2017.03.03

人を想い人に寄り添う 元大手銀行員の若女将自分のワクワクがそこにあるか?

「家業をしに京都に帰ってくることを決め手は、やっぱり最後には自分のワクワクがそこにあるか?ということでした。」と話されるのが、京都の中心地の四条烏丸に宿を構える「京の宿綿善」の小野さん。

「大変なことも楽しいことも両方当然あります!」とおっしゃった小野さんの移住をめぐる物語に迫ります。

綿善さんのところの子として育った幼少期

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1830年(天保元年)から始まったのが「京の宿綿善」。京都の中心にある旅館だったこともあり周囲の方からは、”綿善さんところの子”として常に見られていたんだそうです。

「周りの方から旅館の娘として見られていたり、小学生の頃から旅館のお仕事のお手伝いをしたりしていたので、家が旅館業を営んでいることも小さい頃から自覚していましたし、常に旅館の仕事とは触れていました。ただ、京都に特有のお互いを監視しあうような目線が窮屈でもありましただから京都は昔からどちらかというと苦手な方で、ゆくゆくは旅館を継ぐことも考えていたけれど京都に帰ってくることには消極的でした。」

そんな風に話された小野さんは、厳しくもあれどやりたいことをさせてくれた父母から仕事は自由に選びなさい」と言われていたそうですが、一方で祖母からは「次の女将はまぁちゃん(小野さん)やで。」とことあるごとに言われ大学まで実家から通った後に「旅館業を継ぐ」ということを意識しながら就職先を選び、大手銀行へ入行。大坂の法人営業部に配属されました。

銀行の法人営業で経営の理を学ぶ

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「私はなぜか大学時代『自分のお葬式を祭りにしたい』と思っていたんですよ(笑)だから就活をするときもそのためにはどんな職業に就けばいいか?ということを考えました。そうするともう一度会いたくなる魅力的な人にならないとと思ったんです。そのためにいろんな知識があって相手の想いに寄り添える人になる必要があるのではないか、と。そう思った時に、銀行って全員の大人が関わるところじゃないですか。そこに入れば、一般的な知識を得ることははもちろん、いろんな人に出会えてその方々と赤裸々にコミュニケーションを取っていろんな人の考え方を学べるんじゃないかと思ったんです。」

人の立場に立って考えることができるようにと選んだ就職先ですが、その奥には「旅館に帰ったときのために、経営を学べるのではないか」という思いもあったんだそうです。

「就職活動をしている時から言葉になっていたわけではないのですが、一見繋がりのないように思える銀行と旅館業ですが、今では銀行で学んだこと、経験したことが沢山旅館に生きていると思っています。私は旅館業を接客と経営の両面に関わりたいと思っていました。その点、大手銀行の法人営業はその会社の財務状況を見ながら融資するかどうかを判断するというお仕事。そして、様々な会社の社長の近くで経営判断を見たり、学ばせて頂きました。それらは、経営には欠かせない感覚を磨くにはもってこいの仕事でしたね。」

そうして3年半銀行に勤め辞職。「綿善に戻った時、様々なお客さんの立場に立って考えられるように」と今まで経験のしたことのない専業主婦になったんだそうです。

10ヶ月ほど専業主婦をした小野さんは「もう専業主婦は、飽きてきたな。」と思い始めたいる矢先に、父親から「帰ってこないか。」と言われ、給料や休暇についてなど様々な条件を確認した上で帰ってくることを決意。2ヶ月ほど全国の友人の元を訪ね歩いた後で、綿善に戻ってこられました。

帰ってきて感じたいろいろなギャップ

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綿善でアルバイトをしていたこともあった小野さんは、昔から続く習慣の中で働く大変さも実感をしていたんだそうで「綿善で働くということは大変なこともたくさんあるのだろう」と腹をくくって帰ってきたんだそうです。そうやって働きはじめた小野さんは感じたギャップを大企業での就職経験を活かし、様々な部分を改善していきました。

「ここに帰ってきてまず実感したのは、大企業の制度が驚くほどに理にかなっているということです。中にいると全然気づかないのですが、人事評価制度や組織体制に関しても多くの人から文句が出ない形で回っているんですよ。うちの旅館は父が一人で経営していることもあって、仕組みがまだまだ整っていないところも沢山あります。」

大企業で勤めていたからこそ見えてきた視点や仕組みを旅館に応用させていくことも、外からきた小野さんの役割と捉えて改善に取り組もうとされたそうですが、なかなか思うようにいかないこともあったんだとか。

「旅館でずっと働いている人も多かったため、今でもいはりますが、変化に抵抗を感じる人が多かったですね。長年働いている方の意見もとても貴重だということもわかっていたので、みんなの意見を聞きながら時間をかけて取り組んでいます。」

