?」と聞くと、こんな答えが返ってきました。
「ゆくゆくは数字面から経営を支える、総務チームのリーダーに育ってもらいたいです」
現在、ウエダでは営業職と総務管理部員を募集しています。
何のために働くのか?どんな人生を送りたいのか?一度でも考えたことがある人なら、ウエダに共感することは多いのではないでしょうか。
とはいえ、きれいごとだけではビジネスになりません。数字と理念その両方を追いかけながら、日本のオフィス環境をよくしたい。そう考える方を、ウエダは待っています。
執筆:北川 由依
撮影:もろこし