2024.03.26

京都リサーチパークの現在地と未来。京都の中と外を行き来して見えた景色

全国各地からイノベーションプレイヤーが集まる一大ビジネス拠点「京都リサーチパーク(通称:KRP)」。京都移住計画では、2022年1月からKRPの取り組みを連載でお伝えしてきました。

11本目となる今回の記事では、京都リサーチパーク株式会社(以下、KRP)イノベーションデザイン部の井上雅登さんと杉山智織さん、株式会社ツナグム(京都移住計画)のタナカユウヤが、今年度の活動、コロナ禍を経ての変化、京都内外を行き来して見えた景色を振り返りつつ、KRPの現在地と未来について語り合います。

(左から)杉山智織さん、井上雅登さん、タナカユウヤ

井上雅登さん
京都リサーチパーク株式会社 イノベーションデザイン部
政府系金融機関で約5年間中小企業金融に従事したのち、京都リサーチパーク株式会社(KRP)に入社。KRP内のインキュベーションオフィス「TSA」にてスタートアップ支援を担当する他、イベントスペース「たまり場」「GOCONC」の企画・運営を行う。株式会社talikiと社会起業家支援プログラム「COM-PJ」を共催、京都のU35世代と共創するコミュニティ「U35-KYOTO」を運営するなど、社内外と連携してイベントやプログラムを多数開催している。

杉山智織さん
京都リサーチパーク株式会社 イノベーションデザイン部
1994年生まれ。2019年同志社大学大学院 総合政策科学研究科修了(専門は組織論)。その後、新卒で京都リサーチパーク株式会社に入社。多様な人が集うイベントスペース「たまり場」「GOCONC」の企画・運営のほか、起業家支援プログラム「COM-PJ」、各大学との共同授業など、学生対象プログラムや大学連携業務を主に担当。

タナカユウヤ
株式会社ツナグム取締役・繋ぎ手
2015年に株式会社ツナグムを創業。自治体や企業、金融機関、大学など多様な事業者との協働によるコミュニティづくりや事業への伴走支援、商店街や地域の活性化などを行う。前職である京都リサーチパーク株式会社では「京都リサーチパーク町家スタジオ」の運営や起業家のコミュニティづくりを担当。

コロナ禍を経て、場もコミュニティもより濃いものに

年間で約220本、延べ約1万2000人。これはKRPで2022年度に行われたイベントの実績で、2023年度も同程度の数になる見込みです。多種多様な人たちが集まり、交流する場を提供しつづけてきたKRPの活動を、3人はこう振り返ります。

井上

2018年にイベントスペース「たまり場」を立ち上げ、当時のイベント数は年間25~50本ほどでした。それから2022年度までの間に約4倍まで増えたわけですから、一つの成果だと思っています。そこで2023年度は、単に数を増やすのではなく「量より質」というテーマを掲げ、「イベントから何が生まれるか」により注力しました。スクラップアンドビルドをしながら新しく挑戦していく1年だったと思います。

タナカ

コロナ禍を経てオンラインのイベントも増えましたね。KRPは京都でもいち早くオンラインに対応した印象があります。なかでも印象的だったイベントはありますか。

井上

2020年9月に開催された若者ピッチイベント「Little You 2020」ですね。まだオンライン開催は試行錯誤の時期だったので大変でしたが、全国から500人以上の人たちに視聴してもらえました。会場開催だけだと500人は中々集められないので、これからはオンラインにもっと力を入れるべきだなと方向転換したタイミングでしたね。

杉山

他のイベントも、オンラインで開催することで東京など関西外からの参加も増えました。今までKRPを知らなかった人にも知ってもらう機会になり、KRPの認知度向上につながったのではないかと思います。

一方、対面イベントができるようになり、ハイブリッド開催が基本となりつつある昨今は、新たな難しさも感じていると杉山さんはつづけます。

杉山

どちらも選べるならオンラインで参加しようと思う人がまだまだ多い気がします。オンラインでどこからでも気軽に参加できる時代だから、それよりも遥かに大きいメリットがないと、あえて現地に足を運ぼうとはなかなか思ってもらえない。

タナカ

確かに難しくなりましたね。でも、現地に行くための目的をしっかりと持つ時代になったからこそ、より濃い場になって、より良いコミュニティがもう一度できていく気がしています。先ほど「量より質」というお話がありましたが、おのずと質も高まっていくのかなと思いますね。

