味の下の力持ち

おだしの文化をバトンする(前編)

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食べることが好き。この気持ちを自分の仕事に活かせたらいいなと思う。だけど、それだけでは足りなくて。さらにそこから深掘りして、美味しいものを守っていきたいとか、食文化を守り伝えていきたいとか、ひとつの”使命感”のような気持ちを抱けるとしたら。今回、新しい仲間を募集している京都の老舗鰹節店『うね乃』は、ぴったりの環境だと思います。

京都市・南区に本店を構える、うね乃。明治36年に創業した老舗の鰹節店で、鰹節の製造やおだしの販売などを行っています。無駄なものを全て省いた、無添加のおだし。素材の持ち味を生かし、引き立ててくれる、縁の下の力持ち。そんなおだしの文化を未来に繋いでくれる、新しい仲間を募集しています。

まず、お話をお聞きしたのは四代目:釆野(うねの)社長。
これまで辿ってきた、うね乃の歴史をお聞きしました。

容赦ない、時代の流れ

もともと、滋賀県でお米の庄屋を営んでいたうね乃。お米の専売制が始まるのを機に、乾物(鰹節や昆布)を主軸とした商売がはじまりました。それが、創業した年に当たる明治36年。釆野社長の曽祖父が、うね乃の一代目となります。

その後、京都に進出したのは二代目のとき。飲食店がほとんどなく、鰹節や昆布でおだしをとるのが一般的だった時代。社寺仏閣に献上する食材を含め、一般家庭をターゲットにB to Cを主体とした経営を続けていました。

転機となったのは、昭和30年のとき。釆野社長の父が三代目を継ぎ、飲食店をターゲットとするB to Bに移行します。

「社会が成熟し、交通流通が盛んになったときです。これまでの”B to C”から一変して、”B to B”に移行しました。飲食店が軒並み暖簾を上げることで、外食産業が活発になってきてね。京阪神・滋賀をターゲットにできる”京都”という立地条件も相まって、業務用を主軸とした製造と販売が始まりました」

同時に、取り扱う商品も幅広く展開。鰹節・昆布だけでなく、醤油や洗剤、野菜など、総合食品商社を目指す方向にシフト。しかし、時代の流れは容赦なく襲いかかります。まず、化学調味料の登場。誰でも簡単に、手軽におだしをとれる食材が一般家庭に広がります。業務用の鰹節や昆布を製造・販売していたうね乃にとって、大きな打撃となります。

さらには、交通インフラの整備やビニール袋などの保存技術の発展により、日本各地から鰹節・昆布を扱う商社が京都に進出。否応なしに、”価格競争”の渦に巻き込まれることになります。作業を機械化し、作業効率を上げている大手に価格ではとても太刀打ちできません。

「取引先の9割は飲食店。取引先に言われるのは”B社はこの値段で持ってきたけどな”という値段交渉。おだしの品質に自信があるのに、どうしても価格競争するしかない状況に葛藤を感じていました」

どうにかしないといけない。不良在庫も増え続け、確実に時代に飲み込まれ、挙げ句の果てには倒産してしまうといった危機感と隣り合わせな中、当時は平社員だった釆野社長は、うね乃のおだしを未来に残すため、“祖父の時代=B to C”への移行を模索しはじめます。

きっかけは、主婦の一言

釆野社長が26歳の頃。大手百貨店の催し物(現在のファーマーズマーケット)に出店することになります。うね乃の行く末を変えたのは、そこで出会ったひとりの主婦の一言でした。

「初めて出店したとき、1kg単位の業務用しか店先に並べてなかったんです。それを見かけた主婦の方がね、”こんな大きいの買えないわ”って言うんです。1kg当たりの単価は安いですよって伝えても、”食べきれないから”って一喝されました」

でもね、と釆野社長は続けます。

「”味は美味しい”って言ってもらえたんです。だから、小さい袋に分けたら買ってくれますか?と提案したら、OKを出してくれはって。結局、3袋も買ってくれはりました。こちらのほうが割高にもかかわらずですよ」

そこに、うね乃の活路を見出した釆野社長。B to Bだと、飲食店の料理長に「値段さえ安くしてくれたらいい」と言われる。B to Cだと、目の前のお客様に「味が美味しい」と感謝してもらえる。どちらにやりがいがあるのか、一目瞭然でした。

