CHECK IN
京都の日常を彩る食を訪ねる「食を巡る」シリーズ。京都らしい食べ物や飲み物、京都移住計画メンバーのお気に入りの一品をご紹介する連載コラム記事です。食べることは生きること、京都での暮らしに彩りを与える物語をお届けします。
三条駅近くの静かな住宅街。初めてだと足を進めるのに少しだけ勇気のいる細い路地の奥に、今回ご紹介するワインショップ「仔鹿」があります。

民家を改装した店内に入ると目に留まるのは、古道具を利用した棚やワイン箱の上に、どこかおおらかな様子で並ぶワインたち。ボトルの肩に下がったカードには、「昼からでも美味しい、楽しい辛口です」「ポテサラから餃子まで幅広く吞ませます」など、手書き文字で綴られた親しみやすいワインの説明が添えられています。

「ワインは調べれば調べるほど怖くなってしまうので、とりあえず何も気にせず一本飲んでみてほしいと思います。何も分からない状態でおすすめを聞いてくれて大丈夫。もし、話しかけるのも緊張するようなら、説明カードを頼りに選んでくれてもいいですよ」
そう話すのは、出迎えてくれた店主の室原卓弥(むろはら・たくや)さん・沙采(さあや)さん夫妻です。
毎日のワインのお店ができるまで

佐賀出身の卓弥さんと東京出身の沙采さん。店を構える以前は、それぞれ東京でワインのインポーターとして働いていました。卓弥さんは独立前をこう振り返ります。
「食とお酒への興味から就いた仕事でしたが、大きな規模の商談を任されるようになってくると、取引先と交わすのはワインの味や飲んだお客さんの感想の話ではなく、電卓を叩いてするお金や条件の話ばかりになってしまって。それが苦手で、ならば自分の店を持とうと始めたのが仔鹿です」
こうしたきっかけを経てオープンした仔鹿は、「日々の暮らしの中で楽しむお酒としてワインを売る」という現在の方向性になっていきました。
「高級レストランの食事と『お母さんのチャーハン』の美味しさが比べるものではないように、ワインにも色々な美味しさや評価軸があります。しかし既存のワインコミュニティの中には、ワインの希少性や付加価値にばかりフォーカスして評価を語り合いがちな部分もあるように思えて、そこからは少し距離をとりたいとも考えていました。それを突き詰めていったところ、現在の『毎日の暮らしで美味しく飲もう』というコンセプトが形づくられてきた気がします」
気取らない毎日の献立のお供に、普段着ワインを

仔鹿のワインは、例えるなら「センスのいい普段着」。穏やかな味わいのセレクトが中心で、家で2〜3日と続けて飲んでも疲れないことを重視しています。
「レストランで背筋を伸ばして食べる料理と、仕事を頑張った日に家に帰って冷蔵庫を開けてつまみたい料理は違いますよね。ワインにも様々なシーンに合わせたものがあります。仔鹿のワインは家で飲む時間を想像し選んだもの。人間に見立てると、お家の中でいつも普段着でリラックスしているけれど、なんとなく趣味のいい格好をしているような、そんな姿のワインたちです」
室原さん夫妻の親しみやすい言葉を聞いていると、「ワインはどこか難しい」と構えた気持ちが、自然とほぐれていくのが分かります。

仔鹿に通うお客さんは、餃子や炒め物、おでんにお漬物と気取らない毎日の献立に合わせるワインの相談に足を運んでくれるのだとか。
実際、お店で一番リピーターが多いというポルトガルの白ワインは「よく冷やして、お風呂上がりにビールのようにぐいっと」とふたりが飾らない言葉で薦める一本です。
「プロが使うような難しいワインの表現は店では使わないようにしています。意識して言い換えているというより、ここでお客さんと話している時の表現や感想が僕たちの『素』の言葉なんです」と卓弥さんは笑います。
自分で感じて見つける「美味しさ」

とはいえ、「飲んだからには何か気の利いたことを言わなくては、と緊張する人も多い」とふたりもいうように、味を感じ取ることへのプレッシャーを感じる人は少なくないはず。しかし実はそれも「誰しも普段は自然にできていること」なのだとか。
「ワインのテイスティングと呼ばれる行為も、つまりは味をみるということです。例えば、自炊で味付けに失敗したと思っても、食べてみたら『あれ、このお酒と合わせるには丁度いいな』なんて感じることもありますよね。誰もが意識せず味を自分の舌で確認して、知識や情報を更新しているんです」

それに気がついてほしいと仔鹿が始めた試みが、ワインを飲み比べながら、簡単なお酒のアテをつくるワインと料理の教室「キッチンドランカーの会(※)」です。
(※現在は休止中。これまでの会の様子はZINE「キッチンドランカーの本」シリーズにまとめられています)
テーマは「スーパーで手に入る食材を使うこと」「お酒を飲みながらでも作れること」「自分なりに味を感じて美味しさを見つけること」の3つ。気負わずに自分なりの味の感想を持つきっかけになれば、とふたりは話します。
「近年、ワインは土地や作り手、製法などの背景にウェイトを置いて語られがちな傾向にありますが、まずは知識ではなく、自分が感じる『美味しさ』を最優先してほしいと思います。美味しさの理由を知るのは、その後でいい。なぜ美味しいのだろう?という興味がワインの楽しみを深めてくれるのではないでしょうか」
京都のまちのワインショップ、仔鹿
愛らしい店名の由来は、「老後は奈良で『仔鹿』という名の店でもしようか」という仲の良いふたりの定番の空想話から。
「この計画を『いつかやる店 仔鹿』と呼んでいた時の名残です」と沙采さん。曰く「気づけばどんどん計画が早まって」、卓弥さんが大学時代を過ごした京都の静かな路地奥に縁を得ました。

京都での暮らしの良さを「美味しいお店がたくさんあること、鴨川があること」と、口を揃える室原さん夫妻。自宅から店へは鴨川沿いを自転車で通い、道中、双眼鏡を手に時間を忘れてバードウォッチングに夢中になることもしばしばあるのだとか。

取材の最後に今後の目標を伺うと「ただ淡々とワインを売ることです。派手なイベントなどはせず、けれど『あそこにワインのお店があるよね』と思っていてもらえるのが夢です」と沙采さん。「それが憧れですね」と頷く卓弥さんの声が重なります。

夕飯の献立に悩んだ時、嬉しいことがあった時、ふと思い浮かぶのは、静かな路地裏のお守りのようなワインショップ。仔鹿のワインは、これからもたくさんの人の毎日の食卓を彩り続けることでしょう。
『ワインショップ仔鹿』
住所:京都市左京区大菊町134-7
営業時間:13:00~21:00
定休日:火曜
Instagram:https://www.instagram.com/kojika.poipoi/
HP:https://kojika.storeinfo.jp/
CHECK OUT
私が仔鹿で出会ったワインでお気に入りのひとつはハンガリーの白。夏のはじまりにその年はじめてスイカを買ったことをお話して選んでもらった一本です。ほんのり感じる塩気が夏にぴったりで、じめじめとした季節の楽しみ方がひとつ増えた気分になりました。
仔鹿の店頭でおふたりからワインの紹介を聞いていると、自然と頭のなかに自宅の食卓の様子が浮かんでくるから不思議なものです。仔鹿でワインを選ぶ時間は、商店街で夕食の献立を相談をしながら買い出しをするのにも近い感覚かもしれません。
執筆:蓮田 美純
編集:藤原 朋



