大企業の安心と、ベンチャーの先進性をいかしあう セキュリティを担う研究開発型企業
「これからの時代、必ずそうなるだろう」。
未来を予測し、世の中に必要なものを発明し続けてきた企業が、インキュベーション施設「京都リサーチパーク」にあります。
それが今回ご紹介する株式会社DNPハイパーテック。
現在は主に、スマートフォンやPC向けアプリケーションの改ざん防止用ソフトウエアを開発・提供しており、日本から海外へシェアを伸ばしています。
次の時代をつくる発明
DNPハイパーテックは、1994年創業。小川秀明(おがわ・ひであき)さんと小川睦美(おがわ・むつみ)さんご夫婦の共同経営で始まりました。
小川さんは「子どもの頃から社長になることを描いていた」と振り返ります。
「両親は発明家でした。個人研究所を設立して、特許料だけで生計を立てていたんです」。
小川さんのご両親が生み出した発明は、現在の私たちの生活を当たり前のように支えてくれています。
「ガスの種火となる発電素子、日本中の美術館やお寺で使われている警報機、電子式のタクシーメーター、偽金を判別する硬貨選別機、さまざまなものを発明していました」。
そんな両親の姿を見て育った小川さんもまた、発明好き。ラジオなどの電子機器を自らの手で作る子どもでした。

創業当時の小川さん
大学では電子工学を専攻。卒業後は豊富な知識や未来を見通す力を活かして、富士通テンや松下電器産業(現パナソニック)などで新しい技術を生み出してきました。
「カーナビゲーションやCD-I(コンパクトディスクインタラクティブ)を開発したり、光ディスク、光ディスク関連暗号化技術、 画像圧縮技術の研究をしたりしました」。
その後、小川さんご夫婦はハイパーテックを創業します。
会社を起こした1994年は、不動産バブルが弾けた直後。そしてCDに初めて映像が入った年でした。74分の映像がCDの中に入る、当時としては画期的な技術です。
「バブルが弾けて、人を雇うのも難しい。銀行からお金も借りられない。どん底のような状況の中で会社がうまくいったら、これから何があってもやっていけるだろうと思ったんです」。
1995年には、ビデオCDのオーサリング装置を開発。アメリカで出展したところ、大ヒットを飛ばします。
※オーサリング……映像、音声、テキストデータなどを編集し、メディアコンテンツを作るためのアプリケーションソフトウェア
「当時オーサリングをするには、ワークステーションが6〜7台必要でした。それを僕たちはパソコン1台でやってのけたんです」。
たった3名のベンチャー企業、もちろん営業担当はいません。そこで販売代理店と契約。波に乗ったハイパーテックは、アメリカから日本に戻った後も大型受注を次々と決めていきました。
「アメリカでの出展だけで数億円、日本に戻ってからも注文が止まることはなく、これから数年で50億円以上の売り上げを見込める状況でした」。

小川睦美さん。創業当初の1994年、サンフランシスコの展示会場前で撮影。
このまま会社の経営は軌道に乗るだろう。と、一安心したところ、予期せぬ事態がハイパーテックを襲います。
「数千万円の入金を予定していた月に、代理店が倒産したんです。事務所に行ったらもぬけの殻で、私たちには借金だけが残りました」。
不測の事態に、小川さんは目の前が真っ暗になったそうです。しかし「とりあえずやるしかない」と、会社が生き残る道を模索し始めました。そこで出会ったのが、現在事務所を置く、京都リサーチパークです。
「当時リサーチパークは、ベンチャー支援としてインキュベーションラボラトリーの募集をしていました。それに応募して、採用された僕たちは格安で事務所を置けることになりました。すごく助かりましたね」。
事務所を持てたことで精神的に持ち直した小川さんは、研究開発費を得るために、京都府の補助金に応募。資金を得て、再び新サービスの開発に取り組みます。
そうして生まれたのが、現在も続く特許業務支援ソフト「PatentEditor」、そして特許チェックソフト「パテチェッカー」でした。
「これからは特許の時代になるだろうと思い、開発しました。当時、特許庁に提出するシステムはありましたが、特許を申請する書類をチェックするシステムはありませんでしたから、求められているだろうと」。
