CHECK IN
京都のおもしろい場所を訪ねる「場を巡る」シリーズ。人が集いハブとなるような場や京都移住計画メンバーがよく立ち寄る場をご紹介する連載コラム記事です。一つの場から生まれるさまざまな物語をお届けします。
「京都から卯年の店主2人でお送りする、すこし偏った書店です」。そんな言葉を掲げ、うさぎ年の2023年8月にオープンした一軒のブックカフェがあります。
京都市左京区の北白川エリアにある、ヴィンテージマンションの一室。中庭からやわらかな光が差し込む「シスターフッド書店Kanin」を訪ねると、店主の井元綾(いもと・あや)さんと京極祥江(きょうごく・さちえ)さんが朗らかに出迎えてくれました。

女性たちが安心して過ごせる場所でありたい
店主の井元さんと京極さんは大分県出身で、小学校からの友人。井元さんは公認心理師、京極さんはフリーランスの編集・ライターとして働きながら、お店を営んでいます。店名は、2人が卯年生まれであることにちなんで、Kanin(デンマーク語でウサギ)と名付けました。
店内に並ぶのは、ジェンダーやフェミニズム、女性の生き方に関する本を中心に、小説やエッセイ、写真集、コミック、料理本など、幅広いジャンルの新刊・古書。店内の一角には、2人が友情を育むきっかけとなった『源氏物語』関連の本を集めた「源氏棚」もあります。
小学生の頃、マンガ『あさきゆめみし』にハマったのをきっかけに、原作まで読破していたという2人は、「登場人物になりきって文(ふみ)のやり取りをしている、ちょっと変わった小学生でしたね」と楽しそうに当時を振り返ります。

さまざまな本を扱いながらも、ジェンダーやフェミニズムを主なテーマに据えた背景には、2人がこれまで社会に対して抱いてきた違和感があります。
京極さん
共働きなのに家事や子育ては女性が中心、職場でも雑用は女性が担当するといった、女性が生きづらい状況がいまだに残っている。2人で飲みに行くと、「やっぱり社会のシステムがおかしいよね」という話になるんですよね。こういう社会にほんの少しでも抵抗したいという気持ちがあります。
「女性が安心して過ごせる場所を作りたい」と店内には軽食やドリンクが味わえるカフェスペースも設けています。
井元さん
私はお酒を飲みながら本を読むのが好きなんですけど、家以外でそういう過ごし方ができる場所がなかなかなくて。だから、女性が一人でも気兼ねなく過ごせて、そこに集う人たちが連帯できるような場所にできればと考えました。

女性のための書店、女性のためのセーフスペースを作りたい。そんな2人の気持ちを後押ししたのは、かつて京都にあった一軒の書店でした。
京極さん
日本で初めて女性問題の専門書店ができたのは、実は京都だったんですよ。1982年に中西豊子さんが立ち上げた「ウィメンズブックストア松香堂」という書店です。この書店は、フェミニズム運動の拠点でもあり、女性たちが語り合える場所でもありました。おこがましいかもしれないけど、京都で志を同じくする書店ができたら、こんな素晴らしいことはないと思いました。
中西さんの著書を読んで勇気をもらったという2人。Kaninがオープンして3ヶ月ほど経った頃に、中西さんがお店を訪れてくれたとうれしそうに話します。
井元さん
中西さんと娘さんが、数名の仲間の方たちと一緒に、突然お店にいらっしゃって。驚いてしまってあまりうまく話せなかったですが、感謝の気持ちは伝えられたかなと思います。コーヒーを飲んだり本を買ったりもしてくださって、感激しましたね。
多様性を求めて移り住んだ、京都のまち
かつて京都にあった書店、そしてそこで活動してきた女性たちの思いを受け継ぎ、京都でお店を開いた井元さんと京極さん。2人とも出身は大分県ですが、そもそもなぜ京都に移り住むことになったのでしょうか。
井元さん
私が京都で暮らし始めたのは、今から20年近く前。当時の配偶者が、私が留学先のイタリアで出会ったイタリア人で、一緒に帰国するときに住む場所として選んだのが京都市の左京区でした。左京区は外国人も多いので、彼の仕事やコミュニティも見つけやすいかなと思ったんです。
京極さん
私は2022年から京都で暮らしています。私の場合も、当時結婚していたデンマーク人の元夫がきっかけでした。子どもがいわゆるハーフなので、彼が「多様性のある環境で育てたい」と言って、左京区にある、外国をルーツに持つ子どもが多い小学校を見つけてきたんです。それで、その学区に引っ越すことになりました。
「引っ越してすぐ離婚したんですけどね。あはは」と豪快に笑う京極さん。今は2人とも、移住のきっかけとなった当時のパートナーとは別れていますが、京都で暮らしつづけています。実際に住んでみて、京都にどんな魅力を感じているのでしょうか。