「比べたときに、すごく嬉しいことやなと。目の前のお客様のニーズに心から応えたくなるし、もっといいものを作りたいと向上心も湧いてくる。しかも、単価が高くても、味で勝負していける。B to Cに移行しようと決意した瞬間でした」

とはいえ、三代目の経営する会社をすぐに動かすことはできない。そもそも、新しいことにチャレンジする姿勢が皆無だった中、地道に着実に、本業をこなす傍でB to Cに移行する準備をはじめます。まずは、大手百貨店の催事への出店を続け、ファンを増やしていくことから。夫婦になって間もない釆野社長と副社長:佳子さん、二人三脚で歩みを進めていきます。

化学調味料が当たり前の時代

B to Cを軌道に乗せたい。そこで、祖父の時代に開発した”出汁パック”をメインに販売を開始。煮詰めるだけでおだしがとれる、今ではよく見かけますが、当時としては画期的な商品でした。しかし、時代はそう簡単に受け入れてくれません。佳子さんも当時の辛さを滲ませます。

「もうね、ほとんど無視ですよ。百貨店で出汁パックを売っていても、”これなに?”って尋ねられ、おだしですって答えたら、”ふぅ〜ん”って。いつもおだしなに使ってますか?って聞いても、“粉末タイプの出汁のものに決まってるやん、それ以外なにがあるのよ”って感じで。品質で勝っていても、なかなか理解してもらえませんでした

それもそのはず。化学調味料を使ったおだしのほうが、確実に簡単で、格段に安い。割高の出汁パックを手に取る人は、ほとんどいなかったそうです。催事の売り場でも端に追いやられたり…..。それでも負けずに「残していきたい」「伝えていきたい」という熱意を抱きながら、地道に販売を続けていきます。

その努力が徐々に実を結び、ひとり、またひとりと、うね乃の味に気づいてくれる人が増えてきた。

「確実に、着実に、理解者が増えている実感はありました。数字には繁栄できなかったですけど、自分たちでやっている、この道で間違いないっていう”やりがい”はすごくありました。励ましたり、応援してくれたりね、そんな人がたくさんいて。うちらは、その一人ひとりにじっくりと対話させてもらって。口コミでファンが増えていったんやと思います」

釆野社長が、そんな”実感”を積み重ねているとき。四代目を継ぐ話が、持ち掛けられます。

予防線を張っていても、先に進めない

蓋を開けてみれば……B to Bを無理に続けていた会社の経営は、行き詰っていたそうです。そこで、釆野社長は、「継ぐ限りは、負債も責任も、全部継ぐということ。だから、これから自分たちがやることに対して意見しないでくれと」と強く提言。三代目からは大反対されつつも、釆野社長は四代目の任を引き継ぎ、B to Cへの移行が本格的にスタートします(※ もちろん、今では三代目もB to Cに大賛成とのこと)。

まず、取り組んだのは”お得意様”を整理すること。予防線を張っていては、先に進めない。自分たちの意向と異なる取引先はバッサリと切って、B to Cを主軸とした体制に変えます。

また、同時に取り組んだのが、主力商品”出汁パック”のブランディング。売れ行きを伸ばしたいけれど、なかなか伸びない。なぜたろう?と試行錯誤したところ、華やかさが足りないことが課題でした。もともと、デザイン関係の仕事をしていた佳子さん。培ってきた経験やノウハウを活かし、うね乃の商品を次々と変革していきます。

もちろんそういった改革は最初から順調だったわけではなく、歴史を重ねる会社ゆえに変化がなかなか受け入れられずにある状況だったそうですが、若手社員の活躍もあり徐々に組織の新陳代謝が進んでいったそうです。特にこだわったのは、パッケージデザイン。万人がみて、ホッとする…..老若男女、みんなが手に取りやすい庶民的なデザインに変えていきます。

「縁あって沖縄から若い女の子が入社してくれてね。うちの会社を良い意味で引っ掻き回してくれたんです。”こんな状況ではダメですよ”って、上役の社員たちにどんどん釘を刺してくれました。社内改革を先陣切ってやってくれたわけです。そのときにね、ブランディングしようと。全部自社でやってしまおうと決めました」と釆野社長。

そういった若い人がこれからの「うね乃」をつくっていくと考え、若い人たちが働きたくなる職場、買い物に来たくなる店づくりを目指し、本店をリニューアル。これまでは入りにくい、いかにも老舗な風貌でしたが、近所の人たちがふらりと入れる、カジュアルなデザインを意識。

