日本には、創業初期の起業家の事業立ち上げや拡大を支援する「インキュベーション施設」が、200施設以上あると言われています。しかし、インキュベーション施設と言えども、エリアや運営者によってさまざまな“違い”があります。
そうした“違い”を意識し、地域やインキュベーション施設のニーズに合わせた運営をするためには、コミュニケーター同士が繋がり、学び合うことが大切になってきます。
京都リサーチパークのイノベーションデザイン部は、かねてより京都外の拠点とのネットワーク構築に注力してきました。
今回は、京都リサーチパーク(以下、KRP)と関わりのあるSHIBUYA QWSエグゼクティブ・ディレクターを務める野村 幸雄さん、Peatix Japan株式会社のシニアコミュニティパートナーシップマネジャーの畑洋一郎さんを交えて、地域を超えた繋がりを持つ意義や、外から見た京都の魅力についてお伺いしました。
外に出ることで、京都・渋谷・横浜が繋がった
今ではお互いのイベントに登壇したり、何かあれば相談したりできる関係になっているという三者。KRPとそれぞれの出会いは、どのようなものだったのでしょうか。
野村
SHIBUYA QWSの立ち上げ前からのご縁なので、2016年3月頃でしょうか。京都や大阪の拠点を視察し、勉強させてもらっている時に、京都大学の塩瀬隆之先生からのご紹介でKRPさんにもお邪魔しました。
井上
当時、僕はお会いできませんでしたが、2022年に私たちがSHIBUYA QWSを訪問させてもらい、野村さんにご挨拶させてもらいました。2023年にはHACHIKO PITCH(会いたい人に会えるピッチ大会)にも登壇させてもらい、行き来が生まれるようになりましたよね。
野村 幸雄さん
渋谷スクランブルスクエア株式会社 SHIBUYA QWS エグゼクティブ・ディレクター
2001年に東京急行電鉄株式会社に入社し、財務部にてファイナンス業務を担当。2010年に株式会社東急百貨店へ出向し、同じくファイナンス業務を担当。2014年に復職し都市開発事業本部渋谷開発事業部にて渋谷スクランブルスクエアのプロジェクトマネージャーとして企画・開発を担当。2018年に渋谷スクランブルスクエア株式会社へ出向し、引き続き現プロジェクトを担当。渋谷キューズで渋谷ならではのコミュニティから新たな社会価値の創出を目指している。
畑
KRPさんは、以前からピーティックス(Peatix)を利用してもらっていて。2015年に僕が関西担当になったことを機に、「たくさんご利用いただいているので会いにいかないと!」と思い、まずはオンラインイベントに参加させてもらいました。その後、リアルイベントにも参加して、ご挨拶をさせてもらいました。
井上
畑さんは京都や大阪など関西のイベントにあちこち顔を出されていますよね。多い時で月1回お会いするので、関西に住んでいるのかなと思うほどです(笑)
畑洋一郎さん
Peatix Japan株式会社 シニアコミュニティパートナーシップマネジャー
ピーティックスのシニアコミュニティパートナーシップマネジャーとして横浜エリアで活動。イベントを通じ、スタートアップをはじめ、様々なジャンルの人同士の繋がりを作り出している。これまでのコミュニティ醸成の経験を活かし、YOXO BOXコミュニティコネクターも務める。
コロナ禍では外との行き来が制限されたものの、コロナ前や後、イノベーションデザイン部は積極的に外とのネットワーキングを構築してきました。それが、KRP地区内の場づくりや拠点運営にも活かされていると、井上さんは振り返ります。
外から見て、SHIBUYA QWSはどのように映っているのでしょうか。
井上
東京のさまざまな拠点を巡りましたが、なかでもSHIBUYA QWSは新しい物事を生み出そうとしている若い人が多いところが素晴らしいですよね。SHIBUYA QWSに来ると、知っている人に必ず一人以上は会います。今日も昨年開催したプログラムの卒業生の子と再会しました。京都のまちの規模感だったら、知り合いに会うことは日常茶飯事です。それが東京という大きなまちで起きているところが、SHIBUYA QWSの力だと感じています。
