2024.04.08

暮らしを豊かにするエンタメとの出会い。「あとりえミノムシ」で観る、糸あやつり人形劇

CHECK IN

京都のおもしろい場所を訪ねる「場を巡る」シリーズ。人が集いハブとなるような場や京都移住計画メンバーがよく立ち寄る場をご紹介する連載コラム記事です。一つの場から生まれるさまざまな物語をお届けします。

京都に、大人も子どもも魅了する糸あやつり人形劇団があるのをご存知ですか?
今回の舞台は、京都市上京区。地下鉄鞍馬口駅から徒歩約10分の住宅街にある「あとりえミノムシ」です。

ここは、「糸あやつり人形劇団みのむし」のアトリエ兼人形劇場。
ログハウス風の建物の扉を開けると、頭上いっぱいに吊るされた手作り人形たちが出迎えてくれました。

絵本の中に飛び込んだような空間に胸が高鳴るのは、子どもだけではありません。その証拠に、毎月行われる人形劇の上演には、国内外を問わず各地から老若男女が集います。

人々に愛される人形劇、そしてこの空間はどのように生まれたのでしょう。劇団長の飯室康一(いいむろ・こういち)さんと、共に活動する妻・牧子(まきこ)さんにお話を伺いました。

ワクワクが生まれる場所「あとりえミノムシ」

京都を拠点に活動する「糸あやつり人形劇団みのむし」は、康一さん、牧子さん、弟子の阪東亜矢子さんの3名からなる人形劇団です。
毎月の上演は観客の笑い声や拍手に溢れ、会場全体が温かい空気に包まれます。

上演中、身を乗り出して人形を見つめる子どもたち。※特別に許可をいただき撮影しています

「人形劇を楽しんでもらいたいというのはもちろん、ここで出会った人同士が繋がって、新しい何かが生まれたら面白いなと思います」
そう語るおふたり。まずは、おふたりと人形劇との出会いから紐解いていきましょう。

糸あやつり人形に魅せられ、芸の道へ

京都生まれ・京都育ち、現在76歳の康一さん。これまで制作した人形は2,000体以上にのぼり、完全オリジナル脚本の人形劇を今もつくり続けています。そんな康一さんが糸あやつりの世界に足を踏み入れたのは、18歳の頃でした。

康一さん

高校3年生の夏休み、NHKの『ある人生』という番組を見ていたんです。東京の竹田人形座に所属する竹田喜之助さんの半生を描いたドキュメンタリーでしたが、そこに登場した人形たちの美しさに、雷に打たれたような衝撃を受けました。「僕はこれをやるんや!」と決め、親に受験だと嘘をついて夜行列車で東京へ。当時のわたしは「家を出てこそ一人前」という想いもあり、許可が出るまで帰らないくらいの覚悟だったのですが、意外にもあっさり承諾してもらえて(笑)。卒業後に改めて上京し、住み込みでの見習い生活がスタートしました。

牧子さん

わたしは子どもの頃からテレビで人形劇を見るのが大好きでした。あるとき、『ゆきんこ』という絵本に登場する人形の美しさに心惹かれて、背表紙に載っていた竹田人形座の電話番号に電話したんです。「見においで」と言っていただき劇団を見学したら、より夢中になって。どうしてもここで学びたいと思い、弟子入りを申し出ました。

人形に魅せられ、導かれ、それぞれ辿り着いた竹田人形座。そこで、師匠・竹田喜之助さんから芸のいろはを学んでいきます。

飛び込んだ芸の道。礎となった修行時代

康一さん

当時、弟子は15人ほど。師匠の前に浴衣姿でずらりと並び、「よろしくお願いします」と挨拶をして、順番に糸あやつりを見ていただくんです。人形づくりにおいても、みんな師匠の技を盗もうと必死でした。

当時の様子

康一さん

人形というのは不思議なもので、作り手の人柄が出るんです。喜之助さんはとても気さくな方で、空き時間にキャッチボールをしてくれたり、弟子に鰻を奢ってくれたり、とにかく優しかった。喜之助さんがつくる人形が人を惹きつけるのは、作り手の人間味が滲み出ているからかもしれません。

