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京都のおもしろい人を訪ねる「人を巡る」シリーズ。京都に移住した人の体験談や京都の企業で働く人をご紹介する連載コラム記事です。移住するに至った苦労や決め手、京都の企業ならではの魅力など、ひとりの「人」が語る物語をお届けします。
週末の早朝、まだ人もまばらな鴨川デルタ。
ひんやりとした水に足を浸けて石を積み上げ、さまざまな形のアート作品を生み出す人がいます。第42弾にご登場いただく、自然界に存在する石を積み上げて作るアート「ロックバランシング」アーティストの池西大輔(いけにし・だいすけ)さんです。
不自然で美しい自然のアート

河原で見つけた大小さまざまな石のわずかな凹凸を指先で確かめると、池西さんは、繊細に石同士を積み上げていきます。
作品づくりで意識しているのはただ一つ、「いかに不自然でいかに美しいか」。「本来、人間の手が入るというのは不自然なこと」と池西さん。数千年〜数億年と存在し続ける大先輩である石たちの大きな懐を借りながら、共に美しいアートをつくりあげます。積み上げられた石たちが、池西さんの指を離れて立ち上がる瞬間は、さながら「石との会話」を目撃しているかのよう。

「ちょうど良い位置は石たちが教えてくれるんです。大先輩の石たちも、長い歴史でこんな風に積まれる経験ははじめてで『池西は、おもろい体験させてくれるなぁ』なんて喜んで協力してくれていたら嬉しいな、と勝手に想像することもあります」
池西さんから無邪気な笑顔が溢れます。
花も石も散るから美しい

完成した作品は、自分の手で崩して終えるのが池西さんの流儀。
理由は「花は散るから美しく、虹も消えるから美しいから」。
最後の石が積み上がると、池西さんは、完成した作品を動画に収めます。間もなく自身の手で小石を投げ入れると、不自然で美しい芸術作品は、一瞬で自然の中に散っていきました。
もちろん、完成を待たずに、些細な原因で作品が崩れ落ちてしまうことも。しかし池西さんは、石は崩れる時ですら自然の美しさを知らせてくれるのだと話します。

「いつも学びは石や川が教えてくれるように思います。石が水に描く波紋は二度と同じ形にはなりません。自然の力と同じで、自分ではコントロールできないことだからこそ美しいと思うんです」
ロックバランシングとの出会い

石を積み上げるという行為に古くからの歴史があることは想像に難くありませんが、その活動が「ロックバランシング」の名で広まったのは2010年代以降のこと。海外アーティストたちによる作品が、禅や瞑想のワードと共にSNS上で広がり、ムーブメントを生んだことが理由のひとつとされています。

池西さんがロックバランシングをはじめたのも9年ほど前。誰に習うでもなく、手探りでスタートした趣味でした。
整体院を営む自身の仕事場へ向かう前に、毎日ひとり静かに鴨川で石を積む日々に変化が起こったのは、ロックバランシングをはじめて2年ほど経った時のこと。
作品がTwitterで拡散されたことをきっかけに、一躍活動が知れ渡り、メディア出演の依頼が続いたのだといいます。

遊び場で学び舎でもある鴨川

現在、仕事の依頼で全国に足を運ぶことも多くなってきた池西さんですが、日々の活動の場は、石を積み始めた当時と変わりません。
「私の生活圏は、自宅と、仕事場の整体院、そして鴨川だけ。でもこのコンパクトな暮らしが自分には合っているんです」
とりわけ石を積むため日々通う鴨川での「名前も知らない顔見知りたち」との会話は、いつもよい刺激になっているのだそう。
「鴨川にはいつでも多様な人がいて、それこそメディアに取り上げられる前の私のような『ただの変わった活動をする人』も受け入れてくれた懐の深さがある気がします。私が積んだ石の感想をもらうのも自分にはなかった見え方を知って新鮮ですし、中には鴨川での世間話がきっかけで、整体院に来てくれる人もいるんですよ。だからここは、私の遊び場であり社交の場。学び舎でもあり、仕事場でもあると思っています」
少しの思いやりがより良い世界をつくる

一方で、鴨川がどんな人も平等に受け入れてくれる場所だからこそ、誰もが思いやりや気遣いを忘れてはいけないことを、今一度、私たちも胸に刻まなければならないのかもしれません。
今日、池西さんが憂うのは、自分に倣って挑戦したと思しきロックバランシング作品が、人が行き交う場所の近くに積み上げたまま放置されていることです。
「ロックバランシングは芸術なのでルールは決まってはいないけれど、周りの人や環境に対するマナーは必要」と池西さん。鴨川は子どもからお年寄りまで集まる「みんなの場所」なので、誰かがケガをしたり危ない思いをしたりしないように、思いやって行動することが大事だと訴えました。