井上雅登さん
京都リサーチパーク株式会社 イノベーションデザイン部
政府系金融機関で約5年間中小企業金融に従事したのち、京都リサーチパーク株式会社(KRP)に入社。KRP内のインキュベーションオフィス「TSA」にてスタートアップ支援を担当する他、イベントスペース「たまり場」「GOCONC」の企画・運営を行う。㈱talikiと社会起業家支援プログラム「COM-PJ」を共催、京都のU35世代と共創するコミュニティ「U35-KYOTO」の運営など、社内外と連携してイベントやプログラムを多数開催している。
畑
僕は横浜を中心に全国各地の拠点を訪れていますが、SHIBUYA QWSに来ると、めちゃくちゃ元気になります。みんな一生懸命で、イキイキしていて。見ているだけで刺激を受けますね。あと、お願いしなくても、コミュニケーターの方々が僕に合いそうな方を積極的に繋いでくださいます。カジュアルに話しながら、プロジェクトの種が生まれていく環境が良いですよね。
多様性と寛容性のあるコミュニティをつくるには?
そうしたSHIBUYA QWSらしさは、どのようなところから生み出されているのでしょうか。SHIBUYA QWSを立ち上げる際、海外事例や文献も多く参考にしたと、野村さんは話します。
野村
リチャード・フロリダ氏が著作の『クリエイティブ都市論―創造性は居心地のよい場所を求める』によると、「タレント(人材)」「テクノロジー」「寛容性」の3つが揃うことで、クリエイティブな人たちが集まり、イノベーションが育まれるそうです。SHIBUYA QWSでもこの3つを大切にしていて、特に「いかに寛容であれるか」は重要視しています。
井上
寛容性は大事ですよね。KRPで、誰でも無料で使えるオープンスペース「たまり場」を2018年につくりました。それまで、KRPでは入居企業の方や貸会議施設利用の方以外の人たちが自由に使えるスペースはなかったのですが、たまり場ができてからは、起業家によるピッチイベントから様々なテーマのセミナー、果てはモルックの体験会など、イベントを頻繁に開催しています。場が寛容になると、集まる人たちも変わってくるなと改めて感じました。
畑
いろんなコミュニティを見てきましたが、ルールでガチガチにしているコミュニティはうまく機能していない印象があります。とはいえ、「寛容=なんでもやっていい」というわけではありません。他人の迷惑にはならないよう信頼を構築できているかどうかが大切です。それに加え、さまざまな人が安心して過ごせる環境をつくるために、「多様性」という観点も見逃せないですね。
野村
「多様性」は新しい価値を生み出す源泉ですよね。子どももいればシニアもいる。起業家も、会社員もギャルもいる。SHIBUYA QWSには、その多様さがあると思っています。
とはいえ、拠点の「寛容性」や「多様性」は一朝一夕には生まれないもの。SHIBUYA QWSも、苦労しながら現在の姿になったと振り返ります。
野村
開業前は「寛容性が大事!」と言っても、誰も理解してくれませんでした。どう実現するんだ……と(笑)。ワークショップやディスカッションでスタッフの理解を深めていきましたが、それでも難しかったです。開業後は「〇〇さんはこれはダメだと言った」と会員さんから指摘されることも。その都度、会員さんと施設との折衷案を作ったり、厳しすぎるスタッフには指摘をしたり、バランスが難しかったですね。
畑
一方、「多様性」はその土地に依存するところがあるかもしれませんね。渋谷には多くの人が訪れ、世代や業種もバラバラの人たちが同じ空間にいることが起こりうります。しかし、横浜は渋谷ほど外から人が来ません。たとえSHIBUYA QWSと同じ運営をしたとしても、横浜では色々な人が来ることは実現しづらいでしょうね。SHIBUYA QWSをベンチマークにしながら、それぞれの土地に合わせて現場に落とし込んでいくことが大切になるのではないでしょうか。