また2003年、他社に先駆けてISO14001も取得します。
「企業が環境に与える影響をきちんと考えることが、これから求められると思いました。すると数年後、取引先の大手企業がISO14001を取得していない企業とは取引しないとスタンスを示したんです。やっぱりかと思いましたね」。
これからの時代、必ずそうなるだろう。
小川さんは先見性を活かして、その後も次の時代に求められる製品をリリースし続けます。
時代の一歩先、二歩先を見て開発を続けてきた小川さんが、15年ほど前から取り組んできたのが、現在の主力商品となっているクラッキング防止ソフト「CrackProof」です。
「まだセキュリティが重視されていなかった頃から、将来的に求められるだろうと開発を続けていました。社員から『こんなの誰が使うの?』と言われたこともあります(笑)だけど、『必ず求められるものになるから、とりあえずやってほしい』とお願いしながら開発してきました」。
2004年に初めてリリースされたCrackProofは、インターネットやスマートフォンの普及に伴い、産業機器やパソコン向けのものから、スマートフォン向けのものへとシフトし、年々需要は増え続けています。
ハイパーテックからDNPハイパーテックへ
世界にないものを生み出したいーー。その一心で、小川さんは研究開発を続けてきました。
しかし、会社を次のステージに進ませる必要性や、自身が60代を迎えたこともあり、2015年、ハイパーテックをDNP(大日本印刷株式会社)のグループ会社として、再スタートさせることを決めます。
「ベンチャーですから、次から次へと開発しないと生き残っていけない。そんな状況の中で会社を経営してきました。しかし私の年齢や、創業時から支えてくれている社員が結婚して、子どもが生まれて、とライフステージが変わってくる中で、長く安心して働ける会社であることも大切なんじゃないかと思うようになりました」。
「DNPはもともとハイパーテックの製品を使っていただいていたので、我が社の社風や技術を理解していただいているのかなと思いますね」。
DNPの子会社となって3年。特許とマルチメディア、セキュリティの3本柱で取り組んできた事業を、現在セキュリティ1本に絞りこみ、日本はもちろん海外へもその販路を広げています。

2018年に出展したサンフランシスコのイベントにて。会場は24年前と同じMoscone Center。
2018年6月から、小川さんは代表取締役社長から顧問に就任。新社長は、DNP出身の武原忠志(たけはら・ただし)さんが務めています。
アプリを守る技術
ハイパーテックからDNPハイパーテックへ。過渡期を迎える中、社員の方々は何を考えながら、働いているのでしょうか。
入社16年目のシステム営業部、山口博也(やまぐち・ひろや)さんにお伺いしました。
山口さんは営業職として、CrackProofを中心とした製品の販売を担当しています。
スマホの普及に伴い需要も増大しているCrackProof。山口さんは、具体的にどのような仕事をしているのでしょうか。
「パソコンやスマホを使う時、様々なアプリが動いています。このアプリの中身を不正に解析したり、改ざんしたりする行為をクラッキングと言うんですね。その対策として、CrackProofの提案を行っています」。
15年ほど前は、CAD/CAM/CAE等の専門的なソフトウェアを開発する会社や、電機メーカー等が主な導入先でしたが、スマホの普及から導入先も少しずつ変化してきました。
※CAD/CAM/CAE……機械設計の業務に使うコンピューター
「スマホの普及によって、それまでゲームをしなかった層にもゲーム人口が広がったことにより、ゲーム内で発生する不正(チート)への対策の必要性も格段に増しました。そのため、今はゲーム会社さんとの取引が増えましたね。東京のお客様が多いので、月に数回は出張しています」。
例えば、スマホのゲームは無料で利用できるものが多いですが、ゲームを有利に進めるために課金して特別なアイテムをゲットして攻略するタイプのもの等があります。
しかし課金せずに、不正ツールを使って攻略をめざすユーザーも中にはいるのだとか。
そんな時、CrackProofを使用していれば、不正を防ぎ、自社のゲームを守ることができます。
他にも、こんな事例を教えてくれました。
