京都市内を中心に精華町や滋賀、大阪などのスーパーマーケットや百貨店のなかに12店舗を展開している魚屋、株式会社西浅が3つの部署で求人を募集しています。
1つは店長候補。2つ目は人事担当。そして最後はSNS運用などを中心とした広報担当。同時に3つの異なる部署に人を求める、力のこもった求人です。
95年の長い歴史のなかで培ってきた高い現場での能力に加え、一般的な複数店舗の運営方法を取らないユニークなお店づくり、 Webサイトやブログでの情報発信などさまざまな施策をうち成長してきた西浅。
会社として成長著しい今、西浅らしい自由さと企業としてバランスを取らなければならない大きな転換期を迎えています。
職人の矜持と技術を信じているから、各店舗に仕入れの裁量権を与えている
西浅は、まさに「街の魚屋さん」。
いくつかの小売店をチェーン展開する会社は、本部に1〜2人ほどの全店舗の仕入れを担うバイヤーがいて、そのバイヤーが買い付けた商品を各店舗に配置することが通常です。
「でも西浅は違うんです。仕入れの裁量権が各店舗の店長にあるので、店舗ごとに仕入れる魚が異なります。西浅という看板を背負っている、まったく別々のお店が12箇所あるような状態なんです」と、代表取締役の児玉周さんは話します。
現在西浅では、長崎・鳥取・尾道の漁港から直接仕入れる本部の担当者はいるものの、日々の各店舗の仕入れの大部分を店長が独自におこなう特殊な運営方法をとっています。
なぜなら、一括管理でバイヤーが買い付けをおこなうよりも、店長が直接買い付けをした方が想い入れのある商品を直接お客さんにお届けすることができるから。
「一括管理が必ずしも悪いわけではないんです。いいバイヤーがいれば価格は下がるでしょうし。本部としても、バイヤーが一括管理をしたほうが楽です」
と、メリットを語りながらも、「でも……」と児玉さんは続けます。
「うちは、あえて店長が仕入れをしています。これは会社の意向だけではなく、『魚好きなら自分で売る魚は自分で仕入れたい』という社員の総意に基づくもの。自分たちのお店に来てくれるお客さんにはどんな魚が好まれるのか、リアルの現場を知っているのはやっぱり店長ですし、売りたい魚は自分で判断したがるのです。もちろん、西浅の店長たちは目利きの能力もしっかりしています」
今でこそ3代目として魚屋をしている児玉さんですが、男兄弟の3人目で、もともと家業の魚屋で働くつもりはなかったそうです。
しかし児玉さんが社会人になった当時は不景気の真っ只中。必死になって入社した会社は、名は通っているものの実態はいわゆるブラック企業で「儲かりさえすればいい」という社風でした。
ドロドロの競争に辟易し、入社した家業の魚屋。そこで働いていたのは、自然体で魚と向き合う職人さんたち。お金になるからなどではなく、「これやらなおいしくならんねん」と魚の処理にひと手間ふた手間かける真摯な姿勢に、若き日の児玉さんは働くことの意義や価値を考えさせられたそうです。
昔は魚が嫌いだったそうですが、職人さんたちの丁寧な仕事で捌かれた魚は「びっくりするくらいおいしかった」と振り返ります。
「魚屋って、目利きの技術に加えて、魚をさばく技術もないといけない。実直に経験値を積まなければ能力は向上しない職人技の仕事です。秘めた技術への矜持と、魚が好きだという圧倒的な好奇心を持った職人たちの力があれば、おいしい魚はお店に並ぶし、お客さんもついてくる。彼らの良心にまかせて、好きなものをイキイキ売ってほしい。西浅が各店長に仕入れを任せているのは、そういう理由です」
「まあ、人件費はそのぶんかさんじゃうんですけどね」と笑いながらも、おいしい魚をお届けする西浅らしさを支える根幹であると誇らしげです。
お話を聞いていると、西浅が求める店長レベルは高そうで、未経験での応募するにはハードルが高そうです。しかし、大事なことは「魚が好き」な気持ちだと、児玉さんは力強く答えます。
「もちろん一朝一夕で店長になれるわけではないのですが、西浅には職人の経験値が揃っている。日本人の魚離れが深刻にはなっていますが、日本は本当に多種多様な魚がおいしい国なんです。そんなおいしい魚を直接多くの人に届けることができるのが魚屋の魅力。魚が好きで、魚屋をやってみたいという方はぜひ西浅に来てほしいと思います」
また、西浅は小売の魚屋にはまだまだ珍しい情報発信もおこなっていることから、今後SNS運用や広報にも力を入れていきたいと考えています。
FacebookやLINE、Instagramでその日のおすすめの魚や、お得な情報を発信するほか、Webサイトの社長コラムでは「海模様で水揚げは変わるのに、どうして週末の特売チラシに特定の魚が記載されているのか」「社会問題になったアサリの産地偽装について」など、魚屋だからこそ深く切り込むことができる話題の不定期配信もおこなっています。
