「京都府北部」と聞いて、あなたはどんな景色を思い浮かべますか?日本海に面した美しい海岸線、豊かな食文化、霧が立ち込める山並み……。筆者は京都市内で暮らしているのですが、同じ京都府内でありながらも、北部の暮らしはどこか遠い場所のことのように感じていました。
しかし、そこには私たちがまだ知らないかたちで、地域ならではの「働き方・暮らし方」を営む人々や企業が数多く存在しています。ライフステージの変化に応じて柔軟に役割を変えていくキャリアのあり方や、一つの職種に縛られず、複数の仕事を行き来する働き方。仕事と暮らしがゆるやかにつながり、一人ひとりの関心や人生の変化に応じて、働き方も形を変えていく……そんな実践が、いくつも生まれているのです。

2026年3月5日、京都・河原町御池の「QUESTION」で開催された「たんたんターン交流会in京都〜京都ローカル企業での働き方・くらし方とは?〜」。
京都府北部(丹後・中丹エリア)で活動する経営者と若手社員をゲストに迎え、約40名の参加者とともに「地域ならではの働き方・くらし方」を探る一夜となりました。
「ひとつ先の京都」を知る
イベントの幕開け、司会を務める京都移住計画の藤本和志が「北部エリアに行ったことがある人はいますか?」と会場に問いかけました。

参加者の約3分の1ほどの手が上がります。京都市内在住の参加者が多いこの日の会場では、京都北部エリアは、「知っているようで、まだ深くは知らない場所」。そんな「ひとつ先の京都」の輪郭を、京都府中丹広域振興局の山﨑真さんが紹介してくれました。

「宮津市・京丹後市・与謝野町・伊根町の『丹後エリア』と、福知山市・舞鶴市・綾部市の『中丹エリア』。この7市町が、いわゆる京都北部地域です。京都から綾部ジャンクションまでは車で約50分。宮津までも特急一本で約2時間と、実は意外と近いんです」と山﨑さん。

ばら寿司や間人(たいざ)ガニ、丹波栗といった豊かな食、そしてレジャーなどのアクティビティ。山﨑さん自身も、釣りを通じて知り合った仲間と週末によく出かけているという、日々の暮らしを楽しんでいるそうです。
【ゲスト企業トーク①】株式会社ウッディーハウス
最初に登壇したのは、舞鶴市を拠点にアパレル事業を展開する株式会社ウッディーハウスの代表取締役、志摩幹一郎さんです。

志摩さんは大学卒業後、東京の百貨店で勤務。1999年に地元・舞鶴に戻り、セレクトショップから事業をスタートさせました。現在は「地方にも本物を」を合言葉に、京阪神エリアを中心に十数店舗を展開しています。
「私たちが掲げているのは『服と人と街をつなげる』というキャッチコピーです。4月には東京・立川にも出店しますが、その土地に合わせた品揃えや、こだわりの自社ブランド開発を大切にしています」

ウッディーハウスの活動は、アパレルの枠を超えています。舞鶴赤れんがパークの管理運営やイベント事業、昨年オープンした複合施設「atick(アティック)」など、舞鶴の街全体を盛り上げる「地域創生」のハブとしての役割も担っています。10年前から続く「WOODYHOUSEFESTA(ウッフェス)」は、昨年5月の開催時には3日間で5万5千人が来場したという、舞鶴を代表する大きな祭りへと成長しました。
「スタッフ自身が楽しんでアイデアを出し、『これをやったら盛り上がるんじゃないか?』と動いているうちに、どんどん大きな輪になっていきました」と志摩さんは笑顔を見せます。

続いて、同社でネット事業部5年目を迎える鳥井衣里さんがマイクを握ります。徳島県出身の鳥井さんは、大学時代京都での活動を通じて就職先を探していた際、未経験でできるデザインの仕事に惹かれウッディーハウスにIターンで入社しました。

「私は府外出身なので、『京都に、京都市以外の場所があったんや!』と最初は驚きました(笑)。実は私、虫が大嫌いなので、田舎暮らしには向いていないと思っていたんです。でも実際に暮らしてみたら、友達ができて、地元ならではの遊び方をたくさん教えてもらいました」
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手作りの段ボールのそりで斜面を滑り降りたり、旬の海鮮を味わったり。仕事面でも、未経験からスタートしたデザイン業務を実務の中で磨き、現在はバナー制作から写真編集、記事の企画まで幅広くこなしています。
「月に一度の上司とのミーティング、年に一度の社長との面談など、しっかりと自分のやりたいことを伝えられる環境があります」と、現場の風通しの良さを伝えてくれました。
【ゲスト企業トーク②】京丹後地域づくり協同組合(ほむたん)
続いて登壇したのは、京丹後市を拠点とする京丹後地域づくり協同組合(通称:ほむたん)の代表理事、川渕一清さんです。

