2016.05.19

結婚と震災の先に描く理想のライフスタイル。大山崎COFFEE ROASTERS 中村佳太さん・まゆみさんご夫妻

京都府乙訓郡大山崎町は、京都と大阪の境にある自然いっぱいの小さな町です。天王山の麓に、こじんまりとした閑静な住宅街が広がっています。今回お話を伺った中村佳太さんとまゆみさんは、三年ほど前にここ大山崎に移り住み、夫婦で珈琲焙煎所を営んでいます。

お二人とも大山崎に来られるまでは、東京の企業でバリバリ働く多忙な日々を送られていたそうです。そんな中村夫婦が、なぜ地方に移り住み、前職からは想像もつかない珈琲焙煎所を始めようと思ったのか。

人生の分岐点と移住、ガラリと変わった現在の生活について、お話を伺ってきました。

結婚と震災が、ライフスタイルを見直すきっかけに

もともとコンサルティング会社に勤めており、多忙な暮らしをしていたという佳太さん。そんなライフスタイルを見直すきっかけとなったのは、まゆみさんとの結婚と、直後に起こった東日本大震災だったと話します。

「結婚して3、4カ月後に震災がありました。その時も出張で家にいなくて、急いで東京に帰りました。その少し前から、結婚はしたけれど出張で家にあまりいないという忙し過ぎる生活に対しては、モヤモヤしたものがありました。いざ震災が起こってみて、この先本当に何があるか分からないなと思った時に、今のままの生活を続けてていいのかなという想いが強くなって。それから本格的にこれからの暮らし方を考え始めました。」

夫婦でこれからのことを話し合うなかで、選択肢の一つとして「移住」が自然に挙がったそうです。二人で暮らす、二人で何かをするということを前提に、自分たちのしたい生活を考えていった結果、「自然の多い地方で、もう少しゆっくりとした暮らしをする」という結論に行き着きます。

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初めて訪れた大山崎に一目惚れ

東京を離れる決意した佳太さんとまゆみさんは、当時住んでいた家の契約更新をしないと決めて、移住先を探し始めます。休日の旅行ついでなどに、移住先候補地を見て回るようになりましたが、なんと、京都は当初の候補にはなかったそうです。

「まゆみさんの実家は京都の宇治市なのですが、お互いが知らない土地に行ってみたいと思っていました。九州・中国地方・兵庫・和歌山と、色々な場所を調べたり見てみたりしたんですけど、なかなか決定打がなくて。そんな時、まゆみさんが『京都の外れに、大山崎っていう町があった。』って急に思い出して、二人で見に来ました。そうすると、僕らが思い描いている『適度な田舎感』そのもので。その時はもう、二人で珈琲豆屋さんをやろうってことで固まっていたので、あまりにも田舎過ぎない場所がいいなと思っていて。大山崎は一目惚れでしたね。」

大山崎が気に入った佳太さんとまゆみさんは、初めて訪れたその日に、もう住む場所まで決めて帰ったそうです。

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やってみないとわからない、ダメならそのとき考えよう

移住先が決まると、次は新生活に向けての準備です。会社を辞め、京都に移住して珈琲焙煎所を始めようとしていたお二人ですが、家族や会社といった周囲の反応はどうだったのでしょうか。

「決めたらお互いの両親に報告しに行きました。『会社辞めます。京都に行きます。珈琲豆屋を始めます。』って。まゆみさんのご両親は、心配だけれど自分たちの近くに来てくれるという点では安心だったみたいですが、僕のところはなかなか難しかったです。父親は会社を定年まで勤め上げた人だったので、個人でお店を始めるということにピンと来なかったみたいで。理解してもらうのに時間がかかりました。

会社に関しては、辞めたり転職したりが当たり前の業界だったので、辞めること自体は何も問題ありませんでした。ただ、会社辞めて珈琲豆屋に転職っていうのは相当驚かれましたね。仲のいい人ほど『ホントに大丈夫なの?』と心配してくれました。ビジネスコンサルタントなので(笑)。」

佳太さんは、そういった反応の中で未知の世界に飛び込んだ気持ちをこう語りました。

「やっていけるかどうかを計算したら、“やっていけない”という結果になることは分かっていました。だから、計算してしまう自分をどうにか抑え込んで、『やってみないと分からない。ダメならそのとき考えよう。』と言い聞かせていました。ただ、お互い社会人として5、6年経験を積んでいたので、本当にいざという時には、もう一度会社員をやれば、どうにか食べるものがないっていう状況だけは回避できるだろうという思惑はありましたね。」

