人を巡る04

京都で、茶道に魅せられて。
宮原 隆洋さん

京都を中心として発展してきた「茶道」。今回インタビューした宮原隆洋(みやはらたかひろ)さんは、その文化に魅せられ、奈良から京都の地に移り住み、茶道周りの仕事をされています。宮原さんが感じる「お茶」の奥深さ、そして彼を突き動かすものを、じっくりと紐解いていきます。

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京都で、茶道中心の生活を営む

― どういったお仕事をされているんでしょうか。

京都で、骨董品を扱っています。主に、茶道をするときに用いる茶道具ですね。良いものをなるべく安い価格で届けられるよう、問屋を挟まないようにしています。骨董品の他に、茶道の際に使う炭などの消耗品も扱っています。

あとは、お茶会の裏方などもします。こういったお手伝いも含めて、仕事の一環ですね。“茶道周りの便利屋さん”という感じです。茶道との出会いは大学生のときです。先輩に誘われたのがきっかけで、茶道部に入りました。9年くらい続けていることになりますかね。まだまだ下っ端ですよ。
― 京都に住み始めたのも、茶道がきっかけですか?

そうですね。元々は奈良県出身です。まぁ仕事のために、という感じですかね。僕自身は、京都という町に特別な憧れがあるわけでもありません。ただ、茶道という文化はやはり京都と縁が深いですね。相対的に、お茶を楽しむ人口が多い。だから同じことをするなら、やはり相応しい場所でやろうと。できるだけ、多くの方に楽しんでいただきたいですからね。

それぞれの時代に合わせて変化してきた茶道

― 10年近くの経験があっても、自らを”下っ端”と仰っていました。たしかに茶道の世界には、長く身を置かれている方が多そう、というイメージがあります。同時に、宮原さんのような若い方々が少ないのでは、とも思うのですが、実際の現状はいかがですか?

現状として、若い人が多いとは言えないでしょうね。一般の方が想像しているよりは多いかもしれませんが。ただ、お茶をやっている人の間では年齢は関係ないんです。お茶の話をするときは、60歳、70歳の方々とも話ができますし、逆に自分より若い人相手であってもそれは変わりません。

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だって、そもそもお茶って、300年以上続いている文化なんです。さらに言うと、やっていることも求めていることも、その頃から大して変わっていません。そう考えると30歳や40歳の年齢差なんて、ちょっとした“誤差”に過ぎないと思いませんか。

確かに、茶道をしている人口が減っているのは事実です。いちばん人口が多かった時代は100年くらい前でしょうか。女性の花嫁修行の一環として、位置づけられていたんです。茶道というと千利休を想像する方も多いと思うのですが、彼のように茶人が政治においての権力を持った時代もありました。長い歴史の中で、茶道はそれぞれの時代に合わせて変化しているんです。

現代の茶道の在り方も、その一環でしょう。現在は様々な文化や習い事があり、我々はそこから好きなものを選ぶことができます。そういった多様化に伴い、人口が散らばっただけなのかな、と思いますね。ですから、僕は茶道の世界の人口が減ってしまうことは仕方のないことだと思っていますし、特に悲観はしていません。

僕は、「お茶人」ではありません。

― 現在は本当に文化が多様になっていますよね。しかし、茶道の世界に身を置きながらもその現実を見据え、客観的に受け止めていらっしゃるのは、少し意外でした。なんというか、私がイメージしていた「お茶人」とは少し違う気がして…

僕は、自分が「お茶人」だと思ったことはありません。なりたいとも、思いませんね。そもそも「お茶人」って何ですか?お茶を飲む人は「お茶人」でしょうか。お茶を点てられたら「お茶人」なのでしょうか。それなら誰でも「お茶人」になれますよね。

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「お茶人」という言葉は、茶道をあたかも凄い文化であるかのように見せてしまう効果があると僕は思っていて。僕は、茶道をそういった敷居の高い存在にしたくないんです。「茶道をしています」というのは、「ギターをしています」というのと変わらないと僕は思っています。

そして実は、お茶そのものは非常に実利的な文化。僕たちは「お茶を飲みませんか」とお誘いの手紙を書いてお茶会を行いますが、そうすると会いたい人に簡単に会えます。お茶の世界では、「お茶を飲む」ということと同じくらい「人と会う」ということが大きな目的なんです。それは今も昔も変わりません。

お茶のお点前なんかも、やらなければならない動作を効率良くやっているに過ぎませんし、「人と会う」という明確な目的を含めても、お茶というのは非常に実利的な面を持つんですね。それにも関わらず、体裁だけで「格式の高い文化」として扱われることに、僕は賛同しかねるんです。実利的であるからこそ、高い敷居は作りたくないですね。

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ベンチャーとお茶は、似ている?!