「インターネットでラジオを聞ける『radiko』というサービスがあります。もともと個人的に利用させてもらっていたのですが、当時『radiko』の機能を不正に拡張するアプリが存在していました。
例えば、当時『radiko』は、リスナーが住むエリアのラジオのみを聞くことができましたが、不正アプリを入れると、居住区外のラジオも聞けてしまいました。『これはCrackProofでお役立ちできるのでは?』と思い、radiko社に連絡を取り、CrackProofの提案を開始しました」。
※「radiko」は現在プレミアム会員に登録すると、エリアフリーでどこに居ても全国のラジオ番組を聞くことができます。
問い合わせがあったお客さまに対応することはもちろんですが、日頃から自分が使っているアプリやサービスを守るために自社サービスを提案できる。そんなところにも山口さんは仕事のおもしろさを感じているようです。
ハイパーテックの初めての営業担当として入社、組織としてまだまだ未熟だった頃から会社を支えてきた山口さん。DNPグループとなったことで、今何を感じているのでしょうか。
「DNPの看板が付いたことで会社の信用性が上がり、営業しやすくなりましたね。ハイパーテックの頃は、ほぼ名を知られていなかったので。あと、入社した当初は、営業から出荷、サポート対応、請求書の発行まで一人でやっていたんです。開発以外、全部(笑)その頃から比べると、従業員も増え、分業されて随分と働きやすくなりましたね」。
自分で考えて実行していける社風
2014年、更なるビジネスの広がりを目指し、新たにマーケティング部が新設されました。
次にお話をお伺いしたのは、DNPグループになる10ヶ月前に入社した、マーケテイング部の小林亜実(こばやし・あみ)さんです。
小林さんが担当するのは、CrackProofの販促活動。WEBでの情報発信、展示会やセミナーの企画・出展、海外対応の3つから成り立っています。
「もともとマーケティング職を志望していたわけではなく、WEBの仕事をしたくて独学でCSSやhtmlを学んでいた時にハイパーテックの求人を見つけて。マーケティング部を新設しますということだったので、おもしろそうだなと」。
マーケティング部としての仕事は多岐に渡りますが、近年力を入れているのが海外への販促です。
「DNPグループになってから、展示会への出展も含め、海外向けのプロモーションを強化しています。海外向けサイトからの問い合わせも劇的に増えました」。
他にも、マーケティングオートメーションツールを活用した販促活動など、取り組みたいことはたくさんあると言います。
小林さんの話を聞いていると、会社の方針に従うだけではなく、どうすれば良いものになるか一人ひとりがしっかり考えて、会社に提案している姿が浮かび上がってきます。
「少人数で業務を担当しているので、決して受け身にならないようにしています。DNPグループになっても、自分で仕事を見つける、作り出していくというベンチャー精神は根付いたままですね」。
とはいえ、戸惑っていることもまだまだあるそうで……。
「海外展開をはじめ、仕事のスケールが大きくなったのを感じています。それに伴い、業務の効率化を求められることも増え、以前ほどはなんでも自分たちでやれる時間がなくなってきたかな」。
「ただ意見は聞いてもらえる環境にあるので、自分で考えて行動できる方には合っていると思います。10人ちょっとの会社なので、一社員の私が社長に直接、意見を言うこともあって。いいね、と言ってもらってすぐ実行に移せることもある。大企業のグループ会社ならではのスケールや効率化を進める一方で、ベンチャーらしい姿勢でみんな仕事に取り組んでいますね」。
大企業の信頼性とベンチャーの先進性
研究開発部のサポートグループは、社員からの要望により営業部から独立させて発足した部門です。
前川知佐子(まえかわ・ちさこ)さんは専属で、國澤佳代(くにさわ・かよ)さんは、エンジニアと兼任で顧客サポートを担当しています。

左:國澤さん、右:前川さん
メインの仕事は、製品を導入してくださっているお客さまからの問い合わせ対応です。
前川さん「CrackProofを導入してくださっているお客さまからの日々の問い合わせに対応しています。文面から、お客さまが本当に知りたいことを汲み取るよう心掛けています」。