土地のもつ文脈の“違い”を場に落とし込む
日本にあまたあるインキュベーション施設ですが、一つとして同じものはなく、場所や運営者が異なれば、例え同じ運営手法を取り入れても、全く違うものになるのが面白さでもあり、難しさでもあります。
では、コミュニケーターは、エリアごとの違いをどう捉え、運営に活かしているのでしょうか。
野村
渋谷も横浜も京都も、どこが良いというよりは、「違い」があるだけでしょう。渋谷は立ち上げ初期の起業家が多いため、土着している企業が多い横浜は、ちょっぴり羨ましいです(笑)。だからこそ、渋谷には多様性が必要で、いろんな人が集まることを重要視しています。
畑
たしかに横浜まで、渋谷の“カオスさ”や“多様性”が東急沿線から伝播しているように感じることがあります。横浜は創業して歴が長い人が多いので、良い刺激になっています。
井上
東京と京都の違いは、情報の集積差による「解像度」の違いと捉えています。東京は、情報の解像度が4Kであれば、京都は3Kくらい。東京の方がディスカッションの数が多く、情報の受け渡しも早いのかなと。一方で、「時間軸」を取りやすいのは京都のような気がします。そもそも老舗企業が多くて、「100年後どうする?」という長期視点での議論が多い印象です。
畑
外から見た京都の特徴は、人と人の距離が近いことでしょうか。人口が多い東京では、全員と繋がるのは難しい。東京でも、渋谷、池袋、丸の内ではコミュニティは全く異なります。でも、京都の規模感だと、どこかで全員が繋がっている状況がつくれます。あと、不思議なことに、東京の人と京都で会う方が楽しく会話ができるんですよね。東京だと近くで作業していても話さないけど、京都だと話しかけやすいみたいな(笑)。
野村
畑さんのおっしゃる通り、シリコンバレーで最も大事だとされているコミュニティが、京都にはありますよね。一見さんお断りのイメージがありますが、相談するとどんどん紹介してくれる人がいて、困った時に繋いでもらえます。その上、長い歴史に培われてきた伝統的な産業もあれば、新しいアプリを開発している人もいて、共存しているところがすごいですね。
井上
今回訪問してみて、渋谷は独自のカルチャーがあるまちだと感じました。「宇田川クランクストリート」という路地を音楽ライブやポップアップストアの会場に使う、それを民間主導でしているなんて、普通はありえないなと(笑)。そうした渋谷ならではのカルチャーを大事にしていこうとする、ローカルプライドを持った人がたくさんいらっしゃいますね。
野村
実はSHIBUYA QWSを立ち上げる前に、縄文時代から渋谷の歴史を振り返りました。渋谷は他の街と比べて、均一化されない“カオスさ”があり、それはなぜなんだろうと。分かったのは、渋谷は坂によってエリアに区切られていること。そのため、松濤・神山町と言われる高級住宅街や、円山町のような遊ぶ場所など、それぞれが発展して“カオスさ”に繋がっていきました。
また、渋谷は、政府の目が厳しい「江戸の中心」であった日本橋からは離れています。なので、比較的自由な文化が残ったとも言われています。
畑
この狭いエリアに、それだけの歴史や文化があるまちってなかなかないですよね。
井上
よく「〇〇をシリコンバレーに!」というお話を聞くのですが、あまりうまくいったお話しを聞かないのはなぜだろうかと考えていました。SHIBUYA QWSの立ち上げ話を聞いて、その土地のストーリーや文脈を織り交ぜた施設やまちをつくることの大切さを痛感しています。
野村
歴史的文脈を無視してインキュベーション施設の設立や都市開発は難しいですよね。地域の人からも愛されないし、受け入れてくれないと人も集まってきませんから。横浜も京都も歴史ある土地。それらを活かした場をつくっていきたいですね。
拠点外に一歩踏み出す。それが学びの連鎖になる
