伝統工芸品・西陣織で知られる「西陣」。西陣織の振興や商店街の活性化、町並み保全などの多くの課題もある中で、近年ではカフェや雑貨屋さん、お菓子屋さん、レンタルスペースなど、移住者や若者が運営する場も増えつつあるのをご存じでしょうか。
そんな西陣において、京都市は、2019年1月、歴史や文化に培われた多彩な魅力・資源、地域力や人間力を最大限に活かした活性化を図ることを目的に、「西陣を中心とした地域活性化ビジョン」を策定し、様々な活性化の取組を進めています。
ビジョンの実現に向けた事業の一つとして、西陣に新たな活性化の担い手を呼び込むことを目的に開催した試験的なプログラムが、「京都・西陣におけるローカルの暮らしとまちを巡る2日間」です。京都市内外から集まった参加者とともに、西陣のまちを巡り、地域で活躍するプレイヤーや企業の方々にお話をお聞きしました。

「まるごと美術館」にかける想いと信頼を得ることの大切さ
西陣を巡る2日間は、妙覺寺からスタートです!
まずは、まるごと美術館実行委員会代表の菅真継(まさつぐ)さんにお話をお伺いしました。
まるごと美術館は、桜と紅葉の時期に行われる寺社仏閣の特別拝観に合わせて、寺宝に加えアート作品や伝統工芸品の展示、ライトアップなどを実施するイベントです。

そもそも菅さんが地域活動を始めたきっかけは、久しぶりに生まれ育った西陣のまちを歩くと、思い出深いお店がなくなっていたことを寂しく思ったことから。「この店もない。あの店もない。あのおばあちゃんもいない……。そんな状況を変えたくて何もせずにはいられなかった」と当時を振り返ります。

昔のような活気を取り戻すために、地図を開いて地域の人の流れを確認することからはじめたそう。「敷地が広いので、人を呼び込めるんじゃないか?」と注目したのが、お寺や神社でした。
当時はまちづくりの知識や経験、お寺や神社とのつながりもなかったことから、約1年半もの間、お寺や神社に通い掃除などをすることによって関係構築に努めました。信頼関係を築くには時間と労力がかかると分かり、「地域から信頼を得て活動する難しさを痛感した」と語る菅さん。参加者は皆、地域に入り込むハードルの高さをひしひしと実感したようです。


続いて「まるごと美術館」の開催場所の一つで、徒歩圏内にある妙顯寺へ移動しました。歴史的なお寺巡りを楽しめるのも、西陣エリアのおもしろさです。



2017年の活動開始から8年、まるごと美術館を起点に菅さんの地域での役割は広がりつつあります。今後はどのような取り組みをしていきたいと考えているのでしょうか。
菅さん
昔から受け継がれてきたものを大切にすることはもちろん、我々が生きた時代のことも忘れ去られることがないように、今の時代を何かしらの形で残していきたいと思っています。素晴らしい作品を100年先、200年先に残していくために、作家さんと一緒にこれからも展示会を開催していきたいです。
菅さんの熱い話をお聞きした参加者からは、「身近にあるものに価値を感じて、諦めずにお寺に通い続けた菅さんはすごい」、「お寺は歴史が好きな人が行く場所だという先入観を持っていました。『まるごと美術館』の取り組みと菅さんのお話を聞き、お寺のイメージがガラッと変わりました」との声が聞かれました。
お寺や神社が持つ様々な可能性を広げながら、菅さんがこれからの未来へどのようにバトンをつながれていくのか楽しみです。
<まるごと美術館>
https://www.kyoto-marugoto.com/
地域をよく知る「コミュニティ・バンク京信」と「sampai」による取り組み
西陣の老舗鶏料理店「鳥岩楼」(五辻通智恵光院西入)で親子丼をいただいた後は、コミュニティ・バンク京信・西陣支店(以下、京信)へ向かい、支店長の多田有一郎さん、京信と親交があるsampaiの宮武愛海さんにお話しをお伺いしました。
まずは多田さんから、京信の取り組みについてお話いただきました。

多田さん
京信は京都府・滋賀県・大阪府で95店舗(2024年3月末現在)を展開しています。1971年に国内の金融機関として初めて「コミュニティ・バンク」を宣言しており、地域の人をつなげるコミュニティマネージャーとして、地域の皆様のお悩みや課題に“おせっかいを焼く”ことを大切にしている金融機関です。

