2017.03.10

伝統を受け継ぎ 新たな世代へと届けるITベンチャーを経て100年以上続くお茶屋さんに

ITベンチャーでの就職経験を経て、創業155年になる製茶場を継いだ木谷さん。「家業を継ぐ」ことを意識して過ごした大学時代、東京での会社員時代を経て30歳で宇治田原に移住されました。「会社員時代も、今も、大切なことは何一つ変わらない。」とおっしゃる木谷さんの移住をめぐる物語に迫ります。

宇治田原のお茶屋として育った幼少期

京都、宇治の南東に位置する宇治田原。緑茶の発祥の地であるこの地域で、江戸時代末期に茶農家を始めたことをきっかけに155年間続いてきたのが、お茶の製造・販売を手がける「木谷製茶場」です。宇治の平等院から車で約10分のところに販売と喫茶を手がける「お茶の郷 木谷山」があります。現在は職場と自宅は別々なんだそうですが、木谷さんが生まれた頃はお家が仕事場だったんだとか。

「祖父母も両親も自宅でお茶の仕事をやっていましたので、荷造りや片付けなどをお手伝いしたりと小さい頃から製茶場の仕事は身近にありました。両親から家業を継いで欲しいと直接言われことはなかったですが、私が長男ということもあって周辺からの無言のプレッシャーは物心ついた頃から感じており、家業を継ぐということは自然と意識していました。」

ただ、狭い田舎で育った子供の頃は、継ぐことを前向きにはとらえていたわけではなく、将来のことはどうなるかわからない、自分にはその他に可能性があるはずだ、という考えをもっていたそう。

宇治田原で生まれて幼少期を過ごした木谷さんは、「一度外に出て、いろんな人に出会い学びたい」という思いから、高校・大学と関東にある学校に進学。しかし、親元から離れ寮生活の中で友達と将来を語りあい、「今、生きている自分は、自分ひとりで生きてるんじゃない。両親、祖父母や自分が会ったこともないご先祖様の積み上げてきたものの中に生かされてるんだ」と自分を客観視した瞬間があったことを今でもよく覚えているそう。そういった経験を通じて、家業を継ぐことを学生時代から少しずつ意識はしていたそうです。

ITベンチャーに就職 ビジネスを動かす自信を育てる

大学時代に力を入れたのは、海外の学生との国際交流。そういった活動も、日本の伝統産業であるお茶を客観的に見る機会になったといいます。ただ、大学卒業後は、すぐにお茶屋を継ぐのではなく、「一度、別の会社で仕事を学びたい」という思いから東京のIT分野のベンチャー企業に就職されます。

「一見、お茶の仕事とはかけ離れた就職先のように思えますが、『お茶という古い業界だからこそ新しい風を吹き込めたら面白いのではないか?最先端で活躍する人たちと一緒に働く経験をしたい。』と言う想いから選んだ会社でした。当時、景気がよく華々しいイメージのIT業界でしたが、実際の仕事は元生命保険会社の営業マンの上司の元、地道な営業活動でした。先輩からの叱咤激励を受けながら、お客様の信頼を得て、お客様の期待を超えるために自分ができることは何かと考え続ける日々でした。」

就職して暫くは何もできない自分に悔しい思いをしながらも仕事を続けていると、徐々に事業の立ち上げやマネジメントなど様々な仕事を任せてもらえるようになり、仕事がどんどん楽しくなってきたと木谷さん。熱中して働いていると気が付けば20代も後半に差し掛かり、その先の人生をどう過ごすのかをよく考えるようになったそうです。すると驚くほど自然と「実家に戻って事業を継ごう」と決心するにいたったのだという。

「当初思ったより長く働いてしまった」という異業種での仕事を振り返って、「様々な経験をさせていただいた前職にはとても感謝しています。お客様を大切にするということはどういうことか、お客様の期待の一歩上をいくにはどうすればいいかなど、仕事が違っても変わらない、社会人として大切なことを教えて頂きました。当時学んだことを今でも実践しようと日々がんばっています」と語ります。

30歳で京都へ移住 製茶場での仕事が始まる

そして、30歳になった年に会社を退職し、京都にUターンしてきました。家業を継ぎに地元に戻ると言ったことに対して、ご家族の思いはどうだったのでしょうか。

「両親は、私に対して直接、家業を継ぎなさいといったことを言うことはありませんでした。きっと本心は、「早いこと戻ってきてうちで働きなさい」と言いたくて仕方なかったと思うのですが、自分で選んだ上で働いてほしかったんだと思います。私も実家を継ぐことは学生の頃から意識はしていましたが、余計な期待を抱かせないため、実はそういった気持ちはあまり伝えていませんでした。だから、初めて家業を継ぎに戻るといった時はきっと喜んでくれただろうと思います。」

茶業は実家の仕事だといっても、木谷さんにとっては、実質全くの異業種への転職。お客様応対からお茶の基本まで、すべてを一から覚えることから始まったんだそうです。

「お茶のことは、東京で働いていた頃から少しは勉強していました。ただ、お茶の世界は思っていたよりずっと奥が深く、勉強で覚えたことと現場で求められるレベルはあまりに違い、困惑することの連続でした。」