「ただ十分にできているとは言い難いですし、各店舗の情報などももっと発信したいのですが、現場の店長たちが忙しいのと、職人あるあるでシャイなんですよ(笑)だから、西浅の強みやキャラクターが活かせる発信をどんどん提案してもらえる方が仲間に加わってくれると嬉しいですね」
「真摯に向き合えばお客さんの目が肥えてくる」店長のルーティン
さて、各店舗の店長はどんなふうに1日を過ごしているのでしょうか。精華町にある祝園店で店長をしている、山内和弘さんにお話を聞きました。
「仕事は前日から始まります。仲卸と呼ばれる魚の問屋さんから、翌日の魚の入荷情報が手に入るので、お客さんのニーズをもとに発注をかけておきます。ほぼ毎日、早朝に中央卸売市場へ行って仕入れていますね」
祝園店が入るスーパーのオープンは9時。お店に着き次第、前日の商品を下げて検品したり、仕入れた魚が届いたらスタッフに指示をしたりと「朝は時間との勝負だ」と山内さん。
「荷下ろししたそばから、どれを刺身用にして、どれを鍋用にして、容量はこれくらいで……と細かい指示出しがたくさんあります。お客さまがやってくるピークは1日で何度か波がある。朝から全部店頭に並べてしまうと、夕方にやってくるお客さんは朝ほどの鮮度で買い物ができません。そのため、どんな魚をどのくらい捌いて店頭に並べるのか、その順番はどうするのか、優先順位を立てながら1日の流れをシミュレーションします。時間差で開店後に届く魚なんかもありますしね」
その後、スタッフたちと順番に休憩を取って、夕方のピークの売り方を調整。会議なども挟みつつ、18時まで店舗に常駐し、翌日の発注をかけたらその日の仕事は終わるそうです。
ベッドタウンの駅直結スーパーに入っている祝園店。近隣に住まう人の重要なインフラであることから「いつでも快く調理する」ことを徹底していると山内さんは話してくれました。
「ベッドタウンということもあって、基本的には多くの人になじみのある大衆魚を中心に取り扱っています。魚を料理する・食べるという経験を楽しくしてほしいから、挨拶をすること、お客さまとのコミュニケーションを欠かさないこと、調理は断らないことを社員やアルバイトスタッフには常に言い続けていますね。新鮮な魚を買いやすい環境で売れば、お客さまは支持してくれます」
そのおかげか、祝園店のお客さんは「数年前と比べて明らかに目が肥えている」と山内さんは言います。
「ブリなんかも、昔はお店の人間がおすすめしてたんですが、最近は何も言わなくても『今日のブリ、脂乗ってていいやん』っておっしゃるんですよね。たとえば切り身でも、経験の浅い人が切ったものは売り場に残るんですよ。お客さまの反応は僕たちの鏡です。だからこそ、神経を注がなきゃいけませんし、熟練を毎日コツコツ重ねていける人でないといけないかな、と思いますね」
実は、山内さんのお父さまも西浅の元職人。店舗は別ですが、親子揃って西浅の店長として、看板を守ってきた経験があります。
「お恥ずかしながら20歳前半のころ、ちゃんと定職に就いていなくて……。『人手がいるから入ったらどうや?』と父に声をかけてもらって、アルバイトから西浅に関わるようになりました。魚屋は切って出せば売れる商売じゃないと、魚が好きな父からいろいろ勉強させてもらいました。こうして親子揃って店長の立場を任せてもらっているのは、ありがたいですし、その期待から外れないよう、今後も腕を磨いていきたいと思いますね」
「デスクワークと比べると、なかなかキツくて大変なこともあります。でも腕を磨いたら磨いたぶん、きっとかえってくるものがある。素直に研鑽を積める人が、魚屋には向いているんじゃないかな」
女性でも魚屋の店長をする世の中が当たり前になるために、女性スタッフだけの店舗を開店
2022年からは新しい取組みとして、ジェンダー問題へアプローチをした店舗づくりも始めました。「男性職人」というイメージが強い魚屋において、「女性スタッフしかいない店舗」をあえて設定してチャレンジしています。その背景について、児玉さんはこう語ります。
「女性スタッフの接客って男性と違うところがあるなと思っていたんです。以前、『週末に家でお祝いがあるから刺身の盛り合わせを注文したい』というオーダーをいただいたとき、男性スタッフの多くが『予算はおいくらですか?』って聞くところ、女性スタッフが返したのは『どなたの何のパーティーなんですか?』だったんです。すごく女性ならではの視点で、目から鱗が落ちました」
西浅は社員の10%が女性です。魚屋のなかでは女性社員は多い方だと思うのですが、魚屋はそもそも男性が多い職種。だからこそ、あえて女性だけのお店をはじめることにしたそうです。