國澤さん「問い合わせいただくお客さまの立場もさまざまです。開発者の場合も、そうではない場合もあります。そのため、お客さまの立場に寄り添って、最適な返答をするよう心掛けています」。
前川さん「技術的な問い合わせは、一部、エンジニアに確認してもらう場合がありますが、その内容がお客さまに伝わりやすいかどうかに重きを置いて、回答を考えます。エンジニアがなるべく開発に集中でき、そしてお客さまが求める答えを迅速に得られるよう配慮しながら、会社を支えています」。
IT企業というと、マニュアル化された対応に特化しているイメージがありますが、DNPハイパーテックではお客さまとの繋がりを大切にしたいという思いから、お客さまの企業の特色や現在までの対応履歴も踏まえて、ひと手間かけて回答文をつくっているのだとか。
國澤さん「私たちはある意味泥臭い、人間的な対応をしています。そのような面を評価してくださり、何年も継続してご利用いただいているお客さまもいます。今後も良いところは残しつつ、お客さまからより信頼されるサポートとなれるよう効率方法を考えていくのがこれからの課題です!」
社員の声からサポートグループが立ち上がって約2年。お客さまに信頼され、また、満足いただけるサポートをご提供できるよう努めてきました。「存在意義や役割が、社内外で確立してきたように思います」と前川さんは振り返ります。
前川さん「CrackProofを選んでいただく理由として、製品そのものの価値はもちろんのことですが、サポート対応に安心を感じて導入してくださるお客さまも多くいらっしゃいます。導入いただいた後も安心して長くお付き合いいただけるように、効率化を求めつつも、お客さまに寄り添い続けられるサポートを目指しています。
ベンチャーで通用していたことが、大企業のグループ会社になって通用しないと感じることはありますが、色々挑戦し続けたいです」。
國澤さん「私はDNPグループになって入社しましたが、それでも会社がめまぐるしく変化しているのを感じています。大企業のグループ会社ならではの安定感と、ハイパーテックが強みとしてきた先進性のバランスを合わせ、よりよい企業となるため、みんな必死に頑張っています」。
最後に、一緒に働きたい人物像についてお伺いしました。
國澤さん「DNPのバックアップがあるからと、慢心するつもりはありません。自分たちで会社をより良いものにしていくんだ、という強い気持ちで、一人ひとりが売上を上げるには?会社を良くするには?と考えています。だから、積極的に声をあげて、イノベーションを起こしていける人が、合っているかもしれません」。
前川さん「社長をはじめ、自分より上の役職の人にも意見を言いやすい社風ですし、説得できれば、役員も新しいことをやろうと言ってくれます。大企業のグループ会社ならではの安定感を支えに、世界にないものを生み出したい気持ちを持つ人と一緒に働きたいですね」。
これからも新しいものを生み続けてほしい
2018年11月で、創業者である小川さんは完全に会社から身を引くこととなります。
最後に、これまで共に働いてきたスタッフ、そしてこれからDNPハイパーテックに入社し、働いてくれるであろう方に向けて、メッセージをいただきました。
「DNPグループの一員となって、環境は変わりました。戸惑いもあると思います。だけど社員にはこれからも、世界にないものを生み出す気持ちを常に持って開発に取り組んでほしいですね。電車に乗っても、家で料理をしていても、常に問題意識を持って、『自分だったらどうする?』と考えてほしい。それが発明のタネになりますから。何より人生一回だから、好きなことをやってほしいです」。
インタビュー中、何度も口にされた「これからの時代、必ずそうなるだろう」という言葉が、心に残っています。
そして、まだ世界にないものを自分たちの手で生み出すんだという小川さんの姿勢は、社員のみなさんにもしっかりと息づいているのを感じました。
DNPグループになって3年。ベンチャー企業から大企業グループの一員となり、組織や制度も少しずつ変わってきています。しかし、小川さんが残した「新しいものを生み出したい」という情熱は、これからも社員の方々を支えとなり、DNPハイパーテックのエンジンとなっていくのでしょう。