こんな風に綿善という旅館業での当たり前と、銀行員の当たり前の違いに驚かされることも多かったようで、帰ってくる条件もいざ帰ってみると休みのこと給料のこと覆されるばかりで「言うてたんと違うやんか!」と父に抗議したこともあったんだとか。

「それでも私がアルバイトとして入っていた高校大学時代とはまた違う面もたくさん見えてきました。従業員さんは新陳代謝が進んでいました。その後は私自身で、新卒採用も始め新しい方が増えました。また、父の経営判断の凄さを思い知ったりと、嬉しい驚きもありました。」

そんな従業員さんやお父さまとともに慎重に改革を進めていったところ、旅館業界の中でも労働生産性向上取組の全国モデル8選に選ばれたり、従業員の方が以前よりも良い意味で積極的になり始めたりと、着実に変化は見え始めているんだそうです。

綿善へ戻ってきた理由は「ここに自分のワクワクがあると感じたから」

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銀行員時代も今の若女将としてもパワフルに働かれる様子うかがえる小野さん。そんな小野さんに「今後事業継承する方へのアドバイス等はありますか?」とお聞きしたところ

「最後は自分がワクワクするかどうか?が大切だと思います。」とお返事が返ってきました。

「私は、綿善を始めた時ありがたいなと思ったのは、もうすでに建物があってお客さんがいて黒字の状態から関わらせてもらったことです。新しく事業を起こす方は、その状態に持って行くまでが本当に大変で苦労があるところですよね。普通ならそこにはない以前からのノウハウや人がすでにある。これは当たり前のことではないと思います。そこを体験せずとも、事業が継げるというのは家業のいいところではないでしょうか。」

そうは言っても、いいことばかりではないという家業の大変さも知っているからこそ、言葉を続けます。

「最後はやっぱり『自分がワクワクするかどうか、やりがいがあるかどうか』だと思います。親に帰ってこいと言われたからという理由で家業を継ぐと、どこかのタイミングでうまくいかなかったりすると人のせいにしてしまうことも出てくると思うんです。私は人と話したり関わったりすることが本当に好きで、旅行というお客さまの人生にとって特別な瞬間に関わらせてもらえるというところにやりがいを感じたので帰ってきました。」

今は育児もありお客様の前に出る機会が減り、経営の方に回ってしまっていることを、少し残念そうにも語る小野さん。たまにお客さまの前に出て関わらせてもらえる時には非常に喜びを感じるといいます。

家業を継ぐという一見特殊な道を選んだようにも見える小野さんですが、その奥には「ワクワクするかどうか?」というどんな人にも当てはまる基準がありました。

小野さんの描くこれからの綿善

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「京の宿 綿善」の運営元である株式会社綿善は、インバウンドの事業が伸びることを見越して海外の人向けの部屋へと改装したりと先見の明のあるお父さまと、銀行員の頃の経験と人柄を生かしながら実務を的確にこなす小野さんを中心に営まれています。

「株式会社綿善が経営する旅館はひとつですが、ゆくゆくは旅館経営のノウハウを外注して京都の古い民宿の再生に活かしていくような事業を展開していければと思っています。京都には、高齢化したご夫妻が経営されている民宿などが数多く存在します。それらの運営面だけを綿善で執り行えば、思い入れを持つ民宿のオーナーさんにとっても安心して任せられるんじゃないかと思うんです。」

まさしく中小企業が抱える後継者不足の問題を、綿善で働く人たちの次の機会の提供へと結びつけることはできないか?と考えているそう。

「綿善で経験を積んだ人の次なるキャリアにもつながるし、今後もインバウンドが伸びていく予測の京都にとってもより多くの観光客の方を迎え入れられるようになる。民宿のオーナーさん、綿善の従業員、そして京都にとって三方よしの事業になりそうな予感がしていて、今はこれを進められたらと思っています。」

そんな構想を持ちつつも、今現在は「京の宿 綿善」の前にゲストハウスなどのオープン予定なんだと自分のやりがいを大切にしながら、周りの方、お客さまに寄り添った行動を積み重ねる小野さん。明るくて人想いの小野さんが切り開いていくこれからの人生がとても楽しみです。

▼3月のイベントのお知らせ

今回ご紹介したような事業継承や創業・起業といった働き方の選択肢を、より多くの方にお届けする為に、
実際に、起業や事業継承をした人たちとのリアルに出会える場をご用意しました。

“いつかと“先延ばしにしている「移住」や「転職」や「起業」や「事業継承」のヒントとなる機会。
開催日程などの詳細が決定しましたので、気になる方は以下よりご覧の上、是非エントリー下さい。

3月25日(土)これからの家業の話をしよう@東京
→実家が家業の人たちの京都出身者の集いの場を東京でご用意します。

本記事は、公益財団法人京都産業21が実施する京都次世代ものづくり産業雇用創出プロジェクトの一環で取材・執筆しております。

写真:もろこし

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