独立し、「糸あやつり人形劇団みのむし」旗揚げ

5年間の修行を経て、康一さんは独立。テレビを主戦場にフリーで活躍し、1975年、牧子さんと共に兵庫県・尼崎で「糸あやつり人形劇団みのむし」を旗揚げします。これまで日本全国・世界各地で上演を行ってきたなかで、印象に残ったエピソードを伺いました。

NHK『いってみようやってみよう』に登場した子ザルのポッケをはじめ、『ママとあそぼう!ピンポンパン』『グルグルパックン』など、多くの人形制作を手がける

牧子さん

2011年の東日本大震災後、復興支援で三陸を周っていた時のことです。上演中に、とある小学生が前に出てきて、人形のやろうとしていることを夢中になって説明してくれたんです。後から担任の先生が、実はその子は被災で大変な経験をして、それからほとんど口を聞かなくなっていたのだと教えてくれました。先生もとても驚いていましたが、わたしたちも胸が熱くなった出来事でした。

チェコ・アルファ―シアターでの上演の様子

康一さん

海外に足を運ぶ機会も多く、最近ではチェコや韓国で糸あやつり人形劇をしました。海外上演では、現地の言葉で翻訳した台詞を丸暗記して臨むんです。上演が終わると、ものすごい勢いで子どもたちが寄ってきてたくさん話しかけてくれるんですけど、何を言っているのか全然分からなくて(笑)。でも楽しんでくれたのはすごく伝わって、とても嬉しかったですね。

京都では毎日の散歩が日課

2010年、劇団は活動拠点を京都に移しました。

康一さん

京都に戻った一番の理由は、散歩が楽しいまちだからです。そんなことで?と思う方もいるかもしれませんが、散歩好きなわたしたちにとってはとても大切なことでした。

康一さん

まずゴールになるカフェを決めて、行きは鴨川沿いを歩こうとか、帰りは植物園を通ろうとか、色々相談しながら歩くんです。季節ごとに景色も変わるので、京都散歩は本当に飽きません。

牧子さん

2018年にはスペインのカミーノ・デ・サンティアゴを歩きました。長い巡礼道を無事に歩ききることができたのも、京都で毎日散歩しているおかげかもしれませんね。

京都を人形劇のまちに

最後に、これからの展望についてお話を聞きました。

康一さん

夢は、京都を人形劇のまちにすること。その第一歩として、ヨーロッパで開催されているような国際的な人形劇のフェスティバルを京都で開催したいです。まち全体が人形劇の舞台になり、人々の笑顔と活気に溢れるあの光景は、忘れられません。海外では歴史ある文化として親しまれていますが、日本はまだまだ。人形劇の文化を京都からつくっていけたら嬉しいですね。

フランスのシャルルビルメジエールで行われた世界人形劇場フェスティバルの様子

康一さん

あとは、皆さんが人形劇をより身近に感じられるように、広い公園や植物園の一角に人形劇場(小屋)があったら良いのになと思います。そうやって、人形劇がもっと気軽に楽しめるようになったら嬉しいですね。

まちのあちこちで人形劇が見られる未来の京都を想像すると、ワクワクせずにはいられません。「あとりえミノムシ」では毎月糸あやつり人形劇の上演を行っています。皆さんの心に眠るワクワクと出会いに、ぜひ足を運んでみてください。

執筆:佐藤 ちえみ
編集:藤原 朋

『あとりえミノムシ』
住所:〒602-0807 京都市上京区寺町通り今出川上る6丁目不動前町1-2
TEL:075-200-8261
HP:https://mino3064.com/index.htm

CHECK OUT

暮らしを豊かにするものは、何なのでしょう。

「あとりえミノムシ」を初めて訪れた日から、我が家にとってそのひとつが、毎月1度の人形劇になりました。そんな楽しみが見つかると、日々はカラフルに彩られ、暮らしはより楽しいものになるはずです。

飯室さんご夫妻が、毎日散歩を楽しむように。筆者が、毎月家族で人形劇に通うように。皆さんも、京都での暮らしを豊かにする”宝探し”をぜひ楽しんでくださいね。

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