2013年に東京からUターンした川渕さんは、高校生の居場所づくりや企業の採用支援など、地域に根ざした活動を続けてきました。2022年に立ち上げた「ほむたん」は、移住希望者を「組合の正社員」として雇用し、農家や酒蔵、飲食店といった複数の事業所へ派遣する事業を展開しています。
「テーマは『まちの人が主役』。私は地元へ帰って来てから、暮らしと仕事の境界線が曖昧なライフスタイルを続けています。生活の一部として仕事をしているという感覚があるからこそ、地域にある資源や課題を拾い集めることが、結果としてより豊かな暮らしと仕事に繋がっていくと考えています」

「ほむたん」の仕組みの最大の特徴は、一つの場所に縛られない「マルチワーク」という働き方です。春から秋は農家、冬は酒蔵といったように、年間を通じて地域の多様な仕事を経験できます。現在は15社程度の企業が参画。20代から30代を中心に、50代の方も入社しており、その全員が全国から集まった移住者です。週4日勤務の選択や副業も可能という柔軟な設計もあり、これまでに4組が結婚・出産を経験しました。育児休業取得率も100%を誇るなど、「暮らし」を土台に置いた組織運営がなされています。
「地域に移り住む際、仕事がボトルネックになりがちですが、『ほむたん』は自分に合う仕事や地域との接点を見つけるための入り口のような場所でありたいと思っています」
狩猟、農業、そしてレストラン。ほむたんから生まれた「新しい暮らし」そんな「ほむたん」の卒業生として登壇したのが、2月に独立したばかりの辻惠さんです。

宮崎県出身で、自衛隊や不動産業、鮮魚店など多彩なキャリアを経て、妻の地域おこし協力隊着任を機に京丹後へ移住した辻さん。「ほむたん」ではサツマイモ農家で働きながら、地域での働き方・暮らしを深めていきました。

「作物が虫や獣にやられることもありますが、それすら自然の摂理だと楽しめるようになたんです。夫婦でわな免許を取得し、僕は一年がかりで猟銃免許も取得しました。今では肉をほとんど買わない生活をしています(笑)」
辻さんはこの5月、自ら育てた古代米とジビエを楽しめるレストランのオープンを予定しています。
「自分が楽しんで生活をしていると、不思議と『あれをやりたい』というアイデアが次々と浮かんでくるんです。『ほむたん』で楽しく仕事ができたことは、自分にとって新たなチャレンジの大きな土台になりました」
【トークセッション】「人」にフォーカスする、ローカル企業の眼差し
後半は、ゲスト4名が並んでのトークセッションが行われました。

導入として司会の藤本から、京都北部の唯一の大学・福知山公立大学で行われたアンケート調査の結果から見えた課題が共有されました。
「北部エリアでは、地元企業の認知が低く、就職の際に選択肢に入って来にくいのだそう。一方でキラリと光る企業には、そこを目掛けてUターン就職をする人もいます。そのため、北部エリアの企業や、働き方の選択肢を知ってもらう機会が必要です」

ローカルの企業は、働き方や暮らし方がゆるやかに混ざり合っている、「ライフワークミックス」がひとつの特徴。「ローカルっぽい働き方って、なんだろう?」という問いかけから、トークセッションは始まりました。

志摩さんは、ウッディーハウスが実践する柔軟なキャリア形成の背景を語ります。
「ウッディーハウスでは、入社時だけでなく、その後も本人と対話を続けながら、今何をやりたいのかを一緒に考えます。ネット事業部でスタートしたスタッフが撮影やSNSに興味を持てばそちらへ、あるいは地域創生に関わりたいとなれば配置を変えることもあります。採用難という背景はありましたが、結果的に一人ひとりの『人』にフォーカスする環境を作ることが、働きやすさや定着に自然と繋がっていきました」
さらに志摩さんは、地域と都市部の双方に拠点を持つことが、柔軟な働き方を支えていると続けます。
「たとえばパートナーの転勤や、実家の都合などで引っ越しをする必要が出てきた場合、これまでは退職しなければいけないという選択になりがちでした。でも今は、大阪や東京になどに店舗や拠点があることで、『じゃあそちらで働こうか』と仕事を続けることができます」
ライフステージの変化に応じて、働く場所を選び直せる仕組み。それは単なる制度ではなく、一人ひとりの生活に寄り添う企業の姿勢そのものでもありました。
また地域との距離の近さについても、「市役所の方とも顔見知りで、雑談から仕事が生まれることも多い。先日開催したクリスマスマーケットも、1万人もの方が足を運んでくれました。行政や住民と一体となって街を盛り上げる醍醐味が、ローカルにはあります」と語ってくれました。