「私は、人の世界もロックバランシングと同じだと思うんです。石も人も世界に一つずつしかないもの同士が支え合って生きている。1箇所への偏りや負担がないように考えながら石を積むように、ちょっとだけ自分の欲を抑えて、ちょっとだけ隣の人のことを思いやる。そうすれば、より良い空間が生まれるのではないでしょうか。一人ひとりが少しの思いやりを持つことができたら、大袈裟ではなく世界平和だって簡単に実現できると思いませんか?」
観察し、全身で感じる

ロックバランシングで静かに石と向き合う時間は、しばしば「瞑想」と等しいとも表現されます。もしかするとこれを「余計なことを全く考える余地がないくらいの深い集中状態」と捉えている人もいるかもしれません。
しかし、池西さんの話を聞くと、その考え方は正確ではないかもしれないとすぐに思い直します。作品に向き合う間は、水の冷たさや、鳥や人の声、太陽のぬくもり、季節の香りを絶えず感じながら過ごしていることが分かるからです。時に、池西さんは周りの人と軽快に言葉を交わすほど。

「もちろん、昔は石にしか注目しないあまり、それ以外の情報を集中を妨げる煩わしいものと感じたこともありますよ。ただ、まわりを観察する余裕ができてからは、ネガティブな気持ちや何かと比較する気持ちは自然と湧いてこなくなりました」

「上手くいかずに苛立ってしまうことはないですか?」と何気なく尋ねてみると、「ときどき聞かれる質問ですが、その質問をする方は物事の結果だけにフォーカスしてしまう人なのかもしれませんね」と池西さん。思わずドキリとしてしまいました。
「私にとってロックバランシングは、人と比べるものではないので、早く石を積むことを良しとしている訳でも、完成させることすら目標ではないんです。どうしても積めないならその日はそれで終わりだって構わないとさえ思っています」

池西さんは穏やかに続けます。
「例えば、風で作品を倒されたことで、風は『少しの力で崩れるほど自分の作品が繊細であること』、だからこそ『形があるこの瞬間こそ奇跡なのだ』と教えてくれる存在だと思い至ったんです。それに気づいてから、風は私の味方になったし、コントロールできない存在に対してネガティブな感情を持つのはやめようと思うようになりました。
稀に、鴨川で私に興味を持って近づいてきた子どもが、誤って作品を壊すこともあります。でもそれも風が吹いて壊れるのと同じこと。私たち人間も自然の一部なのです。私は、ロックバランシングを通してそれを教えてもらいました」

池西さんの作品が「不自然で美しく」自然の中に存在できる理由が、なんだか理解できるような気がします。池西さんのロックバランシング作品には、人生をより良く生きるためのヒントが隠されているのかもしれません。
世界中の心を動かすアートを
今後は、アーティストとしての積極的な活動の他、ワークショップを通じて子どもたちに人生のヒントを共有する取り組みや、介護や認知症予防の現場でもロックバランシングの力を活かす活動を思案中だという池西さん。これからのエネルギッシュな活動が想像できます。
そんな池西さんに、最後にこれからの夢や目標を伺いました。

「アートの鑑賞に言葉の壁はないので、これから世界中の人に私の作品を見てもらうことが目標です。私が積んだ石を見た人を笑顔にしたり、少しでも心を動かしたりできたら、とても嬉しいなと思っています」
Instagram:https://www.instagram.com/daisuke__ism
X:https://x.com/ismdaisuke
YouTube:https://youtube.com/@nobalance.nolife.254
高野整体院:https://www.takanoseitaiin.com/
CHECK OUT
「タイムマシーンができたら、色々な時代の人に作品を見てもらいたい。もしかしたら原始人も石を積んでいて、お互いに感想を語り合えるかもしれないから」
取材中、池西さんが話していました。
もし、タイムマシーンがあったら、互いの時代を行き来するロックバランシングアーティストたちは、それぞれの石の作品を前に何を想うのでしょう?はじめてみる個性に驚き、衝撃を受けたあと、静かに認め合うに違いない、なんだかそんな気がしてなりません。
執筆&撮影:蓮田 美純
編集:藤原 朋



