2025.03.18

「今しかできない旅」の先に辿り着いた、京都でことばを編む暮らし

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京都のおもしろい人を訪ねる「人を巡る」シリーズ。京都に移住した人の体験談や京都の企業で働く人をご紹介する連載コラム記事です。移住するに至った苦労や決め手、京都の企業ならではの魅力など、ひとりの「人」が語る物語をお届けします。

第39弾にご登場いただくのは、椋本湧也(むくもと・ゆうや)さんです。「読んで終わらない読書」と「作って終わらない本づくり」を軸に、ことばにまつわる活動をされています。2024年6月に京都に移住した椋本さんに、働き方や暮らしの変化、まちの魅力など、さまざまなお話を伺いました。

色んな“新しい”に飛び込んだ20代

--椋本さんが本づくりを始めたのはいつ頃ですか?

初の書籍『26歳計画』を自費出版でリリースしたのが2021年8月で、26歳のときです。きっかけとなったのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』という紀行小説。「ある朝、眼を覚ました時、これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ」という一文から始まる、当時26歳だった著者自身のユーラシア大陸横断の旅の様子が描かれた物語です。高校生の頃にこの本を読んで、「僕も26歳になったら仕事とかやめて旅に出るか」とずっと思っていたんですけど、いざその年齢になってみると世はコロナ禍真っ只中。旅に出られないのは悔しかったですが、世界中の人たちに出会えるような企画をやりたいと思い、世界各地で暮らす26歳たちによるエッセイ集をつくりました。

料理人から宇宙工学者、俳優、機動隊員まで、総勢48名の26歳の人々による文章を掲載したアンソロジー

--初めての本制作はどうでしたか?

ノウハウも何もないなか、デザイナーの知人に1から教えてもらいながら形にしていきました。当時は会社員として週5日勤務で働いていたので、平日の夜や休日を制作に充てていましたね。大変ではあったけれど、それ以上に面白くて。その後働き方を見直し、勤務日数を減らして捻出した時間で出版社でアルバイトしたり、フリーランスとして執筆や編集の仕事をしたりと、何足ものわらじを履きながら、20代のうちに3冊の本を出版することができました。

--すごいですね!その原動力は何だったのでしょうか?

僕が生きる上で大切にしているのが、直感に従うこと。20代のうちは特に「なんかいいかも!」と感じたら、飛び込んでいこうと思っていました。それがあらゆる活動のきっかけや原動力になっている気がします。

大きくも軽やかな移住という決断

--京都移住も、直感に従った選択だったのでしょうか。

まさにそうです。移住する4ヶ月前、東京で書店をやっている知人に誘われて呑みに行ったら、彼が京都に2店舗目をつくると聞いて。その時に「京都来れば?」って言われたんですよね。ちょうど30歳目前で、この先どうしていこうかと漠然に考えているタイミングでもあったので、「東京から出てみるのもいいかも。京都、面白いかも」と思って、翌週には会社に辞意を伝えました。

--急展開ですね!不安はなかったですか?

仕事の基盤は東京にありますし、京都に移住することでどうなるんだろうという不安のようなものはありました。それ以上に期待やワクワクの方が大きかったと思います。

その理由のひとつは“人”ですね。京都には本の繋がりで知り合った友人が何人かいましたし、京都出身の友人に「京都に引っ越すかも」と話したら「うちの実家に住めば?」と言ってくれて、実際にご実家のお部屋を借りて暮らしています(笑)。そういう人の縁を感じられたことは、とても心強かったですね。

もうひとつは“風景”です。移住する2年ほど前に、京都の「みやこめっせ」で行われた「文学フリマ」に出展したことがあって。その時の、山や空がどーんと見えて視界が抜けて広がる風景がとても印象に残っていたんですよね。京都移住を初めて意識したとき、「あの風景と自然が身近にある暮らしってどんな風だろう?」と興味が湧くきっかけになりました。

そうやって、京都の人や風景への興味が絡まっていくにつれて、これは多分……行けってことだなって(笑)。どんな新しい人生が始まるんだろうと、ワクワクする気持ちの方が大きくなりました。

鴨川がまちの中心を流れる暮らし、いいぞ!

--いざ移住してみて、暮らしの面ではどんな変化がありましたか?

鴨川の存在は本当に大きいです。素晴らしい!都市と自然の境界がこんなに曖昧な場所はあまりないと思います。まちと地続きにあることで、みんながそれぞれ鴨川にきて、固有の関係性を築いているんじゃないかな。自分の家の中と家の外、例えばそれが社会だとすると、その中間の「外だけど一人でいられる場所」って絶対に確保されるべきだと思うんです。京都では鴨川がその役割を担っている。しかもまちの中心を流れながら、誰もがアクセスしやすい距離にある……良いですよね~。

--お仕事の面ではどのような変化がありましたか?

僕の活動テーマのひとつが「作って終わらない本づくり」ですが、その時間の捉え方が大きく変わりました。これまでは、100年続く本づくりを掲げていましたが、京都には1000年の歴史を持っている場所や文化やモノがたくさんありますよね。
例えばそれが本であれば、この地で、どんな人たちがどういう工夫を凝らしてその本をつくり、繋げてきたのかを調べていくのが結構楽しくて。自分の本づくりの視点が、ぐっと広がったような気がします。

京都に来てから、能楽のお稽古に通っているという椋本さん。人から譲り受けたという年季もののお稽古本に書き込みを加えながら読み解くことで、「“読む”という行為の領域が広がった」と楽しそうに語る姿が印象的でした

--仕事の基盤を東京から京都に移す不安は少しあったと仰っていましたが、実際はどうでしたか?

移住を機に会社員ではなくなりましたが、東京時代にフリーランスとして請け負っていた執筆や書籍編集などのお仕事の中には、今も継続しているものもあります。幸い僕は実家が東京にありますし、必要があれば東京まで新幹線で2時間ちょっとで行けるので、不便も感じていません。もちろん京都で新しい仕事も増えたので、仕事の構成要素がうまく組み変わった感じでしょうか。

--2025年1月から始まった「ユトリト」についても教えてください。

ユトリトは、友人2人と共に立ち上げた「ことばのメディア」です。出版を軸に、ことばにまつわるイベントや本づくりのワークショップも行いたいと考えています。京都の人と、京都の自然環境や歴史を生かして活動の幅を広げながら、“一人ひとりが自分のことばを持つ”ことの大切さや楽しさを伝えていきたいですね。

--最後に、移住を考えている方へ一言いただけますか。

移住って、大きな決断ですよね。もしかしたら不安もあるかもしれませんが、僕が言えることは「とりあえず来てみたらいいし、住んでみたらいいと思う」ということです。
沢木耕太郎さんのことばに、「人には誰しも今しかできない旅がある」というものがあります。心が動いたら、行動してみる。それが、生きてるって感じがして良いなと僕は思いますね。
皆さんが京都に来る頃には、ユトリトの存在感も大きくなっていると思うので、ことばに興味がある方がいらっしゃったら会いに来てください。一緒に何か、面白いことをやりましょう!

CHECK OUT

取材を打診したところ、会いましょう!と快諾してくださった椋本さん。ことばにまつわる話題から鴨川トークまで、終始楽しそうに語る姿がとても印象的でした。暮らす場所を変えると、日々見える景色も、感じることもきっと変わるはず。その変化を面白がり楽しむことこそ、移住の醍醐味なのだと思います。

執筆:佐藤 ちえみ
編集:藤原 朋

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