うね乃のお出汁を次世代に継ぎていく。そんなメッセージを随所に感じられる装いとなりました。

「B to Cに移行してから、今年で12年目です。なによりも嬉しいのはね、うちの会社を周りの人たちが勧めてくれるようになったことです。だから、今度はこのバトンを次の世代に渡していくことが役目。今回、新しい人を迎えようと思っているのも、その取り組みのひとつです」と釆野社長。

「みんなの出汁屋さんを存続させること、それが私たちの役目やと思って、これまでやってきました。存続できなかったら、産地が潰れる。逆に、一次生産者の人たちが続けてもらえなかったら、私たちが潰れる。そんな両者をつなぐパイプを守りながら、鰹節と昆布のおだし文化を守っていく。強いては、日本の食文化を未来につないでいくことが使命やと思ってます」と佳子さん。

うね乃が繋いでいる、“想いのバトン”。それを受け取り、どんな想いで意思を引き継ぎ、守り、伝えているのか。日々、おだしの素晴しさを届けている仲間たちにもお話を伺いました。

おだしの”縁”をつないでいく

左 森さん 右 出野さん

まず、お話をお聞きしたのが出野さん(36歳)と森さん(34歳)。とびっきりの笑顔と気さくなトークが炸裂するお二人。本店という舞台で、販売・接客をメインに活躍されています。出野さんは、入社して11年目。前職はブライダル会社で営業をしており、全くの畑違いからの転職。果たして、どのような経緯があったのでしょうか。

きっかけは、うね乃が初めてブライダルフェアとして引き出物を出品したこと。取引先のひとりとして、釆野社長と度々お話をする機会があったそうです。そのとき、別の会社への転職を考えていた出野さんに声がかかった。

「夕飯を食べに行こうって誘われたんです。お好み焼き屋さんでね、それが僕の一次面接会場です。鉄板を挟んで。好きなもん食べやって、面接が始まりました」

出野さんのお話によると、釆野社長はインスピレーションをとても大事にされるとのこと。人と人の縁や繋がり。経験の有無や損得の勘定ではなく、人柄を一番に感じながら判断します。実際、現在の社員の多くがおだしと関係のない業界からの転職組。もちろん、出野さんもそのひとりです。

「鰹節を見たことも、おだしをとったこともなかったですからね。それでも人柄をみていただけたのか、”出野、お前、ちっちゃい会社の社長にならないか?”とまで誘ってもらえたのが決め手で。鰹節と削り節への先入観が覆されたこともあり、入社を決意しました」

そして始まった、全く経験のないおだしを扱うお仕事。入社3ヶ月目、釆野社長に同行して新宿・伊勢丹の地場産展で出張販売を経験することになります。

「もちろん、右も左も分からへん、どんなふうにお客様に声かけたらいいのかも分からへん。そんな中で、とにかく釆野社長の言うことを一字一句間違えないように言いました。産地のこと、鰹節のこと、それらを左耳から受けて口から出す。僕の言葉は社長の言葉です」

その結果、物販店で販売していた新商品は完売。釆野社長の偉大さを再確認するとともに、出野さん自身も、社長から認められる存在へと成長していきます。

「苦労したことはあまりないです。まず、数字の追求があまりないんですよ、うちの会社。自分がやりたいようにやれる。例えば、自分の会社を否定してもいい。料理屋さんへ営業に行ったとき、”これは、うちのおだしじゃなくてもいいと思いますよ”ってご提案するときもあります。普通やったらありえないですよね。でも、社長は自分の利益にならなくても、お客様のためになることであれば、怒ることはありません。そこでお客様との信頼関係が築けて、次に繋げられる。もちろん、やりたいようにやるからには、何らかの結果は求められますけどね」

一方、森さんも、出野さんと同じような形で入社。もともとは東京の求人広告会社で営業をしていましたが、旦那さんと共に京都・祇園でCAFE & BARを経営することに。そこに釆野社長・副社長が足繁く通っていて、偶然が重なってうね乃の社員として働くことになりました。

しかし、東京出身の森さんにとって、京都の老舗で働くことは色々と難しいことが多かったそうで……。

「今、入社して4年目なんですけど、最初の1年は正直大変でした。一番苦労したのは”文化の違い”です。例えば、わざと私に京都弁で話すんですよ。釆野夫妻とラーメンを食べに行ったときに、”お前、にぬき食べるけ?”っていわれたりとか」

……“にぬき”ってなんでしょう?

