2024.04.17

暮らしに潜む、アートと出会う。「City as Art〜アートとしての不動産活用とまちづくり」イベントレポート

アートという言葉に、どんな印象を持ちますか?「自分は芸術家じゃないから……」と、どこか距離感を覚えてしまう方も多いのではないでしょうか。

烏丸エリアにある京都芸術センターは、アートへの振興と理解を深めるべく、2000年に開館しました。芸術家と市民の交流の促進や、若手芸術家の活動支援などを行う、まさに京都におけるアートの総合窓口です。

2023年からは、施設の一部をスタートアップ企業に貸し出したり、セミナーやマッチングイベントを行ったりと、新しい取り組みを開始。アートとビジネスの融合を目指す挑戦は、「器」と名付けられ、これまで以上の交流を生んでいます。

そんな「器」のイベント、「City as Art〜アートとしての不動産活用とまちづくり」の様子をレポートします。

京都の玄関口にふさわしい、文化エリアとしてのまちづくり

本イベントは、2024年3月15日に開催されました。会場は、京都芸術センター2階の大広間。78畳の畳敷きの空間に、不動産関係者やアーティスト、学生など、約70名の参加者が集まりました。

京都芸術センター副館長の山本麻友美さんの挨拶で、イベントは幕を開けました

第一部の最初に登壇されたのは、京都市総合企画局プロジェクト推進室プロジェクト推進第四係長の山本亮太朗さん。京都市が進める「文化芸術によるまちづくり」の話題提供として、京都駅東南部エリアの活性化事業が紹介されました。

山本 亮太朗(やまもと りょうたろう)氏

京都市総合企画局プロジェクト推進室プロジェクト推進第四係長
神戸大学文学部人文学科卒業。在学中に宅地建物取引士と学芸員資格を取得し、卒業後は不動産会社に営業職として勤務。2017年に京都市役所に入庁。文化芸術企画課にて3年間、若手芸術家支援をはじめとした文化行政に携わったのち、2020年より現職にて、京都駅東南部エリアの活性化を担当。ソフトとハードの両面から「文化芸術」と「若者」を基軸としたまちづくりに取り組む。

山本

京都市では、京都駅周辺を東部、東南部、西部と定め、京都の玄関口にふさわしい文化エリアとしてまちづくりを進めています。

東九条とも呼ばれる京都駅東南部エリアでは、人口減少と高齢化が深刻で、市営住宅を設置する予定だった市有地がほとんど手つかずのまま残されていました。こうした課題に歯止めをかけるため、2017年度に定められたのが「京都駅東南部エリア活性化方針」です。市有地の活用については、チームラボを代表とする事業者の方々に手を挙げていただき、企画や開発が進んでいます。また地域で暮らしている方にもアートに触れ合っていただけるよう、地域の公共施設やホテルなどで、展覧会や演奏会、ワークショップなどを開催してきました。

「京都駅東南部エリア活性化方針」は、2025年度末までの計画でしたが、期間を4年間延長しました。

山本

アートを認知していただく段階を経て、次は若手芸術家などがこのエリアで移住定住に結びつくような取り組みを実施していきたいと考えています。ハードとソフトの両面から、大きな事業が現在進行形で行われていますので、これから数年間のうちに、エリアの状況が目に見えて変化していくはずです。

「まだまだ空き地や市有地など、不動産の活用には強い課題を感じています」と山本さん。皆さんと意見を交換し、良い知恵を拝借できればと、次のセッションにバトンをつなぎました。

実践者4人のパネルディスカッション

続いてのプログラムは、山本さんを交えた4人でのパネルディスカッション。モデレーターを務めるのは、without invitation代表の金田謙太さんです。

金田 謙太(かねだ けんた)氏

デザインストラテジスト/without invitation 代表
北海道札幌市生まれ。米国フロリダ大学マーケティング学部卒。米国パーソンズ美術大学院 戦略デザイン修士中退。大学卒業後、株式会社DeNAに新卒入社。その後グループ企業のSHOWROOM株式会社を経て独立。デザインストラテジーを基軸に新規事業の立ち上げ支援やブランドデザインを行うストラテジー企業を設立。国内の上場企業から米国、仏スタートアップなどを含め、40社以上の伴走支援を行う。その後、芸術が生む価値に感銘を受け、表現活動を開始する。

