2025.07.28

SAKEに八百万の可能性をこめて。フランスから京都へ、“世界酒”の未来をひらく夫婦の挑戦

CHECK IN

京都のおもしろい人を訪ねる「人を巡る」シリーズ。京都に移住した人の体験談や京都の企業で働く人をご紹介する連載コラム記事です。移住するに至った苦労や決め手、京都の企業ならではの魅力など、ひとりの「人」が語る物語をお届けします。

第41弾にご登場いただくのは、クラフトサケブランド「LINNÉ(リンネ)」を手がける今井翔也(いまい・しょうや)さん、杏菜(あんな)さんご夫婦です。

群馬と秋田にルーツを持つおふたりは、フランスでの酒づくりを経て、2024年に京都を拠点に「LINNÉ」をスタート。これまでの経験や、日本酒に込めた想い、京都での暮らしについてお話を伺いました。

世界に届けたい、日本酒の可能性

——日本酒の仕事をするようになった、きっかけを教えてください。

翔也さん

僕の実家は、群馬県渋川市にある「聖酒造(ひじりしゅぞう)」。江戸時代の後期から続く酒蔵で生まれました。

兄が8代目として実家を継いだ中、僕は日本酒の業界全体を盛り上げることで、お酒づくりに貢献できないかなと考えて。秋田の新政酒造や富山の桝田酒造店、新潟の阿部酒造、実家の聖酒造と、4つの酒蔵をめぐり、修行させていただきました。そして「日本酒を世界酒にしたい」という思いのもと、2016年に「WAKAZE」を共同創業したんです。

フランスに立ち上げた醸造所で、日本酒づくりに励む今井さん(写真提供:今井翔也さん)

——WAKAZEでは、どのような活動をしていたのでしょうか?

翔也さん

クラフトサケ(日本酒の製造技術をベースに、従来の製法では法的に採用できないプロセスを取り入れた、多様な味わいを持つお酒)と呼ばれる、新しいジャンルのお酒づくりに取り組みました。

最初は東京の三軒茶屋に醸造所をつくり、2019年にはフランスに移住。パリに醸造所を立ち上げたほか、レストランを開いて生酒をサーバーで出したり、和食の要素をふんだんに使った料理とのペアリングを考えたりしました。若いお客さんもたくさん訪れてくださり、「生まれて初めて『SAKE』を飲んだよ、大好きになった!」と、反応も上々で。自分たちが入り口となって、SAKEや日本の文化への理解が広がっているな、という手応えがありました。

——杏菜さんも一緒にWAKAZEで働いていたそうですが、どんなルーツがあったのでしょう?

杏菜さん

私は酒どころ・秋田の出身です。もともとはファッションの勉強をしていたのですが、フランスに語学留学をしたとき、ワインを通して食に興味を持つようになったんです。日本に帰国してからはワインの輸入業者で働きつつ、またいつかフランスに戻りたいなという夢も持っていました。ただ日本人としてフランスでワインの仕事をするより、日本独自の文化を伝えるために働く方が、私にとっては意味があるんじゃないかと思うようになって。そんなときに見つけたのが、WAKAZEだったんです。

杏菜さん

入社した後は主にバックオフィスを担当し、醸造所の立ち上げメンバーのひとりとして、フランスでも働きました。日本酒の業界でもこんな風に新しいことができるんだ、いろいろな味わいを生み出せるんだと、毎日楽しくて。これを世界に伝えられたらもっと面白くなるかもしれないという思いもあり、働くうちにどんどん日本酒が好きになっていったんです。

そして2022年4月に結婚し、そのタイミングでWAKAZEを卒業させていただくことになりました。

寿命をはるかに超えた、長い時間でのものづくり

——おふたりともフランスで活躍されていたのに、なぜまた日本で仕事をしようと思ったのでしょうか?

翔也さん

きっかけのひとつが、パリの日本文化会館で観た、宮大工さんの展示です。宮大工さんはノミやカンナといった道具を大事にされているだけでなく、表現に合わせて道具を自作することもあると知りました。ものづくりへの情熱がこもっている宮大工さんにとっての「道具」は、醸造家にとっての「麹」とリンクするんじゃないかと、インスピレーションが湧いたんです。

パリ日本文化会館、宮大工道具の展示(写真提供:今井翔也さん)

翔也さん

宮大工さんが手がけるものは、たくさんの職人さんの手が加わりながら、100年、200年先までバトンをつないでいきます。それと同じように、僕たちの「日本酒を世界酒にしたい」というミッションも、ひとりの人間の寿命だけでは到底実現できない話。どうやったら日本酒を、日本の誇る文化として、世界や未来に伝えていけるのか……。長い年月をかけて、ゆっくりとものづくりに取り組んでみたいと思ったんです。

翔也さん

フランスに移住したときは「もう日本には帰らない」というくらいの覚悟で頑張っていましたが、幸いWAKAZEでの仕事は信頼する仲間が引き継いでくれたので。日本でしかできないこと、日本でやり残したことがまだあるなと、「LINNÉ」を立ち上げることにしました。

——日本の中で、なぜ京都を選んだのでしょうか?

