1997年頃にイギリスやフランスで始まったサイエンスカフェ。科学の専門家と一般の人たちが、カフェのような雰囲気で気軽に語り合う場をつくろうという試みです。日本では2005年頃から全国各地で開催されるようになりました。
京都リサーチパーク(通称:KRP)では、2020年8月からサイエンスカフェ形式のイベント「ふれデミックカフェ」をスタートさせ、2025年度中には開催100回を迎えます。ライフサイエンスやものづくり領域を中心とした若手研究者を招き、研究内容について観客参加型のディスカッションを行っています。
今回は、過去に登壇された京都大学准教授の高橋雄介先生と科学コミュニケーターの本田隆行さん、そして登壇する講師の推薦などに携わっている京大オリジナル株式会社の岡田一郎さんの3人に、「ふれデミックカフェ」の意義や価値、これからへの期待についてお話を伺います。
研究活動と社会をつなぐ場づくり
京都の5つの大学(京都大学、立命館大学、京都府立大学、同志社大学、京都精華大学)の協力を得て開催している「ふれデミックカフェ」。(京都精華大学は2022年からは「ふれアートカフェ」として開催)
岡田さんは、自身が所属する京大オリジナルと「ふれデミックカフェ」との関わりについて、次のように話します。
岡田
京大には4,000名を超える研究者がいます。京大オリジナルはそれら京大を中心とした研究者と企業を結び付け、共同研究・プロジェクトを進める際の企画やサポートなどを行っています。いわば大学の中と外の「つなぎ役」ですね。そのような活動の一つである「ふれデミックカフェwith京大オリジナル」は、KRPさんと京大オリジナルが協力してこれまで40回以上開催してきました。私自身はKRPさんと企画内容を調整しながら登壇講師の推薦などに携わっています。

岡田 一郎
京都大学大学院工学研究科修了後、大阪府に環境職として入庁し、環境保全と産業振興を担当。産業廃棄物部門では不法投棄対策担当として、いわゆる張り込みやガサ入れも経験。2018年に京大オリジナル創設に合わせて入社。京大の研究者を中心としたESGや心理学系コンソーシアム等の設立・運営、共同研究・プロジェクトの企画・サポート、ESG関連コンサルティング、起業支援などに従事。哲学研究者と金融機関との共同研究支援など、お互いに新たな価値に気づきを得ていただくことを目指している。中小企業診断士、MBA。博士(経営科学)。
4,000名以上もの研究者の中から、岡田さんはどのような観点で「ふれデミックカフェ」の講師として推薦する人を選んでいるのでしょうか。
岡田
すでに著名な先生よりも、研究内容がユニークでこれから注目を集めるであろう若手の先生を推薦するようにしています。ライフサイエンスやものづくり領域を中心にしつつも、心理学など人文・社会科学系の先生方のご登壇も積極的に進めています。
京大オリジナルからの推薦で2022年11月に「ふれデミックカフェwith京大オリジナル」に登壇したのが、教育心理学や発達心理学を専門とする高橋先生です。
高橋
「性格が変われば健康も変わる?:健康科学とパーソナリティ心理学の接点を探る」というテーマで登壇しました。当日は、パーソナリティ心理学の基礎研究の知見をご紹介しつつ、人間のこころと身体の協働の様子について参加者の皆さんとディスカッション。学校の先生や保護者向けに講演をする機会は普段からあるのですが、広く一般向けに話す経験はあまりなかったので、これまでのアウトリーチ活動とは異なる新たなチャレンジでした。

高橋 雄介
2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。京都大学高等教育研究開発推進センター特定助教、京都大学白眉センター特定准教授などを経て、2020年より現職。専門は教育心理学・発達心理学・行動遺伝学。
フリーランスの科学コミュニケーターとして活動する本田さんは、2024年度の「ふれデミックカフェwith京大オリジナル」に、ファシリテーターとして2回登壇しました。
本田
僕は日本科学未来館で約3年間働いた後、科学コミュニケーターとして独立しました。やっていることは岡田さんと同じで「つなぎ役」ですね。イベントや展示物、文章など、手法やジャンルは問わず、科学技術と社会をつなぐ仕事をしています。「ふれデミックカフェ」のファシリテーターを務めることになったのは、学生時代からの友人であるツナグム(京都移住計画)のタナカユウヤくんに声をかけてもらったことがきっかけです。