京都の特徴として挙げられた、人と人の距離の近さ。そして、それらを繋ぐコミュニケーターの存在の大切さは、以前、本連載でコミュニケーター=「つなぎ手」が出会いの場をつくることで新ビジネス・新産業を創出するコミュニティが形成されてきたことを詳しくご紹介しました。
これまでコミュニケーターとしてさまざまなマッチングをしてきた野村さん、畑さんは連携を進める中でどのような点を意識しているのでしょうか。
野村
先ほどお話した「寛容性」と「多様性」に加え、SHIBUYA QWSは、「問い」を大切にしています。その人の問いを聞くと、「根源的に何をやりたいか」「どんなサポートを必要としているか」がわかります。長い関係を築くには、しっかりとどんなことをしてほしいかニーズを聞いて、関係を構築していくことが大事。ニーズを引き出すための「問い」の立て方は、コミュニケーターの腕の見せどころです。
畑
野村さんがいう「問いをたてる」と似ているのですが、どんなことで悩んでいるか、何をやりたいか、「タグ」をつけるようなイメージをしています。それを解決できるような「タグ」を持っている人を、紹介する。また、「この人とこの人が繋がったら、何だか面白そう」とコミュニケーターが“良い妄想”ができるのも大事でしょう。
野村
傾聴は大事ですよね。「問い」の良いところは、正解がないことだとも思います。ダイアローグをベースにして「問い」を聞くことで、自分にはない感性や方法論を発見し、広がりをみせている気がします。
井上
KRPは創業から35年、新ビジネス・新産業を創出することを目的にしながらも、時代に合わせて支援の在り方を変えてきました。御二方のお話しを聞いて感じたのは、たぶん変わり続けることができたのは、当時のコミュニケーターが積極的に外に出て、人とつながり、学んできたからだと思いました。自ら足を運んで拠点ごとの「違い」を知り、そしてその「違い」を、自分が運営する拠点に還元し、アップデートしつづけていくのが大事なのかなと。
畑
拠点の外に出て、いろんな人たちと出会うことは大切ですよね。ピーティックスは拠点を持っているわけではないので、私自身は足を運ぶことは大切にしています。拠点案内のコーディネートもしますが、「視察」の枠に納まらなくて、刺激を受けて、「違い」を見つけてもらいたいと思っています。それを表すいい言葉がまだ見つからないんですが。
野村
畑さんが言うように、外に出ることは大事です。その際に、「いく理由」を作っちゃう。「ハチ公ピッチに参加するぞ!」とか(笑)。スタートアップ側も拠点運営者側としても勉強になりますので。インキュベーション施設側とスタートアップ側がどう相乗効果を出し合うかは、実践と学びを繰り返すしかないなと思っています。
井上
大事なのは、いろんな地域の成功事例を学びつつ、「この拠点らしさは何か」を磨いていくことだと、今日のお話しを聞いて考えました。「守破離」という言葉があるように、型を知り、良いものを取り入れ、自分流に発展していくことを大切にしていきたいですね。
「かわいい子には旅をさせよ」なんてことわざがありますが、本当に旅をさせたほうがいいのは自分自身なのかもしれません。大学生の頃は、「自由な時に外を見た方がいい」と積極的に海外に行っていたのに、社会人になると同じ場所、同じ人たちと働くばかりで、パタリと世界が閉じてしまったような、そんな感覚。
しかし、一歩外に踏み出すだけで、違った世界は広がっています。東京と京都、横浜、同じ企業支援だけど、ちょっと違う。SNSや本で情報収集する学びではなく、全身で体感するような学びは「大人の課外学習」とでも名付けましょうか。
全国にいる「コミュニケーター」が、各地に飛び出し、学び、知識を拠点に還元していく。そのためには、拠点同士が連携すること欠かせません。全国各地にいる同志たちと共に、コミュニケーターとしての道を、一歩ずつ歩んでいきませんか。
編集:北川 由依
執筆:つじの ゆい
撮影:大坪 侑史