翔也さん

WAKAZEでの最後の1年は、京都の宝酒造さんと一緒にプロジェクトに取り組んでおり、京都に滞在する中で本当にたくさんの学びがありました。京都は歴史的にも酒づくりにとって重要な土地のひとつですし、自分にしかできないことにもう一度向き合う場所として、この町は最適だと思ったんです。
何より、LINNÉを一緒に創業した料理人の小林が、京都の酒処・伏見の出身だったことも大きな後押しとなりました。

2024年の1月、妻より先にフランスから帰国して、生活や独立の準備を整えていきました。

新しい「SAKE」文化を、京都から

——実際に京都に移住してみて、いかがですか?

翔也さん

会いたいと思う人に会うことができた、ご縁に恵まれた1年だったなと思います。僕は宮大工さんって、ミステリアスで、実在するかも分からない伝説の存在みたいに思っていたんです(笑)。ところが京都に来てからすぐ、宮大工集団の匠弘堂さんとご縁をいただくことができました。そのほかにも素敵な出会いを挙げたらきりがありません。

五条坂にある窯元の蘇嶐窯さんとは、酒粕を釉薬にしたらどうだろう、という話を今どんどん進めていて。京都はものづくりをしている方々の距離が近いから、領域を横断してアイデアを得ることができます。京都に来て良かったというつながりが、想像以上にたくさん生まれていますね。

LINNÉ初のブランド『800(ヤオ)』。800のロゴは、匠弘堂の代表・横川総一郎さんによるもの。(撮影:Yosuke Suzuki)

杏菜さん

私は夫の準備が整ったタイミングの2024年の11月から京都に住み始めました。京都は知り合いもおらず、旅行でしか来たことがありませんでしたが、「住んでみたら楽しそうだな」って、来る前からワクワクしていたんです。パリで生活していたときは、自然のそばで過ごすのが当たり前のように、みんなが公園でくつろいでいました。同じように京都でも、自然に癒されることができるだろうなと、なんとなくイメージとして持っていて。実際に来てみると、自然豊かで山も見えるし、すごく住みやすいなと感じています。

——最後に、これから挑戦したいことを教えてください。

翔也さん

まずは場所をつくることが、目下の目標ですね。2026年の秋には五条坂に、その2、3年後には宝ヶ池に醸造所を開く予定なんです。新しいものづくりって、一方通行じゃ絶対に成り立たなくて。フランスでもそうだったんですけど、食卓で料理人と一緒に肩を並べ、お客さんの反応を見ながら、それを次のものづくりに循環させていく。自分たちにとって、大事な拠点になるかなと思っています。

杏菜さん

私はフランス語が使えるので、もっと伝えていくことに力を入れたいです。京都ではたまに観光ガイドの仕事もさせていただいているのですが、「ずっと京都に来てみたかった」と、歴史に興味を持っているフランス人が多いんです。文化と伝統を大事にしている町であり、1000年の都だったわけですからね。京都という特別な場所から発信することで、世界とつながっていけることに、とても魅力を感じています。

醸造所候補地のひとつ、宝ヶ池にて

翔也さん

京都って、多様な文化を受け入れられる器の大きさがあるなと感じていて。京都の焼き物や料理には、いろいろな流派があり、それぞれ違いがあるけれど、全部が「京都の文化」として共存している。そういう文化の混ざり方って面白いなと思うんです。

僕が大切にしているのは「八百万(やおよろず)」の価値観。日本には四季があって、たくさんの神様がいて、自然も豊か。そんな多様性の中だから、日本酒だって米だけじゃなく、いろいろな素材が主役になってもいいんじゃないかと。だからLINNÉでは、蕎麦や大麦などの素材を掛け合わせた酒づくりに挑戦して五穀を超えた豊穣を目指しています。

京都は、伝統と新しい風がうまく混ざり合っている町。LINNÉも日本酒の伝統を大切にしつつ、新しい「SAKE」文化をつくっていく取り組みです。だからこそ、ここ京都で挑戦する意味を、日々感じています。

LINNÉ:https://linne-co.jp/

CHECK OUT

今井さんご夫婦とは、発酵料理家・真野遥さんと一緒のお花見会で知り合いました。翔也さんは僕の地元・新潟でも修行されており、僕の知人とも相部屋だったそうで……。「もっと話を聞いてみたい!」と、その場で取材をお願いしました。

日本酒は僕も好きでよく飲むものの、「海外の人に日本酒のことを説明してみて!」と言われたら、英語力はともかくとして、言葉につまることでしょう。もっとゆっくりと「SAKE」を味わってみたいと、じんわり感じる取材のひとときでした。

執筆・撮影:小黒 恵太朗
編集:藤原 朋

オススメの記事

記事一覧へ