女性だけの店舗一号店の西京極店で働く中田麻友子さんはどのように受け取っているのでしょうか。
「どこを向いても女性ばかりなので、なかなか斬新だな〜と働いていて自分でも思います。まだ開店したばかりなので手探りではありますが、お客さまとのコミュニケーションは密に取ろうと心がけていますね。スタッフ同士も、コミュニケーションをとりながら仕事をしています。あんまり喋りすぎると怒られるけど(笑)」
2022年10月にオープンしたばかりのため、取り扱う商品の内容はトライアンドエラーの真っ最中だそうですが、彩豊かなお寿司や惣菜を強化していく予定だと教えてくれました。
女性だけの魚屋というのは画期的ですが、児玉さんは「『女性だけの魚屋、珍しいね』で終わらせたくない。女性が魚屋で店長をするのが当たり前の世の中になるための、一つの要素として今の西京極店を考えています」と話します。
「以前、女性社員にヒアリングをしたら『女性だからって特別扱いされたくない』って意見がすごく多かったんです。そのたくましさに感心したんですが、こういう声が出るということは、まだまだ職場の男女のバランスが均等でないということ」
「身体の筋肉量や、マルチタスクの把握能力など、全員がそうではないものの性別によって得手不得手はどうしてもあります。男女の違いを認め合って、仕事を任せたり、任されたりしながらトータルでフェアに働くというのが理想の男女均等雇用です。女性でも当たり前に魚屋ができる、なんなら『この点は旧来の男性が多い魚屋よりもいいんじゃない?』 『ここは男性の力があったほうがいいよね!』って会社全体、あるいは世の中全体が学んでいくための店舗として西京極店を捉えています。反応を見ながら、将来的にはまた店の在り方を変えていければと思います」
現場の自由度を保ちながら、企業としての教育やサポート体制を厚くする
店長に裁量権を渡し、ブログでの情報発信や新店舗の取り組みなどさまざまなことに挑戦を続ける西浅。だからこその課題もあり、それらを解決することが「今後西浅が店長一人ひとりの個性を活かしながら店舗展開を進めていくために欠かせない」と、人事担当の小林達也さんは話します。
「順調に会社の規模は大きくなっているからこそ、個人店と同じように自由にいろいろできる店舗と、会社としてマニュアルが必要になってきている本部とのすり合わせが十分にできていないのが現状です。自由度が高いとはいえ、各店舗のスタッフは西浅の社員。昔に比べて、企業として形ができてきたからこそ、魚屋としてのスキルと同時に、今まできちんと整えてこれなかった『西浅全体の社員教育』の土台もつくっていかなければいけないんです」
児玉さんも言葉を重ねます。
「今回の求人では人事担当も募集しますが、なかなか難題をお願いしている自覚はあります。楽に会社然とするなら、接客マニュアルを統一して、仕入れも本部がしたほうが簡単だし早い。でも西浅が95年の歴史のなかで育ててきた各店舗の自立心を、会社の成長のために殺すことは長い目で見るとマイナスになるでしょう」
小林さんはもともと、根っからの現場人間。社員として7年、副店長を2年、店長を1年勤めて「現場を知る本部の人間」として、人事部に異動してきました。
「西浅に入る前はホテル業務、そのあと居酒屋で店長をするなど、人材の育成にも取り組んできた経験もあるので、こうして人事に呼ばれたのかなと。お客さまにおいしいお魚を食べてもらいたいのは僕も一緒です。ただ、企業としてきちんと利益を残していくためには、『魚が好きだから』だけで終わってはいけない。誰でも一定のスキルを等しく身につけられるマニュアルをつくり、抜本的な研修制度の見直しや、販売の基礎なども教えていく必要があります」
入社後3年目までフォローアップの研修を設け、今後の管理職候補も育てていきたいと小林さん。
児玉さんも「僕たち自身も手探りです。相反する要素のあいだを繋ぐような仕事を、一緒に考えていけるような人にきてくれたら嬉しいです」とお話してくれました。
新鮮でおいしい魚を京都の食卓に届け続けるために
「おいしい魚を食べてほしい」を第一目標に掲げて、ある意味で採算よりも志を重視してきたからこそ、多くの人に愛される魚屋としての今日がある西浅。
だからこそ今、その志を貫き続けるため、各店舗の個性を活かしながらも一定の枠組みをつくることが必要になっています。旧来のやり方に疑問を投げ、積極的にいままでやってこなかった挑戦に取り組もうとする視点の持ち主が西浅には必要です。
新鮮でおいしい魚を京都の食卓に届け続けるために、西浅のみなさんとともに考え行動しませんか。
編集:北川由依
執筆:おかん(ヒラヤマ)
撮影:清水泰人