マイナス”のUターンから大きな飛躍へ

東京の就職から見えてきたこと

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丹波口駅の近く、中央市場で活気づく地域の一角の住宅街に佇むあられ屋さんが『武保あられ』です。

地元の人に愛される『武保あられ』の一員として、父と母と共に営んでいるのが今回取材させていただいた武中さん。

「帰ってきた理由は、全然かっこよくないんですが…」と話してくださったのは、思い通りにい かなかった東京での仕事のこと。 「挫折をきっかけに『あられ屋を継ぐ』という決心がつき京都に移住した、いわば”マイナス”のU ターンなんです。」と話してくださいました。

移住してきて半年強という”飛躍の前の屈む時期”だからこそ聞くことのできる、武中さんのリアルな声をお届けします。

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あられ屋が当たり前にある日常

1958年に祖父が創業して始まった『武保あられ』。

祖父が兵庫の農家の出身で、京都の知り合いの人の老舗米菓で3年修行した後に、 同じ京都市内であられ屋を始めたんだそう。最近まで、菓子問屋や大手スーパー、個人の問屋に卸す卸専門だったそうですが、2008年に出来たてをすぐお買い求め頂けたらと 小売店もスタートしました。

「今も昔も、家族経営でやっているので、工場も配達も家族がやっていました。」と話される武中さんは、工場で祖父や父があられを作る様子を見ていたり、配達に一緒について行ったりと当たり前のように日常の中にあられ屋があったんだそう。

そんな環境の影響もあり「あられ屋」という仕事が身近だったようで、両親に継ぐことを勧めら れたことは一度もないにもかかわらず、小学一年生の時の将来の夢の作文では「あられ屋」と書 いていたんだとか。

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あられ屋を継ぐことを漠然と考え 東京で就職

小学一年生の頃から、意識はしていたもののあられ屋を継ぐと決心がついたのは移住する直前だったそう。

「大学生の時、就活をするタイミングで初めて家業を継ぐということを真剣に考え始めました。 もしかしたらもっと別のところに自分のやりたいことがあるかもしれないとも思ったので、初めは大企業なども探したのですが自分に合うものが見つからず、やっぱりあられ屋を継ぐんだろう なと漠然と思い始めたんです。 それからは『帰ってきた時に役にたつ技術を身につけられる会社で働こう』と思いました。 小さめの規模で経営から販売まで全般的に扱わせてもらえる、地域活性化コンサルティングの会社に決めました。」

それからその会社で魚屋の店長を1年、訳あって転職した農業関係の会社で、八百屋の立ち上げと営業、貸し農園の整備などの経験を積んでいきました。

思うようにいかない仕事…「あ!違う違う、もち米や!」と気づく

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移住のきっかけをお聞きしたところ、 「かっこいいきっかけであればいいんですけど…そうでもなくて、正直に話すと」と少しため らった様子で前置きをした上で、「思うようにいかない仕事がきっかけだったんです。」と言葉 を続けられました。

「初めに働いていた地域活性系の会社では、 地方の魚を築地で販売する魚屋の店長をしていたんです。 一流の料理人の方とやり取りをして魚を売り喜んでもらう仕事は面白かったのですが、代表と考え方が合わない部分があったり、一緒に働いている人との関係性も上手くいかなかったりで、た くさんの葛藤がありました。」

それを機に仕事を続けられないようになり、鬱々とした気持ちでいた時に、次の会社を紹介してもらい農業系の会社に転職。その会社も八百屋を開店するタイミングだったこともあり、魚屋のノウハウが役に立てるかも、 と意気込んで働き始めました。

「八百屋の立ち上げを半年やった後に、農作物流通の営業、貸し農園の担当と1年の間にいくつもの仕事を経験させて頂きましたが、どれも会社の求める仕事ができず迷惑をかけっぱなしでした。貸し農園の整備は鍬で畑を耕したり機械を使って畝を作ったりと楽しかったのですが、 『俺は本当にこれがやりたいんだろうか?』と思ってしまって、一人で作業している時にずっと 考えていたんです。そうしてしばらく経っていつものように鍬で畑を耕している時に『あ!鍬で畑耕してる場合ちゃうわ。もち米や!俺は。』とスイッチが切り替わったんです(笑)。」

2015年の11月に畑の上で思い立ち、翌年の2月には移住をしていたんだそう。周囲からは突然スイッチが切り替わったようにも見えていたようですが、武中さんの中ではそれ までに様々なきっかけがあったそうで、学生時代の京都でフリーランスとして楽しそうに働く人 との出会いや、東京での一旦東京で働いた後に家業を継いだ近藤さんなどとの出会いを通して、 「こんな生き方もありなんだ、京都に戻って働きたいと思っている人は僕だけじゃないんだ」と 思ったんだそう。