そんな京信の西陣支店の2階には、地域のお客様との交流を目的としたセミナールーム「クリエイティブコモンズNISHIJIN」があり、西陣支店の新築オープン以降、様々な地域活動の拠点として活用されています。
また、地域との関わりを大切にしている京信らしい取り組みの一つに、地域の事業者さん同士がつながることを目的とした交流の場「西陣サロン」があります。主な活動には、地域の事業者が出展する「西陣Fes」があり、2024年8月に開催された「西陣Fes夏祭り」では、マルシェや伝統工芸のワークショップを実施し、約800人が来場されたということ。
多田さんの話を聞いた参加者からは、「地元でもこういう場所があったらいいなと思うが、これだけの規模のイベントを開催することは難しそう」との声が聞かれました。
その声を聞いて多田さんは、「西陣サロン」を一緒に運営する宮武さんのように、外から関わってくれる人の存在が大きいと言います。
<西陣Fes>
https://nishijinfes.studio.site/

西陣エリアを中心に、様々な地域のまちおこしやイベントの企画、広報などに関わり、地域の何でも屋として活動している宮武さん。西陣エリアに関わることになったきっかけは、学生の頃に運営に関わった社会課題解決のアイデアコンぺ。「単発で何かをしてもまちづくりにはつながらない」との想いで関わり続け、早くも5年が経過しました。
宮武さん
残念ながら、大学進学や就職を機に若者が地域外へ出ていくケースがたくさんあるので、子どもたちがもっと早い段階で地域の魅力に気付くことが重要だと考えています。西陣に住んでいる中高生がやってみたいと思うことを京都で実現する仕掛けを検討し、もっと内側から地域を活性化させていきたいです。
地域で何かをするには中の人にならないといけないのではないかと思われる方もいますが、「何かを仕掛ける人は地域の人でなくても大丈夫。外からの視点も大切であり、地域の人が当たり前と考えていることに気づけることが強み」と宮武さん。その言葉に、勇気づけられた参加者は、自分なら西陣で何ができるのかを考え始めたようでした。
<京都移住計画インタビュー記事>
京都市が目指すものと西陣エリアの現状は?
1日目の最後には、京都産業大学が大学の内と外を緩やかにむすぶことを目的に運営する「町家 学びテラス・西陣」へ移動し、これまで巡ってきた「西陣エリア」について、京都市の担当者から説明を受けました。

お話しいただいたのは、京都市総合企画局プロジェクト推進室の河北直知さん。
河北さん
西陣エリアは、京都市の中でも特に歴史や文化などの京都が持つ魅力を感じることができる地域です。京都市では、西陣エリアが持つ魅力や資源をいかした活性化を図り、その動きを京都全体に広げていくことを目的に、『西陣を中心とした地域活性化ビジョン』を策定しました。
活性化ビジョン策定以降、様々な活性化の動きが生まれている西陣エリア。京都市では、その活性化の動きを創り出すことや、活性化の動きをさらに大きくしていくことに取り組んでいます。様々な事業主体の連携を図ったり、今回のような担い手づくりのプログラムなどを実施したりして、活性化の動きを継続させていくことを目指しています。

参加者は説明を聞く中で、地域の方の想いや民間で実施されている活性化の取組のことを知り、「西陣エリアはまちづくり活動が非常に活発な地域」という印象を受けたようでした。
河北さん
西陣エリアは住民が多いという特性があるので、「外から観光客などを呼び込む」よりも「地域の人が住み続ける」ことが活性化の重要な要素ではないかと考えています。地域が持つ魅力や資源を広く発信するとともに、子どもを含めた地域の人に、自分たちが住む地域のことを知っていただくことにも取り組んでいきたいと考えています。
最後に、河北さんから参加者に対して、「これから西陣エリアに関わってください!」とのメッセージが伝えられて説明は終了しました。
<西陣を中心とした地域活性化ビジョン>
https://nishizine.city.kyoto.lg.jp/mission/
西陣エリアの様々な場所を巡った1日目の終了後は、懇親会を開催しました。本プログラム参加者だけでなく、西陣に関わりのある様々な人が大集合し、参加者に西陣エリアのことをより深く知っていただく楽しい場になりました。
外の風を活かしながら西陣織を受け継ぐ「岡文織物株式会社」
2日目は、300年以上前から西陣織を織り続けている老舗の織物会社「岡文織物株式会社」。お坊さんの袈裟の製造からはじまり、明治維新以降に帯屋に転向しました。