京都に移住して、まだ1年ほどという金田さん。デザインを軸にビジネスの戦略を考える「デザインストラテジスト」という肩書で、国内外の企業や行政のプロジェクト支援やマーケティングなどを幅広く担当しています。また、日本の羽織と浮世絵をかけ合わせたジャケットを制作するなど、ビジネスマンとアーティストの2つの顔を持ちます。

金田

今日のイベントの副題は「アートとしての不動産活用とまちづくり」ですが、それぞれ主語が大きい言葉ですよね。アートは、それを作るクリエイターや芸術家がいないと始まりません。不動産活用やまちづくりの対象である「まち」に誰が住んでいるかと言えば、僕たち市民一人ひとりです。京都ならではの特徴を考えながら、それぞれの視点を大切に、議論を深めることができたらと思います。

次にマイクを握ったのは、株式会社アッドスパイス代表取締役の岸本千佳さん。不動産プランナーとして、企画から仲介、管理運営を一貫して行い、京都を拠点に活躍されています。不動産活用の事例のひとつとして、7軒の木造戸建てをリノベーションした「つれづれnishijin」を紹介しました。

岸本 千佳(きしもと ちか)氏

不動産プランナー/株式会社アッドスパイス代表取締役
1985年京都府生まれ。滋賀県立大学環境建築デザイン学科卒業後、東京の不動産ベンチャーを経て、京都でアッドスパイスを設立。不動産の企画・設計・仲介・管理を一貫して担うことで、時勢を捉えた建物と街のプロデュースを行う。地主の伴走型コンサルティング業務も行う。京都芸術大学非常勤講師。著書に『不動産プランナー流建築リノベーション』(学芸出版社)、『もし京都が東京だったらマップ』(イースト新書)。

岸本

「つれづれnishijin」は、北野商店街沿いとその路地に建っています。エリアとしては若い方のお店が増えていますが、長く住み続けている方も多く、歴史や慣習が色濃く残っています。そんな地域の特色を崩さない方向で、職住一体の新しい暮らしをテーマに「つれづれnishijin」を企画しました。作家の方が自由に手を加えられるよう、あえて作り込みすぎないリノベーションをした結果、専門性のあるクリエイターの方々に入居していただきました。完成から6年ほど経ち、人の入れ替わりがありますが、雰囲気にあった入居者が続いています。

最後にマイクが渡ったのは、MISENOMA代表の上田聖子さん。前職では東九条にある元学生寮を用途変更したアートホテル「ホテル アンテルーム 京都」で6年間支配人を担う。2011年から約12年間、ホテルの運営経験と、併設するギャラリーのキュレーターとして経験を積み、2023年6月に独立をされました。

上田 聖子 (うえだ まさこ)氏

アートホテルプロデューサー/MISENOMA 代表、元・ホテルアンテルーム京都 支配人
1982年滋賀県生まれ。英国グラスゴー美術大学ファインアート学部卒業後、京都のプロダクトデザイン会社を経て、UDS株式会社へ転職。UDSが運営をするアートホテル「ホテルアンテルーム京都」にて、併設ギャラリーで100回を超える展覧会を担当。12年間のホテル運営経験を生かし、MISENOMAとして2023年に独立。アート、観光、まちづくりを掛け合わせ、宿泊体験を拡張する空間プロデュースや展覧会のキュレーションを事業として展開。アート企画に特化したホテリエ育成の為、ホテルアドバイザリー事業も行う。

