CHECK IN
京都のおもしろい場所を訪ねる「場を巡る」シリーズ。人が集いハブとなるような場や京都移住計画メンバーがよく立ち寄る場をご紹介する連載コラム記事です。一つの場から生まれるさまざまな物語をお届けします。
住宅街にひっそりと佇む花屋さん
京都市左京区・岩倉。市街地の賑わいから少し離れたこのまちは、山や田畑の風景が身近に残っています。住宅街をゆっくりと歩いていると、ふと植物に覆われた建物が。外から見ると、何屋さんなのかわかりません。けれど扉を開けると、ドライフラワーやアンティーク、色とりどりの植物が並び、空気がふっと変わるような感覚になります。

「非日常を感じてもらえたらいいなと思って」。そう話してくれたのは、花屋「MAISON Doue(メゾン ドウウエ)」の店主・堂上あさぎさん。
店内は、いわゆる“花屋”の雰囲気とは少し違います。植物は自由に伸び、ドライフラワーやアンティーク雑貨も自然に混ざり、どこか秘密の花園のような、不思議な心地よさがあります。

「季節それぞれの美しさを感じてもらいたいなと思っています。春なら桜、初夏なら新緑。夏は暑いけど空が綺麗、とか。生活の中で自然を感じてもらいたいので、できるだけ旬のお花をお届けすることを心がけています」
お花を仕事にした理由
堂上さんは長崎県出身。大学進学をきっかけに京都に来ました。その後は大阪で教材出版社に勤め、中学生向け教材の編集をしていたといいます。
「子どもが喜ぶものを作りたいと思っていました。実際には、教材を採用するのは先生で、予算を決めるのは教育委員会。子どもたちのためであると同時に、先生や教育委員会にも価値を感じてもらわなければならず、『誰に向かって作ればいいんだろう』と次第にわからなくなってしまって」

ちょうどその頃、通い始めたのがフラワーアレンジメント教室でした。
「お花って、作る人も楽しいし、手渡す人も受け取る人も嬉しい。みんなが幸せな気持ちになるから、お花を仕事にしたいなと思ったんです」
その後、堂上さんは会社を辞めてフランスへ留学。現地でフローリストの資格を取得します。
「フランスにはずっと行ってみたかったんです。退職するときはけっこう悶々として、半年くらいは悩みましたが、『行ってみればなんとかなるよ』っていう周囲の後押しもあって。やっぱり『やりたいことをあきらめたくない』と思って、挑戦しました」

岩倉で暮らすということ
帰国後は京都の花屋で経験を積み、40歳を機に独立。ちょうどその頃、息子さんは1歳。仕事と子育てを両立するために、「店舗兼住居」を条件に物件を探し始めました。そうして出会ったのが、この岩倉の建物でした。

「市街から外れたこの場所でお店を始めるのは、少し勇気が要りました。でも、人通りが多いからといってお客さんが入ってくるわけじゃないなと思ったんです。それに、街中とは違う“非日常”も感じてもらえるかなと。同志社の赤レンガの建物とか、比叡山が見える景色とか、岩倉でしか味わえない空気感があると思って決めました。今はここでよかったなと思っています」

物件との出会いがきっかけでしたが、岩倉での暮らしは、どこかフランス時代の記憶とも重なるそう。
「私、パリじゃなくて田舎に住んでいたんですよ。休日は公園へ行って、サンドイッチを買って食べたりして。思い返すと、今の暮らしと地続きな感じがします。宝ヶ池公園に行けば自然もあるし、川も森もある。お庭がある家も多いので、自転車で走りながら『こんなお花が咲いてる!』と見つけるのもひそかな楽しみです」

華やかな都市への憧れよりも、季節や自然を身近に感じられること。人通りの多さよりも、自分が心地よいと思えること。堂上さんが花屋という仕事を選び、岩倉で暮らすことを選んだ背景には、そんな価値観が一貫して流れているようです。
花がつなぐもの

お店には、“かかりつけの花屋さん”のように通う人も多いとのこと。毎年、母の日に花を買いに来るお父さんもいれば、誕生日のお花を頼みに来てくれる家族もいます。
「1歳の頃から10歳になるまで、毎年お誕生日のお花を用意している女の子もいて。親戚のおばさんみたいな気持ちになります。お花は消えてしまうけど、送ってくれた人の優しい気持ちが、香りと一緒に記憶に残るといいなって思います。花束をつくるときも、香りがあるものを使うように意識していますね」

堂上さんは、「自分がかわいいと思うものをそろえて、それを好きになってくれる人が集まって、みんなが喜んでくれる。そんな働き方が理想」と話します。
それは単に“好きなものを売る”ということではなく、自分が本当にいいと思えるものを、ちゃんと誰かの暮らしへ手渡していく、ということなのかもしれません。
「フランスでは、友人宅を訪問するときに、手土産としてお花を持っていく人が多いんです。最近はうちに来てくれるお客さんも、手土産にお花を選ぶ方が増えてきて、すごくいいなと思っています。季節の美しさを渡している感じがして」
花を渡すことは、季節を渡すこと。そんな営みが、この岩倉のまちで今日もつづいています。

『MAISON Doue』
京都市左京区岩倉大鷺町540
https://www.instagram.com/maison_doue/
CHECK OUT
取材の帰りに、堂上さんのお話のなかにあった「香りのあるものを選ぶ」という選び方にチャレンジしてみました。今まで、お花を買うときは「色」や「目的」で選ぶことしかなく、「香り」という視点はなかったので、なんだか新鮮。堂上さんが選んでくれたのは3種。ローズマリーのグリーンを感じるフレッシュな香り、シャクヤクの甘くてふんわりした香り、カンパニュラの透明感のあるみずみずしい香り。それらが混ぜ合わさった香りは、なんとも言えず幸福な気持ちにさせてくれました。家に花があるだけで、自分のことを少し好きになれる気がします。これからも、花のある生活を続けてみたいと思いました。
執筆:maiha
編集:藤原 朋



