2025.05.29

図らずも、キャリアブレイク~結婚・出産・夫の転勤。家族の変化と、模索するキャリア~

私のキャリアブレイクは、突然始まった。

結婚を機に、東京・西荻窪に引っ越して2年。行きつけの喫茶店も、疲れた時に駆け込む銭湯もでき、まちに馴染んできた頃だった。
東京で転職した仕事は、念願叶ってのアウトドア業界。山好きの先輩たちに囲まれ、日々刺激を受けながら、やりがいも感じていた。これからもここで働いていくのかな、だとしたら幸せだな、と思っていた。

そんな中、私たち夫婦に大きな、そして嬉しい転機が訪れる。子どもができたのだ。会社に報告し、産休と育休を取得して働き続ける方向性が決まり、ほっと胸を撫でおろした矢先、今度は夫に転勤の辞令が出たのだった。

「来月から愛知だって」

それを聞いたとき、一瞬固まってしまった。私は真っ白な地図を手渡されて「あなたはこれからどう生きていきますか?」と問われたような気持ちになった。

「今は働かない」という選択

最近は、子育てをしながら働く女性が多く、キャリアのあり方は多様化していると聞く。実例としてメディアで取り上げられているロールモデルを見ては「本当にすごいな」と関心する一方で、そういう生き方ができる人はどれだけいるだろうかと疑問に思ってしまう私はひねくれ者だろうか。少なくとも当時の私は、そんな風にしなやかなライフプランを描けるような人間ではなかった。

仕事を辞めて、夫についていく。
それ以外の考えは浮かばなかった。

会社に謝罪し、退職の意向を伝えた。一抹の罪悪感を覚えながらも、できる限りの感謝を伝え、私たちは愛知に引っ越した。知り合いゼロ、土地勘ゼロ。初めて降り立ったこのまちで、私は無職の妊婦になった。

日に日に大きくなるお腹を撫でながら、私は産後の暮らしと働き方について考えていた。世間では、「保育園落ちた、日本死ね」が流行語に選ばれるほど、子どもを保育園に預けられず、仕事を再開できない(もしくは辞めざるを得ない)女性たちの嘆きが取り上げられていた。

育休明けの女性が元の職場に戻ることも難しい世の中。無職の私に、いったいどんな選択肢があるのだろう。いくら考えても、答えは出なかった。

数か月後、我が子が誕生した。里帰りしなかったので、退院後は自宅にて、初めての育児が始まった。夫は忙しく帰りが遅かったので、ほぼワンオペ育児だった。泣き止まない我が子を抱っこしすぎて、腱鞘炎になりかける。数時間おきの夜間授乳は、想像以上に身体にこたえる。ボサボサに髪をふりみだして、目の前の小さな命とひたすら向き合う日々。なかなか大変だったけれど、我が子の成長を見つめていられる時間は、幸せそのものでもあった。

初めて笑った。初めて寝返りをうった。初めてママと呼んでくれた。子どものめまぐるしい成長を一瞬たりとも見逃したくないという想いは日に日に強くなり、私はひとつの選択をした。

「この子が幼稚園に入園するまで、専業主婦として育児に専念する」。
それは、久しぶりに私の中から湧き起こった、強い強い意思だった。

育児のためにキャリアを諦めた。はたから見れば、そうもとれるだろう。
けれど、私にとってこの決断は、悩みも葛藤も一切ない、とても純粋な想いだった。

真っ白だった地図に「働かない」という道を書いた私は、ゆっくりとその道を歩き始めた。

家族で京都移住して実感した、生き方の多様性

子どもが生後半年を過ぎた頃、夫の転職が決まった。行き先は京都。私が学生時代を過ごし、死ぬまでにもう一度住みたいと恋焦がれていたまちだ。家族で京都に移住する。その夢が、こんなに早く叶うとは思っていなかった。

引っ越しの日、京都に向かって車を走らせながら、徐々に見えてきた京都タワーを眺めて、「あ~帰ってきたんだな」と思った。これからこのまちで、どんな日々を過ごしていくのだろうと、わくわくした。
引っ越してから1年後、二人目の子どもが誕生した。当時30歳の私は、相変わらず無職の専業主婦だった。

二人目が生後4ヶ月くらいになった頃から、電動ママチャリのチャイルドシートに上の子を乗せ、おんぶ紐に下の子を背負って、連日京都のまちへ繰り出すようになった。

子どもとの京都巡りは、学生時代のそれとはかなり違う。お洒落なカフェを巡ったり、お寺に行って自分とゆっくり向き合ったり、そういう、いわば“非日常な京都”を楽しむ機会はぐんと減った。

行き先はもっぱら公園や商店街。そこで出会う同年代のママさんや、商店街の人たちとの交流が、私にとって久しぶりの社会との接点になった。このまちで生きる、さまざまな人の生きざまに触れる。なんて色とりどりで、なんてかっこいいんだろう。そんな“超日常の京都”を知る楽しさを知った。