お茶の仕事をしていると、亡くなったご自身のおじいさまのことを思い出すことがあるそうです。

「私の祖父も、実は東京で全くの異業種に就職し、さらに戦争に出たのちに木谷家に婿に入ってお茶の仕事をはじめたそうです。当時の話によると、『東京のシティボーイが突然、ど田舎にやってきてお茶の仕事を始めたような感じだった』そうで、本当に大きな環境変化を祖父は乗り切ったのだと思います。晩年、祖父は病床の中からも『次はこんな商売はどうや?』『お客さんは大事にしなあかんぞ』と私に語りかけてくるような、商売に対してとことん愚直な人でした。その愚直さが、今の木谷製茶場の土台を作ったのだろうと思います。私も別の環境からお茶の業界にやってきたので祖父と似た境遇だと感じています。祖父に恥じないように頑張らねばと思います。」

現在は、京都に移住して3年を迎えようとしている木谷さん。お茶に関してはまだまだ勉強中なんだそうです。

お茶の仕事は、お客様や農家さん、お取引様との信頼関係で成り立っています。また、その関係のベースには、美味しいお茶づくりを貪欲に求める意欲と技術が必要です。特に、お茶づくりの技術は一朝一夕に会得できるものではなく、長い時間をかけて培っていく能力なんだと感じています。

日本茶の味は繊細で、わかりにくイメージがありますが、木谷製茶場のお茶は、飲めば木谷のお茶だとわかるような、渋みを抑えて香りを立てた誰でも飲みやすい、特徴的なお茶なんだとか。

「お茶の味をギリギリまで磨いていく、という技術は、まだまだ父から教えてもらうことばかりです。この技術はすぐには会得できませんので、時間をかけて学んでいくつもりです。もちろん、学ぶだけでは仕事になりませんので、私が東京で学んだ異業種での知識や人脈を使って新しいことを仕掛けようと準備も進めています。」

お茶のプロフェッショナルのお父様とITベンチャー時代に培った知識や人脈を持つ木谷さんが、うまくかみ合ったときに生まれる新しい何かは、想像を遥かに超えたものになりそうです。

大切なことは何一つ変わらない

前職と今のお茶のお仕事で変わったことをお聞きしたところ「突き詰めると同じだと思うんです」というお答えでした。

「ITの仕事と大きくことなるのは、お客様の口に直接はいる食品を取り扱うようになったことです。お客様の健康に直接的に影響しますので、当然責任は重くなります。また、大きな会社ではありませんので、お客様対応から事務作業、喫茶店舗での対応や工場での作業など業務が多岐に及ぶようになりました。ただ、実際考えることは、『いかにお客様を大切にするか』『お客様の期待の一歩上をいくにはどうすればいいか』という前職の時と同じようなことばかりです。気持ちがこもってないものはお客様の胸に響かない、というのは、どんな仕事でも同じなんじゃないかと最近よく思います。」

大切なことを守っていく誠実さと新しいことを取り入れる斬新さを感じるお話に、日々の仕事ぶりがうかがえるようでした。

今のお客様を大切にしながら新しいお客様にも届けていくこと

日本人に長く親しまれている日本茶ですが、最近はペットボトルなどの影響もあって、若い人が急須でお茶を飲むことをしなくなってきているそう。

木谷製茶場のこれからをお聞きしたところ、若い方に親しんでいただける商品づくりを提案していきたいというお話を伺いました。

「日本茶の消費者は、どんどん高齢化しています。今は日本には高齢者も多く、日本茶もどうにか消費されていますが、次の若い世代に飲んでいただけない限り、将来、少なくとも国内の需要は急速に右肩下がりに落ちていきます。私のミッションの一つは、日本茶ファンの若返りです。緑茶は健康にもいいですし、自分に合ったお茶に巡り合えば本当に美味しいし、この楽しさをぜひ皆さんに伝えたいと思っています。なんとなく面倒だなぁと思って日本茶をさけている人が進んで飲みたいと思えるような提案をしていきたいなと考えています。」

日本人の嗜好もどんどん変化している中で、なかなか一筋縄なことではないと木谷さんも語りますが、お茶にはいろいろな可能性がありそうで、わくわくするお話でした。

しっかりと伝統を受け継ぎながらも、新たな文化を取り入れるべく挑戦する、そんな木谷さんのこれからが、とても楽しみです。

▼3月のイベントのお知らせ

今回ご紹介したような事業継承や創業・起業といった働き方の選択肢を、より多くの方にお届けする為に、
実際に、起業や事業継承をした人たちとのリアルに出会える場をご用意しました。

“いつかと“先延ばしにしている「移住」や「転職」や「起業」や「事業継承」のヒントとなる機会。
開催日程などの詳細が決定しましたので、気になる方は以下よりご覧の上、是非エントリー下さい。

3月25日(土)これからの家業の話をしよう@東京
→実家が家業の人たちの京都出身者の集いの場を東京でご用意します。

本記事は、公益財団法人京都産業21が実施する京都次世代ものづくり産業雇用創出プロジェクトの一環で取材・執筆しております。

写真:もろこし

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