「私もわからなくて(笑)。だから、”いらないです”って答えました。そしたら、”お前、にぬきが分からないのに、いらないとか言うな”って怒られて。和食の文化を伝える会社なんやから、京都の風習や文化をいちから学ばないとあかん。今までの経験は一旦捨てて、学んで、そこから自分のできることを活かしていきなさいって、洗礼を受けました。だから、最初はとにかくなんでもかんでも吸収する1年でしたね」

ちなみに、“にぬき“とは、”ゆで卵”のこと。最初は京都独特の言葉や文化に戸惑うことが多いかもしれません。また、「食べることが嫌いだと大変ですね」と森さん。釆野社長からは「ベロメーターを鍛えろ」と求められるそうです。

和食のベースとなるおだしは、様々な料理に派生していきます。お客様に幅広い提案をするためにも、”味の引き出し”を増やす努力は必要。社員全員で勉強のために食事へ出かけることもあります。そのなかで、自分が美味しいと思う味の軸をつくっていく。

おだしのプロフェッショナルとして、「食べること」は「勉強すること」と同義です。一方で、楽しく働き、学ぶことが、うね乃の基本。押し付けることなく諭すように。学ぶ姿勢を崩さなければ、気構える必要はありません。

「特に未経験の人には、楽しく、やんわりと伝えていきたいです。分からないことだらけやと思うんですよ。そんな中で、押し付けられたらパンクしてまうし。少しずつ分かること、出来ることを増やしていってもらえたらいいと思います。ときには馬鹿話とかもしながらのほうが、僕らも気持ち良く1日が終えられるので」と、出野さん。

また、森さんも「やんわりいきますよ、京都らしく」と微笑みます。飾ることなく、自然体でお話する出野さんと森さん。まるで漫才のコンビを見ているかのようです。こんなにも楽しい先輩がいる環境だから、1日なんてあっという間なのだと思います。

とはいえ、出野さんも、森さんも、着実に一歩ずつ歩んで今がある。そして、そのスタートラインは、うね乃のおだしが生まれる”工場”です。メインで担当するお仕事や経験によって期間は異なるものの、研修は工場で製造業務から始まります。

その先にいる、お客様の顔を浮かべて。

現在、工場で製造業務をメインにされているのが、入社11年目になる工場長の建矢さんと入社4年目の横手さんです。

左 達矢(たつや)さん 右 横手さん

1日の流れとしては……出社後、工場前の清掃をして、鰹を蒸し始めます。それと並行して、パートさんが来る前に、削れる分は早々と削っていきます。午前中は、鰹を削ったり、出汁パックに詰める作業がメイン。午後からは、出汁パックを詰める作業をしつつ、出荷準備を行います。

荷物の上げ下げなど、力仕事が必要になる場合もあるので、適宜パートさんをサポートするのもお仕事です。終礼後、作業が残っていれば残業となりますが、12月の繁忙期以外は基本的に定時で帰宅できるそうです。

「お客様が手に取るのは、そのひとつですから、ひとつひとつ、丁寧に削って、袋に詰める作業と向き合っています。つくっているものに自信がありますし、誇りを感じながら仕事をしていますね」と建矢さん。

物腰が柔らかく、とても静かに語る人。でも、そのなかには「うね乃のおだしをつくっている」という強い芯を感じ取れます。しかし、入社当初は色々と苦労をされたそうで。うね乃の看板を、おだしを縁の下から支えてきた様子が伺えます。

「削り職人の師匠がいたんです。見て盗めってタイプでしたので、最初は分からないままに試行錯誤しながら削り機と向き合っていました」

うね乃の削り機は、『鳥羽式』と呼ばれる昔ながらの機械。微調整が難しく、感覚を覚えるまでにある程度の時間はかかるそうです。しかし大量生産式の機械に比べて水に浸透しやすく、おだしの味や量が違うといいます。「もちろん、使い方については質問してくれたら応えますよ」と建矢さん。未経験でも安心して始められる環境です。

そんな建矢さんの指導を受け、削り職人として4年目の横手さん。内定を頂いていた食品メーカーを断り、うね乃への新卒入社を決意。その背景には、大学生時代から親しい仲だった釆野夫妻からの言葉にあったといいます。