井上

対面の機会が増えてから、具体の話に進む事例が多くなっていますね。2023年10月に株式会社talikiさんと一緒に開催したソーシャルインパクトカンファレンス「BEYOND2023」には、全国から約500人もの人たちが集まり、この場での出会いがきっかけで投資が決まったケースもあったと聞いています。私たち自身の取組でも、オンラインで会うだけでは、実際に投資が決まったりパートナーになったりするところまで行き着くのは非常に難しかった。最後のひと押しのカギを開けるのは、やっぱり対面だったのかなと思います。

外の世界にふれ、自分たちの強みを再認識する

KRPでは年に数回「出張けーあーるぴー」と題して、イノベーション施策の参考になる拠点を訪れ、企業や人とのネットワークを構築しています。2023年度はツナグムのコーディネートのもと、東京・横浜・福岡に足を運びました。各地を訪れた3人は何を感じ、どんなことを考えたのでしょうか。

井上

2023年度のテーマの一つが「他のイノベーション拠点との差異化」でした。多くの拠点を訪れ、KRPの強みは何かを改めて考えたとき、30数年の歴史があり、長期スパンでの取り組みを継続してきたことだと気づきました。

井上さんは、株式会社talikiと共催する社会起業家支援プログラム「COM-PJ(コンプロジェクト)」や、日本貿易振興機構(JETRO)・京都府・京都市と連携するヘルスケア特化のイノベーションプラットフォーム「HVC KYOTO」を挙げながら、こう説明します。

ソーシャルインパクトカンファレンス「BEYOND2023」

井上

例えばCOM-PJは2023年の開催で第4期ですが、talikiさんとKRPの連携は2018年頃からずっとつづいています。HVC KYOTOも今年で9年目を迎えました。社会課題解決やヘルスケアの分野での起業は、始めた当時はまだハードルが高かったですが、こつこつと継続してきた中で少しずつ市民権を得て、社会から非常に必要とされる存在になりつつあります。

杉山

時代の一歩先を行く先進的な取り組みは、KRPの強みだと思いますね。「京都からの新ビジネス・新産業の創出に貢献する」というミッションを掲げているKRPだからこそ、新しい知見や気づきにふれられる場をつくり、多くの人たちと共有していきたいと考えています。

たまり場

各地の拠点を訪れてそれぞれの取り組みを知る中で、「自分たちは場所をつくっているだけではない」と改めて感じたと話す杉山さん。その言葉を聞いて、「KRPは場所も環境もつくっている」と井上さんは応じます。

井上

場をつくることによって、そこに人が集まり、集まった人たちが交わって新しい何かが生まれ、それが波及していってムーブメントや時代を形づくっていく。新しいビジネスや産業が生まれつづけるためには、どういった場や環境が必要なのかを考えることが重要です。それが社是の「集・交・創」の体現につながるのかなと思います。

タナカ

自分たちがどうありたいか、それを体現するために何をするべきか。各拠点を運営している人たちは、そういったことを大切に考えておられましたね。常に考えつづけているからこそ、良い場所・環境になるんだと思います。外を見ることで自分たちらしさを再認識し、良いものは取り入れてアップデートしていけるといいですよね。

出会いを生かし、次につなげていくために

「各地を巡ってみて、特に印象に残っているところは?」とタナカさんが2人に尋ねると、井上さんは福岡のインキュベーションオフィス「ibb(アイビービー)」を挙げます。

井上

「IPOを支援する」と決めて継続して取り組んでいくと、コミュニティもできあがるし、そのコミュニティの力で自社事業でもきちんと収益が上がっている。一つのことを決めて磨き上げていく大切さを感じました。

タナカ

ibbは20年後のビジョンを策定してプロジェクトを進めていましたね。KRPも長期スパンで取り組んでいるというお話が出ましたが、やっぱり10年20年やりつづける覚悟を持てるって強いですよね。

井上

でも、覚悟を決める大切さも感じる一方で、覚悟がないとできないかというと、私は「NO」じゃないかと思うんです。小さなことから始めて、関わる人たちが増えていき、その人たちの期待に応えたい、助けになりたいと思ってやりつづけた結果として、覚悟はおのずと決まっていくというのもあるのかなと。きっとibbの皆さんも、関わる人たちとの相互作用によって「この人たちのために」という覚悟ができていった側面もあったんじゃないかな、と思います。