岡文織物では、古くから受け継がれる織機や技術を大切にしながら、最新の機械でアパレルやインテリア用の生地をはじめとした、帯以外のテキスタイルの開発も行っています。近年ではムーミンとのコラボ企画や雑貨の制作、視察の受け入れなども行い、今の時代に合った西陣織の開発に加えて、歴史ある町家のことや経営ノウハウなどを伝える、まちにひらかれる取組も積極的に進められています。


「西陣」を代表する伝統産業「西陣織」とはそもそもどのようなものなのでしょうか?
山田さん
西陣織を名乗るには3つの条件があります。まずは、京都で生産されていること。次に、先染であること。必ず染めた糸、つまり色が付いている糸で織っているものになります。そして最後が、西陣織工業組合に入っていることです。
と、教えてくれたのは、お着物姿が素敵な営業部の山田由英さん。西陣織の会社と聞くと、代々この地に住まれている方が働いているのかなと思いきや、実は石川県出身なんだそう。

近年は、山田さんのように、市外から移り住んで働いている人も多くおられるのだとか。これまで培われてきた伝統や技術を将来に継承していくためには、西陣の外から関わり、新たな風として事業や地域のことを熱く語れる人がもっと増えていく必要があるのではないかと感じました。


<岡文織物株式会社>
https://www.rokumonjiya.jp/
クリエイティビティを育む場所、「マガザンキョウト」
ご近所の方が集う人気のカフェ&宿泊施設「KéFU stay & lounge」(五辻通千本東入上る)でランチを楽しんだ参加者は、南下して「マガザンキョウト」を訪れました。お出迎えしてくれたのは、ストアマネージャーの藤原誠有さん。高知県出身で、大学進学を機に京都に越してきました。

藤原さん
西陣は、古き良きものと新しい面白さが融合したエリアだと思っています。変化が目まぐるしいものもあれば、街中の喧騒から少し離れていることによる緩やかな循環や静かな変化もあるなど、様々な表情を持っている面白い場所です。
マガザンキョウトは株式会社マガザンの拠点でもあります。そもそも、株式会社マガザンとは。
藤原さん
私たちはコミュニティの力で文化的プロジェクトを生み出す京都の企画実装チームです。代表の岩崎が雑誌文化に影響を受けた世代で、ローカルマガジンのようなものが建物として立ち上がったらどんな体験ができるだろう、という発想から始まりました。マガザンキョウトは「泊まれる雑誌」をコンセプトに掲げています。

1階のギャラリースペースを特集スペースと呼んだり、ガラス戸にはイントロダクション、壁にはコラムが書いてあったり。店内の至る所から、「泊まれる雑誌」のコンセプトを感じることができます。コラムは「特集」と銘打った企画に合わせて更新され、空間が絶えず変化するのはおもしろいですね。

マガザンキョウトは一日一組限定の宿のため、中には長期滞在で制作をする人もいらっしゃるのだとか。また、展示イベントの開催期間中に宿泊すれば、営業時間外は独り占め状態で展示作品を鑑賞できるのも醍醐味です。
次々と面白い企画を仕掛けているマガザン。その秘密はどこにあるのでしょうか。
藤原さん
自分たちだけではアウトプットに限界があります。ですが、マガザンキョウトで出会った人をはじめとした「人とのご縁」を大切にすることで、日々新しい刺激を受けることができ、時に化学反応が起こるんですよ。
その一つが、マガザンキョウトが制作したローカルマップです。町内会に加入して、代表の岩崎さんが会長や防災委員を担ったり、地蔵盆の会場にマガザンキョウトを使ってもらったりするなど、地域に根ざした活動に取り組むうちに顔見知りが増え、ご近所のお店さんから相談を受けてマップを作ることになったそう。

「マップを作ったことで、ますます西陣地域に愛着を感じるようになりました」と藤原さん。マガザンのクリエイティビティは、周囲の人と共に育まれているようです。
新しい土地に越してきて、地域の担い手になることは簡単ではありません。まずはまちに出かけ、人と関わること。その上で、自分が持っているスキルとまちの課題をどう掛け合わせると地域が変わっていくのかを考えることが、地域の担い手になるための第一歩ではないかと藤原さんのお話から考えました。
<株式会社マガザン>
https://magasinn.xyz/
「ANEWAL Gallery」の原動力は、新しい景色を見ること
いよいよ西陣を巡る2日間も終盤。最後の訪問先は、「外に出るギャラリー」をコンセプトに活動をされている「ANEWAL Gallery」です。