京極さん
私は東京で長く暮らしていたんですけど、人が多いし、自然が少ないし、しんどかったんですよね。私は大分で山を見て育ったので、京都に山があるのはすごくいいなと思います。
井元さん
鴨川の存在も大きいですね。今は下京区に住んでいて、家から鴨川まで歩いて行ける距離なんです。あと、移住する前は「京都は怖い」という勝手なイメージがありましたが、長く住んでいるうちにいつの間にか「自分のまち」って思えるようになりました。
さらに、お店がある北白川エリアについて、2人はこう話します。
井元さん
京都の名物書店として知られていた「ガケ書房」は、Kaninが入っている建物の向かいあたりにあったんですよ。今は浄土寺エリアに移転して、「ホホホ座」として営業されていますが、店主の山下さんと話していて「そういえば、昔よく行っていたガケ書房のすぐ近くだ!」と気づきました。
京極さん
Kaninから「ホホホ座」まで歩いて15分ほどで行けるので、ぜひハシゴしてほしいですね。バスに乗れば、一乗寺にある「恵文社」にもすぐ行けますし。左京区は昔から書店文化のあるエリアなので、私たちも一緒に盛り上げていけるといいですね。

ゆるやかなつながりが育まれていく
オープンから間もなく1年。毎月開催している読書会など、お店を訪れる人たちが交流できる場づくりも積極的に行っています。読書会に参加した人たちが、店主が知らないうちにLINEグループを作って連絡を取り合っていることもあると、2人はうれしそうに話します。
井元さん
私たちがお膳立てしなくても、自然につながりができているのを実感しています。読書会じゃなくても、カフェを利用しているお客さん同士で会話が生まれることも多くて、すごくうれしいですね。
もうすぐ迎える1周年に向けて、お客さんたちの要望も聞きながら、イベントやオリジナルグッズといった企画も考えているのだとか。最後に、お店のこれからについて、こんなふうに話してくれました。
京極さん
ある出版社の方に、「ここって関西のフェミニストのアジトですよね」って言われたことがあって(笑)。女の人が普段モヤモヤしていることを安心して話せるアジトみたいな場になっていくといいなと思いますね。そのためには、もっとたくさんの人に知ってもらわないといけないし、継続していかないとなって思います。
井元さん
生計を立てるための仕事をしながら本屋を続けていくことって、やっぱり大変なんですよ。でも「こんな本屋さんができてうれしいです」「探していた本が見つかりました」と喜んでくれる人たちがいるので、その言葉を支えにこれからも頑張っていきたいですね。
「シスターフッド書店Kanin」
京都市左京区北白川堂ノ前町1 デュ北白川105
営業時間:月・木・金12:00~17:00、水12:00~16:30、土・日12:00~19:00
定休日:火曜
HP:https://kanin.base.shop/
Instagram:https://www.instagram.com/kaninbooks/
執筆:藤原 朋
編集:北川 由依
CHECK OUT
Kaninを知ったのは、私も参加している大阪のシェア型書店に出店されていたことがきっかけでした(現在も継続中)。北白川のお店を初めて訪れたのは、オープンして2週間ほど経った頃。友人と2人でお酒を注文すると、「お酒を頼んでくれた第1号です!意外とみんなソフトドリンクなんですよ~」と喜んでもらえました。ナチュラルワインが美味しかったので、お好きな方はぜひ。もちろんお酒を飲まない方も、本を探しに行くもよし、お茶をするのもよし。とても居心地の良い空間なので、ぜひ足を運んでみてください。