本田 隆行
神戸大学にて地球惑星科学を専攻(理学修士)。地方公務員(枚方市役所)事務職、科学館(日本科学未来館)勤務を経て、国内でも稀有なフリーランスの科学コミュニケーターとして活動中。「科学とあなたを繋ぐ人」として、科学に関する展示企画、実演の実施・監修、大学講師やファシリテーター、行政委員、執筆業、各メディアでの科学解説など、なんでもこなす。著書・監修に『宇宙・天文で働く』(ぺりかん社)、『もしも恐竜とくらしたら』(WAVE出版)、『知れば知るほど好きになる 科学のひみつ』(高橋書店)など多数。
対話から新たな気づきが生まれる
それぞれ登壇者とファシリテーターという立場で「ふれデミックカフェ」に携わった高橋先生と本田さんですが、この経験から得られた気づきや学びはあったのでしょうか。
高橋
普段は基礎研究に取り組んでいるので、「どんな先行研究があり、自分の研究にどんなオリジナリティがあるのか」といったことばかりを考えているのですが、それを一般の方にお話してもきっと満足いただけないだろうと思って。「ふれデミックカフェ」では「この研究が社会にどう役立つのか」という社会的価値に力点を置いて説明するように心がけました。
一方で、「社会の役に立つかはわからないけど、面白いね」と思ってもらえたら良いという裏テーマもあったと、高橋先生は笑います。
高橋
皆さんに価値を認めていただけるかどうかはわからないけれど、「これって面白くないですか?」という気持ちでお話しました。当日は現地とオンラインのハイブリッド開催でしたが、オンライン参加の人たちからも画面越しに質問や意見をたくさんいただけたので、少なからず興味を持ってもらえたのかなと感じました。
高橋先生の言葉を聞いて、「研究の面白さを伝えようとする先生たちの思いを、より積極的につなぐのがファシリテーターの役割」と本田さんはつづけます。
本田
例えば、先生が全部話し終わったあとに「何か質問はありますか」と聞いても、なかなか手が挙がりづらいですよね。だから、僕がファシリテーターを務めた回ではQ&AができるWebチャットサービスを利用して、先生が話している途中でも質問や感想を自由に書き込めるようにしました。
確かに、みんなの前では発言しづらいけど、チャットなら気軽に書き込めるという人は多いかもしれません。質問というほどでもない、ちょっとした疑問や感想も言いやすくなりそうです。
本田
Webチャットサービスを活用することで、先生たちが普段リーチしない層と接する機会を作れたんじゃないかなと思います。チャットをきっかけにやり取りが生まれると、距離が少し縮まるからか、イベント後に登壇者と参加者が名刺交換をしているシーンもよく見かけました。関わり方の選択肢を広げると、より多くのコミュニケーションが生まれる場になると感じました。

本田さんがファシリテートした回をそばで見ていたという岡田さんは、現場の様子を振り返ってこう話します。
岡田
研究者が一般の方に対して自身の研究を説明されている際、「ちょっと理解しづらいかも。もう少し詳しく説明してほしいな」と感じる場面があるんです。そんなとき、本田さんが「それってこういうことですよね」と補足してくれるので、とてもありがたいですね。そのおかげで、研究者自身も「あの部分の説明が足りなかったんだな」と説明の順番や方法を見直すきっかけになると思います。
「教える」「教えてもらう」ではない関係性を
「ふれデミックカフェ」のように、若手研究者が大学・研究室の外に飛び出して、一般向けに発信したりコミュニケーションを取ったりすることには、どのような意義や価値があるのでしょうか。
岡田
京大主催の講演会やセミナーだと、「京大の京大による京大のための場」になってしまいがちですし、先生方の緊張感も少ないのではないでしょうか。だからこそ大学の外での「他流試合」はとても大切だと思います。また、「他流試合」での参加者との対話だからこそ、先生方が新たな気づきを得ることもあるでしょう。そこから研究の新たな着想へとつながっていけば最高ですね。
高橋
「ふれデミックカフェ」のように、一般の方に話すときは専門用語が使えないので、実は難易度が高いんですよね。だから、若手研究者のコミュニケーションやプレゼンテーションのスキル向上に役立つはずだと思います。個人的には「他流試合」と言わず「異種格闘技戦」くらいの激しさがあってもいいかなと思っているんですよ(笑)。「ふむふむ」と聞いてもらうよりも、「それって何の役に立つんですか?」「私はそうは思わないんですけど」とどんどん突っ込んできてくれたほうが面白いですから。