上田

MISENOMAでは、3つの視点を持って事業を展開しています。1つ目は、アートとの出会いをデザインすること。旅の入口であるホテルにアートを介在させることで、そのエリアで育まれる文化や歴史との接点をつくりたいと思っています。2つ目は、持続可能な仕組みをつくること。アートとホテルとの関係が事業として成立し、取り組みとして継続することを大切に考えています。3つ目は、アートとホテルの架け橋になるプロデュースをすること。展覧会のように一過性の企画だけでなくて、長い視点でそれぞれをつなぐことができないかと、ホテルをビジネスの検証の場としても取り組んでいます。

京都はアートに対して、寛容なまち

それぞれが自己紹介を終えた後、モデレーターの金田さんの進行で、ディスカッションが始まりました。まずは海外におけるアートとまちづくりの事例として芸術祭やアートフェアについて、上田さんが紹介します。

上田

例えばイタリアで約130年前から開催されている「ヴェネツィア・ビエンナーレ」は、世界でもっとも長い歴史を誇る国際美術展として有名です。韓国では、「フリーズ・ソウル」「キアフ」という毛色の違うアートフェアが、2023年9月にソウルで同時期に開催されていました。街中のアパレル系ショップにも巨大なインスタレーション作品が置かれているなど、店内の風景が外に染み出し、まちとギャラリーが一体になっている体験が非常に面白いなと思いましたね。

金田

アートと市民との距離が近い事例ですね。冒頭の山本さんのお話で、京都駅周辺をアートや文化の玄関口にという話題がありましたが、実際に事業を進める中で、苦労されている点はありますか?

山本

「京都駅東南部エリア活性化方針」では、多文化共生という理念を大切にしています。今住んでいらっしゃる方々の想いを汲みつつ、特定のアートのジャンルやアーティストに偏りすぎないように進めていかなくてはいけません。そのバランスが難しいですね。

金田

岸本さんがお話されていたように、地域性を崩さないという視点が大切になってくるわけですね。

岸本

「つれづれnishijin」では、マーケットオープン時に開催して、地域の方にこんな入居者がいるんだということを柔らかく伝えるような工夫をしています。そのエリアに何が求められているか、オーナーさんとの関わりはどうかというような分析や計画は綿密に行っていますね。

金田

岸本さんの「つれづれnishijin」は物件をリノベーションされましたが、上田さんは既存のホテルを活用するという視点で、動きや考えが少し変わってくるのかなと思います。

上田

立地や設備などのハード面を変えられない分、「ホテル アンテルーム 京都」ではクリエイティブの力を総動員させて、いかにソフト面を変えていくかを大事にしていました。また、まちへインパクトを与えるホテルの建物としての価値を高めて、地域に貢献していくことも、まちづくりを担う企業の視点では必要です。若手のアーティストや学生が作品を発表する場所や機会が少ないことが、当時京都のエリアの課題としてあったので、ホテルもその一助になることができたらという気持ちで、併設のギャラリーでは展示会を企画していました。

金田

アートに関わる学生や若者が多いことは、京都の特徴ですね。ただ海外と比べると、京都を含め、日本はまだまだ暮らしとアートとの距離が遠いのかなと感じることもあります。

上田

金田さんが話したような課題に対して、私はホテル アンテルーム 京都で宿泊体験とアートの鑑賞体験をセットにするというコンセプトルームを企画しました。旅行客の方がホテルに求めることは、安心して宿泊することです。そこに目的とは違う予期せぬ出会いとしてアートが入り込むことで、驚きや感動が旅の記憶になってくれることを期待していました。

山本

アートの可能性を広げる取り組みという点で、私も話を続けますね。今、京都駅周辺エリアでは若い陶芸作家の方に、地域の飲食店を巡って、そのお店の器をつくり、実際に使っていただくという企画が進行中です。料理を食べたり、まちの歴史を聞いたりしながら人間関係をつなぐことで、アートがより身近なものとして地域に溶け込むお手伝いができるんじゃないかと。ひとつ課題に感じているのは、間に立ってコーディネーションできる人が不足していること。今は京都市の職員が担当しているのですが、より専門性を持った方をエリアに呼んで、お手伝いしていただく必要もあるかなとも思っています。