その最たるものが、鴨川散歩だった。鴨川を歩いていると、色んな過ごし方をしている人に出会う。尺八を奏でるおじいさん、何やら撮影をしている若者たち、ひたすら身体を焼くおじさん、バトミントンをする老夫婦。平日の明るい時間でも、色々な過ごし方をしている人がいる。その中で、子ども二人を自転車に乗せて爆走する私。これが今の私なのだと、胸を張っていられた。

生き方は人それぞれ。自分らしくあれ。

東京にいた頃の私は、そんな言葉は限られた才能がある人だけに許された価値観だと思っていたし、それを言い訳にして、色んなことを諦めてきたように思う。

ところが、京都にいるとどうだろう。寸分違わぬその言葉が、自分へのメッセージとしてスーッと入ってくる。自分の可能性を信じる勇気が湧いてくる。そうなれたことが、京都でキャリアブレイク期間を過ごした一番の収穫ではないだろうか。

私なりの答え

そうこうしているうちに、上の子の幼稚園入園(つまり働き方の答えを出すタイムリミット)まであと3ヶ月となった。そこでやっと、心の奥底から「これがやってみたい」というアイデアがポンっと湧いてきた。それが、人の話を聞く事と、書く事だった。
根底にあったのはほかでもない、京都で多様な生き方をしている人たちの話を聞いてみたいという、私自身のシンプルな興味だった。同時に、私と同じように知りたいと思っている人は、きっとたくさんいるはずだと思った。ならば、聞いたことを書いて伝えよう。そう思って、私はライターという仕事を生業にしようと決めた。専業主婦になってから自分なりの答えを出すまで、実に4年の月日が経っていた。

私は夫に、ライターになると宣言した。
「未経験でそんなことできるん?」「大丈夫なん?」という返答がくることを予想したけれど、夫が言ったのは「パソコン買うならこれがオススメやで」だった。その寛容さに、この人も京都人になったのかなと、ちょっと笑った。

翌日、私は自分の貯金で、夫に勧められたパソコンを買った。まずは書く事に慣れようと、京都と育児についてのブログを書き始めた。
書くために使える時間は、子どもが昼寝をしている1時間と、夜寝かしつけをした後の数時間だけ。まだまだ夜泣きもあるし、やるべき家事も溜まっていたし、忙しかったけれど、久しぶりに育児以外のことに全力で向き合う時間は、とても楽しかった。とはいえ技術はないので、書き方の本を読んだり、尊敬しているライターさんの文章を模写したり、できることは全てやった。何者でもない私でも、自分らしく働きたい。それが不可能ではないことを、なんとか証明したかったのだ。

文章を書く事に慣れた頃、クラウドソーシングで初めて仕事を受注した。フリーランスとして初めて手にした報酬は、900文字書いて1,120円。これまで得てきたどんな報酬よりも嬉しかった。またひとつ、私の地図に新しい道ができた瞬間だった。

家族にとっても、自分にとっても、ベストな道を探して

それから早4年の月日が経った。さまざまなご縁に恵まれ、私は今もフリーランスのライターとして働いている。スキルはまだまだだし、発展途上ではあるけれど、そんな中でもなんとか進んでいられるのは、人々がそれぞれの色を持ち寄り、その色を混ぜ合い、美しいグラデーションを生むこのまちの空気を、肌で感じ続けているからだろう。私もいつか、そのうちの一色になれたらいいなと、今も夢見ている。

立ち止まることもしょっちゅうある。そういう時は、お寺に行って数百年前につくられた庭園を眺めてみたり、鴨川を散歩して人間観察してみたり、商店街を歩いてみたりする。そうするとまた、「まぁ、私なりにやってみるしかないか」と、パワーが湧いてくる。ありがとう、京都。

女性のキャリアは、本当に難しい。結婚、出産、介護。人生のあらゆる転換期に、キャリアの悩みは必ずと言っていいほど付いて回る。みんな色々な想いや悩みを抱えて、自分と、自分の大切な人のことを考え、知恵を絞り、日々を生きているのだと思う。

ちなみに最近の私の悩みは、息子の幼稚園行きたくない問題だ。理由は「お母さんと離れたくないから」らしい。嬉しいやら、嬉しくないやら。というわけで、今日も息子は幼稚園を休み、この原稿を書いている私の傍らで、ポケモン図鑑を読んでいる。

そんなままならない日もあるけれど、家族にとって、自分にとってのベストチョイスを模索することは、これからも諦めたくないと思う。

この原稿を仕上げたら、息子を連れて鴨川へ散歩しに出かけよう。
そうやって、私はこれからも京都で、もがきながらも幸せな日々を生きていくのだ。

佐藤 ちえみ

神奈川県出身。大学進学を機に京都に移り住み、その後各地を転々とした後、2018年に家族で京都に移住。フリーランスのライター・編集者として、子育て・暮らし・まちについて執筆する傍ら、京都移住計画ではインタビュー取材記事を執筆。比叡山の麓にある、京都の里山に暮らしています。

執筆:佐藤 ちえみ
編集:北川 由依

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