CHECK IN
京都のおもしろい場所を訪ねる「場を巡る」シリーズ。人が集いハブとなるような場や京都移住計画メンバーがよく立ち寄る場をご紹介する連載コラム記事です。一つの場から生まれるさまざまな物語をお届けします。
西陣の静かな住宅地に佇む香水店
扉を開けると、ふわり、思わず深呼吸したくなる香り。懐かしい街並みを残す西陣に佇むGOLCONDA(ゴルコンダ)は、店主の佐藤由香(さとう・ゆか)さんが調香する香水と、セレクトした香りにまつわる製品やモロッコ雑貨を扱うお店です。
思わず異国のお店に迷い込んだ気分になる空間では、古くから伝わる調香を土台に創作した香水や、タロットカードの意味や映画の物語から着想を得た香水たちが、静かに手に取る人を待っています。


「香りは、私たちの心や身体の見えない部分にも働きかけると言われています。お店で香水選びに迷っているお客さまには、香りをどんな時に使いたいかを伺っていますが、気持ちのスイッチやお守りのように選んでいただくことも少なくありません。GOLCONDAの香水はどこか不安な気持ちの時や、ゆっくり眠りたい時、身体を癒したい時にそっと寄り添ってくれる香りを目指しています」

子どもの頃から憧れていた香りの世界へ
「子どもの頃、花びらを水に浮かべては香りを閉じ込めようとしていた記憶があります。思い返せばずっと香水がつくりたかったんです」
そう語る佐藤さんが香りと深く関わりはじめたのは、生まれ故郷の仙台市でアンティークや手芸用品を扱う雑貨店を経営していた2008年のこと。アロマテラピーの資格を取ったことがきっかけでした。
「元は、スポーツをしていた娘のサポートにと始めたアロマの勉強でしたが、次第に自分のお店や出展するイベントで、作品や空間を香りで演出するようになりました。それが調香のはじまりだったのかもしれません」
あるイベントでは、心のバランスを崩していたというお客さんが「ここにいると安心する」と何度も足を止めてくれたことも。香りの力を実感した出来事でした。

アロマテラピーを入口に「ケア」の道を志す人も多い中、佐藤さんがより惹かれたのは香りを組み立てる「調香」という行為と、香りの歴史やバックグラウンドを紐解くこと。周囲の人たちにも背中を押され、やがて調香は佐藤さんのライフワークとなっていきます。

佐藤さんが手がけた最初の香水「KYPHI(キフィ)」は、GOLCONDAの原点とも言える香り。調合が残された世界最古の香りとして知られ、かつて古代エジプトの王族が、日没後に寝室で魔除けとして焚いたと伝えられています。
香りには場を清める力や、人の本能や意識してコントロールできない部分に作用する力があるとされてきました。しかしながら、耳や目で楽しむ音楽や絵画が花開き「高尚なもの」として扱われるようになっていった一方で、鼻を働かせて匂いを確かめる行為は「野生的」として、歴史の中で長く置き去りにされてきたようだと佐藤さんは語ります。

「だから今こそ、日々の暮らしの中で嗅覚を意識してみてほしい」と佐藤さん。毎日穏やかな心で暮らすことが難しい現代にあっても「目に見えない感覚を研ぎ澄ませることで、何かが変化するかもしれない」と話してくれました。
西陣の地で、静かに見守られて

香りが風に乗ってたゆたうように、人生もまた時には流れるように動くもの。仕事の中心が調香へと移ろうとする頃、佐藤さんは仙台を離れ、ここ西陣の地へと拠点を移すことに。
「京都は何度も訪れていて親しみのある場所でしたが、それほど深い縁があったわけではありません。この場所にやってきたのは、実を言えば、静かなエリアでペットと暮らせる店舗兼住宅という条件に合っていたから。それが、近所のおじいちゃんおばあちゃんも優しく居心地がよくて、気づけばあっという間に12年が経ちました」

引っ越し後、店を始めると話す佐藤さんを「こんな場所では誰も来ない」と心配していた近所の人も、半年経つ頃には、店を探して迷うお客さんを見つけると「あのお店のお客さんでしょ?」と、そっと店の前まで案内をしてくれるように。
「京都だからこそ今のスタイルや店でいられるのかもしれませんね。千年を超える歴史の中で工夫されてきた『大人の距離感』が京都にはあるように思います。丁寧すぎず近づきすぎない距離感に、相手への思いやりが表れているような気がします。私にはどこか許されている感覚がして嬉しいんです」

つくりたいのは「透明な香り」

佐藤さんの調香のインスピレーションは、海外を旅してまわった記憶や過去の経験、歴史の記録や映画などさまざまですが、いずれのアプローチにおいても共通する調香師としての流儀は「自我を出さないこと」。
作り手の確かな主張や個性があり、アクセサリーやファッションのように、つける人を華やかに演出する香水の魅力を理解しつつも、「私の場合は透明でいたい」と佐藤さん。一貫して、香りを纏う人自身の本質に働きかける香水を作り続けたいのだと語ります。

「頑張りが報われることばかりでない今の時代、それでも『何者かにならなければいけない』という焦りや息苦しさが若い世代を覆っているように思います。そんな世の中で『私を見て!』と、もがいて主張し続けなくとも良いんだと思えるような、心のお守りになるような香水をつくりつづけたいです」

Perfum(香水)の語源は、ラテン語の「per(通す)」と「fumum(煙)」で「煙を通して」。
ミルラや乳香など天然の樹脂や植物を焚いた原始のお香の姿に由来します。香りは、神に豊穣や繁栄の祈りを捧げる時、病を遠ざけ健やかな生活を願う時、そして魂を安らかに天へ導く道標としても焚かれてきました。
立ち昇る香りには、過去から現在まで、人々の多くの願いや祈りが込められていたのでしょう。「今、その場所へ立ち帰りたい」と佐藤さん。GOLCONDAの香水は、静かな祈りのように、そっと心に寄り添います。

『GOLCONDA』
京都市北区紫野南舟岡町46-46
営業時間:13:00〜20:00
定休日:火・水曜日
https://golconda-kyoto.square.site
CHECK OUT
取材に伺った日、お店の前のチェストツリーが、風に気持ちよく揺られていました。「ちょうど満開で、いい香りがするんです」と話す店主の佐藤さんを真似て、花に顔を近づけてみると、青々と力強い香りが、爽やかに鼻に抜けていきます。例年に比べて涼しい6月の終わりでしたが、間もなく暑い夏がやってくることを全身で体感したような気がして、改めて嗅覚の不思議に思いを馳せました。
執筆:蓮田 美純
編集:藤原 朋