金田

僕は1年前に京都に来たばかりですが、周りの皆さんが沢山紹介してくださったおかげで、素敵なご縁が生まれました。京都に魅力を感じながらも、なかなかコミュニティに入っていくことができない方も多いと思いますし、繋いでくださる方の存在は非常に重要ですね。

岸本

私は京都に帰ってきて10年ほど経ちます。日々、建物のオーナーさんや地域の方々と接する中で感じるのは、これほどアートに理解がある方が多いまちって、実はとても珍しいのでは、ということ。たとえばお宅にお邪魔すると、家の中に大型の美術書があったり、生活に美術や伝統が身近にあったり、知らず知らずのうちにそれらと触れているからなのか、アートに対して寛容なまちなんだと思います。

上田

先日、とあるお麩屋さんに行ったら、お弁当箱の博物館が併設されていました。大変貴重なものが無料で見られることに驚きましたし、自分が気づいていないだけで、身近な場所に文化的な体験、アートも隠れているんだなと感じました。私は京都で暮らし始めて15年ほどになるのですが、そういった価値を見つけて、伝えていくことが大切だなと改めて思います。

金田

先ほどの僕の発言と矛盾するようですが、ニューヨークに行った際、海外在住のアーティストから、こんなことを言われた経験があります。「魚が水を認識できないように、日本では芸術が身近にあることが分からないほど、暮らしに溶け込んでいる」と。アートという言葉を使うと、少し距離が遠いものだと感じてしまうかもしれません。日本人が持つ芸術に対する美意識や価値観って、もっと適切な表現があるのかも、と皆さんの話を聞いて思いました。

それぞれの現場で実践を重ねる4人のトークは、あっという間にタイムリミット。休憩時間に登壇者のもとに駆け寄り、質問をしている方も多くいらっしゃいました。

アートの可能性は、十人十色

同じフロアの講堂に移動して、第二部の交流会の開始。軽快な音楽と光で彩られた会場には、企業やアーティスト、学生たちが出店者となった、11台の屋台が立ち並びます。

今回の屋台を提供した「モバイル屋台つくろう・たのしもう」の橋本さんは、ホップを使ったお茶を振る舞う
花背放送のDJパフォーマンス。屋台を生み出した大工さんでもある
司会進行は、株式会社ツクリエの空中さん

インバウンド旅行会社がプロデュースし、フランス・パリで部門トップ賞を受賞した日本酒の試飲、京都を拠点に活動する俳優による朗読劇、靴修理に使われていた足踏み八方ミシンの体験など、屋台の内容は十人十色。それぞれのジャンルで表現をする様子は、「これもアートだよ!」と、可能性を肯定された気持ちになります。多様な出店者と参加者が入り混じった楽しい笑い声が、いつまでも講堂に反響していました。

城下浩伺 & みふく|VR・AR体験/zineの販売
株式会社みたて|日本酒「朔 R04BY」
Ambient-snack bar Masako & Namina l アンテルームバーとの一日限定コラボ
福井裕孝|劇場の中にある〈もの〉を記録したカタログの販売
あつめやさん|あつめや もちつきおみくじ
広田ゆうみ+二口大学|朗読屋台
きょうげいB-LABO|ストリートミシン体験、革製品の販売
前田珈琲明倫店|軽食・ドリンクの販売
アート×ビジネス共創拠点「器」|おでんの販売

どこか距離感を覚えてしまう、アートという言葉。しかし自分の生活を振り返ってみると、お気に入りの作家さんの食器を使っていたり、通っている銭湯が歴史ある文化財だったりと、暮らしのあちこちにアートが息づいていることに気付かされます。「自分は芸術家じゃないから……」と諦めずに、少しだけ視点を広げてみると、日常はもっと楽しくなるのではないでしょうか。

さらにもう一歩進んで、京都でアートとの関わりを深めたい方は、ぜひ京都芸術センターに足を運んでみてください。きっと、新しいつながりや気付きが見つかるはずです。

執筆・撮影:小黒 恵太朗
編集:北川 由依

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