理事長の飯髙克昌さんは東京出身。京都の町家や職住一体の暮らしに惹かれて、町家に住み始めたことから西陣との縁が生まれたそうです。
これまでに、自身が暮らす町家での展覧会や、大学生と共に京町家のライトアップを行う「都ライト」などの多数の企画を開催。アートとデザインの視点や力を活かして、西陣エリアで何ができるのかを考えながら、様々な仕掛けを実行してきました。
飯髙さん
これまで実施してきた全ての企画は、「外に出るギャラリー」のコンセプトに繋がっています。多様な視点や価値観に触れる瞬間を、様々な場所に出現させ、これまでにない新しい景色を見てみたいと考えています。

飯髙さんは、アートやデザインと“まちづくり”を融合させながら、地域に深く入り込んだ取り組みを実施されています。それを表す代表的なものに、子育て世代に向けて路地の魅力をアピールするために企画した「路地であそぼ」があります。
飯髙さん
西陣にはたくさんの路地があります。車は路地を通ることはできないですが、逆を言えば、子どもが安全に遊べる場所なんですよね。路地でしかできないことって何だろう?と考えて、「路地であそぼ」を始めました。その中で生まれたのが、路地で鬼ごっこをする「ろじおに」。オリジナルのルールを作って子どもたちに楽しんでもらい、路地の魅力を発信しました。
一見、簡単に実施できそうですが、路地の権利者それぞれに許可をとる必要があり一筋縄ではいかなかったそう。

様々な企画の実現プロセスに興味を持った参加者から「どのように地域住民の方々に理解してもらっているのでしょうか」と質問があると、「行動し続ける。ただそれだけですね」と返す飯髙さん。
「ろじおに」を実施するために、周辺の100軒以上のご家庭に挨拶と事前説明に出向き、終わった後にはアンケートも行ったそうです。地域住民の理解を得るために、泥臭く汗をかく姿に参加者一同、圧倒されました。
飯高さん
“まちづくり”は正直言って大変ですが、もし地域でやりたいことがあれば労力を惜しまないでください。地域や僕らのためにも、できるサポートやアドバイスはさせていただきます。
<ANEWAL Gallery>
https://www.anewal.gallery/
今の「西陣」を踏まえて、これからを考える
2日間かけて西陣を巡った本プログラムは、これにて終了!当初は、多くの参加者が「西陣は敷居が高い場所」、「西陣織以外は何があるんだろう?」と思っていたそうですが、印象はどう変わったのでしょうか。
参加者
西陣のまちだけでなく、2日間で出会った皆さんも本当に魅力的でした。出会った皆さんのように、地域でやってみたいことがある人に寄り添ってくれる人がいることが分かれば、もっと西陣に関わる人が増えると思いました。そして、新しく関わった人がその次に関わる人を支える好循環が生まれ始めていて、次の世代へと西陣の伝統や文化が受け継がれようとしていると感じました。
参加者
地域住民の声に耳を傾け、その声と自分がやりたいこととをうまくマッチングさせている人が多い印象を受けました。出会った皆さんに共通していることは、人に会うために足を運び、価値観の擦り合わせを大切にしていることだと思います。地域活性化とは何か、しっかりと考える機会になりました。
参加者
自分が活動している地域での取り組みに通じることが多く、京都でも何か始められるのではないかと思いました。非常にいい時間でした。

2日間を通して、西陣で活動をする皆さんの現場にお伺いしたり、お話を聞いたり、まちを巡ったりしたことで、地域との関わり方や地域の方々に応援されるために必要なことなどが垣間見えてきました。
西陣には、地域への熱い想いを持って活動する人も、チャレンジを応援してくれる先輩も、一緒に汗を流してくれる仲間もいます。もし西陣で何かしたいと思われている方がいれば、地域を歩いてみませんか。実際に訪れることで見えてくる景色がきっとあるはず。西陣のことをもっと知って、もっと西陣に興味・関心を持っていただける人が増えたら嬉しいです。




撮影・執筆協力:Re!na