CHECK IN
京都のおもしろい人を訪ねる「人を巡る」シリーズ。京都に移住した人の体験談や京都の企業で働く人をご紹介する連載コラム記事です。移住するに至った苦労や決め手、京都の企業ならではの魅力など、ひとりの「人」が語る物語をお届けします。
第40弾にご登場いただくのは、三味線唄音楽家の山田白米(やまだ・はくまい)さんです。三味線音楽の一つである長唄の唄方として歌舞伎などの舞台に多数出演後、現在は三味線唄のパフォーマンスや、作曲、三味線教室など、幅広く活躍中の山田さんにお話を伺いました。
三味線で拾い上げる景色や心の音

三味線の弦がしなり、張り詰めた音が宙に舞ったかと思うと、たちまち柔らかな音色に変化し、山田さんの伸びやかな声が重なります。
「三味線が生まれたのは16世紀。琵琶を演奏し物語を語る盲目の琵琶法師たちが改良した楽器とされています。そんな背景があるからでしょう。三味線の音色には独特のゆらぎや奥行きがあり、目を瞑っていてもそこに風景や心情が見えるような感覚を覚えます。長唄や端唄、唱歌などの音曲を聞いていると、水辺を船が進む様子や季節の香り、時にはワクワクする気持ちや、女性の弾んだ恋心など、散りばめられた様々な『音』を感じることができると思いませんか」
長唄の一節を演奏してくださった山田さんが、撥(ばち)を置いて、語りかけます。
「僕にとって三味線唄は、形があるもの無いもの全てを『音』として拾い上げ、輪郭を浮き彫りにしていく手段なんです。京都には、鴨川の流れや、東山の四季、古いものが辿ってきた時間など、音で表現したくなる景色があふれています。これが僕が京都から離れられない理由かもしれません」
コンプレックスを強みに。京都で考える空間と体験のデザイン

山田さんは東京生まれ。大学への進学を機に京都に移住後、サークル活動をきっかけに長唄に出合い三味線を手に取ります。
「身体表現やデザインに興味があったため、高校卒業後は、舞台芸術を学ぶ環境が整っていると感じた京都の芸術大学に進みました。出身は東京ですが、6歳までは海外育ち。そのためかどこか日本文化に疎いところがあり、当時はそれをコンプレックスに感じていたところもあったんです。今になって思えば、進学先に京都を選んだのも三味線をはじめたのも、弱みを強みに変えたいという気持ちもあってのことだった気がします」
大学卒業後は、長唄の唄方として歌舞伎など伝統芸能の舞台を数多く経験し、2014年に三味線唄・山田白米として独立。
既存の演奏形態や芸能の型にとらわれない弾き唄いのスタイルで、古典から洋楽まで幅広く演奏を行うほか、自作楽曲の発表や三味線教室の主催など、精力的に活動を続けてきました。現在、活躍のシーンは寺社の祭礼やバー演奏、企業との協業など、多岐に渡っています。

印象的な芸名「白米」の由来は、「お米はそれだけで食べても、他の食材と一緒に食べてもおいしいから」。
「昔から誰かと一緒に表現を探すことや、他のジャンルと融合して新しいものを生み出すことが好きなんです。活動範囲もジャンルも広いので、周囲に『何をしている人か分からない』なんて思われていることもあるのですが、僕の活動の本質的な部分にあるのは、共通して三味線で『空間や体験をデザインすること』なのだと思っています」
目指すのは現代に根ざす三味線音楽

今に至るまでは「とにかく飽きずに三味線を弾き、唄い続けてきただけ」と山田さん。自身の性格について「自分が納得できる要素が積み上がっていなければ、どれだけやっても気が済まず前に進めない不器用なタイプ」と照れくさそうに話します。
稽古場のタンスに溢れんばかりという楽譜は、全て山田さんが曲の理解を深めるために手書きで写したもの。こうして積み重ねた音への理解は、現在、演奏活動と並んで心を注いでいるオリジナル楽曲の制作をも助けているのだとか。

「作曲は昔から好きで続けていることですが、最近、特に注力しているのがアンビエントミュージック(環境音楽)※の制作。作品をまとめたCDを製作することを直近の目標のひとつにしています。三味線の得意とする『環境を表す音』を描き出すポテンシャルを、現代の世で最大限発揮できるのは、アンビエントだと思うから。例えば、1粒の雫が鴨川となり上流から下流へと市中を流れる風景や、東山の山の端が見せる色の変化など、日々の暮らしの中に見つけた景色を音楽として表していくんです」
※アンビエントミュージック:音楽を環境の一部とする考え方に基づき20世紀に確立された音楽ジャンル

そんな山田さんが近年の活動で特に印象的だったと振り返るのが、音楽担当として参加した「あかちゃんとおとなのためのベイビー能シアター『羽衣』」。
能楽の演目「羽衣」の舞台を赤ちゃんが能楽師とともに体験するという新しい演出の公演は、山田さんの知人が企画したもので、山田さんはアンビエントミュージックのアプローチで作曲と演奏を担当しました。
「能楽には『音を降らせる』という感覚があり、楽器の音だけで空間を満たして登場人物たちがいるシーンを想像させるらしいのです。それを知った時、自分が目指したい表現に近しいものを感じて、すごくやってみたい!と。本来なら能楽に三味線は使われないのですが、羽衣伝説の舞台・三保の松原にかかる『春霞』の様子を表す、これだ!という三味線の音を見つけたんです。あれこれ調整しながら曲をつくっている時も楽しかったし、公演で自分が降らせた音の中に赤ちゃんたちがいるのが、本当に幸せな経験になりました」
インスピレーションの源「鴨川」は、心をもとに戻す場所

取材中、山田さんが語るお話の中には度々京都の風景が登場することに気づきます。インスピレーションには欠かせない存在であることがうかがわれますが、中でも特に気に入っている場所を訪ねてみると「鴨川」と答えが返ってきました。
「僕にとっての鴨川は、あれこれと考えすぎたり、揺らいでしまったりした心をもとに戻してくれる場所です。日本人には古くから禊を落とすという考え方がありますが、鴨川には今も昔も心に溜まったものを洗い流す役割があるのかもしれませんね。日常の中にも、少し辛い日にも、常にそばにあってほしい存在なんです」

「四季折々の豊かな自然はもちろん、まちに蓄積された歴史や交差する文化を誰もが肌で感じられる京都で活動することは、自分の伝えたい世界観や三味線の魅力を多くの人に知ってもらうためのアドバンテージとなると思う」と考えを語ってくれた山田さん。最後に今後の目標を伺いました。
「やりたいことが溢れて、もどかしくなることもありますが、まずは演奏やお稽古を通して、一歩一歩、三味線の可能性をたくさんの人に共有していきたいです。そして僕の感じているワクワクする感覚がより多くの人に広がっていったら嬉しいなと思います」
▼三味線唄山田白米
https://yamada-hakumai.com/
CHECK OUT
以前、山田さんの三味線ワークショップに参加した日のこと。
覚えたての曲をなんとか演奏する段、窓の外を見ながら演奏してみるようにと促され目線をあげると、道を歩く人の声や街並みに混ざって、ふと季節の気配のようなものを感じられる瞬間があった気がしました。今回、取材をお願いしたのは、この時の体験がきっかけです。
山田さんの教室では、現在も三味線体験のワークショップが開催されています。三味線の音の響きや、形あるもの無いものを音で感じる不思議な感覚に興味を持たれたら、ぜひ体験に訪ねてみて下さい。京都のまちを歩く時、いつもと少し違った景色が見えるようになるかもしれません。
執筆:蓮田 美澄
編集:藤原 朋