福岡の渡辺通5丁目にある「ibb Bloom Tenjin」を訪問

杉山さんは、東京・渋谷にある共創施設「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ、以下QWS)」を訪れたことを振り返り、対話の大切さについてこう話します。

杉山

拠点にいる人たちが思いを共有できているかどうかは、すごく大事なんだなと思いました。QWSはコミュニティマネージャー同士の対話の時間を設けて「この場所がどうあるべきか」を議論していたり、利用者の方たちに対して直接の支援以外にその裏側で行われている雑談などの細かなやり取りについても共有を徹底していたのが、すごく印象に残っていますね。

タナカ

理想的な形でしたね。KRPのCOM-PJやHVCも、対話しながら支援する形がすごくできているなと感じています。対話の大切さは普段から意識していますか?

井上

そうですね。たまり場やGOCONCでイベントをするときも、申し込みに来られた方にかなり細かくヒアリングしますし、「その内容だったらGOCONCよりたまり場が合いそうですよ」「こういう座組はどうですか」など、ちょっとおせっかいをさせていただくことも増えていますね。

出張で訪れた各地とのつながりは、拠点連携やイベント企画にも発展しています。例えば、2022年の訪問がきっかけで、東京都が運営するスタートアップ支援事業「NEXs Tokyo」にKRPがパートナーとして参画することに。2024年1月には「NEXs Tokyo」を会場として、KRP主催で初の東京でのHVC KYOTOのトークイベントが実現しました。

他にも、広島で知り合った人がのちにGOCONCでイベントを開催したり、福岡でつながったスタートアップ系ライターの方がKRPのWebサイトの記事を制作したりと、さまざまな関わりが生まれています。

井上

出会った人たちと小さいことからでも何かを始めると、個人のやり取りから組織同士のつながりに発展していくことも。数年経ってから思わぬ形で発展するケースもあって面白いですね。

杉山

場所を見に行くわけじゃなくて、人に会いに行っているのが私たちの「出張けーあーるぴー」だなって思います。

タナカ

そうなんですよ。でもその偶然の出会いをうまく生かせるのは、KRPの皆さんのスキルがすごく高いからだと思いますよ。

杉山

私たちだけではきっと探し当てられないです。タナカさんが「あそこに芽がありそうだよ」って、タケノコ掘り名人のおじさんみたいに教えてくれるから(笑)。

井上

タナカさんと一緒に行動しているうちに、私も杉山さんも、出会いの芽を見つけたり生かしたりするスキルが徐々に身に付いてきている気がします。

社内外の連携を深め、次の10年を紡いでいく

最後に、これまでの10本の記事を振り返りつつ、KRPの今後について3人はこんなふうに語ってくれました。

タナカ

KRPの思いや寄り添い方を、こうやって記事として形に残せたのはすごく良かったなと思っているんです。KRPには、この場所で30数年やってきたという揺るぎない事実と、ここに今集まっている約520組織・6000人もの人たちがいる。6000人が思いを共有して、「人」一人に対する属人的なものではなく、「人」から「人たち」の思いにしていけると、もっと強いですよね。

井上

記事を通して自分たちを改めて俯瞰することができました。KRPは民間だからこそ、いろんな機関と連携しながら、行政とのハブとしても機能できるし、それが京都全体の発展にもつながるはずです。また、外との連携だけでなく、地区内での交流ももっと深めていきたいですね。その第一歩として、最近はKRP地区内でモルックサークルの立ち上げを地区内企業の方と一緒に頑張っています。

杉山

私も今後は、外との連携と地区内の土壌づくりの2本柱で取り組んでいきたいと思っています。せっかく外に出てつながった人たちとの実連携をもっと進めていきたいですし、社内では他の部のメンバーと一緒に地区内の交流施策の企画を進めています。地区内で働く一人ひとりが「KRPって面白いな、いいところやな」って思えるようになれば、より良い場所になっていくはず。外と中の活動で相乗効果を出していけるといいですね。

外との連携をさらに発展させていきながら、地区内のつながりも深めていく。KRPの思いが「人」から「人たち」へと広がっていった先には、どんな未来が待っているのでしょうか。今取り組んでいる活動が、10年20年先に思わぬ形で実を結ぶのかもしれません。1989年10月の創業から、まもなく35年。内外との結びつきを強めながら、KRPはこれからも歩みつづけます。

執筆:藤原 朋
撮影:中田 絢子
編集:北川 由依

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