― お茶が実利的な文化とは、考えたことがありませんでした。お茶会に呼んで、呼ばれて、そして人に会って、話して、全部が「お茶の世界」なんですね。

そういうことです。僕自身、お茶を通して人と出会うのはすごく好きですね。出会いに対しても、積極的になりました。そういった出会いのなかで気づいたのですが、お茶をやっていなくても考えが近い人は多いんです。特に、ベンチャーの世界。話をしてみると、お茶の内包している効率という部分を理解する人が結構いらっしゃる。

なんでかな、と考えたとき、おそらく彼らの得意のするプレゼンと我々が行うお茶会の間には共通点があると思うんです。それは“空間作り”を大切にするということ。

― プレゼンにおいて空間作りが大切なのは、なんとなくわかる気がしますが…お茶をやるうえでも大切なことなんですか?

はい、そうですよ。お茶、と一言で言ってもそれはたくさんの要素から成り立っています。お茶のお点前はもちろんですが、そのほかにもお茶室の佇まい、こだわりの茶道具、季節のお花、手作りの料理…。どこに重きを置くかで、その人の個性が出ますね。

どんなお客さんが来るかで対応も変わってきますし、要は「いかにお客さんに気持ち良くお茶を飲んでもらうか」なんです。そうやって空間全体でもてなして、「また呼んでほしいな」「次は自分が呼んであげたいな」と思っていただけたら、それが一番嬉しいですね。

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― 「もてなそう」「楽しんでもらおう」という本質は共通していますね。

また、お茶にはもうひとつ忘れてはいけない面があります。それは、「お茶会を開くひとが、常に有利な立場にいるということ」。わかりやすく言うと、ホームゲームなわけです。決してアウェイではない。

お茶会ではあくまでお客さんをおもてなししますが、その過程を通して自分のメッセージや色を伝えることができるんです。話し方やものの動かし方を工夫することで、相手に楽しんでもらいながらも、理解してもらう。自分の有利な方向に持っていく。このへん、ベンチャーの方々が行うプレゼンに似ていると思いませんか?

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楽しんでやっている人に呼ばれた方が、
楽しいに決まっている

― 「お茶を飲む」というだけではない、茶道の世界の奥深さに気づかされました。人によって楽しみ方もそれぞれでしょうね。宮原さん自身は、茶道をするうえで何を一番大事にしていますか?

私が楽しいことですかね。昔、よく言われたことで「亭主7、客3」という言葉があります。亭主は、お茶会を開く側を指します。亭主が7楽しければ、お客さんは3楽しい、と。実際そうなんですよ。どうやっても亭主の方が楽しい。お客さんの側からしても、楽しんでやっている人に呼ばれた方が、楽しいに決まっている。

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― おもしろい言葉ですね。「もてなす」のは一方的な行為だと思っていました。では、宮原さんが「楽しい」と思う瞬間は、どんなときですか?

うーん、そう言われると言葉に詰まりますね(笑)。強いて言うなら、「自分のやっていることに意味がない、ということはない」と思えた時でしょうか。自分のしたことで誰かが喜んでくれて、「自分はここにいてもいいんだ」と気づいた時。

― 自分の居場所が確認できたとき?

あぁ、それが一番近いかもしれません。「居場所の確認」は、たぶん三大欲求の次くらいのもの。僕にとって、その手段がたまたまお茶だったんです。お茶があるから生活できているし、そういったことを通して自分の居場所を確認することで、「自分、生きてるなぁ」って感じるんです。

まぁ実際は、楽しくなかったり、うまくいかなくて悔しい思いをしたり、そんなことの方が多いですよ。でも、そうやって進まない時の方が面白かったりするんです。山登りに例えると、登れば登るほど景色は良くなる、でもどんどん急になって苦しい、そんな感じです。中腹で引き返すこともできるけど、もうちょっと上まで登りたいんです。だから、前に進むしかない。時々振り返って見る景色が、僕を動かしているのかもしれません。

あくまで僕が一番楽しむ、そして一緒に楽しんでくれる人たちに感謝をする。それが、僕の大切にしていることです。

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◆取材後記
終始、冷静で淡々とした語り口だったのが印象的でした。穏やかながらも節々に熱い軸を感じ、これが何かを追い求める人のもつ空気だな、と感じたのを覚えています。また、取材に伺った際にはお茶を点てていただきました。お茶のお味はもちろんのこと、空間全体が非常に心地よく、大変良い時間を過ごさせていただきました。

◆リンク
宮原さんのWEBサイトはこちら

【取材・写真】京都移住計画学生ライター  山下紗代子
【編集】  飯島 千咲