「食品メーカーが扱っている商品がどこから来て、どんな工程でつくられているのか、把握しているのか?って言われました。僕自身、不透明やったんです。すべて自分の口で話せるところがいいなと。生産者が見えて、製造者が見えて、消費者も見える。それが理想だなと。本音で、自信を持って自分のつくった製品をお勧めできるのは嬉しいですね」

食品とものづくりの想いを抱き、入社した横手さん。工場の業務は同じ作業の繰り返しですが、自分の手掛けた商品を誰かが手に取ると思うと、身が引き締まるそうです。

「正直、お昼休みのあとは眠いです(笑)。でも、工場での製造メインでやってますけど、たまにお客様と接することもあるんです。自分のつくった商品を手にとってくださったり、喜びの声をいただいたりすると、やっぱり嬉しくて。お客様のために、間違えずに目の前の仕事をしないといけないって思ってます」

工場で働くだけでなく、実際にお客様と声を聞く機会がある。製造から販売まで、一貫して行ううね乃だからこそできること。

「私事になりますけど、去年結婚したんですよ。お互いの両親に挨拶をして、釆野夫妻にも挨拶しました。二次会にも来てくれたり、家族ぐるみのお付合いをさせてもらってます」

経営方針の『スタッフはみな家族と思い、一丸となり業務へ没頭する』にもあるように、社員とその家族のことも大事に思ってくれる。表現を変えれば公私混同ですが、社員を自分の息子・娘かのように温かく見守ってくれる会社です。

そんな雰囲気を特に感じたのは、お昼休みの時間。取材陣も混じって、お昼ご飯をいただくことに。うね乃のおだしを使った、お味噌汁をご馳走になりました。

2階にあるウッド調のお洒落な事務所には、大きなテーブルがあります。お味噌汁は週に1回ほど、社員が持ち回りでつくっており、具材はお好みで、うね乃の味を改めて感じる大事な習慣となっています。

「うちがお勧めしているお味噌汁はね、お味噌をほとんど使わないんです。飲んでみたら分かりますが、全然、薄くない。むしろ、おだしの深い味わいを感じられると思います。あえてお味噌を少なめにすることで、澄んでいながらも、芯のあるお味噌汁になる。塩っけが少ないですから、何杯でもおかわりできるんです」と出野さん。

ずずずっと飲んでみると……なるほど、確かに何杯でもいけちゃう!と感動してしまいます。こればかりは飲んでみないと分からない。うね乃にいると、食に対する固定概念を覆されるのは間違いありません。森さんからも「うちでは食べることに関する感動は何度も体験できますよ」と自分のことのように嬉しそうに教えてくれました。

談笑しながらのお昼ご飯は、あっという間。みんなで食卓を囲んでいると、本当の家族の一員になったみたい。「さて、午後からも頑張ろうかな!」と自然と腰を上げられる空気がありました。

うね乃での出会い。一人ひとりの情熱が溢れる物語は、<後半>に続きます。

こちらの募集は締め切りました。沢山のご応募ありがとうございました。

求人募集要項
企業名・団体名うね乃株式会社
募集職種製造、販売、接客業務
雇用形態正社員
仕事内容・工場での製造 ・本店での接客販売 ・全国催しでの販売
・飲食店での接客業務 ・海外での販売接客

業種に関わらず様々な方と繋がりをもち、食をはじめとする日本文化を発信するお仕事です。
給与経験・スキル・前給等を考慮し、面談の上決定します。
交通費支給、社会保険完備、その他当社規定によります。
勤務地本店:京都市南区唐橋門脇町4番地
(JR京都線 西大路駅から歩いて5分)

仁王門 うね乃:京都市左京区新丸太町41
(京阪電気鉄道 三条駅から歩いて10分)

麸屋町 うね乃:京都市中京区麩屋町通押小路上ル尾張町225 第二ふや町ビル1階 奥
(京都市営地下鉄 烏丸御池駅から歩いて20分)

海外
勤務時間本店 : 9:00~18:00(昼休憩1時間)
※土曜日は ~16:00

飲食店、海外の勤務時間については変則的であるため、お問合せ下さい。
休日・休暇本店 :第二土曜、日曜、祝祭日、年末年始休暇、有給休暇、夏期(お盆)休暇、4月~8月は月2回シフトによる休日取得 
年間休日105日

飲食店、海外の休日・休暇については変則的であるため、お問合せ下さい。
応募資格・選考基準未経験者歓迎!

お料理が好きな方、「人」が好きな方
気配りのある対応ができる方、柔軟に物事を考えられる方
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