2026.09.17

その人の暮らしに合う一杯を。岩倉の焙煎所「Coffee shop POCCHI」

CHECK IN

京都の日常を彩る食を訪ねる「食を巡る」シリーズ。京都らしい食べ物や飲み物、京都移住計画メンバーのお気に入りの一品をご紹介する連載コラム記事です。食べることは生きること、京都での暮らしに彩りを与える物語をお届けします。

岩倉で出会う、ただいまと言いたくなる店

比叡山を望む左京区・岩倉エリア。街の喧騒から少し距離を置いた、ゆるやかな時間が流れる場所です。閑静な住宅街を歩いていると、「Coffee shop POCCHI」が見えてきます。

扉を開けると、「靴を脱いでお上がりください」のひと言。木のぬくもりを感じる家具や窓辺に並ぶ植物たち、やわらかな陽の光が迎えてくれます。初めて訪れたはずなのに、まるで誰かの家に遊びに来たよう。

「『ただいま』って言いたくなるね、と言ってくださる方もいて。ゆっくりしてもらえたらうれしいです」と店主の志乃さんは笑います。あまりにくつろぎすぎて、お会計を忘れて帰ろうとするお客さんもいるそうです。

そんな穏やかな空気が流れる店ですが、コーヒーは本格的です。

店には常時25〜30種類ほどの生豆が用意され、その中から10種類前後を少量ずつ焙煎して店頭に。イートインではここから好みの一杯を選べます。豆を持ち帰る場合は、生豆から選んで焙煎してもらうこともできます。 

「朝飲まれますか?」「ミルクは入れますか?」

志乃さんは、コーヒーの好みだけではなく、お客さんの暮らしにも耳を傾けます。朝食のお供なのか、仕事の合間なのか、それとも一日の終わりなのか。そんな会話を重ねながら、その人に合った豆や焙煎度合いを考えていきます。まるで、一人ひとりのためのレシピをつくるように。

「選べる」ことも、おいしさのひとつ

さらに印象的なのが、デカフェ(カフェインを90%以上取り除いたもの)の充実ぶり。生豆のうち、常時約6種類がデカフェです。

「自分が妊娠したとき、お店に行ってもデカフェは一種類だけ、ということが多かったんです。せっかくなら、おいしいデカフェをいろいろ選べたらいいのにと思っていました」

実際に提供してみると、「言われなかったらデカフェってわからへんね」と驚かれることも。デカフェの詰め合わせは、出産祝いとして選ばれる人気の商品になっています。 

コーヒー好きの人はもちろん、カフェインを控えたい人も、ゆっくりくつろぎたい人も。その人の暮らしや好みに合わせて、それぞれが自分に合った一杯を選べること。それが、POCCHIらしさです。

志乃さんは、なぜこれほど「一人ひとりに合わせる」ことを大切にするのでしょうか。その理由は、これまでの歩みにありました。大学卒業後にホテルに入社し、約6年間ウエディングプランナーを担当。その後は広報や人事も経験しました。

「ホテル時代の経験の中で、一人ひとりに寄り添うということが根付いたんだと思います。同じ提案をしても、みんなが喜ぶわけじゃない。その人の想いに耳を傾けて提案することが大切だと学びました」

その姿勢は、今も変わらない仕事の軸です。

「いつか」と憧れていたコーヒーの道へ

もともとコーヒーが好きだった志乃さん。自身がコーヒーに癒やされた経験から、いつかコーヒー店をやってみたいと考えるようになりました。「人に安心してもらったり、ちょっと癒やしを届けられたり。そういうことって、コーヒーだったら叶うかなと思って」

ただ、その「いつか」は、もっと先のことだと思っていたそうです。 

写真提供:Coffee shop POCCHI

転機は、家探しでした。子どもの小学校入学前に住まいを決めたいと、洛北で家を探し続けること約5年。ようやく出会ったのが、一階を店舗として使える現在の物件でした。

「せっかくなら、今やってみようかな」。志乃さんはホテルを退職し、コーヒー店を始めることを決意します。

とはいえ、焙煎は未経験でした。履歴書を持って焙煎所を訪ね、「ボランティアでもいいので教えてください」と何ヶ所も頼み歩いたこともあります。しかし、子育てとの両立を考えると働くことは難しく、自宅で毎日のように焙煎を繰り返しました。

「煙が出すぎて、火災報知器を鳴らしてしまったこともありました(笑)」

それでも毎日豆と向き合ううちに、豆がパチパチと爆ぜる(はぜる)音や香り、見た目から状態を読み取れるようになっていきました。今ではその日の気温、天気や豆の産地などから、焙煎の最適な状態を調整しているそうです。

生豆の状態。「豆の形にも個体差があってかわいいんです」と志乃さん
小型の焙煎機で、少量ずつ焙煎。いつでも新鮮な状態で届けることを心がけている

POCCHIを彩る、岩倉の食や器

POCCHIの空気をつくっているのは、コーヒーだけではありません。

店内で提供されるスイーツは、「コーヒーに合うものを」と岩倉の「小さなれもんの木」と共同開発したもの。店内で使われる器や木のトレーは、岩倉や左京区で活動する作家や職人によるものです。

お店の夏限定人気スイーツ 、オレンジサバランとバニラアイスのアフォガード。サバラン(シロップを染み込ませたケーキ)は「小さなれもんの木」と共同開発。お皿は岩倉の窯元、晋六窯のもの
マグカップは開店当時岩倉にあった清水焼のお店「HOTOKI」と相談しながらつくったオリジナル。木のプレートは地元の大工さん、お茶請けとしてつくったクッキーは「小さなれもんの木」と共同制作したもの

「お店を始めていなかったら、出会えなかった人が本当にたくさんいます」と志乃さん。岩倉で生まれた人のつながりが、店のあちこちに息づいています。

これからも、この場所で

POCCHIには日々、さまざまな人が訪れます。赤ちゃん連れの親子や、「いつものね」とカフェラテを注文する小学生、ふらりと立ち寄るご近所さんも。 

これからの目標は、「細く長く続けること」。

近所の子どもたちは「大きくなったらここでアルバイトしたい」と話してくれるそうです。その子どもたちが大人になっても、この場所が変わらずあり続けること。それが、今の志乃さんの一番の願いです。

『Coffee shop POCCHI ~京都洛北 珈琲豆焙煎所~』
京都市左京区岩倉幡枝町(住所は非公開。InstagramのDMで要問合せ)
Instagram:https://www.instagram.com/coffeeshop_pocchi/
HP:https://pocchicoffee.base.shop/

CHECK OUT

取材時には、焙煎の様子も見学させていただきました。気温や湿度によってその日の焙煎を調整すること、豆の精製方法によって味わいが変わること、「爆ぜる(豆がパチパチする)音」を聞きながら焙煎具合を見極めること……。その奥深い世界は、まさに職人技。それでも志乃さんが目指すのは、誰もが気軽にコーヒーを楽しめること。難しいことを難しく見せない。その裏側にある知識と技術に触れ、POCCHIのコーヒーをまた違った角度から味わえた取材でした。

執筆:maiha
編集:藤原 朋

オススメの記事

記事一覧へ