続いて鳥井さんは、自身のキャリアにおける葛藤と成長を振り返りました。
「デザインをやりたくて入社しましたが、最初の1、2年は思うようにいかず、一度商品ページの制作業務にシフトしました。そこで1年間、商品と徹底的に向き合ったことで、足りなかったのはセンスではなく『お客さまの目線』だったと気づけたんです。その変化を周りの先輩や社長が認めてくれたからこそ、今の仕事にその経験を生かすことができています。小さな会社だからこそ社長との距離が近く、すぐに相談できる安心感がありました」
「場所」よりも「人」にフォーカスし、「この人たちがいる場所なら楽しそう」という直感を信じて動いてきた鳥井さんの言葉は、参加者の心に響いているようでした。
川渕さんは、地方における働き方の本質を「生活の延長線上にあるコミュニティ」と表現します。

「『ほむたん』の最大の特徴は、退職後も関係が続いていくことです。単なる雇用関係ではなく、地域で一緒に暮らす仲間として、ばったり会えば子育ての相談に乗る。仕事仲間であり、いわば『生活共同体』のような感覚です。行政との距離も近いので、色々なことを気軽に相談することもできます。このまちをより良くしていくため、行政や民間の立場でそれぞれ考え、ともに物事を進めていく。それは広義での公民連携の関係性だと感じています」
さらに、移住についても「住民票を移すことだけが移住ではない」と持論を語ります。「離れていてもつながりが続いていれば、それは広い意味での住人。移住というのは、その人にとって、生活や仕事といった自分の生き方を変える選択肢のひとつだと思います。どこで暮らしていても、一緒に何かやりたいことがあれば、私たちはいつでもその『種』を拾いにいきます」と、多様な関わり方を肯定するメッセージを贈りました。
「ほむたん」を卒業し、独立したばかりの辻さんは、京丹後での暮らしを通じて見つけたビジネスの可能性について語りました。

「5月にオープンするレストランでは、地元の農家さんにとっては獣害でしかないジビエをメインに扱います。地域では厄介者とされているものを、地域ならではの付加価値の「食」として提供し、都会の人との交流の鍵に変える。そうすることで、地域のネガティブな要素をポジティブなコミュニティのきっかけにしたいんです。地域にどっぷり浸かって生活しているからこそ、こうした視点が持てるようになりました」
「ほむたん」という安心できる場所で働きながら、地域との接点を増やしてきた辻さん。その経験があったからこそ、自分の理想とする働き方と暮らし方を追求できるようになったと、その決意を語ってくれました。

セッションの締めくくりには、志摩さんから「地域にはキーパーソンが集まる場所がある。そこへ自ら足を運び、対話を重ねることで、地域にはすっと馴染んでいけるはずです」という、具体的なアドバイスが参加者に贈られました。
【ワークショップ・交流会】「当たり前」の枠を外してみる
トークの熱気そのままに、会場では参加者同士のグループ対話が行われました。「良いなと思った働き方は?」「自分が京都北部で活動するなら何がしたい?」といったテーマに対し、あちこちから笑い声や驚きの声が上がります。


印象的だったのは、多くのグループから聞こえてきた「都会と地域の『当たり前』の違い」というキーワードです。
「例えば回覧板が回ってくることなど、地方の日常が都会の人には新鮮に映る。環境を変えて『当たり前』の基準が変わるだけで、都会で抱えていた悩みが、気にならなくなることもあるのではないか」。
そんな対話を通じて、参加者自身の暮らしを見つめ直す時間となっていました。
一歩踏み出すための「種」を受け取り、育てる

最後に、主催の京都府中丹広域振興局の福井あゆみさんがこう語りかけました。
「トークの中で出た『関わり方』という言葉が、私の中に強く残っています。地域への関わり、仕事への関わり……。それぞれに違うアプローチがあることを改めて学びました。今日皆さんが受け取った興味の『種』を、私たちがしっかりと預かり、次のつながりへと育てていきたいと思っています」

イベント終了後、1階のカフェバーでの懇親会も遅くまで賑わいました。福知山公立大学の学生は「人に合わせて働き方も暮らし方も、柔軟に両立していけるのが地域の魅力だと感じました」と語り、4月から丹後の伝統織物工房へ弟子入りする女性は「地域の一体感を感じて、前向きにスタートできそう」と晴れやかな表情を見せてくれました。
今夜ゲストたちが体現していたのは、仕事とプライベート、地元と移住者など、その境界線がゆるやかに溶け合う、しなやかな生き方でした。
京都北部のリアルな姿に触れたことで、参加者一人ひとりの中に、「あの地域に行ってみたい」「あの企業と何かできるかも」と、それぞれの関わりしろが芽吹いたようです。
執筆:小黒 恵太朗
撮影:海部 登生