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大山崎COFFEE ROASTERSの始まり。お店の現在と、これからについて

そうして2012年に大山崎に移り住んだ二人は、当初店舗として使えそうな物件が見つかっていなかったため、まずは「BASE」というサービスを利用してネットショップをスタートさせます。

通販を始めてしばらくすると、駅の特産品売り場やマルシェのイベント出店等で、手売り販売も開始しました。すると、地元の人が興味を持って話しかけてくれたり新聞社が取材に来てくれたりして、どんどん知り合いが増えていったそうです。

お客さんの中には、「ネットショップだけじゃなくて、大山崎でお店出さないの?」と声をかけてくれる人もいて、着実に中村さんの自信に繋がっていきました。そして2014年11月に、知り合いに店舗として使えそうな物件を紹介してもらい、実店舗をオープン。実店舗を持つようになると、それまでと生活がガラリと変わったそうです。

「それまではイベント出店が多かったので不規則だったのですが、生活のペースが安定しました。週二日はお店を開けて、一日はイベントに出店するとなると、それぞれ準備が必要になってきます。実店舗を持つようになり、週二日の店舗営業とイベント出店、これが決まっているだけでもだいぶ安定した生活に変わりました。今はそれらに加えて、カフェの卸しを行ったり、小さいお子さんがいるため営業日に来られないといった方のために、配達サービスも始めています。」

大山崎COFFEE ROASTERSは、この先どんな道を進んでいくのでしょうか。中村さんご夫妻が今後やりたいことや、気になる将来の展望についても尋ねてみました。

「はっきり言って、大きなものはありません。こうしようっていう野望とかもありません。丁寧に豆を焼いて、丁寧に販売する。そんな今の暮らしが気に入っているので、この生活を続けていけたらいいなと思っています。自分たちが気持ちいい範囲で、小さく商売をする。それこそ僕たちがしたかったことなので。」

二店舗目を始めるのかな、とか東京進出するのかな、などと期待していた僕の予想とは裏腹に、返ってきたのは中村さんらしいシンプルな答えでした。
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「地元が好き。」と言う人の気持ちが分かるようになった

実際に京都に住んでみて、環境や暮らしの面で感じたことや変わったこと、印象的だったのはどのような点だったのでしょうか。

「わかりやすい言葉で言うと、ご近所付き合いがあることです。自営業だからというのもありますが、知り合いが増えました。すると小さい町なので、町を少し歩くと知り合いに会うんです。さっきすれ違った車に乗っていたのは誰それさんだ、という風に。

東京にいたころは『ただ部屋がその場所にあるだけ』という感じでしたが、今は自分たち一人一人が町の一部であることを感じます。僕は親が転勤族でしたし、一人暮らしをしてからもあちこち住む場所を変えていたので、ここに来て初めて『ちゃんとこの町に暮らしている』という実感が持てています。

これまでは、地元が好きと言う人の気持ちが全く理解できなかったのですが、理解できるようになりました。それぞれの人にとって特別な町があることが当たり前だと思えるようになったんです。」

お二人は現在、自分たちにとっての特別な町のために「oYamazaki まちのこしプロジェクト」という活動を行っています。大好きな町の人と風景を映像に残したい、と集まった有志一同で、自主映画を制作したそうです。イベントなどで順次公開されるとのことで、非常に楽しみです。

大山崎COFFEE ROASTERS: www.oyamazakicoffee.com
oYamazaki まちのこしプロジェクト: http://onthewayhome.strikingly.com/

執筆・写真:矢野 宏明
編集:飯島 千咲

CHECK OUT

本当に素敵で、お人柄の良さが溢れ出ているお二人でした。初取材ということで緊張して、カチカチに固まってしまっていた僕を優しくフォローしてくださり、とても嬉しかったです。

取材中には珈琲も頂きました。僕が毎日飲んでいるスーパーの最安値の豆で淹れる珈琲とは違い、いつもの珈琲二杯分くらいの香りと味がしっかりと込められていました。なのに後味はさっぱりしていて。無くなると注いで下さるご厚意に甘え、何杯もおかわりを頂いてしまいました。また、取材中の何気ないやり取りから、お二人の仲の睦まじい様子が伝わってきて、お話を聞いているこちらまで幸せな気持ちになりました。

取材後、お二人がよく通うという本屋さんに行ってみました。大山崎駅から一駅の水無瀬駅にある「長谷川書店」という本屋さんです。お話の通り素敵な本屋さんで、店員さんもとても気さくな方でした。思わず一冊詩集を購入してしまいました。レジの隣にはお二人の珈琲豆が並んで売られていました。

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