「お、おう。そうか。」案外すんなりと話が進み京都へ

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2016年の11月に移住を思い立った武中さんは、 2016年の正月に実家に帰った時に「仕事辞めて京都に戻るわ。ここで働かせて欲しい。」と伝えたんだそう。

東京に就職する際にも継ぐ意志があることは伝えていなかったこともあり、驚くのではないかと思いながら告げたそうですが、父親から返ってきたのは「お、おう。そうか。」という返事 でした。

案外すんなりと、移住が決まったそうですが「家のあられ屋を継ぎたいという気持ちがあるのは もちろんですが、東京での仕事がうまくいかなかったことがきっかけだったこともあり、ちょっ とネガティブな動機で京都に帰ってきてしまったなと思っています。」と少し後ろめたい気持ちもあったんだとか。

また一から、新卒のような気持ちで

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2016年の2月に京都に帰ってきてからはまた一から始める気持ちで、あられの生産から菓子問屋さ んへの訪問の同行、配達まで武保あられの仕事をやりながら、仕事以外の時間でも、製菓業界の 本を読んだり、京都にある小さな菓子屋を巡ったりしているのだそう。

「父は店を継がないと思っていたみたいで、10年くらいで締めるつもりで今いるお客さんと取引先との商売を続けていこうと思っていたみたいです。 だから、長期的な方向性は定まっておらず、これから自由に描くことができるんです。今から家族とともに決めていきたいと思っています。」

そんな風に話される武中さんは、『武保あられ』の今の形を守っていくことには重点は置いてい なんだとか。

「うちはあられを含む米菓業界の中でも最小規模だと思います。 大きいところは数百億円の企業もあるですよ。そんな中で、うちがやれることは今やっている大規模スーパーなどへの卸以外のところにあるのではないかと思っています。」

スーパーに並ぶあられは大手メーカーに占められている現状で、『武保あられ』も同じように並べるよりも、新しいあられの食べ方を提案したり、作り方を改良したりとお客さんに合わせた改良をする方が合っているのでは、と考えているんだそう。

「小さいうちだからこそ挑戦できることがあるし、満足してくださるお客さんがいます。お客さんの声に耳を傾けながら、作り方や売り方など、武保あられの方向性を決めていきたいです。」

工場が小規模で職人の感覚にも頼った製法を続ける『武保あられ』だからこその価値を、模索している最中なようです。

小さな商店が共存している京都

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魚屋と八百屋をやっていたこともあり、東京と言っても千葉などの農家や漁師の元を訪ねることが多かったため、いわゆる”都会的な生活”ではなかったそうで、東京と京都の暮らしの違いを尋ねる と 「毎週末どこかでお酒の試飲のイベントをやっていたりと賑やかでした。それに比べると、京都は少し落ち着いているような感じを受けています。」と話されました。

「それに加えて京都に帰ってきてから気がついたのは、 小さな菓子屋がたくさんありそれぞれが潰れることなく存在していることです。 こんな土地だからこそ、うちの商売もやりがいがあると思います。」

きらびやかな大型の百貨店が軒を連ねる大通りから一本入ると、個性豊かな商店やレストランが存在するのも京都の魅力の一つだと感じているんだとか。

マイナスのUターン 東京の就職でわかり始めたこと そしてこれから
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 「みなさんの参考になるような、かっこいい話はあまりできないのですが…」と話す武中さんからは遠慮がちな様子も伺えますが、これからやっていく『武保あられ』の事業への想いは言葉の 節々から現れていました。

「東京での就職は挫折を感じることも多かったですが、分かったこともたくさんありました。今はまだ、いろいろなことが整理がつききってはいないのですが、幸い『武保あられ』はすでに贔屓にしてくださるお客さんもいて、今あることを丁寧にやっていれば、生きていけるんです。だから少しペースを落として、今あること、これからのことを丁寧にやっていきたいと思っていま す。」

東京からのUターンから半年強、飛躍の時に向け力を蓄える、”屈む”時期だと捉えているそうで、 これから東京での就職の経験が熟成され『武保あられ』へと生かされていきそうです。

▼3月のイベントのお知らせ

今回ご紹介したような事業継承や創業・起業といった働き方の選択肢を、より多くの方にお届けする為に、
実際に、起業や事業継承をした人たちとのリアルに出会える場をご用意しました。

“いつかと“先延ばしにしている「移住」や「転職」や「起業」や「事業継承」のヒントとなる機会。
開催日程などの詳細が決定しましたので、気になる方は以下よりご覧の上、是非エントリー下さい。

3月25日(土)これからの家業の話をしよう@東京
→実家が家業の人たちの京都出身者の集いの場を東京でご用意します。

本記事は、公益財団法人京都産業21が実施する京都次世代ものづくり産業雇用創出プロジェクトの一環で取材・執筆しております。

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