「そういう反対意見が出てくると、僕もワクワクしますね」と本田さんは楽しそうに頷きます。
本田
自分が持ち合わせていない価値観にふれると、刺激になるじゃないですか。それがお互いにあったほうが盛り上がるんですよね。ただし、ガチンコの討論になってしまわないように、いかに和やかな雰囲気で進められるかどうかが、ファシリテーターの腕の見せどころです。
登壇者と参加者の間に、ファシリテーターが第三者として入るからこそ生まれるやり取りがあると、本田さんはつづけます。
本田
僕が専門家側に寄ったりお客さん側に寄ったりして、ある意味、優柔不断に立ち回る。お客さんの立場で先生に質問したり、逆にお客さんに何かを問いかけたりすることで、お客さんが疑問を持つことに対するハードルも下がるし、専門家が反対意見を受け止めやすい雰囲気も生まれると思うんです。実はすごく神経を使ってハンドリングしているんですよ。
3人のお話から、「教える」「教えてもらう」ではない関係性や、双方向のコミュニケーションを生み出す難しさと重要性が伝わってきます。
新たな研究交流やイノベーションの契機に
さまざまな場所でサイエンスカフェに携わっている本田さんは、KRPというイノベーション創発拠点で開催する意味についてこう話します。
本田
「ふれデミックカフェ」は、ビジネスの場であるKRPで開催されているからこそ、他のサイエンスカフェと比べるとビジネスや経済とつながる距離が近く、新たな事業やイノベーションが生まれる可能性が大きいと思います。一方で、企業展示会のような堅苦しい雰囲気ではなく、「アフターファイブだけど仕事の延長」といった絶妙な距離感があるのが面白いですね。
この言葉を聞いて、岡田さんも「会社の意志というより、個人の意志で来ているビジネスパーソンが多い気がします」と笑顔で頷きます。

本田
2024年度に初めて関わってみて、「ふれデミックカフェ」やKRPの独自性を実感したので、その魅力をもっと発信していけるように、僕もお手伝いできればと思っています。2025年度は、各大学の先生方が一緒に登壇する大学横断企画にもファシリテーターとして関わる予定です。登壇者と参加者だけでなく、登壇者同士の異なる価値観も混ざり合うような場を作れるといいですね。
岡田
大学や自治体が主催するサイエンスカフェとは違って、セクターの縛りがなくボーダーレスで、さまざまなステークホルダーを巻き込んでいけるところが「ふれデミックカフェ」の独自性であり魅力だと思いますね。
高橋
大学横断企画のように研究者同士がインタラクションするのも良いですし、何かテーマを絞ってシリーズで展開するのも面白そうですね。2025年度には100回目を迎えるとのことですが、100回とは言わずさらに200回300回と継続していただいて、「ふれデミックカフェ」には若手研究者の登竜門のような存在になってもらえたらなと思います。

「ふれデミックカフェ」がこれからも継続していくことで、京都、そして世界は、どのように変わっていくのでしょうか。
岡田
京都は「石を投げれば坊さんか学生に当たる」と言われるほど大学の多いまちです。さらに、島津製作所や堀場製作所、京セラ、ニデックといった会社が生まれた起業の都でもあります。そんな京都における大学と企業との連携から、「ふれデミックカフェ」発の新しい産業やビジネスがどんどん生まれていけばいいなと思いますし、私たち京大オリジナルも貢献していきたいと思っています。
高橋
「日本でアカデミックな場といえば京都」と誰もが真っ先に名前を挙げてくれるようになるといいなと思います。そのためにも、大学と社会をつなげて、研究の裾野を広げる活動を継続していくことが大切ですし、自分自身もそれに貢献していきたいと思っています。こういった活動には、本田さんのような科学コミュニケーターの存在がとても重要です。若手を大学・研究室の外に安心して送り出せますから。
本田
そう言っていただけると背筋が伸びますね。研究者も企業の方たちも、みんながお互いになんとなく垣根を感じているように見えるんです。その垣根を超えるための通路を開けてあげるのが、「ふれデミックカフェ」のような場の役割だと思います。垣根の向こうにある新しい価値観に出会うと、見える世界が必ず変わる。昨日の自分と今日の自分が変化する。その手助けができるよう、これからも取り組んでいきたいですね。

取材を終えて、KRPの担当者からは「ふれデミックカフェでできることはまだまだあるとのお声をいただき、身が引き締まる思いです。関わってくださる皆様のご協力をいただきながら、登壇者・参加者にとって、ちょうどいい、場づくりを続けていきたいです」というコメントも生まれ、今後の展望がさらに楽しみになる時間となりました。
大学のまちであり、起業の都である京都で、これからも垣根を超えたコミュニケーションを育みつづける「ふれデミックカフェ」。共同研究やオープンイノベーションを目指す人、産学連携に関心のある人は、ぜひ足を運んでみてください。
お知らせ
ふれデミックカフェの最新情報は、京都リサーチパークのWebサイトをご覧ください。https://www.krp.co.jp/furedemic/




執筆:藤原 朋
撮影:中田 絢子
編集:北川 由依